征途日本召喚 作:猫戦車
ロウリア領内
中央暦1639年/西暦2021年 5月14日
大して舗装されていない畦道が続く草原を、周囲の牧歌的雰囲気に似つかない装軌式装甲車が3両、援護の86式戦車が2両の編成となって突き進むこの小部隊は、現在ロウリア王国首都ジンハークに向けて進撃中の第7機甲師団の側面援護を目的として展開していた第1独立装甲連隊による警戒、掃討部隊であり、後方連絡線の付近で発見された敵騎兵の小部隊の掃討を目的として、潜伏していると思しき林付近へと進出していた。
岡は迷彩服の左上腕の位置に縫い付けられたワッペンを撫でた。
ベトナム戦争以来、第1独立装甲連隊所属の隊員が必ずと言っていいほど着けている、放射能怪獣が火を吹いている様子が描かれたそれに触れることで、少しでもその緊張を和らげようとした。
「岡、緊張してるのか?」
そうした彼の様子を、どこか揶揄うような口調で向かいに座る自衛隊員の1人が問い掛けた。
岡の同期で、かつて〈向こう側〉と呼ばれていた地域の生まれの自衛官だった。
岡はなるべく平然とした態度で、彼に向かって言い返した。
「いや、問題ないよ。そっちこそどうなんだよ」
「実を言えば正直俺も手が震える。武者震いってやつかな」
よく見ると、グローブが微かに震えている。アドレナリンが過剰に分泌された結果なんだ、岡はそう思うことにした。
彼との会話を最後に、車内の会話はぱたりと鳴りを顰めた。聞こえるのは五月蝿いエンジン音だけで、あとは履帯が土を巻き上げて走る音のみであった。
少なくとも俺たちは鋼鉄の箱の中にいて、外からに対して安全である筈だ。
しかし、いつもこうして運ばれている最中は嫌な不安に襲われる。岡はボディアーマーとヘルメットを纏った身体を縮こませてそう思った。1つは人間が身動きの取れない場所に閉じ込められた際に感じる本能的な恐怖、2つ目が自身の乗る側面にガンポートの付いたやや古ぼけたIFVに対する少しばかりの不信感である
86式戦車と並行して普通科連隊に配備されたこの84式装甲戦闘車は、赤い日本がBMP歩兵戦闘車の改良型を配備した事に対するカウンターに近い措置として開発、配備された、西側標準的とも言えるIFVである。
最も、最新技術を盛り込んだ上に赤い日本に対する切り札として調達が加速した86式と違い、ありふれた技術で手堅くまとめられた本車はいささか不運と言えるだろう。
なんせ、他国の歩兵戦闘車の例に漏れず高価であったこともあり86式の大量配備とその他装甲車更新の煽りを受けて配備が遅延、結果的に統一戦争時には2個機甲師団の定数を満たす程度しか調達出来なかったのだから。
60年代の思想と70年代の技術で作られた80年代の兵器である本車であるが、基礎設計は優秀であるが故に21世紀に入ろうともこうして陸自内でも使用されいる。
統一戦争後に登場した改良型は、ガンポートの廃止や搭載火器の一新で、戦場での信頼に値する代物となっていた。
しかし、いま岡が搭乗している車両はガンポートの装着された初期型、つまり統一戦争の生き残りであった。
少なくとも自分より年嵩を重ねている車両に対し、彼は機械的信頼を期待しなかった。
もっとも、本土の師団に相当数が残っているM113よりは幾分かマシであった。
数十年の改修の末に20ミリ機関砲に対戦車ミサイルの搭載と装甲強化という改修が施されているとはいえど、既に導入から半世紀が過ぎた車両に好き好んで乗ろうとは思わなかったからだ。
「目標発見。距離2000、数50、小隊規模だ」
突如としてこの車両の車長が岡達に会敵を通告した。全身の筋肉が一瞬硬直し、直後に震えが止まる。彼の分隊長でもある車長は続いて話した。
「下車戦闘用意」
突然、車外から連続した轟音が鳴り響いた。
等間隔に打ち鳴らされるそれは、84式の35ミリ機関砲の射撃音であった。遠方からは小気味のいい破裂音が幾多も響いてくる。86式の車載機銃によるものであろう。
彼の搭乗した車両は突如として停止した。後部ハッチが開くと、岡らはパブロフの犬の如き反射性を持って車外へと次々に下車していった。
眩しいまでもの日差しと、どこか新鮮に感じる空気には目もくれず、彼は85式小銃のドットサイトを見ながら警戒し、撃ち漏らした敵に対して射撃を加えた。
距離200まで接近しての攻撃であったが、ロウリア側には何が起こったか把握すら出来ずに射殺される者が殆どであった。
そのうちの1人を岡は3点バーストに設定した85式によって、5.56ミリ弾を正確に叩き込み、その兵士が倒れる一部始終を目撃した。
不思議と引き金の重さは変わらなかった。アドレナリンの影響か、彼は自らの行いをどこか他人事のように感じていた。彼が変化を感じたのが、掃討を終えて撤収する際、肩に掛けた85式小銃が新隊員時代に初めて触った時よりも格段に重く感じた時であった。
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ロウリア王国 ジンハーク港 東方征伐艦隊
中央暦1639年/西暦2021年 5月14日
ロウリア王国東方征伐艦隊残存艦艇を率いるホエイル将軍は閉口した。
首都ジンハークの北方にあるジンハーク港に設けられた海軍本部にて、先の海戦においての損害を再確認し、既に2000隻を切った自軍の艦艇ではもはや勝利は望めないことが明らかになったからだ。
(どうしてこうなった)
いくら嘆こうが答えは出るはずもない。彼の前任……ロデニウス沖で戦死したシャクーン将軍の代替として、奇跡的にあの蹂躙劇を生き残った結果、なんとか残りの艦艇を引き連れての撤退に成功した彼がこのポストに就くのは当然であった。
もっとも、必ず敗北する役割を押し付けられて喜ぶ軍人は存在しないが。
先の敗北は、勇猛果敢でこそないものの勝利に対して最大限の努力を惜しまない彼を持ってしても、もはやどうしようもないと感じざるを得ない結果としてしか残らなかった。
まともに攻撃が通じず、火力などワイバーンすらも凌駕すると思えた。特にあの先頭の船などは理解の範疇外に位置しており、どう考えても勝てる見込みが思い浮かばない程であった。
しかし降伏や講和がこの国に取れるとは到底思えないのがホエイルの本音であった。
亜人廃絶を国是として庶民や諸侯に重税を課して来た手前、今更クワトイネ攻略を中止したら諸侯らの離反を招きかねず、最悪ロウリアという国そのものが分裂しかねない。
また、祖国ロウリアにこれ程までの被害を与え続けている存在が、未だに国交の無い日本国という新興国家であることも問題であった。
噂を聞くに、どうにも国交樹立に来た外交使節を追い返してしまったらしい。
最早どうすることも出来ない。戦前に保有していた500騎のワイバーンも、ここ1ヶ月での航空戦の結果として既に100騎まで数を減らし、その全てが王都の警備用として配置されていた。
地上軍に至っては既に諸侯の一部から兵の拠出を拒否する声すら上がっており、信頼のおける部隊は最早王国直轄軍しかおらず、先日大規模な活動を始めた敵相手に持つとは到底考えられなかった。
あの時こうしていれば、もしくはこれさえあれば……彼の脳内が極めて後ろ向きな思考に染まり出したその時、突如として頭上から轟音が響いた。
彼が空を見上げて飛翔する物体を目撃した時には全てが遅かった。
一切の迎撃を受けずに首都上空に侵入した3個編隊12機のFV-2Sは、翼下パイロンに多数搭載したペイブウェイ誘導爆弾を停泊中のロウリア王国海軍艦艇と施設に向けて投下、無数の艦艇が轟沈又は大破着底し、ホエイルもまた、原型を留めない程に破壊された海軍本部と命運を共にした。
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数分後 ジンハーク 竜騎士宿舎
ロウリア王国竜騎士団所属、ターナケインは突然の爆音に目を丸くした。
彼はつい最近実任務に駆り出されるようになった若手の騎士であり、明日には初陣ということで相棒のワイバーンと共に敵に対して一泡吹かせてやろうと思っていた。
そんな彼が呆然とした表情で空を見上げていたのは、軍港を爆撃したのちに転進して王城の方へ向かって来たFV-2の編隊であった。
彼は、生まれて初めて見るワイバーン以外の大型飛行物体を目撃し、恐怖する訳でもなく立ち尽くしていた。ワイバーンが王者として君臨してきていた筈の空を悠々自的に飛び回る姿に、初めて
ワイバーンを目撃したときのような感触を抱いた。
が、彼は何処から子供の心の一部を残しているような人間であっても軍人であり、即座にそれが敵の飛行機械で、ここ1ヶ月に渡ってロウリアの竜騎士団に尋常でない損害を与え続けている存在であることを確信した。
「伝えなければ、このままじゃ」
空に上がる前にやられてしまう。そう思い立った彼は、即座に踵を返して竜騎士団の詰め所に駆け込もうとした。今、ロウリアの保有するワイバーンの殆どがここの厩舎に集まっている。
そこを攻撃されようものなら、ロウリアは空の脅威に対する対抗手段の一切を喪失することになる。
しかし、今更駆け込もうとしたところで全てが遅かった。彼の耳が轟音を拾った時点で全てが決していた。
未だ数発のペイブウェイ誘導爆弾を抱えたFV-2は、大慌てでワイバーンを引っ張り出して迎撃にあたろうとする竜騎士団の真上へと、一切の抵抗なく侵入、そしてそのまま爆弾を投下した。
まず一瞬の閃光が迸った後、耳を劈くような轟音と衝撃波が彼を襲った。
思わず尻餅をついた彼に目掛けて飛んできた木片を顔に当たらないように手で隠した後に厩舎の方を向くと、そこには内側から外に向けて無数の内容物を散らした竜騎士団の残骸があった。
「そんな……」
彼は呆然とした。自らの相棒もあの中にいたのだ。それがほんの数分であの爆煙の中に消えてしまった。その事実を飲み込もうとする彼の頭上を、見事な編隊飛行を維持したFV-2が飛び去っていった。
彼は顔を上げ、再びその機影を目に焼き付けた。深い後悔と悲しみが渦巻く胸中に、ほんの少しの羨望が混ざった瞬間であった。
この日の攻撃は自衛隊にとって前座に過ぎなかった。陸上部隊は工業都市ビールズを攻略すると踏んでいたロウリア王国上層部の予想を裏切って、直接王都を叩くべく進撃を開始していた。
それを知る由も無いターナケインは、敵によってもたらされた破壊の跡を眺めて、ただ茫然とする他なかった。
84式装甲戦闘車→遙かなる星に登場する陸自の歩兵戦闘車。
85式小銃→遙かなる星に登場する陸自の自動小銃