という訳で、第15話です。
「どうしたのハモリ。何で、何も言ってくれないの?」
アヤメさんが私の両肩を掴み、問いかける。玄関のドアが軋んで閉まり、静けさが私達を包んだ。私を見つめる紫の瞳は、まるで私を飲み込むような強い光を宿していた。
「ねえ、ハモリ。辛いなら辛いって、言って良いんだよ?私、あんたの為なら何でもするから」
彼女の声は低く、掠れていた。彼女が今、冷静でない事は分かっていたのに……私を見つめる瞳、震える声にはいつもの優しさが滲んでいて、それが愛おしかった。
「教えてよ。あんたを傷付けた奴は誰? 私はそいつを絶対に許さない。潰す。必ずブッ潰してやるんだから……!」
一転して、激しい怒りの表情を見せるアヤメさん。瞳は鋭く、この場にいない誰かに向けて怒りを滲ませていた。けれど……
「(ああ、綺麗だな……こんな時なのに)」
私はその激情を滾らせる瞳から目を離せなかった。方向性は違えど、こんなに感情を露にするアヤメさんを見るのは、私に本心を打ち明けてくれた時以来だろうか。
「ねえ、なんで黙ってるの?」
彼女の声が一段低くなった。肩を掴む手に力がこもり、指が服の生地を握り潰すように締め付けられる。
「ハモリ、何か言ってよ!!何で……何で何も言ってくれないの!!?」
彼女の声が、青空に響き渡る。まるで私の沈黙が、彼女の心をさらに乱しているようだった。陽光が彼女の顔に影を落とし、その顔は一瞬、壊れそうに儚く見えた。
「(何をやっているんだ私は。早く、言わなくては……!)」
思考とは裏腹に、言葉が喉に詰まる。アヤメさんの瞳が、声が、彼女の全てが、私の心を縛り付けていた。彼女の唇が小さく震え、次の言葉を紡ぐ前に一瞬の間が落ちる。
「私、怖かったんだよ……」
途切れ途切れになりながらも、彼女はゆっくりと口を開く。
「ハモリに何かあったんじゃないかって。もう二度と、会えなくなるんじゃないかって、不安で、怖くて、苦しかった……!」
彼女の紫の瞳にうっすらと水気が滲み、その雫が頬を滑り落ちる。
その顔を見た瞬間、彼女の中の"恐ろしさ"が消え、ただひたすらに愛らしい、守りたいと思うほど脆い表情がそこにあった。
「(アヤメさん……)」
私は自分の不甲斐なさを呪った。彼女をこんなになるまで追い詰めてしまった、自分自身が許せなかった。
「アヤメさん、ごめん……」
様々な感情が渦巻く中、やっと声が絞り出せた。言葉を続ける前に、彼女が私の肩を強く引き寄せ、額を私の胸に押し当てた。
「バカ……」
彼女の声は小さく、震えていた。
「心配、したんだから……」
静寂に包まれた空気の中、彼女の髪から漂うほのかな香りが、私の心をさらに乱した。私は、彼女の身体をそっと抱き締めた。決して、離さないように。
「大丈夫、私はここにいます。何があっても、必ず帰ってきます。だから、もう泣かないで下さい……アヤメさんには、笑顔が一番似合いますから」
「……こんな時に、口説いてるんじゃないわよ、ハモリのバカ。女たらし……」
彼女は私の胸に顔を埋め、囁くように笑った。その笑顔が、とても愛おしい。
私達は互いに存在を確かめ合うように抱き締め合った。心臓の鼓動が互いの胸を通じて響き合い、まるでひとつになるようだった。
それからしばらくして、自宅の中に入った私はシャワーを浴び、アヤメさんが用意してくれた食事を堪能した後、彼女と向かい合っていた。
アヤメさんはバツが悪そうな顔を浮かべながら、口を開いた。
「その、さっきは……ゴメン。ハモリだって病み上がりなのに、怒鳴ったりして……」
「構わないですよ。連絡のひとつもなければ、心配するでしょうし」
「けど、あんただってずっと気を失っていたんでしょ?それじゃあ、連絡のしようなんてないじゃない。なのに、私は一方的に……」
アヤメさんは玄関前で私を問い詰めた事を気にしているようだ。その表情は、つい先程まで感情を剥き出しにしていたとは思えないほどに大人しく、弱々しいものだった。
「理由はどうであれ、アヤメさんに心配をかけた事には変わりありませんし、アヤメさんは何も悪くありませんよ。取り敢えず、この話はこれで終わりにしましょう、ね?」
「うん……」
私の言葉にアヤメさんは小さく頷く。ひとまず、納得してくれたようだ。
「……それで、さ。一体あんたに何があったの?」
アヤメさんが私の目を見つめながら問いかける。先程と違い落ち着いた様子であったが、その表情は真剣なものだった。
「ハモリが、私に何かを隠しているのは分かってた。あんたが私に話してくれないのも、きっと私に迷惑をかけたくないからなんでしょ?」
「……はい」
「やっぱりね……何を悩んでいるのか知らないけど、私はハモリに傷付いて欲しくない。私は、ハモリを助けたい。だから……教えて欲しいの。あんたが何を悩んでいるのか」
私はどう答えるべきか迷った。キヴォトスの未来の事、私に宿った能力の事、全てを話すべきかどうか。
リオ会長達を巻き込んだ自分が今更言えた義理でないのは百も承知だが、アヤメさんまでも同じように巻き込んでしまっても良いのか、私は決断が出せずにいた。
「(ここで誤魔化したところで、アヤメさんは納得しないだろう。それに……アヤメさんには、嘘を吐きたくない)」
正直に言えば、私は彼女を危険な目に合わせたくない。彼女には、私に関係なく自分の人生を歩んで欲しいと思っている。だが、そうやって彼女の意志を蔑ろにする事が本当に正しい事なのだろうか。何より、私の身を案じてくれている彼女の思いを、私は否定したくなかった。
「……アヤメさん」
「何……?」
「全て、お話します。どうか、最後まで聞いていただけますか?」
私は決意を固めて、彼女に全てを打ち明けた。
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「…………未来、かぁ」
私は、アヤメさんに全てを話した。キヴォトスの未来の事、私が不思議な力に目覚めてそれで気を失った事、彼女は黙って最後まで私の話を聞いていた。
一通りの話を終えた後、アヤメさんは神妙な表情を浮かべて私を見つめていた。
「正直、信じられないのが本音だけれど……信じるよ、あんたの話。お人好しのあんたの事だから、きっとみんなの為に色々やろうとしてるんでしょ?」
「はい……色んな人に頼ってばかりですけど」
「それでもさ、そうやって誰かを頼るって案外難しい事なんだよ?実際、私もそれが出来なくて逃げ出しちゃったんだし……あんたは、もう少し胸を張って自信を持った方が良いわよ?」
「はい……努力します」
アヤメさんは私の言葉に満足げに頷いた。
「ただ……ひとつ、聞いても良い?」
「はい」
「あの時、あんたが私に声をかけてくれたのは……未来を知っていたからなの?」
アヤメさんはじっと私の目を見据えながら問いかけた。その目は何処か、不安が入り交じったものだった。
「いえ。私が知っていたのは、アヤメさんが何か事件に巻き込まれて姿を消した事だけです」
でも、と私は続ける。
「たとえ、未来を知ってても知らなくても関係ありません。あの時、アヤメさんは確かに助けを求めていた。ずっとひとりで泣き続けていた。だから私はそんなアヤメさんを助けたかった。ただ、それだけです」
目の前で困っている人がいるなら、助けたい。そして、笑っていて欲しい。私の望みはそれだけだ。その笑顔が、私にとっての報酬だ。
アヤメさんは私の言葉に目を見開き、そして温かい笑顔を浮かべた。
「ははっ、そうだったよね……ハモリは、そういう奴だった。嘘が下手で、自分に正直で、何処までもお人好しで……あんたの側にいると、心が暖かくなる。もう一度、頑張りたいと思えるようになれる」
だから、とアヤメさんは続ける。
「あんたが……他の誰かを助けようとすると、嫌な気分になる。あんたが助けた子も、私みたいになるんだって思うと、胸がムカムカする。あんたが人助けをする度に、とても嫌な気分になる」
一転して、何処か自嘲的な笑みを浮かべるアヤメさん。
「ハモリがどうしようもないお人好しだって、分かってるんだけどなぁ……それでも、私は自分の気持ちが抑えられない。私にとっての特別はハモリだけなのに……あんたは次々と他の子も助けて、その子にとっての特別があんたになるのが、私にはとても我慢出来ない」
アヤメさんの温かな体温が、私の手のひらに伝わって来た。紫の瞳には怯え、恐怖、不安、そして僅かな期待と涙を携えて、私を見つめていた。
「ハモリ。私は……あんたの事が好き。真っ直ぐで優しいあんたが、本当に大好き」
その言葉と共に思い返されるのは、これまでのアヤメさんとの記憶の数々。
はじめて出会った時のアヤメさん。歯の治療に怯えるアヤメさん。内に秘めた思いを打ち明けるアヤメさん。私の料理を食べてくれるアヤメさん。一緒に外で遊ぶアヤメさん。頬を膨らませて拗ねるアヤメさん。心の底から笑っているアヤメさん。そのどれもが愛おしく、かけがえのないものとなっていた事に、私はようやく気が付いた。
「(ああ、なんだ……はじめから、答えはあったんじゃないか)」
私は今になって、自分の抱き続けていた思いが何なのかようやく理解出来た。
はじめはただ、泣いているアヤメさんに笑っていて欲しかっただけだった。一緒に暮らし始めてから、アヤメさんの様々な顔を知る事が出来て、私は嬉しく思った。側にいるだけで、心が満たされていくように感じた。アヤメさんが、いずれ自分の帰るべき場所に帰る事に私は寂しさを抱いていた。それが正しい事だと理解しているのに、心はそれを受け入れられなかった。もっと一緒にいたい。笑い合いたい。そんな感情が私の中で溢れていた。この数ヶ月が、私にとってかけがえのないものとなったのは、アヤメさんがいてくれたからだ。アヤメさんの存在が、いつしか私の生きる理由、そして私の夢になっていた。だからこそ、これからも一緒でなくては意味がなくなるんだと私は思い知った。
「アヤメさん、私からも聞いて欲しい事があります」
「うん……」
もう、止める事が出来なかった。私は、
「________私も、アヤメさんが好きだ。アヤメさんが欲しい。だから、私の彼女になってくれませんか?」
「________うん、喜んで」
その言葉が、引き金となった。
私はそっと彼女の頭の後ろに手を回し、その唇をふさぐ。全てを奪うように、彼女を求めた。
「んんっ……!」
小さく開いたアヤメさんの口の中に舌先をねじ込む。彼女の歯の表と裏を丹念に舐め回し、歯茎を舌先でなぞった。上顎を擽り、歯茎の内側で蠢く舌を吸い上げ、絡み取る。互いの唾液が混ざり合い、それを吸い込む。彼女の口腔を本能の赴くままに蹂躙し、最後に唇を吸い上げ甘噛みし、舌先で唇をなぞる。
「ふぁ、ぁ……ハモ、リ……」
アヤメさんはトロンとした目で私を見つめる。頬は赤く染まり、口の端からは唾液が垂れていた。
私は視線をアヤメさんの顔から下、肉付きの良い身体に向けた。私の視線に気付いたアヤメさんは両手で私の顔を挟んで固定すると、額を触れ合わせ鼻先を顔に擦りつける。
「いいよ……ハモリがわたしにしたいこと……ぜんぶ、して……」
それから私達は、ただ必死に互いを求めた。決して離さないと言わんばかりに強く抱き締め合った。熱を帯びて、重なり合い、溶けていく中で、私は誓った。絶対に、彼女を幸せにしてみせると。彼女の選択を、決して後悔させないと。
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「……………………夕食の準備、まだだったな」
意識が覚醒し、窓の外を見ると既に日が暮れていた。身体は寝汗でベタベタで、衣類は全て脱ぎ捨てられていて今の私は裸身を晒していた。まずはシャワーを浴びてからだな、と思いつつ、視線を隣に向けた。
「ん……ハモリ……だいすき……」
髪を解き、私と同じように裸身を晒して幸せそうに眠るアヤメさんの姿があった。染みひとつない肌は艶やかで、彼女のプラチナブロンドの髪とのコントラストはどんな芸術品よりも美しかった。
「アヤメさん、可愛かったなぁ……」
はじめて肌を重ね合って、私はひとつの知見を得た。それは、女性の身体というのは楽器のようなもの、だという事だ。
指先が触れる場所、そして力の入れ方や触り方によって、彼女の美しい口から溢れる艶やかな音色は千差万別に奏でられる。アヤメさんのそれは激しく、情熱的で、私の心を熱く満たしてくれた。
「つい興が乗ってしまったが……まさか歯ブラシを歯を磨く事以外に使う日が来るとは思わなかった」
何かの液体で濡れている歯ブラシを握りしめながら呟く。アヤメさんも思った以上に乗り気だったのでつい夢中になってしまったが、あの時のアヤメさんの顔と声を思い出す度に腹部がじんわりと熱くなっていくのを感じる。次はもっといろんな"道具"を試してみよう、と思った。
「ここまで来たら、腹を括るしかないか……」
今日この日、名実共にアヤメさんと私は"恋人"となった。もう、後戻りは出来ない。これから先、誰が何と言おうと周りが何を言おうと、私は彼女を護り抜く。必ず責任を取る。それが、私がやるべき事だから。
「……起こすのも忍びないし、シャワー浴びて夕方の支度を済ませるか」
ひとまず、脱ぎ捨てられていた衣服を回収し、散乱しているティッシュをゴミ箱に捨てる。未だに夢の中にいるアヤメさんをそのままにし、私は部屋を出る。この前に奮発して買った海鮮を使ってちらし寿司でも作ろうかと頭の中で今日の献立を考えながら私は汗を流すべく浴場へ向かった。
『うひゃー……若いってイイねぇ。青春してるねぇ…………まあ、"ボク"も大差ないけど』
●●●●「ちょ、どうしたの先輩?いつにも増して顔色が悪いわよ?」
●●●「……………………夢で、アヤメが……アヤメが……」
ヒロインは複数人いてもOKか?
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YES
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NO