征途日本召喚 作:猫戦車
実生活の方でもある程度余裕が出てきましたので、これからは更新頻度を早くするよう努力します
ムー近海 グラ・バルカス帝国海軍潜水艦〈ミラ〉
中央歴1642年/西暦2023年 6月6日
シータス改級潜水艦〈ミラ〉は、グラ・バルカス帝国海軍東征艦隊の数少ない生き残りとして、数日前よりムー近海に派遣されている潜水艦、その一隻だった。撃沈された味方艦の救助のために敵艦追撃を断念したのもあって、潜水艦のみがその規模を戦前と変わらないままにしている。
その〈ミラ〉の艦長を任されている男は、子供ですら狭いと文句をつけそうな船内で頭をひねっていた。発令所に設けられた小さな海図の前、そこには海域に展開しているであろう潜水艦の配置が映されている。
「これで3隻目か」
艦長は低い声でうなるようにして言った。本来ならば8隻は存在する筈の味方潜水艦。しかし、海図には潜水艦を示すコマが5隻分しか存在しない。夜間、東部方面艦隊司令部より定期通信を受信するために、一度潜望鏡深度まで浮上した際に受け取った情報を反映したのだ。
海図から省かれた3隻は、この定期通信に応答がなかった艦で……それが意味するのは撃沈か行方不明のどちらかでしかない。
「全く信じられん。まさか、ムー海軍にここまでの対潜能力が存在するとは」
同じく海図を睨んでいた副長も同調する。
「ミリシアルの時とは全くの大違いです」
「大方、日本の入れ知恵なのだろうよ」
忌々しげに〈ミラ〉艦長はそう返した。本来ならば、潜水艦の概念すら無いこの世界でここまでの損害を被ることはまずない。ましてや、彼らの操るのは前世界最強のシータス級……静粛性面で大幅な強化を施した改良型である。世界最強と嘯いていたミリシアル海軍……彼らでさえ、マグドラ群島襲撃の際には逃亡すらできずに壊滅したのだ。
ならばなぜここまでの損害が生じたのか……間違いなく、日本が絡んでいると〈ミラ〉の艦長は確信していた。カルトアルパスで対峙した日本製の兵器、水面に浮かぶ黒々しい重油の膜、その中で藻掻く水兵。空母機動部隊が無残な姿となって壊滅した後の光景が、彼の脳裏にこびり付いていた。
「敵は船団を組んでミリシアルに向かっていると聞く。報告もできずに撃沈される程の相手だ、この数で襲撃したとしても足りるとは思えん。イシュタムとの共同襲撃だとしてもだ」
「ミリシアル方面の友軍潜水艦が展開途中なのが痛いですね。彼らさえ動けば話は違ったかもしれないのに」
いやどうかな。
艦長は副長の意見に対して懐疑心を抱かずにはいられなかった。
帝国海軍史上最悪の悪夢と化したカルトアルパス沖。
本来ならば奇襲攻撃を完遂していたはずの東征艦隊は壊滅し、本来予定された戦力図には大きな穴が開いている。ムーへの海上封鎖すら危ういものとなった。
これらの耐えがたき現実は、もはや現在の東部方面艦隊が攻勢的な作戦を行える状況にないという事実を示していた。ミリシアル方面へ展開中の潜水艦戦力は殆ど無傷だったが、それらは来るべき存在……ムー国支援のために送り込まれるであろう日本船団……その撃滅に用いられる手はずとなっていた。
しかし、ここで問題となったのが本来の任務……ムー近海の通商破壊である。
あくまで旧式の戦闘艦しか持たないムー海軍であったとしても、水上艦に比べて劣悪な環境である潜水艦の活動は乗員を消耗させ、来たるべき日本との戦いに必要な練度を維持できなくなる……そのような声が幾つも上がっていたのだ。
結果として、これらは第52地方艦隊といくつかの潜水艦を組ませて通商破壊に当て、残りは温存という方針が決定された。〈ミラ〉他8隻がこの任務に当てられたのは、戦力として宙に浮いている状態にあったのが彼らしか存在しなかったからだ。
そこまで考えてから彼は無意識に顎に手を当てた。出撃して以来、髭を当たるどころか、顔すらめったに洗えない日々が続いたため、ごわごわとした感触と共に気色の悪い粘り気のようなものが手のひらに伝わってくる。
思えば、最後に陸へ上がったのはいつだっただろうか。ディーゼル臭に満ちている酷く澱んだ空気、湿度の高いくせに背筋が震えるような低さの艦内温度。ただでさえ劣悪な環境下なのに、それに加えてイシュタムと組まされるのだ……そりゃあ、不満も溜まるだろうと彼は思った。
「それで、敵の活動状況は?」
艦長は尋ねた。
「まずは順を追って説明します」
副長はうなずいた。
「これまでのところ、マイカル港より出撃した敵船団の目的はミリシアル方面への退避だと推測されます。船団規模は不明ですが、おそらくは50隻を超えているものかと。これまでの我が潜水艦の撃沈ペースを見るに、毎時14ノットで航行しているものと思われます」
「何事もなければ、あと1日でこの海域に侵入してくるわけか」
海図上に置かれた×印と〈ミラ〉を表す駒を交互に眺めた艦長がつぶやいた。
内心、生きて本国に戻れそうにないと思った。敵の手品の仕掛けは分らぬまま、こちらは従来の戦術を元に手探りで戦うほかない。
彼は思った。畜生、敵が上等な対潜装備を持っているとして、この〈ミラ〉でまともに戦う方法はないのか?イシュタムとの共同がまともに機能すればいいが、そうでなければ、この船は鉄の棺桶となるに違いない。
ーーーーーー
翌日 マイカル沖合
自動車輸送船〈DRIVE NEW WORLD〉
約50隻からなる船団は、性能の異なる様々な船からなっている。
その大半の船はムー国籍が占めていたが、そのうち数隻は外国籍のものが混じっていた。
これらは開戦時よりムーに寄港していた商船が殆どであり、不幸にも本国への帰還がかなわず、港内で立ち往生していたものだった。
当然、こうして船団を組むことに慣れていない。
日本国籍の自動車運搬船〈DRIVE NEW WORLD〉もそのうちの一隻に数えられていた。
「大変なことになっちまったな」
〈DRIVE NEW WORLD〉の
彼の周囲では乗組員たちが首に双眼鏡を掛け、せわしなく海面への監視を続けている。種類も速力もまばらな船団から脱落しないため……それから、舌なめずりをして待ち構えているであろう潜水艦から少しでも早く逃れるためだ。
船団の大半の船はムー国籍の客船、貨客船、輸送船であり、各船にはそれぞれ1000名近い哀れな人々……目に見えない病魔に体を蝕まれ、死の恐怖におびえながらも生き延びようとする人達が詰め込まれている。
〈DRIVE NEW WORLD〉も例外ではなかったが、ほかの船と違い、受け入れた人数は100名程度に過ぎなかった。元が純粋な自動車運搬船である〈DRIVE NEW WORLD〉には、1000を超す人数での長期航海に耐えうる設備を有していなかった。
船団は方形を作り、ミリシアル方面への退避を続けていた。大雑把に言えば四列、各10隻程度で陣形を組み、その周囲をムー海軍の艦艇が守っている。〈DRIVE NEW WORLD〉は最後尾に位置する第四列目に組み込まれていた。
ムーにとって日本人という存在は祖国に降りかかる厄災を退ける唯一の希望であり、万が一にも自らの失態で沈められてしまうわけにはいかなかった。
故に、彼らはより生存性の高い位置……潜水艦に待ち伏せされづらい後方に退避させる必要があったのだ。
山口は、自らの船がある種の特別扱いを受けていることに安心を覚えるとともに罪悪感にも似た感情を覚えていた。
彼の脳裏には出航以来よりいやと言うほど目にした光景がこびりついている。
隊列を組んで航行する輸送船。数人がかりで抱えられた黒い袋……ミリシアル到着までに耐えられず命を落とした人々の亡骸が海へと投げ入れられ、海面下へと消えていく有様。
彼は人生の大半を海上で過ごしてきた船乗りであり、同時に善良な一市民としての良心を持っていた。そんな山口にとって、自らの娘とそう変わらない大きさの黒袋が次々と海へと投げ入れられる光景を目にし続けるのは、彼の中に後悔にも似た感情を浮かび上がらせるには十分すぎる出来事だった。
彼の思考を一時的に中断したのは、船団指揮艦である〈ラ・トウエン〉からの無線だった。
『プロフェッサーより〈DRIVE NEW WORLD〉』
「〈DRIVE NEW WORLD〉受信。どうぞ」
山口船長は応じた。まだなにも聞かされていないが、既にろくでもないことだと本能が理解していた。
『緊急事態だ』
焦りをにじませた様子で無線機の奥の声は言った。
『本船団に向け敵艦載機が接近中。おそらく敵偵察機とみられる。厳戒態勢に移行せよ』
ーーーーーー
同時刻
〈ラ・カサミ〉改の装備するOPS-24B対空レーダーが船団へ向けて接近する航空機を探知したのは、出航より5日ほどが経過した頃の出来事だった。
偵察機そのものは〈ラ・カサミ〉の主砲により撃墜されていたが、その直前、無線によって船団の位置を知らせたのが確認できたという報告が電測員より上がっていた。
船団の護衛艦艇、牧羊犬のだれもが理解していた。ここから数刻と経たないうちに航空攻撃がやってくる。今頃は、数十機という艦載機が敵空母の甲板上から飛び立っているに違いない。
だれもが、これからの数時間のうちに訪れる光景に恐怖した。
と同時に、彼らは一歩も引く気はなかった。各艦が対空陣形へと移行し、敵機を迎え撃つべく準備を整えた。彼らは未熟な牧羊犬ではあったが、同時に刺し違えても羊を守るだけの覚悟を秘めていた。
哨戒型ボム・マリン1番機、呼出符丁ドッグ1はこの際、僚機と共に定時哨戒飛行を行っている最中だった。母艦より告げられた司令は一つ、直ちに船団上空へ帰投し、上空援護を実施せよ。というものだった
「畜生、最悪だ」
そのボム・マリンの操縦席についている飛行長は悪態を吐いた。
彼は己の駆る機体の機動性についてさほど期待していなかった。
ましてや、運動性に優れるとされるグ帝戦闘機相手など自殺行為にすら覚えた。
「仕方ないですよ、飛行長」
伝声管を通じて、後席から返事が返ってきた。
「最悪、敵機の爆弾を放棄させれば勝ちですから」
観測員の諭すような発言に、飛行長は渋々ながら同調するようにうなづいた。
しかし、観測員も内心は機体のことを信用しているわけではなかった。
あくまでもないよりはマシ、その程度の機体だ。
急遽実用化されたIFFだけは無理やり積んでいるから、よほど運が悪くない限り、誤射で落ちたりはしないだろう。
これでは、俸給分の働きをできるかどうかすら怪しいけれど。
3分後、〈ラ・カサミ〉改のレーダーは再び敵機をとらえた。
機数は40。そのうちアンタレス戦闘機が12機、リゲル雷撃機が16機、シリウス爆撃機が12機といった構成だった。いずれもグラ・バルカス海軍では旧式化した機体であったが、今のムー海軍にとっては恐ろしいまでの脅威だった。
これらの機体は、イシュタム艦隊が保有する二隻の空母のうち、旗艦〈シェアト〉を除いた軽空母艦載機だった。同艦隊のメイナード司令が指定した攻撃計画によれば、これら40機による攻撃が終わったのち、第二派として〈シェアト〉艦載機を送り込む手はずとなってる。
第一波による混乱につけ込み戦果拡張を行うメイナードの手法は、彼の持つ生来の残虐さを加味しても評価されるものだった。惜しむらくは、彼らが単一方向からの突入を選択した点だろう。
「対空戦闘用意!」
編隊との距離が30キロを切った時点でミニラルは船団の全護衛艦艇に向け命令を発した。
同時に艦首の80式試製203ミリ連装速射砲が仰角をとり、近接信管の装着された砲弾が装填される。
両絃に備え付けられた対空火器……90式35ミリ連装近接防空システムと93式近距離地対空誘導弾の艦載発射装置までもが旋回し、右舷より接近中の敵編隊に照準を合わせた。
編隊との距離が15キロを切った時点でミニラルは命じた。
「対空戦闘開始」
「対空戦闘開始」
命令と同時に主砲として据えられた連装8インチ速射砲が火を噴いた。突入してくる艦攻、艦爆隊の周囲に恐るべき精度で主砲弾が炸裂し、瞬く間に敵機を火だるまに変えていく。
それでも敵編隊が突進する最中、〈ラ・カサミ〉改は両絃の対空火器による射撃を開始した。
白煙を上げて誘導弾が次々と発射され、それと同数の敵機が堕ちる。
突き出た両腕にも似た90式35ミリ連装近接防空システムからは火箭の如き曳光弾が放たれ、勇敢にも突入してきたリゲル雷撃機を引き裂いていった。
〈ラ・カサミ〉改の対空戦闘と同期するようにして、ほかの護衛艦艇も対空射撃を開始していた。
装甲巡洋艦〈ラ・デルタ〉からはL-90高射機関砲による弾幕が放たれ、他の艦からの射撃も加わり密度を増していった。
また、いくつかの輸送船からも白煙が上がり、ノズルからオレンジ色に輝く光を飛ばして敵機に突入する飛翔体が発射された。万が一の自衛に備え乗船させておいた海軍兵士の装備していたスティンガーミサイル……すでに陸自からはお払い箱になって久しい携帯地対空ミサイルによるものだった。
これらの濃密な対空射撃により、わずか数分で敵編隊は壊滅状態に陥っていた。いまだに飛んでいるものとしては6機ほど存在したが、もはや戦闘どころではなかった。
ドッグ1が船団上空へと帰投した時、既に敵編隊は這う這うの体で逃走を図っていた。
目視で確認できる範囲では船団の損害は皆無。彼らの持つ技量から考えれば最高の戦果といってよかった。
「良かった。船団は無事か」
飛行長が安堵のため息をもらした。彼からしてみれば、船団上空へ到着するまでの間、どれだけの被害が出ているか気が気ではなかったのだ。
だが同時に、彼はどこかしこりにも似た感情を抱えてることに気が付いた。
この戦闘において、己の操るボム・マリンは何ら戦局に寄与していない。それどころか、守るべき船団へとたどり着く前に戦闘が終結してしまう有様だ。
これでは、俸給分の働きをしたといえるのだろうか……そう疑問に思った最中、突如として観測員が声を上げた。
「飛行長。こりゃ不味いですよ」
「どうした? 何があった」
飛行長は尋ねた。
「レーダーに反応がありました。船団後方です」
観測員はこわばった様子で告げた。
「間違いありません。敵潜が一隻、船団の後ろに付いてきてます」
ーーーーーー
同時刻
潜水艦〈ミラ〉
なにもかもが奇跡的なタイミングで起こった。
この場にいた者たちで、こうなることを予想できた人間は一人として存在しなかった。
〈ミラ〉とその艦長は運命の時間を全く圧胴的に過ごした。そう形容するほかなった。
「微速前進。このままだ。このままケツに食らいつく」
〈ミラ〉艦長は命じた。思わぬ幸運をつかんだ者に共通する明快極まりない声だった。
事実、彼の目前には潜水艦乗りとして最高ともいえる好機が到来していた。
護衛艦艇が対空戦闘に忙殺され、対潜警戒へと目の向いていない好機が。
彼らが手にした幸運は三つ存在した。
一つは、〈ミラ〉のパッシブ・ソナーがムー大陸より向かってくる数十隻の航行音を探知し、追尾に成功した点。
二つ目は、〈ミラ〉が船団に接近した際、偶然にも左後方から襲い掛かる形となった点。
そして最後は、襲撃のタイミングがイシュタム艦隊と同期していた点だった。
艦長は確実な戦果を欲していた。敵艦が最適雷撃距離に入るまで、聴音探知だけで情報を集め、最後の瞬間だけ潜望鏡で目視観測してデータを修正、雷撃を実施するつもりだった。
そして、その瞬間はすぐにでも訪れようとしている。
「潜望鏡深度! 雷撃戦用意!」
〈ミラ〉は号令とともに戦闘態勢へと移行した。
既に8基ある発射管のすべてに魚雷を装填済み。あとは目標を定め、発射するだけだ。
艦長はすぐさま潜望鏡をのぞき込み、旋回させた。右40度に敵巡洋艦がいることと、左25度に『物資を満載した』輸送船がいるのがすぐに分かった。奥にもう二隻巡洋艦が見えたが、これだけの距離ならば即座に対応はできそうにない。
なぜならば、この時、船団を護衛していた艦艇群は対空戦闘の直後であり、編隊から身を守るべく速力を最大にして航行していた点だった。彼らにとって不運だったのは、およそ20ノット近い速度での航走雑音により、艦のパッシブ・ソナーが約に立たなくなってしまったからだ。
あるいは、もし彼らがあと一年ほど経験を積めば、この事態にも対処できたのかもしれない。しかし、現状のムー海軍は対潜水艦戦術において発達途上であった。彼らは勇敢かつ使命に忠実だったが、必ずしも結果に結びつくとは限らなった。
潜望鏡に切られた距離目盛で敵艦との距離を計測する。3600メートルだった。
艦長が命じた。
「目標敵巡洋艦、一番、二番発射!」
艦首から圧縮空気の騒音が響き、魚雷が発射管から押し出された。
魚雷発射の確認を終えたのち、〈ミラ〉は左へ大きく舵を切った。
目標は敵輸送船。あと3,4隻撃沈したのち、そのまま急速に離脱しなければならない。
「いいぞ。3番、4番発射!」
〈ミラ〉は次々と魚雷を放った。
これこそが、牧羊犬達の直面する最大の危機だった。
牧羊犬達は傷つき倒れ、羊の群れは飢えた虎狼の前に差し出されようとしていた。
ムー国船団とイシュタム艦隊の対決は、ここからの半日で頂点に達しようとしていた。