征途日本召喚 作:猫戦車
パーパルディア皇国 第3外務局
中央暦1639年/西暦2021年 10月4日
その日の皇都エストランシストは例年にも増して過ごしやすい気候だった。空には僅かばかりの雲が浮かび、燦々と太陽が照り付けていた。少し後の、身が凍えるような寒さをもたらす季節の到来を予見させないような陽気と言えた。
しかし、パーパルディア皇国第3外務局局長カイオスにとっては、今日という日は1つずれた季節の1番寒い日とそう大差ないように感じていた。
彼は第3外務局の待合室に続く広い廊下を進んでいる最中、自らが相対するであろう相手に得体の知れない不安を感じていた為だ。
ことの発端は数ヶ月前、ロデニウス大陸における最大勢力であるロウリア王国が、大陸統一戦争に敗北、そのまま複数の国家群に分裂したとの報告を受けた時からであった。
第3外務局は戦後のパーパルディア権益確保と、その将来的なロデニウス大陸制圧を目的とし、同国に対し様々な軍事協力を実施していた。
500騎ものワイバーンと4400隻もの大艦隊を、地域的に見れば強大とはいえ精々が文明圏外国に過ぎないロウリアが整備、維持できたのはこれらの支援があってこそだ。
しかし、今日から遡ること数ヶ月前に彼が最高責任者として勤務する部署に入って来た第一報は、その莫大な支援が全て無と化し、訳も分からない方法にて叩き潰されたという報告書のみであった。
最初は、観戦武官として送り込んだヴァハルルの脳に異常が起きたのかと考えた。しかし、ロウリアや他の文明圏外国からの商人ら仕入れた情報を精査していくうちに、あまりにも非現実的に思える部分はともかくとしてロウリアが異常なまでの損害を出して敗北したという事実だけは把握することができた。
はっきり言って異常な事態であった。普通、高々50隻程度の艦船しかいないクワトイネ相手に、これ程までの損害を被るなど軍事的な常識を考えればあり得ない結果だ。
しかし、実際にロウリアは敗北した。ならば、ロウリアを打ち負かした相手には裏があるのだろう。彼はそう判断し更なる情報収集を部下に指示したのだった。
そして先日、フェン王国に対する懲罰を目的として出撃した国家監察軍が壊滅状態で帰還したことで、彼の中に存在したある種の疑念は確信へと移り変わった。第3文明圏外、皇国の庭先とも言える領域にていずれかの列強国の介入が存在していると。
報告書では回転式の砲塔を有した鋼鉄製の船体を持つ、目測で200メートルを超える大型艦の存在が挙げられていた。帰還した監察軍将兵からの聞き取りでも、今回の件で提督としての任を解かれたポクトアールの報告書と似たような報告が上がっている。
カイオスは多少頭の硬い部分があると自らも認めるところがあったが、他方から挙げられる報告を見る限り本当と考えて行動した方がいいとの結論を下していた。
(しかし……日本国、か)
彼は報告書に記載されていた国名、そして今向かっている執務室にて待機している外交官を送り込んできた国の名前を胸中にて反芻した。
ロデニウス大陸近辺にて成立した新興国家、彼は部下からそう説明を受けていた。今日この日に会談を控えていた国でもあった。
曰く、文明圏外国の癖に国交樹立に関して列強国並みの待遇を要求してくるだとか、常識知らずの田舎者という評価者の文言が記載されている。その国家が監察軍を打ち破った可能性があると判明した時、カイオスの背筋に冷たいものが走った。
得体の知れない、見るほどに不気味な国家。列強国の介入によって成立したある種の傀儡国家であろうか?彼の疑念は何一つとして晴れぬまま、待合室のドアまでたどり着いた。
「失礼します」
自ら重厚な木製の扉を開ける。彼の視線の先には、部屋の中央に設けられた椅子に座る2人のスーツ姿の男性が存在した。迷わず彼らの前の椅子に座る。自らの横には、部下のタール東部担当部長を座らせた。目の前の日本外交官が話し始める。
「私は日本国外務省の朝田と申す者です。こちらは同じく外務省の篠原で、今日は貴国との国交樹立、そして先日の不幸な行き違いに関する関係修復を目的として参りました」
整った顔立ちの眼鏡の男が、定義として示し合わせてみればギリギリの水準で肥満体型に分類されるであろう体型の男と共に頭を下げた。直後、カイオスの隣から怒号が飛んだ。
「不幸な行き違いだと!?監察軍に、我々に泥を塗っておいてその言い草はなんだ!?」
「よせ、タール。彼等に怒鳴ったところでどうにもなるまい」
脳の血管をはち切れさせそうにしている部下を諌め、カイオスは話し出した。
「第3外務局のカイオスです。それで、そちらは不幸な行き違いと言いましたが、そちらが先に手を出して来たのでは?」
「いいえ、我々としましては突如貴国の軍隊による攻撃が行われまして、それに対する実力行使をしたまでです。証拠といたしまして、こちらをご覧ください」
そう言うと朝田は、持参して来た鞄から薄い箱型の物体を取り出した。カイオスは知らなかったが、この石板にも似た物体は地球世界ではタブレット端末と呼称される代物であった。
朝田はいくつかの操作を加えたのち、内部に保存されていた1つの映像を開き、カイオスらの目前にて再生した。総天然色の、皇国が実用化した映像魔道通信すら霞む程に画質の良い映像が流れた。
「なっ……」
そこには確かに自国のワイバーンロードが、ただ航行している灰色の船に火炎を噴きかけようとしている様子が映されていた。同時に、そのワイバーンが撃墜される様子も。
事実かどうかは問題ではない。ただカイオスには、その映像がこうして流れている時点で大きな衝撃であったのだ。
「巫山戯るのも大概にしろ!こんなもの、捏造に決まって……」
先程と比してより顔を赤くしたタールが再び怒鳴り散らそうとして、途端に語気が萎んでいった。そもそもの目の前で流れる映像が、明らかに皇国では実現不可能といえる水準の技術で作成されたものであると、途中で気が付いたのだろう。
同時に、カイオスもその映像の持つ破壊力に圧倒されかけていた。皇国が先に仕掛けたという事実ではない。たとえ捏造だとしても、自国の持つ技術水準とかけ離れた代物を見せられたことに対する衝撃であった。
「……成る程、そちらの言い分は理解しました。しかし、こちらとしましては関係修復と望まれましてもそもそも貴国のことを知る人間が殆どいないのです。そもそも、貴国が我々と国交を結ぶに値する相手かもわからない所です」
日本の外交官は、日本人の多くに共通する曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「紙面ではありますが、今回は我が国に関する資料をお持ちいたしました。こちらに目を通していただけると幸いです」
朝田は先程タブレット端末を取り出したのと同じように、自国の簡単な説明が載ったレジュメを2人に手渡した。
いささか質のいい紙に書かれている。カイオスはファルディアス大陸共通語にて書かれたそれを読み進めていくうちに、自然と顔が強張っていくのを感じた。
そこまで大きくない国土に対し、人口が皇国のそれよりも多い1億2000万と記載されている。これだけでも驚きであったが、カイオスらを驚愕せしめたのはその後の記述であった。
「国家…転移、だと?」
「嘘を言うな!この世界とは別の世界から転移したなんて大嘘、本当に通ると思っているのか!?」
俄かには信じがたい内容に対し、遂にタールが勢いよく立ち上がって怒鳴った。
その気迫に対して日本側はなんら動揺する素振りを見せず、我々もまだなんで転移したか原因が分かってないんですよねえ、と曖昧な笑みを浮かべて応じた。
「信じられないのも無理はないでしょう。ですが、我々はこうしてこの世界に転移したのは紛れもない事実です」
カイオスは、この荒唐無稽に思える主張にある種の納得を感じていた。つい最近転移して来たのならば今までパーパルディアが認知して来なかったのも無理はない。第3文明圏の常識を知らない態度も、明らかにこちらの技術体系を逸脱した産物にも説明は付く。
無論、虚偽の可能性も高いだろうが、取り敢えずこの場はこの主張を基にして考えたほうがいい
だろう。カイオスはそう判断した。
日本側の話は続いた。
「我々は平和を望みます。先日のフェン王国の一件のような事態を繰り返したいとは毛頭も思いません。それに、我々には我が国が保護している貴国の軍人107名を即座にお返しする用意があります」
再びタールが立ち上がりそうになったが、カイオスはそれを無言で抑えた。同時に問いかける。
「お言葉ですが、我が監察軍の将兵らに対して何かしたりはしてませんね?」
「御安心を。我が国は人道を重んじますので、前世界の国際法と人道的見地に背くような真似は一切致しておりません。きちんとお返し致します。そこでなのですが」
さながら訪問販売に訪れたサラリーマン彷彿とさせる口振で朝田は話を続けた。
「我が国に対して特使を派遣して欲しいのです。無論我が国もパーパルディアに人員を派遣いたします。このまま何の交流もなしにいるのは両国にとってなんの益ももたらさないでしょう。なので、万が一を考慮してホットラインを設けておいた方がいいと思うのです」
これが他の文明圏外国であるならば一笑に伏していたであろう提案だった。そんな対応、栄えある第3文明圏の盟主が取るはずないだろうと。
しかし、この時のカイオスは違った。彼は頭を捻りしばし熟慮したように見えた後、重苦しく口を開いた。
「……分かりました。此方の事情もありまして、派遣するのは数ヶ月後になりますが……よろしいですか?」
「はい、此方といたしましては構いません」
「それは良かった。2ヶ月後、派遣の調整について会談を行いますので第3外務局へとお越しください」
以上の言葉を持って会談は終了した。カイオスは半ば放心状態と化したタールを引っ張るようにして待合室から退出した。今後の日本に関する対応、それに付随する各省庁との調整について頭を悩ませながら歩いた。
彼には次に自分が何処へと声を掛ければいいのかが分かっていたのだ。
う
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パーパルディア皇国 第1外務局
中央暦1639年/西暦2021年 10月6日
「で、わざわざ第1外務局にまでやって来た訳?」
パーパルディア皇国皇都エストランシスト郊外に建てられた第1外務局、そこの局長室に非公式に訪れたカイオスに対して、第1外務局長エルトは半ば怪しげなものを見るかのような表情でそう尋ねた。
その声色には困惑が少し滲んでいた。本来、担当国家の違う外務局同士が協力する事は稀で、しかもエリート意識の高い第1外務局と、半ば閑職と評される第3外務局の局長がこうして非公式ながらの会談を申し出るのは皆無と言ってよかった。
彼女の疑問に答えるように、局長室の来客者用の椅子にて向かい合ったままのカイオスは言った。
「そうだ。あの国は確実に他の文明圏外国と違う。それに、ついこの間にもレイフォルが滅んだばかりじゃないか」
「ああ、あの件ね」
カイオスの返答に対し、彼女はある種の納得を見せたような表情を見せた。先月、突如として現れたグラ・バルカス帝国と名乗る国家によって、瞬く間に列強の末席たるレイフォルが滅亡したという情報が入って来たばかりであった。
成る程。私の上司だったこの男、パーパルディアがレイフォルと同じ轍を踏まないようにしているのね。彼女は目の前の彼に対して納得した後に再び問い掛けた。
「日本については此方でも把握しているわ。あくまで商人らの噂程度なのだけれど。それで、私に何をして欲しいの?」
「なるべくでいい。日本に関する情報を此方に寄越してくれ。真偽は問わない、明らかにデマに思えるようなものも含めてだ」
「分かったわよ。日本についての情報は
彼は心底疑問そうな彼女の問いに答えた。
「先ほども言った通り、あの国は異質と言っていいだろう。一部の技術では皇国のそれを凌駕している。私は藪を叩いて蛇を出すような真似はしたくはない。レイフォルの件だってそうだ」
それに、だ。彼は付け加えた。
「向こうは幸いにして理性的な存在と言える。ならば、皇国の威信を削ぐ事なく良好な関係を築けるかもしれん」
エルトは目元にできた外交官としての苦節と経験を感じさせる小皺を歪めて、かつて自分の上司であった男に言い放った。
「そうね。それならちゃんと協力するわ。それが外交官なのだから」
しかし、彼ら彼女らの努力は露と化した。
パーパルディア側のキャラがこれで合ってるのか全然分かりません。後佐藤大輔先生風に書くのって難しいです。本当に読んでくださる皆様には感謝しかありません。
次回は少し本筋から逸れます。ご了承ください。