征途日本召喚 作:猫戦車
ムー沖合
中央歴1642年/西暦2023年 6月9日
ムー海軍が恐るべき苦難に直面していた同日、それを狩るべきグラ・バルカス帝国海軍第52地方艦隊もまた混乱に見舞われていた。
旧式で、本来であれば無防備な羊の群れに等しい船団とその護衛に対し、二線級とはいえ40機の空母艦載機が壊滅させられたのだ。
第52地方艦隊……イシュタム艦隊のファースト・ストライクは完全なる失敗に終わった。
とはいえ、彼らは襲撃を諦めるつもりはなかった。
全滅したのは、客船改装の軽空母である〈ブラキウム〉の艦載機であり、補用を含め70機もの艦載機を有するペガスス級の〈シェアト〉航空隊は何の損害も出していなかったし、オリオン級戦艦〈メイサ〉を中核とした水上艦艇も無傷であった。
そうなれば、第52地方艦隊司令長官メイナード少将が作戦の継続を命じたのも自明の理だったのだろう。いや、むしろより苛烈な報復を訴えたのも当然だったのかもしれない。
彼はこと病的なまでの加虐趣味者であると内外より知られていたし、それ故に、相手が自身の予期せぬ反応を見せることを酷く嫌う質の人間だった。
サディストが最も苦痛に感じる瞬間とは、相手に嵌めた筈の首輪を引きちぎられ、自らに嚙みついて来た時である。
故に、彼は首輪を嵌めなおす……戦闘の主導権をイシュタム側へ引き直すことに躍起になっていた。
〈シェアト〉艦橋で指揮を取っていた彼は、僅か3機(対空砲火から生き延びた機は6機だったが、うち半数は対空砲火による損傷で母艦へと帰投できなかった)の帰還機の収容を終えるや否や、すぐさま第二次攻撃隊の発艦を命じたのだ。
「1時間以内に全機発艦! 予備機もです。敵は寡兵、一度目は防げても二度目は厳しい筈。一回攻撃を退けて図に乗った劣等人種共を魚の餌にしてやりなさい!」
彼は死体と見まごう程に青白い肌すら赤く染めて怒鳴った。
(冷酷残忍な本性とは対照的に)冷静な様子の彼が感情を剥き出しにする様は〈シェアト〉乗組員や参謀らにとって珍しいものだったが、特段気にする素振りは見せなかった。
なぜなら、イシュタム艦隊とは多かれ少なかれサディストの集まりであったし、メイナードと同類の人間故に同じ怒りを共有していたからだ。
むしろメイナード以上の加虐性を見せている者もいた。
それらと比べるのならば、ある種の冷静さを保っていたメイナードの方がまだ理性が残っていると言えるかもしれない。彼が第一次攻撃隊壊滅の一報を聞いてまず最初に行った事は、東部方面艦隊司令部への損害報告だったからだ。
とはいえ、ある種の気まずさを感じ取ったのだろう。控えめな様子で彼の参謀が報告した。
「オスニエル支隊より連絡です。〈作戦変更の有無如何か? 変更なくば、本支隊は予定通り船団へと突入す〉。以上です」
「作戦に変更なし、そのまま突入せよ。そう伝えておきなさい」
メイナードは語気を弱めながら答えた。
彼は前日より、〈メイサ〉艦長であるオスニエル大佐に艦隊の一部を任せ、オスニエル支隊と命名して別行動をさせていた。
その目的は砲戦能力に優れる水上艦による通商破壊であり、度重なる襲撃で疲弊し果てた船団に対する止めだった。潜水艦の雷撃から逃れ、無数の航空攻撃が過ぎ去ってようやく生存の芽が出たと勘違いした哀れな羊の最期を絶望で飾り立てようとしたのだ。
もし第一波の攻撃が上手くいったのなら、何の出番もなく終わっていたのかもしれない。
しかし、その第一波が無残に壊滅した以上、オスニエル支隊の存在は作戦の成否を左右するまでに重要視されていた。第二派攻撃での船団の殲滅は不可能と予想されていたから、水上艦艇の砲撃で仕留める他ない……メイナードはそう考えていた。
また、彼がオスニエル支隊に多大な信頼を寄せる理由として、支隊そのものが持つ戦力の存在があった。
支隊の戦力としては、
オリオン級戦艦〈メイサ〉
タウルス級重巡洋艦〈アテマル〉
キャニス・メジャー級巡洋艦〈フルド〉、〈ムリフェイン〉
スコルピウス級駆逐艦〈レサト〉、〈ジュバ〉他2隻
の計8隻を保有している。
この部隊を派遣した後、メイナードの手元には、
ぺガスス級航空母艦〈シェアト〉
リブラ級軽航空母艦〈ブラキウム〉
重巡洋艦2隻
軽巡洋艦1隻
駆逐艦8隻
が残っている。
空母の護衛としては十分な規模だ。
どれも30ノット以上の最大速力を発揮可能であり、また砲戦能力に関しても申し分はない。
特に〈メイサ〉に関しては、艦隊唯一の戦艦とあってかなりの期待が寄せられていた。
連装四基八門の36センチ砲は空母を除けばイシュタム艦隊の持つ最大火力であったし、もはや海戦において必須となったレーダー管制射撃についても転移前の大改装時に獲得していた。
戦前のデータなど役に立たなくなって久しいが、この戦力ならば戦えるとメイナードは踏んでいた。ムー海軍は明らかに強化されているものの……日本の艦隊ほど強いわけではない。
そうであるならば、既にイシュタム艦隊は海の底に沈んでいるはずだからだ。
幾許かの自信を取り戻したのか、メイナードの顔色は普段の青白色へと戻っていた。後はこのまま、艦載機発艦を待つだけでいい。
そう思っていた矢先に報告が入った。
〈シェアト〉の電測員からだった。
「右舷前方より飛翔体。機数8、550ノットで接近中……」
ーーーーー
同時刻
USS〈キラー・ホエール〉
〈キラー・ホエール〉の葉巻の先端部にも似た統合式ソナー海水を何隻もの船がかき乱す音が入ってきたのは、彼らがムー近海へ進出して二日の事だった。
水測室からの報告では、目標の位置は深度90メートルに潜む〈キラー・ホエール〉から約40マイル。方位は3ー1-5。おそらく20隻程度の艦艇が輪形陣を組みながら東へ進んでいる。
「ハープーン、全弾発射終了。発射管閉鎖、排水」
「機関全速。右舷回頭」
ブレイン艦長は嬉しそうに言った。
彼は前日の衛星通信により、敵艦隊の大まかな位置を発見したうえで、この海域まで艦をかなりの高速で接近させていたのだ。
必ず敵艦隊と遭遇する保証はなかったが、少なくともブレインはこの賭けに勝った。敵は一刻も早い船団の殲滅を望んでいる筈であるから、その行動は船団の動向に左右される。
そうして〈キラー・ホエール〉が敵艦隊を補足したのが一時間前の出来事であり、発見と同時にブレイン中佐は全発射管へUGM-84ハープーン対艦ミサイルを装填。合計で8発のハープーンを発射し、次の段階へ移ろうとしているのが現状だった。
「次はいったい何をなさるつもりなのですか?」
副長が低い声で尋ねた。
現在、〈キラー・ホエール〉は深度そのままに回頭を行っている。相対距離はどんどんと縮まっていった。
「決まっているだろう」
ブレイン艦長は言った。
「敵の前方に回り込んで、残りに魚雷をぶち込む。そしたら急速潜行ののち離脱だ」
潜水艦は深度100メートル付近を維持しつつ、可能な限り高速でイシュタム艦隊の追尾を行った。探知される素振りすらなかった。あくまで二次大戦期の域を出ない対潜装備で、前世界最強と名高い反応動力潜を相手すること自体に無理があるのだ。
敵艦隊との距離は刻一刻と狭まっていった。
彼我の間は15マイルを切っている。
機は熟したといわんばかりにブレインは命じた。
「全発射管、魚雷発射準備。目標、敵艦隊」
「サー。全発射管、魚雷発射準備。目標、敵艦隊」
発射管制士官が復唱した。
「発射解析計算よし、入力……発射管注水」
「全発射管解放。1,2番発射」
艦首方向から連続して水洗トイレを流したような音が響いた。
合衆国海軍が愛してやまないMk48長魚雷、それが何の問題もなく解き放たれた音だった。
それを聞いたブレイン中佐はにやりと笑い、
「いいぞ。続けて3番、4番発射。一発で仕留めろ」
と命じた。
彼の命令は速やかに実行に移され、〈キラー・ホエール〉は、このわずかな短時間で8発の長魚雷の発射に成功していた。
彼が艦首660ミリ発射管から魚雷を解き放ったころ、標的となったイシュタム艦隊は完全な混乱状態にあった。
〈キラー・ホエール〉による先制攻撃……ハープーン対艦ミサイルを叩き込まれていたからだ。
無論、何もしていないわけではない。彼らはミサイルを発見次第、高角砲から機銃に至るまでの対空砲火を全力で浴びせていたが、射撃を開始するには遅すぎた。
まず、外周を警戒していた駆逐艦8隻のうち、3隻がハープーンの直撃を受けて轟沈していた。
彼女らは対艦ミサイルを受け止めるにはあまりにも装甲が薄く、小さかった。
対空砲火をもろともせず突っ込んだハープーンは駆逐艦の船体を運動エネルギーと炸薬で切り裂き、残燃料によって焼き尽くしていた。本来ならば退艦命令が発生られなければおかしかったが、それを命じる士官が全滅している以上、どうしようもなかった。
瞬く間に駆逐艦が火だるまになったのを驚く暇も無く、残り5発のハープーンは容赦なくイシュタム艦隊に牙をむいた。
うち1発は〈ブラキウム〉の舷壁をたたき割り、爆発の勢いを持って横倒しにした。これにキャニス・メジャー級の一隻の船体が砕ける轟音が加わり、タウルス級の砲塔が吹き飛び、海面へと転がり落ちる光景が仕上げを飾った。
この段階でイシュタム艦隊で無傷だったのは〈シェアト〉他6隻だったが、もはや作戦を再開できる余裕など失われていた。この誘導弾が誰が、どこから撃ったのかすら不明な状況ではどうしようもないだろう。
それでも、メイナードは混乱と焦燥が支配する〈シェアト〉艦橋内で唯一冷静さを保つべく努力していた。想定外の事態を前に、最早内心のサディズム的思考は崩壊していた。今はただ、生き残ることを最優先として行動せねばならない。それを理解できぬほど彼は無能ではなかった。
おそらく、今の攻撃は潜水艦によるものだろうとメイナードは推測していた。皮肉にも、彼の仮説を証明したのが続く第二撃……〈キラー・ホエール〉の放った8本の魚雷である。
途中で誘導ワイヤを切断したMk48長魚雷はソナーを起動させ、それぞれ目標をとらえることに成功していた。二本が〈シェアト〉、残りが生き残った艦艇へと向かう。
この高速魚雷を探知できた艦は一隻たりとて存在しなかった。
用いられている技術格差……特にソナーのそれがあまりにも隔絶していたからだ。
その結果、イシュタムは殆ど無警戒のまま魚雷を食らうこととなったのである。
生き残りの駆逐艦1隻が、突然海面から跳ね上がり、同時に黒煙と水柱が発生。船体を二つに割って海面へと飲み込まれていった。水柱は次々と増えていった。狼たちは次々と猟犬に狩られていったのだ。
破局の時は〈シェアト〉にも平等に訪れた。
彼女をソナーにとらえた二本の魚雷は、艦底起爆モードで〈シェアト〉の下底へ潜り込み、そのまま300キロ近い高性能爆薬を起爆させた。
バブル・パルスによる衝撃波を最大とすべく設計された弾頭は問題なく作動した。爆発と共に生じた気泡の膨張は〈シェアト〉の艦底の歪みを不可逆的なものとし、水圧の臨界点に達して崩壊、その空間へとなだれ込むバブル・ジェットが噴出することによって……一瞬で〈シェアト〉の船体を二つに切り裂いたのだ。
誰もが逃れる術を持たなった。船体の破壊によって生じた海水の渦は、〈シェアト〉のすべてを飲み込むかの如く勢いを増していった。沈みゆく泥船から逃れようとしたものはたちまち渦の中へとのみこまれていった。勿論、メイナードも例外ではない。
「急速潜行。これより、本艦は海域を離脱する」
すべてを終えたブレインは淡々と命じた。
息を吐きだす。沈めれるだけの敵艦を撃沈したのだから、ある種の緊張が解けたように感じた。
(いや、まだ全部沈めた訳じゃない)
ブレインは思った。事前の報告より敵艦の数が少ない。おそらく、艦隊の一部を別動隊として行動させているのだろう。報告に上がっていた数と、たった今沈めた分を差し引けば、おおよそ8隻程度といったところだろうか。
とはいえ、彼はその別動隊の追跡に移るわけにはいかない理由があった。
本来、〈キラー・ホエール〉に課されている任務は、グラ・バルカス帝国反応兵器施設の破壊である。地球上ならばまず積まない量のトマホークミサイルを詰め込み、敵駆逐艦の跋扈するグラ・バルカス近海まで接近、そしてありったけのトマホークを叩き込むのだ。
故に、〈キラー・ホエール〉が積んでいる通常弾薬……魚雷と対艦ミサイルの数には限りがあった。既にハープーンは全弾を消耗、魚雷も残り2発しか積んでいない。残りは全てトマホークが占めている。
残った魚雷もそう簡単に使えるわけではなかった。
仮にここで全ての魚雷を打ち尽くした場合、〈キラー・ホエール〉の貴重な自衛手段が消失することを意味していた。
〈キラー・ホエール〉はあくまで反応弾施設爆撃任務の途中であり、道中にどのような敵と遭遇するかは分からない。
グラ・バルカスの反応弾無力化は最優先事項であったから、これを軽視するわけにもいかなかった。
つまり、〈キラー・ホエール〉とブレイン中佐が船団にしてやれるのはここまでだった。
羊に食らいつこうとした手負いの狼は猟犬に食い殺されたが、すべてを殺しきれたわけではない。
残りの敵は、ムー海軍の善戦を祈るしかなかった。
ーーーーーーーー
同日 ムー船団
〈ミラ〉が最初に船団へと牙を剥いたとき、異変に気付いたものはそう多くはなかった。
彼らの注意は空へと向いていたし、来たるべき第二派の航空攻撃に備える必要があったkらだ
故に、〈ミラ〉の放った最初の魚雷は、まったくの奇襲として護衛艦の〈ラ・ハタカ〉へと突進した。
ラ・ホトス級巡洋艦の一隻として建造された彼女の艦底部へと魚雷が入り込み、水中で炸裂した魚雷の衝撃波によって船体がひしゃげ、急速にその姿を海中へと没していた。
同じく船団護衛中の巡洋艦〈ラ・シグマ〉が僚艦の死に気付いた時、彼女は〈ミラ〉の次の獲物として定められていた。
無論、何もしなかったわけではない。〈ラ・シグマ〉は潜水艦の襲撃に気付くとみるやすぐさまに厳戒態勢に移り、羊へと食らいつかんとする狼への備えを見せていた。
だが、彼らが戦闘態勢を整えたとき、〈ミラ〉は既に魚雷を発射し終えていた。
巨大な水柱が生じた。〈ラ・シグマ〉が回避しようとして、しかしそれを始めるには発見が遅すぎた魚雷が船体へと突き刺さったのだ。
〈ラ・シグマ〉は魔女の大釜へと放り込まれた蛙のようにねじ切られ、海中に没しようとしていた。
〈ラ・シグマ〉喪失がもたらした影響は計り知れなかった。〈ミラ〉付近の護衛艦艇の消失……つまるところ、一時的に羊を無防備に晒したといってよい。
既に襲撃に気付いた巡洋艦〈ラ・コスタ〉が援護へと向かっていたが、彼らが〈ミラ〉の存在を補足した時、狼は羊に牙を向いていた。
船団最後尾を航行していた輸送船……〈DRIVE NEW WORLD〉へと魚雷を発射し終えていたのだ。
「畜生、またやられた」
〈ラ・シグマ〉に水柱が上がった時、船団上空を旋回していたボム・マリン。その飛行長は悲痛な呻きをもらした。
何もかもが後手に回っている。警告は間に合わず、対潜爆弾を装備した機は飛んでいない。
彼と観測員の乗るボム・マリンはなんら状況に寄与していなかった。
「まずいです。また、やられます」
観測員が驚愕の声を上げた。
「なんだって?」
「おそらく一本。目視で確認しました」
見ると、魚雷は白い航跡を描いて船団へと突進していた。
進路上には輸送船が一隻。何もしなければ直撃コースだ。
飛行長は輸送船を呼び出した。搭乗員に配られたリストで、船名は把握してある・
「ドッグ1より〈DRIVE NEW WORLD〉。貴船右舷前方より魚雷接近中。直ちに回避されたい」
無線機の向こうで男の声が応じた。どうやら船長らしい。
『〈DRIVE NEW WORLD〉受信。了解した。やるだけやってみる』
飛行長は、それがどれだけ難しいことなのか理解していた。
図体のでかい船なら方向転換すら一苦労のはずだ。ましてや急回避なんて不可能に近い。
あの大きさの船なのだ。中には千を超す避難民が詰まっているかもしれない。このまま見殺しにするのか? 畜生め。
痛いほどの沈黙が機内を支配した。
「なぁ」
自分でも驚くほどに落ち着いた声で飛行長が言った。
「どうしました?」
「あの魚雷、止める方法は一つしかないと思うんだけど、どうかな?それに今日、俺たちは俸給分の仕事を果たしたとはいえないと思うんだよ」
「やっぱり?」
「うん。同じこと考えたのか?」
「これでも長い付き合いですからね」
「なら、今日も付き合ってもらえるか?」
「あたりまえですよ」
静かに観測員は答えた。
「それに、自分は一度、このマリンでおもいきり急降下してみたいと思っていたんですよ。だとすれば、釣れるのが外道でも仕方ありません」
「悪いな」
飛行長は無線をつないだ。
『ドッグ1より〈DRIVE NEW WORLD〉』
「〈DRIVE NEW WORLD〉受信。どうした」
山口船長は応じた。一介の自動車運搬船に過ぎない〈DRIVE NEW WORLD〉の機動性は芳しくない。既に雷跡は確認できていたが、このまま避けられそうになかった。
『お邪魔して悪いのですが、そちらの心配をちょっと省いて差し上げようと思いまして』
「どうやってだ?」
『どんなものでも、ぶつけりゃ壊れるから』
「なにを……」
山口はそこで、初めて通話先の意図に気付いた。
「あんたまさか……」
『これでも仕事ですから』
「馬鹿、やめろ」
『こちらは2人、そちらは千人。お気になさらず。それでは、さよなら!』
通信はそれっきり途絶えた。旧式複葉機を改良した対潜哨戒機は、かつて期待された役割を思い出したかのような見事な急降下を行い、〈DRIVE NEW WORLD〉を射線にとらえた魚雷に向けて突っ込んだ。
思いのほか小さな水柱が上がった。
衝突時に砕けた布張りの主翼片が跳ね上がり、海面へと落ちて波間に消えた。魚雷も消えた。
後には何もなかったかのような海面だけが残った。
「本船には千人も乗りこんじゃおらんのだ」
山口船長は呟いた。
「馬鹿野郎が」
一連の出来事を目にしていた操舵手は船長の横顔をちらりと眺め、信じられないものを見た。
どの様な航海も動じず切り抜けてきた海の男、その大きな瞳から滂沱の涙が流れ落ち、頬を濡らしていたのだ。
同時刻 〈ミラ〉艦内
わずか一隻で船団を翻弄し続けた潜水艦〈ミラ〉。
しかし、彼女の幸運もここまでだった。急遽針路を変更した〈ラ・コスタ〉のソナーがその存在をとらえたのだ。
「見つかったか」
〈ミラ〉艦長は直感した。
彼がのぞき込んでいる潜望鏡には、自艦の方角へ一直線へ進む巡洋艦の姿があった。
潮時か、そう思った彼は号令を下そうとした。
「急速潜航。ダウントリム……」
しかし、命令は途中で中断された。
〈ミラ〉の船体が激しく揺さぶられ、自身も強く壁に叩きつけられたからだ。
この時、〈ミラ〉への攻撃に使用されていたのは、日本での改装時に〈ラ・コスタ〉が装備していた71式ボフォース・ロケットランチャーによるものだった。
これは375ミリの無誘導ロケットを前方にばらまくロケット発射機の一種で、日本からしてみれば骨董品もいいところの兵器である。
しかし、〈ラ・コスタ〉からしてみれば最も信頼できる対潜兵器といってよかった。彼らは、撃沈された僚艦2隻と英雄的活躍の果てに散った二名の復讐を果たすべく、距離2キロの地点で発射を開始したのだ。
そして、その攻撃は上手くいったと見てよかった。
彼らが放った4発の対潜ロケットのうち、一発が〈ミラ〉の真横に着弾、爆発の衝撃で戦闘不能にまで追い込んだのだ。
強い衝撃で一時気絶していた艦長は、意識を取り戻してすぐ、艦内の空気が白く濁っているのに気付いた。火災が発生しているのだ。
「いかん。急速浮上、総員退艦せ……」
直後、彼の耳に強烈な爆発音が響いた。
対潜ロケットの再装填を終えた〈ラ・コスタ〉の第2射が直撃したのだ。
そのまま船内へと海水が侵入し、〈ミラ〉は永遠に海中へと没しようとしていた。
勿論、脱出する者はいない。
この時、傷付き倒れるばかりだった牧羊犬は、この時確かに狼を仕留めたのだった。
同時刻 〈ラ・カサミ〉改
戦闘指揮所内
自動車運搬船手前で発生した二つの水柱は船団前方から急遽駆け付けた〈ラ・カサミ〉改の艦橋からもよく見えた。
「ああ、畜生」
その艦橋内の戦闘指揮所にて、艦長のミニラル大佐は悲痛な呻き声を漏らした。
「あそこまでやるのは俸給を超えているぞ。どんな勲章だっておっつくものか」
彼は目頭を押さえ、俯くように呟いた。
やがて、思い出したかのように通信手に伝える。
「船団全船に通達。沈没した〈ラ・ハタカ〉並びに〈ラ・シグマ〉乗組員の救助を行え」
続いて、ミニラルは信号手に命じた。
「船団全船に信号」
「船団全船に信号、よろしい!」
直後、〈ラ・カサミ〉より全船に向け通達された内容は以下の一文だった。
”汝ラ、カレラヲ忘ルルコトナカレ”
リブラ級軽航空母艦→史実の隼鷹型相当