征途日本召喚   作:猫戦車

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終決

ロウリア王国 ジンハーク郊外 陸上自衛隊(JGSDF)第1独立装甲連隊

 中央暦1639年/西暦2021年 5月16日 01:10

 

 鬱陶しく感じるような背後から鳴り響く10気筒ターボチャージド・ディーゼルの唸り声にも気にかけず、百田は車内の暗視装置越しに、車体前方へと広がる光景を眺めた。

 

 3キロ前方に蠢く集団がある。夜の闇が照明弾によって照らし出された結果、全くもって無防備な姿を晒した2000の騎兵の姿があった。我の陣地側面を狙った、騎兵の機動力を前提とした夜襲であった。

 

 陸上自衛隊がジンハークの郊外に到達したのが5月15日の早朝、前日の空襲にてズボンを逆に履いて飛び出る者が多発するなど混乱の極みにあったロウリアがその存在に気が付いた時には、既に監視哨を砲撃によって破壊された後であった。

 

 混乱しつつもある種の冷静さを保っていたパタジン将軍の指揮の元、斥候として400の騎兵が放たれた。その全てが1時間も経たずに全滅したことにより、三層の防壁に囲まれた城塞都市の主たるハーク・ロウリア34世は王都防衛騎士団の全力出撃を命じた。

 

 総兵力3万を誇る王都防衛騎士団が、現代戦の洗礼を浴びたのはそれから僅か数時間後であった。

 

 前日の空爆により営内から叩き出されていた彼らが城門をくぐり、戦史に刻まれるべき見事な陣形へと移行する最中、彼らの頭上にM270多連装ロケット発射システムによる一斉射が叩き込まれた。

 

 鏖殺と称するほかなかった。

 

 比類なき防御力を誇りとする重装歩兵400は、幸運にも盾によって全身を覆い隠した1人を除いて頭上からのクラスター弾によって肉片と化し、後に続こうとした6000の歩兵は、日頃から磨きをかけてきた練度を何一つとして生かせぬままにロウリアの痩せた土への肥料として消えた。

 

 兵力の数分の一が消失した様を見て、パタジンは普段のうだつの上がらなさを彷彿とさせない速さで決断した。

 

 その直後、陣頭にて直接指揮を取っていた彼の頭上で155ミリ砲弾が炸裂したのがロウリア王都騎士団にとっての不幸であった。

 

 みずからの実務指揮官を失った彼らは、訳もわからぬままに我先にと処刑の手から逃れようとし、その大半が冥府の大鎌に刈り取られる結末となった。

 

 不幸にも榴弾の露と化したパタジンから指揮を引き継いだミミネルは籠城戦を決断した。

 

 彼は僅か1万まで擦り減った残存兵力を城塞内へと撤退させるべく労を喫した。この2000の重装騎兵の群れは、友軍が無事に撤退するために送り込まれた贄であった。

 

 この騎兵を率いるカルシオは、自らの生還など端から期待できない本作戦にいさんで志願し、尚且つなるべく我が与える損害を大きくすべく行動した。

 

 結果、夜目を効かせて陣地側面からの強襲を選び、百田の待ち構えている場所へと飛び込む形になったのである。

 

 彼の首筋に汗がにじんだ。戦場にて赴く人間による極めて生理的な反応をないものと扱うようにしつつ、百田はインカムを取った。

 

「距離2000、敵騎兵、正面射、撃て」

 

 淡々とした号令が発せられる。一斉に目標へと砲身を傾けた鋼鉄の騎兵は、現代的な火器管制システムによる一糸乱れぬ正確さをもって目の前の騎兵集団へと牙を剥いた。

 

 幾つもの騎馬が文字通り吹き飛んだ。無数の曳光弾が射場の的と化した彼らに突き刺さり、また後方の重迫による効力射によって驚嘆すべき勇敢なる騎兵は挽肉として死んだ。

 

その中でサーマルにて戦果確認を行う彼の目には、多目的榴弾の至近距離への着弾に伴う破片の直撃で鞍上の騎士ごと頭を持っていかれた一頭の馬が映った。

 

 彼は、今までの戦場で抱いたことのない罪悪感をこの瞬間に初めて自覚した。

 

 人間は、殺意を向けてくる人間に鉛玉の雨を叩き込むことは得意としても、あくまで人に付き従う人以外の生物を撃ち殺すことに関して、酷く葛藤を覚えるのだろうと感じた。

 

 確か、兵士は戦場で敵を射殺した時よりもその後に傷付いた軍馬を処分した時の方が辛いと感じたといった話を久留米の幹部学校にいた時に習った気がする。

 

 同時に、彼は自らが戦闘の際に戦場に立つ者に共通する興奮を覚えていたことにも気が付いた。

 知識としては知っていたが、今この瞬間にて初めて理解した。どうして数多くの兵士が戦争に魅入られ、取り憑かれる悲劇に見舞われるのかを。

 

 ああ畜生、戦争なんて、ただのゲームか娯楽小説の中だけだったら面白いだけで済んだのに。

 

 ある種の感傷に浸りかけていた彼は気を取り直して車載カメラにて周囲を確認した。滅多撃ちにされた騎兵集団に最早動くものはおらず、いまだに熱を帯びたままの塊が無数に転がっているのみであった。既に脅威は排除されたと見るべきであろう。

 

 頭上から大気をひたすら叩くような羽音が聞こえてきた。わざわざハッチを開けて確認する必要など無い。百田はその音の主がロウリア首脳陣の捕縛、制圧を目的とした第12空中機動旅団によるものだということをはっきりと理解していた。

 

 彼は全身の力が抜け、肺の中の空気が一気に大気に放出されるのを感じた。内側が蒸れた戦車帽を脱ごうか迷ったが、ここが一応の戦場であることを思い出して思い留まった。

 

 いつの間にか、彼の中に渦巻いていた興奮が跡形もなく消え去っているのに気が付いた。

 

ーーーーーーーーーーーーー

 ロウリア王国 ジンハーク上空 

 

 前後に備えられたメインローターに延々と動力を供給するメインエンジンの轟音が機内に響き渡っていた。薄暗い貨物室に腰を降ろす数十名の自衛隊員らは、五月蝿く響く機外からの轟音の影響もあって誰1人として声を発さなかった。

 

(旅団初の実戦だが、どうなることやら)

 

 うち1人の隊員が、肩に掛けた85式カービンの重量を感じながら心の中でそう呟いた。

 

 統一戦争後の陸自編成において、主敵たる人民赤軍が消失したのを理由として過剰とも言えるまでの北方重視が改められた結果、一部の師団が旅団化改編を受けた上に、新たに新設された旅団が今まで手薄だった中部、九州方面へと再配置された。

 

 この第12空中機動旅団は、嘗ての第2ヘリ団の拡大発展系として編成された陸自唯一の空中機動を主とする部隊であり、旅団として編成されて以降の戦闘は今回が初であった。

 

 彼らに任されたのは作戦の最終段階、すなわちロウリア国王の捕縛である。敵の抵抗能力を可能な限りに削ぎ落とし、戦闘ヘリとの協働によってLZ(ランディングゾーン)を確保。

 

 そのまま火力支援の元でクワトイネ側より入手した王城内の見取り図に沿って制圧を開始する手筈であった。

 

 ある意味一連の戦闘の中で最も危険性の高い作戦と言えるだろう。

 

 今までは遠距離からの攻撃に徹底していたのに対し、今回は剣や槍といった近接武器が届きかねない距離での行動となるのだ。

 

 彼が携帯している85式カービンもこの作戦の内容に基づくものであった。指揮官並びに空挺、戦車部隊員用に閉所での取り回しを考慮されて開発されたこのカービン銃を、本作戦に従事する第12旅団の普通科隊員の殆どが所持している。

 

 2000年代以降市街戦に対する研究を怠ったことのない自衛隊ではあるが、これだけの死角をもった空間での戦闘には当然の如く緊張感を保持している。何より、隠し通路での重要目標の逃亡こそ、現場から市ヶ谷までもの幕僚達が恐れている事態であった。

 

 彼は己の搭乗しているヘリの進行方向が急に変わったように感じた。その直後に小隊長の号令。起立、気をつけ、降下用意。無意識のうちに甲高くなるまでに絞り出した小隊長の号令とともに、即座に起立した彼の頭から血液が下に降りていくのを感じた。

 

 外からは無数の破裂音、爆発音が秩序だった規則性を帯びて鳴り響いていた。外の戦闘ヘリ、もしくは汎用ヘリによる機銃掃射だろう。高度な暗視装置による正確無比な銃撃は、それを受ける側からしてみれば容易に耐えられる代物じゃない。

 

 彼の乗ったCH-47JAはひときわ開けた場所にある王城内の中庭へと着陸した。

 

 周辺から出てきた騎士達を側面の7.62ミリ機関銃にて薙ぎ倒し、強烈なダウンウォッシュを巻き上げながら後部ハッチを開いた。あたり一面に無数の砂埃と枝葉の一部が舞い上がった。

 

「突入!突入!第1分隊は正面の、第2第3分隊は左右の制圧にあたれ!」

 

小隊長の怒鳴り声とともに、カービンに軽機関銃を構えた普通科隊員がタラップを駆け下りる。

 彼もまた、幾度と無く訓練で染みついた動きに沿い、パブロフの犬の如き反射的な動きにてその流れに続いた。

 

 機外の大気が肌に触れると同時に、彼はその場にて漂う戦場の気配というべきものを感じ取った。半ば本能的に、この場所から逃げ出して安全な場所へと逃げ出したい衝動に駆られたが、実際にそのように彼の身体が行動することはなかった。

 

 彼は、自らが数十億もの税金を投じて購入された代物にてわざわざ運ばれるだけの重要性を少しでも帯びていることになんら疑念を抱かなかった。

 

 ふと立ち止まる。既に中庭には動いている敵兵はおらず、既に中央の王城内部へと繋がる扉の前には第1分隊の隊員らが取り付いていた。うち1人が卵形の物体を取り出し、ピンを外して投げ入れる。

 

 4秒にも満たない時間で、その扉が爆音と共に吹き飛んだ。直後、85式カービンを構えた隊員らが機械的な正確さをもって突入する。すぐに銃声が鳴り響き、ルームクリアと大声で叫ぶのが聞こえた。

 

 彼がその様子を眺めていられたのはほんの一瞬であった。その後自身の分隊長の指示にて、先行する第1分隊へと続けとの号令が出された為だ。

 

 全く、気を抜く暇すらない。やや気の抜けた感想を抱きつつも、彼は即座にスイッチを切り替え、吹き飛ばされた扉の向こうへと進む列へと続いた。

 

ーーーーーーーーーーーー

 

ロウリア王国 首都ジンハーク ハーク城内

 

 ロウリア王国国王ハーク・ロウリア34世は、荘厳と建築されたハーク城内の中央に設けられた玉座の上に腰を下ろしていた。

 

 謁見の間に施された装飾は第3文明圏外では見られないほどに煌びやかであり、しばしの間、執務による苦痛から逃れるだけの安息を彼に与えていた。

 

 しかし、今この瞬間においてはその装飾の美しさなど塵紙の役にすら立たなかった。現実逃避の暇すら与えられない、ただひたすらに重苦しい現実が迫ってきていたからだ。

 

 どうしてこうなった、彼はこの空虚にすら感じる大きさの椅子に座りながらそう思った。

 

 全ての始まりは、こちらの方へと赴いて来た日本の外交官を、ワイバーンすら知らない蛮族として追い返したことが原因だろう。

 

 いや、こうしてロデニウス大陸平定を目標とし、ロウリア内の諸侯を纏め上げて統一を果たした時から命運は決していたのかもしれない。

 

 ギム攻略の先遣隊が1日で全滅したとの報告を受けた時、何かの冗談だと耳を疑った。

 

 パーパルディアの足を舐めてまで整備した4400隻の大艦隊が半分になって帰って来た時は、これは悪魔が見せる夢だと思いたくなった。

 

そして昨日、すぐ隣のジンハーク港と竜騎士団が爆撃された際、もはや勝利は夢物語になってしまったと悟った。俺は致命的な失敗を犯したのだ。

 

 もはやロウリアの崩壊は避けられないのだろう、彼はそう思った。

 

 先日、幾つもの軍勢を束ねる諸侯らの集団が一斉にロウリアからの離脱を宣言した後であった。王都直轄軍も全てのワイバーンを喪失した挙句、こうして王城を直接攻撃しに来た敵兵に対して何ら有効策を打てていない。

 

 彼にとっての聖域であったこの玉座の間すら、既に彼にとって安全な場所とは言い難かった。

 

 しかし、彼はこの場を離れるつもりは毛頭として存在しなかった。

 

 最早敗戦は避けられず、醜く生き足掻いたとしても、その先に待ち受けるのは羽根をもがれた羽虫の最期と同じ、ただひたすらに祖国に無意味な苦しみを味合わせるのみであったからだ。

 

 ならば、こうして玉座にて一歩も引かずに1人でいることにより、自らの晩節を汚すことのないよう努める他無かった。

 

 それが、誇大に思える目標を目指して祖国を統一し、結果的に亡国へと追い込むことになった男の唯一の贖罪に値する方法であったからだ。

 

 沈黙に満ちていた玉座の間に、だんだんと無数の破裂音が近づいて来た。途中で無数の足音へと変わったそれは、一度謁見の間の扉の前で静止した後、扉を開ける軋んだ音と共に彼の目の前に雪崩れ込んできた。

 

「ハーク・ロウリア34世だな。両手を上げろ」

 

 雪崩れ込んできた10名程度の斑緑の集団は、玉座に座る彼に向けて無数の黒い杖を向けていた。王はそれがなんらかの武器であることを理解し、僅かばかりの間の後に、指揮官らしき男の指示に従った。

 

 こつこつと音を立てて斑緑の男達が近づいてくる。彼は、指揮官の男が数歩ほど離れた位置まで近寄った際に、ある種の請願を期して言い放った。

 

「……余は好きにしてくれてかまわん。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。ただ、どうか民には危害を加えないでくれ。これは余が全て仕組んで行った事なのだ」

 

 目の前の男の、王としての最期の後継を目の当たりにした彼は言った。

 

「御安心ください、ハーク・ロウリア34世。我々は人道を重んじます。貴方様のこれからの態度によって左右されます故、誤解なきよう」

 

 指揮官の、落ち着き払った返答を聞いた彼はただ一言、そうかと呟いて低く項垂れた。側面へと回り込んでいた隊員によって手錠がかけられたのはその直後だった。

 

 この時、この分隊を率いていた指揮官はある1つの嘘をついていた。この目の前の王がどのような態度を取ろうと、日本政府の戦後処理にはなんら影響を与えないという事実であった。

 

 しかし、その事実を伝えることは無かった。彼にそれを伝えるインセンティブは無かった上に、まったくの無抵抗の相手が見せる最後の尊厳を奪おうとは思えなかったからだ。

 

 かくして、ロデニウス大陸を巻き込んだ戦乱はこの瞬間にて終了した。

 

 戦後ロウリアは4つの国家に分裂したが、地域の安定化を優先した日本政府の思惑によりなんの賠償も課されなかったことにより、国家の分裂におけるダメージとしては最小限に留まった。

  

 この戦争をもって日本国はしばしの安寧を手に入れたかに見えた。しかし現実は悪魔じみたなにかが微笑んだようなものだった。

 

 この戦争終結から僅か1年を経たずして、日本は第3文明圏の盟主であるパーパルディア皇国と戦争状態に陥ったためである。




85式カービン→85式小銃のカービンモデル。征途には64式カービンが登場するので、85式のカービンモデルもあるのではと思って登場させた。
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