キヴォトスの歯医者さん   作:ニシキ

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ハモリ「最後まで諦めない者に、チャンスはやってくるものだ」
という訳で第10話です。


白山ハモリの夢

 

 

 

「やあ、はじめまして。勝手ながら、お邪魔しているよ」

「……こちらこそ、はじめまして」

 

気が付けば、私は慣れ親しんだ仕事場である歯科学部の診察室に立ち、1人の少女が治療用チェアに腰かけていた。

長い金髪に大きな獣耳と尻尾を生やし、手全体を覆う長い袖が特徴的な白い制服を纏う小柄な少女______トリニティ総合学園の生徒会ティーパーティーのメンバーの1人にして、トリニティ三大分派の一つサンクトゥス分派のリーダーでもある、百合園セイアがいた。

 

「(何故、彼女がここに?いや、そもそもこれは現実なのか?)」

 

少なくとも、エデン条約編が始まる前の彼女はまだ外に出れる状態ではなかった筈だ。原作と状況が異なる可能性もないとは言い切れないが、私がここへ来る前、確かに自宅のベッドに入り眠りに就いた事を記憶している。とすると、ここは現実ではなく夢の中で間違いないだろう。

 

「おや、あまり驚いていない様だね?」

「いえ、これでも驚いていますよ。ただ、目の前の現実を受け入れない事には何も始まらないので」

「ふむ、それもそうだ。尤も、ここは現実ではなく夢の中だけどね」

 

夢を夢としてきちんと認識出来ているこの状況に彼女のこの反応から見て、彼女は私の夢が作り出した存在ではなく、本人そのものなのだろう。理由は分からないが、彼女……セイアさんが何らかの意図を持って私に接触して来た事は確かだ。

 

「ふふ、そう警戒するのも無理はないが、別に取って食おうという訳ではないから安心したまえ」

「……取り敢えず、まずは自己紹介から始めましょうか?」

 

一先ず、私は一方的に知っているがお互いに初対面なので簡単な自己紹介をした。それからセイアさんは自分が予知夢を見る事が出来、現実の自分は訳あって長い眠りに就いており、ずっと夢の中を彷徨い続けている状態であると話してくれた。そして私の夢の中に現れた事についてだが……当の本人も詳しい原因は分からないらしく、ある日突然私の夢と繋がった、らしい。

 

「まあ、私自身この力を自在に操れるという訳ではないからね。恐らくは君の見る夢の中に巻き込まれた事で、私の力の一端が君に影響し、いわゆる明晰夢を見ている状態なのだろう」

 

そして、とセイアさんは続ける。

 

「ここは君自身の願いによって形作られた、君の望む世界だ。君も少なからず覚えがあるのではないか?」

「あるというか、そのまま何ですけどね……」

 

改めて部屋全体を見渡せば、見覚えのある診察台に数々の器具や薬品、部屋の内装に至る隅々まで、全て歯科学部の診察室そのものであった。

 

「しかし、ここは見たところ何らかの医療施設のようだ。置いてある道具から察するに、恐らくは歯科医院だろう。そして私は今、その診察台の上にいる……」

 

セイアさんは私の顔を真っ直ぐに見詰めると、少し間を開けて口を開く。

 

「君は、何を望んでいるんだい?」

 

どうやら、彼女に対して隠し事は無意味な様だ。まあ、絶対に隠さなければならない事でもないのだが。

 

「その前にひとつ訂正すると、ここは歯科学部……私の部活で使っている診察室です。そして、私の夢そのものでもあります」

「ほう、それは興味をそそるね。もし良ければ話してくれるかい?」

 

それから私は、セイアさんに自分の性癖の為に独学で歯科医になる為に勉強をして歯科学部を立ち上げた事を話した。セイアさんは私の話を聞き終えると、微笑みながら私に告げる。

 

「そうか……君は、自分の夢を叶える事が出来たんだね。それは、とても素晴らしい事だ」

 

セイアさんは心から祝福する様に言葉を紡ぐ。

 

「君の趣味嗜好についてはさておき、夢に向かってひたすら努力し続けた事については敬意を表するよ。きっとそれは、私には想像も付かない程の苦難に満ちた道程だっただろうね」

「ええ……自分には、足りないものが山の様にありましたから」

 

何せ知識も経験も全てゼロからのスタートだったのだ。毎日図書館に通い詰めて徹底的に知識を頭に叩き込んで、無理を承知で専門家に頭を下げ、限られた時間の中で技術を学んで来た。周りの大人達はそれを無謀だと、所詮は子供のお遊びだと嘲笑い、馬鹿にされた事も一度や二度ではない。

だが、私にとっては口だけの連中が何を言おうがどうでも良かった。全ては夢を叶える為、ただひたすらに自分の信じる道を走り抜いた。そして手に入れたのが、歯科学部という私の居場所なのだ。

思えばこうして自分の夢の事を話すのは、ネネコ先輩が話しかけてくれた時と、アヤメさんに話した時の2回だっただろうか。性癖の事を話したらアヤメさんの時の様に引かれるものだと思っていたが、セイアさんは気にした様子もなく私の話に耳を傾けていた。

 

「理由はとても褒められたものではないという自覚はあります。けど、それでも私は夢を諦めたくなかった……だから我武者羅に突っ走って、先輩と出会えてからは色んな事を教わって、そして夢が叶って、私の夢を受け継いでくれる後輩が出来た……私にとっては、この場所は私の夢でもあり、私にとっての楽園なんです」

 

そう言うと、セイアさんは少し目を見開いて驚いた様な仕草を見せた。

 

「楽園、か……ああ、そうか。君にとっては、自分が信じた道の果てに得た、仲間達と共に過ごしてきたこの場所が、そうだと言うのだね。証明と呼ぶには余りにも稚拙で、暴論とも言える回答だ。しかし、それもまたひとつの答えという事か……」

 

セイアさんは何かを考え込む様に目を閉じて、再び口を開く。

 

「君にどうしても話しておきたい事がある。どうか聞いてくれないか?」

 

セイアさんの真剣な眼差しに、私は黙って頷く。

 

「私が未来視が出来ると話しただろう?私はキヴォトスが滅ぶ未来を視た。それは、如何様にも変える事の出来ない結末なんだ……」

 

セイアさんは憂いを帯びた表情で更に続けた。

 

「私が知り得た未来では、君の存在は確認出来なかった。だがある日、君と夢で繋がった事を認識し、君と接触しようとした瞬間、別の未来が視えたんだ……その未来で、君の存在を確認した」

 

セイアさんは躊躇う様に眼を伏せるが、やがて意を決した様にゆっくりと口を開く。

 

「今まで、未来が変わる事はなかった。こんな事は初めてだ。だが、どんなに道筋が変わっても、最後には同じ結末に辿り着く。それだけでなく、君を観測した事で、君の未来が確定してしまった……私のせいで、君を危険にさらしてしまったんだ」

 

セイアさんは私の前に立ち、頭を下げた。

 

「すまない。私が不用意に君と接触しようとしたばかりに、君の未来を歪めてしまった。謝って済む話でない事は理解している。けれど、この言葉だけはどうしても伝えたかった……本当に、すまない」

 

セイアさんは頭を下げたままじっとしていて、表情は見えなかったがその身体は小さく震えていた

 

「セイアさんは何も悪くないですよ」

 

私の言葉にセイアさんは頭を上げる。

 

「だが、私が未来を視たせいで……!」

「それは不可抗力ですし、誰が悪いという訳でもないですよ」

 

それに、と私は続ける。

 

「自分で言うのもなんですけど、私って自分から面倒事に首を突っ込む質でして。だからまあ、何時もの事というか……どのみちセイアさんの言う未来に自分から関わっていたと思いますよ」

 

原作への介入は以前から決めていた事だ。既に原作から大きくズレ始めているが、今更全てを諦めるという選択肢は私にはない。

 

「……どうして君はそこまでする?既に定められた結末があるのに、何が君をそこまで駆り立てるんだ?」

 

セイアさんは困惑した様子で私に問い掛ける。

 

「________もし我々が空想家の様だと言われるならば、救いがたい理想主義者と言われるならば、出来もしない事を考えていると言われるならば、何千回でも答えよう_____"その通りだ"と」

「……何だい、それは?」

「昔、ある革命家が残した言葉です。人の夢を殺すのは、誰かの否定ではなく自分自身の諦めです。だからこそ、私は抗い続けたいんです」

「なら、諦めなければ全てが叶うと?既に定められた結末があったとしても、君はその道を選ぶと言うのか?」

「はい。何故なら、夢を叶えた人達は最後まで諦めませんでしたから……私が、自分の夢を叶えた様に」

 

そう、夢も未来も自分の手で手に入れるものだ。それがどんなに辛く険しい道程であったとしても、その先に自分の理想の未来があると信じているから。

 

「それに、セイアさんだって未来が変わったと言ったじゃないですか」

「いや、だが最後の結末は如何様にも……」

「未来が変えられないなんて、誰が決めたんです?未来を作るのは、何時だって自分自身なんですから」

 

そう言うと、セイアさんは考え込む様に目を伏せ、やがて呆れた様にため息を吐いた。

 

「やれやれ、君はどうやらかなり諦めが悪いタイプらしい」

「ええ。それが、私の生き方ですから」

 

何とでもない様に、私は返した。

 

セイアさんは私の眼をしばらくじっと見詰めると、やがて確信に満ちた表情で告げる。

 

「未来視に映った君は、まるでこれから何かが起こるのをわかっているかのような行動を取っていた……ハモリ、君は私と同じく未来を視たのだね?恐らくは私の事も、以前から知っていたのではないか?」

「……はい、全て事実です」

 

もう隠し通す事は無理だと悟り、私は生まれて初めて誰にも明かした事のない己の秘密を明かした。

 

「ただ、セイアさんの未来視と違って、私の場合は知識として知っているだけです。例え未来が変わったとしても、その先に何が起こるのか私にも分かりません。だから私の知識も何れ役に立たなくなるでしょう」

「成る程、時折見る不自然な動揺はそういう訳か」

 

セイアさんは納得がいった様に頷く。

 

「実を言うと私が知り得ていた未来では、セイアさんの言う滅びの未来は回避されました。ですが、この世界の未来がそうなるとは限りません……何故なら、私が知り得ていた未来には、私は存在しなかったから」

 

そう言うとセイアさんは目を見開いて驚く。

 

「そうか……だから、はじめに見た未来には君がいなかったのか」

「静観するという選択肢も一度は考えましたが、ある人を助けた時にその考えは捨てました。その人は、私の知り得ていた未来では……命を落としていましたから」

「……少し意地の悪い問い掛けになるが、君は自分の行動の結果が未来を変えてしまう事に恐怖はなかったのか?」

「不安がないと言えば嘘になります。本当に良かったのかと、迷う時もありました」

 

SRTの復校、本来の歴史より早く終わってしまったカルバノグ、そして本来なら死んでいた筈のユメさんの存在。それが今後、どの様な影響をもたらすのかは私には予想もつかない。文字通り、最悪の結末を迎える可能性だってある。それでも______

 

「それでも、誰かが傷付き助けを求めているのなら、例えそれが未来を変える事になったとしても、その手を掴む事を私は選びます」

 

結局、困っている人がいれば助けたい、それに尽きるのだ。その結果、未来がどうなろうが関係ない。行き当たりばったりと言えばそれまでだが……あの日、砂漠でただ1人彷徨い続けていたユメさんを見殺しにする事なんて、私には出来なかった。私はただ、自分が後悔しない道を選びたいのだ。

 

「成る程……君は、強いのだな」

 

セイアさんは優しさに溢れた眼差しを私に向けて微笑みながら言った。

 

「私が視た君は、何があっても理想の未来を信じ、決して諦めなかった。それは、未来に絶望し全てを諦めていた私にとって、あまりにも眩しい……」

「買い被り過ぎですよ、セイアさん。私はただ、自分がやりたい事をやっているだけですから」

 

実際、私がして来た事なんてそこまで未来に影響を与えた訳ではない。アビドスの問題も未だに解決していないし、カルバノクの一件だって、殆ど先生のお陰なのだから。

 

「だが、君の理想の未来を諦めないその心の在り方は、確かに私に希望の光を灯してくれた。もう一度、運命に立ち向かう勇気を与えてくれたんだ。ありがとう、私は君に救われたんだ」

 

セイアさんは、目元を拭いながらそう言って私に微笑んだ。

「______ん」

 

意識が覚醒し、見上げるとそこには見覚えのある天井があった。

 

「(そうか……夢から覚めたのか)」

 

夢の中の出来事は、朧気ながらも覚えている。セイアさんとは思わぬ形で出会う事になったが、これも彼女の未来視の中に含まれていたのだろうか。

 

「(まあ、考えても仕方ない。今はそれよりも気になる事があるのだから)」

 

チラリと、視線を横に向ける。

 

「………………ん」

 

何故かアヤメさんが布団の中にいた。確か布団は別に敷いてた筈だったのだが、寝惚けて入ってしまったのだろうか。

 

「(……駄目だ、動けない)」

 

しかもアヤメさんは横から思いっきり抱き着いていて身動きが取れない。お陰で布越しに伝わる柔らかい感触と甘い香りですっかり目が覚めてしまった。

 

「(落ち着け、思春期男子か私は。目を閉じてじっとしてれば……)」

「………………起きているんでしょ、ハモリ」

 

突如聞こえた声に思わず身体を固くする。

 

「アヤメさん……?」

「ゴメンね。ちょっと、人肌が恋しくなっちゃって……迷惑、だよね?」

「構いませんよ。私で良ければ……」

「ん……ありがと」

 

アヤメさんはそう言うと、私と身体を密着させる。

 

「所で…………セイアって、誰?」

 

その声を聞いた瞬間、全身に悪寒を感じた。アヤメさんは目を細めて、じっと私を見詰めていた。

 

「えっと……夢で……」

「ふぅん……夢に出てくるくらい仲が良いんだ?」

 

本当は初対面なのだが、色々ややこしくなるので黙っておく。アヤメさんは静かに、けれど何処か威圧感の籠った声色で問い掛ける。

 

「……何てね。大方、あんたの事だからまた何時ものお節介でも焼いたんでしょ?」

 

すると、アヤメさんは一転して呆れた様子で呟く。

 

「ハモリがお人好しだって事くらい、この数ヶ月で嫌と言う程分かっているわ。個人的にちょっとムカつく事もあるけど、あんたはあんたなりの考えがあって動いている……」

 

アヤメさんは、そっと私の身体を抱き寄せる。

 

「けどね、あんただって誰かに甘えて良いのよ。でなきゃ、私の様に何時か壊れちゃう……私なんかじゃ頼りないかもしれないけど、あんたも何かあったら私を頼って」

 

アヤメさんはそう言って、私に微笑んだ。その顔に、前世の母の面影を感じた。

 

「ありがとうございます、アヤメさん……」

 

私はアヤメさんの身体をそっと抱き締める。

 

「少し、このままでいさせてくれませんか……?」

「ふふっ、ハモリって意外と甘えん坊なのね?構わないよ、あんたには何時も助けて貰ってるんだから……」

 

私とアヤメさんは、お互いの熱を確かめ合いながら、やがて眠りに就いた。今夜は良い夢を見られそうだ。




セイア「そう言えば、エデン条約が結ばれるあの日、トリニティの空を貫いたあの"光の奔流"は一体なんだったのだろうか……?」

ヒロインは複数人いてもOKか?

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