征途日本召喚 作:猫戦車
日本国 市ヶ谷
中央暦1642年/西暦2023年 5月1日
ムー国侵攻と反応弾投下により始まったグラ・バルカスとの開戦以降、同国との戦争計画を立案していた真田らの業務は変化を余儀なくされていた。
予想よりも早い開戦の影響で、修正せねばならない箇所が多すぎたのだ。
「しかしまあ、こうして見ると」
最早数えるのも億劫になった修正作業の傍ら、先程までPC画面と睨めっこをしていた矢沢が顔を上げて言った。
「距離と数、そして反応弾が厄介ですね。おまけに時間も」
「ムーが持ち堪えてくれなきゃ、俺たちのやっている事は全ておしゃかだ」
同調するように室内にいた真田が言った。
「なんてったって、まともな援軍を送るにはどうしたって4ヶ月はかかるんだからな」
日本からムーへ救援を送るにあたり、最大の障壁となっていたのが同国との距離だった。
近年になって中継拠点が整備されつつあるとはいえ、その距離は約2万キロ、地球半周分近く離れているのだ。
現代の軍隊……特に機甲師団を例にした大規模な陸上部隊は、その維持のみにすら莫大な資源を必要とする。
これらの負担は本国より遠方に展開するのに比例して増大し、その分だけ補給線を維持するのが難しくなる。
途中のシーレーン防衛を計算に入れるのなら、いくら護衛戦力があっても足りないと言えるだろう。
ならば輸送機で部隊を送り込んでしまえばいいという意見もあるだろうが、それについてもまた適切とは言い難かった。
対峙するグラ・バルカス陸軍は主力戦車相当の重装備を保持していると予想されていたし、ムー上空の制空権も不安定であった。
開戦前、日本は相当数の携帯式対空ミサイルや高射機関砲、野戦防空システムを供与していたが、それらの装備は充分な訓練が施されているとは言えず、うまく機能するとの確信はなかった。
このような状況下で輸送機を送り込むのは危険であり、航続距離の問題で戦闘機の護衛が難しいのもあって、ムー国への輸送機派遣は行われていなかった。
現地邦人の保護は、統治機構としての能力を著しく削がれたムー国政府へと一任されているに等しい。
故に、ムーへと大規模な部隊を展開する場合、その動きは必然的に鈍くなると言わざるを得ない。物資の集積だけでも相当な時間がかかるからだ。
先程真田が挙げた数字は、これらに予想される作業が全て終わり、ようやく部隊がムーへ到着されるのに必要な最低限の月日だった。
「となると今は、せめて反応弾だけでもなんとかせねばならん」
真田はそう言うと矢沢を側へと呼び寄せ、彼の元に届けられていた作戦案の一つを見せた。途端に矢沢は怪訝そうに眉を顰める。
「反応動力潜によるグ帝反応弾施設の空爆?」
曰く、海自と転移に巻き込まれた合衆国海軍の反応動力潜水艦が協働して敵本土近海に接近し、搭載しているトマホーク巡航ミサイルにより反応弾関連施設を爆撃、反応弾製造の遅延又は中止を狙うといった計画であった。
既に日本側は反応弾関連施設の位置情報は衛星による偵察で掴んでいる。何もかもがうまくいけば、6月上旬には攻撃可能とされていた。
「ああ、そうだ。我々は戦略爆撃機や
真田は続けた。
「矢沢君も、我が国の反応兵器に対する反感は知っているだろう?おまけに、相手はなんの遠慮もなく反応兵器を使用してくる連中だ。なるべく早く対処せねばならん」
真田の発言はある意味では正論と言えた。終戦直前に函館と旭川に反応弾が投下され、その後数十年もの間、赤い日本による反応兵器の脅威に晒され続けた結果、いまだに日本国民は反応兵器に対して強い忌避感を覚えていた(最近になりようやく反応動力潜水艦を建造できるまで低下してはいるのだが)。
今回のグラ・バルカスの蛮行は、それらの世論を沸騰させるのには充分過ぎる出来事だった。
各種メディアではしきりにグラ・バルカスへの非難が叫ばれ、時にはグラ・バルカスを滅ぼしてしまえなどという過激な論調さえ散見されるようになった。
何より、いたずらに反応兵器を打ち込む国家をそのままにしておくのはあまりに危険が過ぎる。なるべく早期に反応兵器戦力を無力化する必要があったのだ。
まあ要するにだ、真田は最後にこう締め括った。
「物騒な
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グラ・バルカス帝国 帝都ラグナ
中央暦1642年/西暦2023年 5月2日
「それで、陛下はなんて仰っていたの?」
グラ・バルカス帝国海軍東部方面艦隊司令長官であるカイザル・ローランド海軍大将の部屋を訪ねてきた帝国三将の1人……ミレケネス海軍大将が尋ねた。
「勿論、陛下からはお叱りの言葉を賜ったよ。それと同時に、ムー大陸の早期攻略の指示も」
「成る程ね」
ミレケネスは納得したように頷いた。
「それにしても、まさか一月も経たない内にこうなるなんて思いもしなかったわ」
「まったくだ」
重々しい様子でカイザルは言った。
「ここまで諜報部の分析結果と齟齬が出るとは思いもしなかった。糞、日本を甘く見ていたのが間違いだった」
彼らが話している内容は次の様な事についてだった。
カルトアルパス攻撃に赴いた東征艦隊の壊滅。その一報が帝都ラグナへと届いたのは、艦隊壊滅から実に1日の時間が経過した後だった。
最初の一報は連絡の途絶した艦隊を不審に思い、補給後に偵察を敢行した潜水艦によるものだったが、これは一時誤報だと処理されかけた。
しかし、その後奇跡的なダメージ・コントロールの成功を期に戦場から離脱した〈グレート・アトラスター〉からの通信により、これまでの報告が全て真実であると判明したのだ。
帝国海軍の中でも精鋭に位置する彼らの敗北、それも戦艦1隻を残しての全滅という結果は、海戦初頭の勝利に湧く帝王府と軍部に冷や水を浴びせるには充分過ぎた。
東方艦隊の主力艦の大半を抽出して編成された東征艦隊。
彼らが念には念を重ねる形で決行されたカルトアルパス並びにマグドラ群島襲撃の成否は、対ミリシアル陽動作戦〈サザンクロス〉の成功に直結していたのだ。
それらが殲滅されてしまった結果、海軍内ではもはや
何せ、今の東方艦隊には稼働している正規空母が3隻、戦艦に至っては2隻しか存在しないのだ。駆逐艦等の小型艦は相当数が残っていたが、それだけでは作戦遂行は困難なのは自明の理だった。
この日、カイザルが皇帝の前に呼び出されていたのも、今回の敗北を叱責するのが目的であった。彼からしてみれば、自らの失態を追及されることなど目の前の避け難い現実に比べればあまりにも楽に思えた。
開戦から僅か一月にして、偉大なる帝国は一個方面艦隊の半数以上を失い、自国のそれと比べて恐ろしく装備の良い敵国を相手にしている……その事実を知って、元気でいられる者は居ない。
ミレケネスは秤に分銅を載せるような目つきになって言った。
「他方面艦隊からの増援でなんとかならないかしら?」
「難しいだろうな」
カイザルは断定的な口調で言った。
「相手は我々が開発中の誘導弾を無数に装備しているような相手だ。おまけに、我々がようやく実用段階に入ったばかりの
ミレケネスは皺の寄った額を摘んだ。全面的にカイザルの言っている事が正しいと認めざるを得なかったからだ。その証明は大破して帰ってきた〈グレート・アトラスター〉の存在だけで十分だった。
「となると、少なくとも海軍単独では無理ね」
「当然だろう。これからは陸海空共同での作戦立案を考慮しなければならん」
カイザルは低い声で言った。
「おそらく、日本は危機的状況にあるムーの救援にやって来るだろう。ムー大陸から遠く離れた第3文明圏からだ。いくら強力な戦力を持っていたとしても、これだけ長大な補給線の全てを防御出来るわけではない」
「そこの隙を叩く訳ね」
「勿論だ。潜水艦での通商破壊が最適だろう。ただ、俺はこれだけでは勝てんと思っている」
「あら、それならどうするのかしら?」
「ムー近海での決戦を強要する他あるまい」
カイザルは断定するような口振りで呟いた。
「相手にとっての遠隔地である以上、必然的に敵戦力の投入は限定的にならざるを得ないだろう。陸上戦力は特にだ。ならば、我が方が万全を期せる近辺にて総力を叩き込めば、相応の損害が狙えるだろう」
「政治的効果を考えたら、悪くない考えね」
ミレケネスは納得したように言った。
「通商破壊に関しては潜水艦に限定するつもり?」
「いや、一部水上艦艇も投入する。第52地方艦隊を筆頭とした部隊を使う」
「よりにもよって、あの死神イシュタムを使うのね」
唾棄するような口振りでミレケネスが呟いた。
死神イシュタムの俗称、或いは蔑称で呼称される第52地方艦隊は、主に旧世界において占領地の保護と植民地の反乱鎮圧を目的として編成された艦隊であった。
彼らには植民地の反乱を押さえつけるという名目上、その鎮圧に関して大幅な裁量を認められていた。つまるところ、反乱の鎮圧、抑止のためならばどのような非道を働いても黙認され続けてきたのだ。
何をしても咎められない環境上、彼らがより嗜虐的なやり方に固執するようになったのも時間の問題だった。民間人の居住区への艦砲射撃を始めとした所業の数々により、彼らは軍内部ですら忌避されるような存在へと成り果てたのだ。
「イシュタム艦隊はそれなりの規模がある。装備も旧式とはいえ、ムーのそれよりは余程上等なものを揃えているつもりだ」
カイザルは言った。イシュタムはその任務の性質上、戦艦や空母を始めとした主力艦を備えており、他の地方艦隊と比べても分厚い陣容となっている。
人員に関しては、海軍内の人格に問題があると判断された者が殆どを占めているが、任務の特殊性を鑑みるならば的確ですらあるとの声もあった。
「少なくとも、第二文明圏内での活動には支障ないだろう。元より、沈んでも惜しくない存在だ。少しでも敵に負担を強いれればそれで良い」
「なるほど。それなら問題ないわね」
ミレケネスは納得したように見せた。イシュタムを使い潰す事で政治的な成果を上げれるのならば理想的に思えたからだ。
もっとも、現実は2人の思い描いた結末を辿ることはなかったのだが。
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ムー国 マイカル港
中央暦1642年/西暦2023年 5月27日
日本にて大規模改装を受けた〈ラ・カサミ〉改がムーへと帰還したのは、フォーク海峡にて行われた戦闘から3週間余りが経過した先々週のことだった。
ステルス性を意識していない頃の護衛艦に酷似した艦橋構造物を備えた彼女。
〈ラ・カサミ〉程では無いにしても、日本からの供与品である対空火器を増設した巡洋艦や空母の群れは、幸運な事に一隻の損害も出すことなく、マイカルへの帰還に成功していた。
だが、〈ラ・カサミ〉艦長のミニラル大佐は、現在自身が置かれている状況について少しも喜ばしいものとは考えていなかった。
彼が〈ラ・カサミ〉と共にカルトアルパスへ派遣されて以来、彼の祖国を巡る情勢は常に悪化の一途を辿っていたからだ。
開戦から3日後にキールセキが陥落して以降、ムー国軍は各地で敗走を続けてきた。
彼らの装備はグラ・バルカス軍のそれと比較して脆弱であったし、ドクトリンに関しても(グラ・バルカスの基準で見るならば)旧態極まりない状態だったからだ。
それでも尚、侵略者を打ち倒さんとするムー国兵士の勇敢な攻撃により一定の抵抗は出来ていたが、それでもグラ・バルカスの侵攻を止める事が出来ないままでいた。
日本から供与された兵器類に関しても、重要拠点であるマイカル防衛のために動かせないものが存在したこと。
集中配備がなされていたのが前線から程遠い東部方面軍であったこともあり、積極的な戦線投入がなされていなかったのだ。
そのような絶望的な状況下で、ミニラルは陸の海軍臨時司令部へと呼び出されていた。
首都オタハイトに存在した海軍司令部が蒸発したため、臨時の総司令部として改装された施設は、どこか真新しい塗料の匂いが漂っていた。
「船団護衛?」
ミニラルは尋ねた。彼は現在、ムー国海軍東部方面艦隊司令、レイダー大将の執務室に通されている。
「ああ、そうだ。退避しそびれた外国籍船舶を含む40隻、君の〈ラ・カサミ〉でミリシアルまで護送してもらいたい」
「一体、何を運ぶのです?」
「病人と子供達だよ」
レイダーは淡々とした表情で語り出した。
「貴官も知っての通り、現在の我が国の状況は最悪だ。最悪の場合、日本が助けに来る前に本土が失陥しかねない。だから今のうちに女子供でも逃そうって訳だ」
「それで、これだけの船団を」
「それに、オタハイトが例のコア魔法もどきの直撃を受けたのは知っているだろう?そこから生き残った連中の中に、妙な病に罹って死んでしまう奴が急増している」
「カルトアルパスに居た時に耳にはしましたが、まさかこれ程とは」
「既にマイカルの医療施設は飽和状態で、ようやく日本とミリシアルが病人を受け入れてくれるって話だ。空路で運ぶにはグラ・バルカスの連中が邪魔で、結局は船で運ぶ他ない。そのためには、我々海軍が護衛する必要があるんだ」
彼の発言は殆どが事実であった。
焦土と化したオタハイトから列車によって逃げ延びた人達、彼ら彼女らは次第に原因不明の病により倒れていった。見えない放射線により身体を蝕まれたのだ。
反応弾により蒸発したムー国政府の代理として、マイカルにて発足した臨時政府の働きかけにより、被曝に対する理解の深い日本へと移送が決まったのはつい先日の出来事だった。
この世でもっとも高価でありながら、まったくの軍事的価値を有していない存在。彼らが運ぼうとしているのはそういったものだった。
ミニラルは一瞬押し黙り、すぐに口を開いた。
「なるほど、理解しました。そうであるならば喜んで引き受けましょう。それで、本艦以外の護衛艦艇はどれほどの用意があるのですか?」
「それがだな」
レイダーは申し訳ないと言わんばかりの表情で言った。
「巡洋艦6隻と装甲巡洋艦4隻、空母が1隻だ。それと〈ラ・カサミ〉を加えた12隻を予定している。すまんな、今のムー海軍でまともに動かせるのはこれぐらいしかないんだ」
開戦以後、残存したムー海軍は大半は機能不全に陥っていた。
反応弾による指揮系統の消失、混乱、グラ・バルカス帝国の潜水艦による機雷封鎖もあり、その殆どが港に篭らざるを得ない形になったのだ。
唯一、マイカル基地だけは十分に機能していたが、それでもすべての艦艇を船団護衛へと出せる余裕は無かった。
日本からの増援が到着する場合、まず大部隊を揚陸できるだけの港湾設備が維持される必要が存在する。
マイカル港はそれに該当するだけの設備を備えている以上、どうしても防衛用に相当数の戦力を残さなければならなかったのだ。
正直に言えば、ミニラルには40隻もの船団を守り切れるとは思わなかった。
艦隊の殆どはグラ・バルカスのそれと比較して酷く旧式であったし、日本で改修を受けた艦についても、〈ラ・カサミ〉以外の艦艇については対空、対潜能力を除けば既存艦艇に毛が生えた性能しか無かった。
例を挙げるとするならば、日本で改修を受けた装甲巡洋艦〈ラ・デルタ〉が新たに搭載した対空火器は、陸上配備のL-90高射機関砲と93式近距離地対空誘導弾の流用であったし、増設されたソーナーは魚群探知用の水中探知機を改良したものだった。
もっとも、相手は第二次世界大戦前後の技術力であると鑑みれば、対空、対潜装備に限ればある程度の戦闘は可能と見られていた。
問題は、戦艦を筆頭とした有力な水上部隊を相手した際である。
現在のムー海軍において、敵戦艦に対抗可能とされていたのは、長魚雷と対艦誘導弾を備える〈ラ・カサミ〉以外に存在しなかった。
ミニラルの脳裏に過去の記憶が蘇った。
幼少期、彼の乗る旅客船が海魔に襲われ、当時海軍中佐だった父が艦長を務めていた機甲戦列艦に救助された時の、自身が海軍軍人としての道を歩むきっかけとなった出来事の記憶だった。
その時、彼の父親はまだ九九すら碌に数えられなかった頃のミニラルに向けて、ある海軍軍人としての理想の一つを語った。
端的に言うならば、海軍とは、本質的には敵を撃滅するためではなく、命を賭して商船を守る為に存在するのであるといったものだった。
そして、その理想はミニラルにもしっかりと受け継がれているといって良かった。
「分かりました。喜んでお受け致しましょう」
結局、ミニラルはこの任務を引き受けることにした。それが彼にとっての義務であったからだ。
民間船を守る為に死ぬ。それはミニラルが望んだ海軍のあるべき姿の一つだった。
いまや自分がその一部であることを、彼は痛いほど理解していた。
日本→とりあえず反応弾施設の無力化を計画中。2隻の反応動力潜の詳細に関しては次回に詳しくやります。