キヴォトスの歯医者さん   作:ニシキ

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第2話です。


黒崎コユキの虫歯治療

 

 

歯科学部の診察室にて、私は今日も生徒達の歯を治療する。生徒達の口の中にある神秘の秘境、痛みに身悶えする様をこの目に焼き付けるのは私のライフワークである。

 

「じゃあ、これで口を濯いで。その後は歯に詰め物を入れて治療は終わりだよ」

「うぅ、はーい……」

 

今日やって来たのは1つ下の後輩だ。制服の上に白衣を纏うその姿は如何にもミレニアムの生徒らしい。この子にドローンを持たせてレベルアップしたらハレになりそうだ。

 

「さあ、詰め物を入れていくから口を開けて」

「あ、あーん……」

 

原作で言うところの名もないモブ生徒だが、その顔は可愛らしく、懸命そうな表情で口を大きく開けようとしている様が何とも微笑ましい。

小さな顎にコロコロと並ぶ白い歯、そのアーチの内側でプルプルと震える舌、頬の内側の瑞々しい粘膜、喉の奥で揺れる口蓋垂、そのどれもが美しい。

今回は前回のハレと同様に右下の6番が象牙質まで侵されていたので、少し削って穴に詰め物を入れれば終わりだ。

 

「よし、これでおしまい。お疲れ様」

「治った?本当だ!ありがとうございます、ハモリ先輩!」

 

治療が終わったと聞いて嬉しそうにする後輩を見て、私は笑みを浮かべる。治療中の痛みに耐える姿も良いがやはり可愛い女の子には笑顔が一番である。

 

「午前中の診察はこれで終わりか……午後に確か1件あったような」

「あらあら、ちゃんと予定は確認しなくちゃダメよ~ハモリちゃん」

 

声がする方向を振り返ると、空色の長い髪を太い三つ編みにし2つのおさげを作っているグラマラスな体型の少女がいた。

彼女の名は荻窪ネネコ。歯科学部設立に協力してくれた私の恩人にして先輩だ。

 

「ほら、これが今日の診察リスト。午後はそんなに多くはないわね」

「すみませんネネコ先輩。何時も助かります」

「ふふっ。診察が大変なのは分かるけど、ハモリちゃんもちゃんと身体を休めなくちゃダメよ~?」

 

タブレット端末を私に渡すネネコ先輩。彼女は歯科学部の財政管理を担ってくれているだけでなく、運営に関して素人だった私に1から指導して下さったのだ。

年齢から考えて本来なら彼女が部長になる筈だったが、自ら辞退して部長の座を私に譲ってくれた。理由を聞いてみると、彼女はこう答えてくれた。

 

「だって、それはハモリちゃんの夢なのでしょう?私は頑張っている子の背中をちょっと押しただけ。頑張ったのはハモリちゃん自身なのだから、当然でしょう?」

 

この時の私は、人生で初めて泣いた。動機は不純とは言え、自分の夢を支えてくれた彼女の献身が何よりも嬉しかった。更に言えば、彼女は私が歯フェチである事を知っていた。

実は、私が歯科医を目指そうとしたきっかけになった生徒こそ、ネネコ先輩だったのだ。

彼女は私が口の中を見ていた事に気付いていて、敢えて寝たふりをしていたのだ。その日から私の事が気になったネネコ先輩は、当時歯科医を目指して参考書を読み漁っていた私に声をかけてくれて、歯科学部設立に協力してくれたのだ。だからこそ、私は彼女には頭が上がらない。

 

「もしも、みんながハモリちゃんが女の子の口の中を見るのが大好きな変態さんだって知ったら、一体どんな顔をするのかしらね~?」

「あの、先輩……出来れば、その事は黙って頂けるとありがたいのですが」

「うふふ。ごめんなさい、冗談よ。私が大好きなハモリちゃんと私だけの秘密を言い触らす訳がないじゃない?」

 

確かに私にとって恩人であり、尊敬も出来る先輩なのだが、妙に近い距離感と本心の読めない言動は正直言って心臓に悪い。今も何故かその豊満な身体を密着させながら私に話しかけてくる。

 

「ねぇ、ハモリちゃん。明日はお休みだし、たまには2人でお出掛けしない?」

「まあ、どうやって暇を潰すか考えてましたし良いですよ」

 

可愛い生徒達の歯の治療は確かに心踊るが、疲れが溜まって治療に差し支えては本末転倒なので、私はこうしてリフレッシュする時間を設けている。いくら可愛い女の子の歯が好きな私でも、疲れる時は疲れるのだ。

それに、キヴォトスで初めて見惚れる程にネネコ先輩の歯はとても美しかった。

一度歯科健診の時に前歯から奥歯まで全部見せて貰ったが、ネネコ先輩の歯は今までに見た事がない程にそれはそれは美しい歯だった。ハリのある唇の間を抜けて、純白に煌めく虫歯1つない歯並びはまさに芸術そのもの。その歯を支える歯茎も血行の良いピンク色で文句無しの口内だった。

そんな素晴らしい歯を持つ先輩と一緒にお出掛けが出来ると聞けば、治療の疲れも吹っ飛ぶというものだ。

 

「じゃあ、そうと決まれば午後の診察も頑張らないといけませんね。さてさて、次の患者は……おや」

 

ネネコ先輩から受け取ったタブレット端末を確認すると、見覚えのある名前を見付ける。

 

黒崎コユキ、と

「やーだー!行きたくありませーん!もう治りましたので大丈夫ですー!」

「いい加減にしなさいコユキ!そんなになるまで放っておいて、大丈夫な訳がないでしょう!!?」

 

しばらくして、外から聞き覚えのある声が聞こえてきたので私は声のする場所へ向かう。

 

「いらっしゃい、ユウカにコユキ。準備は出来ているから入っておいで」

 

外にいたのは藍色の髪をツーサイドアップにした少女と、長いピンク色の髪をツインテールにした小柄な少女だ。セミナーで会計をやっている同級生の早瀬ユウカと、その後輩の黒崎コユキだ。

 

「ああ、待たせてごめんなさいハモリ。ほら、コユキも観念しなさい」

「ううー!ユウカ先輩の意地悪!何で私に内緒で予約したんですかー!?」

「こうでもしないとあなたは治療を受けないでしょう?放っておいたら、もっと痛くなるわよ」

 

ユウカはコユキの顔、正確には左の頬を指差す。コユキは保冷剤を左頬に当てて冷やしており、痛みで顔を歪めている。

 

「取り敢えず準備は出来ているから、2人とも中へ入って」

「はーい……」

 

私はこれは久しぶりに腕がなりそうだと思いながら2人を案内する。コユキはトボトボと、項垂れながら診察室へ入っていき、ユウカも後を追う様についていく。

私は2人を診察室へ案内した後、コユキを歯科ユニットの治療用チェアに座らせる。コユキはライトの光を受けて反射する治療器具の数々を見て顔を強ばらせ、横にいるユウカはそんなコユキを不安そうに見つめている。

 

「それで、ハモリ。コユキの歯はどうなのかしら?」

「一先ず診察してみない事には何とも言えないけど、常に痛みが出ているとなると、神経にまで虫歯が進行している可能性が高いね」

 

虫歯の進行具合にもいくつかの段階があるが、激しい痛みが続いている場合、虫歯が神経にまで達して炎症を起こしている可能性が高い。酷い場合は神経が壊死して根元に膿が溜まり頬が腫れる事があるので、早めの処置が必要である。

 

「それで、どんな感じに痛いのかな?」

「うぅ…ずっと左の歯がズキズキして、物を噛むとすごく痛いんです」

 

治療用チェアに座るコユキの表情には覇気がなく、声も酷く落ち込んでいる。

 

「それじゃあ、口を大きく開けて」

「はい……あー」

 

コユキはゆっくりと口を開ける。私は視線をコユキが痛いと言っていた左側の歯列へ向ける。

コユキの左下7番、一番奥にある奥歯は目視でも分かる程に酷い状態だった。元は白かったであろうエナメル質は大きく抉れており、中の組織はグズグズに崩れて黒ずんでいる。

 

「(予想通りか…穴の深さは、っと)」

 

私は奥歯の穴の中へ向けてレーザー光を照射して穴の深さを確かめる。目視やレントゲンでは捉える事の出来ない深い穴も、これを使えば歯を傷付けずに正確に虫歯の進行度を確かめられるのだ。

次に私は歯科用のCTを使い歯の内部を正確に把握する。虫歯の進行度によって治療法も変わっていく為、見落としがない様に慎重に見ていく。一通りの検査を終えた後、私はコユキに話しかける。

 

「さて、コユキの歯の状態だけど……虫歯が神経のある部分まで達している。これから、治療の流れについて説明するよ」

「お、お願いしますハモリ先輩……」

 

今にも消え入りそうな声で小さく頷くコユキ。私は端末を操作してコユキの歯の3D画像を展開する。穴の細部や血管の位置まで正確に再現したそれを使い説明していく。

 

「コユキの歯の状態だけど、虫歯が進行して歯髄、歯の神経にまで達している状態だ。これをこのまま放置していると、神経が炎症を起こして痛みが更に強くなる。更に悪化すると、神経が壊死して根元に膿が溜まって歯茎や頬が腫れていく。最悪の場合、細菌が歯の回りに拡がって顎の骨が溶けて他の歯にも影響を与える。ここまでは良いかな?」

「ひっ……」

 

コユキの歯の状態、放置した場合のリスクについて説明すると、コユキは小さく悲鳴を上げて震え出す。

 

「おっと、怖がらせて申し訳ない。けど、大丈夫。今から治療すれば、もう痛い思いをしなくて済むからね。どう、治療頑張れる?」

「は、い……頑張り、ます」

 

私はコユキの顔を真っ直ぐに見つめる。コユキは今にも泣き出しそうな顔だったが、私の問いかけに対して確かに答えてくれた。

 

「さて、これから治療について説明するね」

 

コユキは小さく頷く。私は治療に対して前向きになってくれたコユキに説明を続ける。

 

「治療の方法だけど、先ずは麻酔をして虫歯菌に侵された神経を全て取り除いて中を掃除、細菌が残らない様に隅々まで消毒する。その後は隙間なく薬剤を入れて密封して被せ物を付ける、というのが一般的なやり方だ」

「神経を……それって、スゴく痛いんじゃないんですか?」

「大丈夫。その為に麻酔をするし、痛みは最小限に抑えられるから安心して。ただ、神経も血が通っているから、それが無くなれば水が抜けた木の枝の様に歯も折れやすくなる。そうなれば最後は抜くしかない」

 

コユキは歯を抜くと聞いて身体を固くする。横で様子を見ているユウカも不安げにこちらのやり取りを見ている。

 

「だけど、虫歯菌に感染した部分だけを取り除いて生きている神経を残す方法もある。但し、これは虫歯の進行度によっては出来ない場合もあるし、とても難易度の高い治療法で失敗するリスクもある。その事を踏まえて、コユキ自身がどうしたいか選んで欲しい」

 

私個人の意見としては、神経を残す方法を勧めたいが、最終的に選ぶのは患者であるコユキ自身だ。私はコユキの返答を待つ。

 

「……ハモリ先輩」

「何だい?」

「神経、残して治療を……お願い出来ますか?」

 

コユキは私の目を真っ直ぐに見つめながら答えた。

 

「もう一度確認するけど、その方法は出来ない場合もあるし、失敗するリスクもある。それでも、構わないんだね?」

「にはは、それなら大丈夫ですよ。だって、ハモリ先輩なら出来るんでしょ?」

 

コユキは何とでもない様に答えた。ならば、私の言うべき事はただ1つだ。

 

「分かった。なら、全力を尽くそう」

 

私はコユキの返答に笑みを浮かべながら答える。後輩にここまで言われて応えなければ、ミレニアムの歯科医として名折れである。

「じゃあまずは麻酔をするから、口を大きく開けて」

「はい、あー」

 

私はコユキが口を開けたのを確認すると、虫歯のある歯茎に麻酔をする。

 

「んんっ……」

 

次に歯の中に細菌が入るのを防ぐ為にゴム製のシート、ラバーダムを歯に装着していく。その後は虫歯の染め出しを行い、虫歯菌に侵された箇所を確認する。そして歯科用顕微鏡、マイクロスコープを用意する。これを使い虫歯菌に侵された箇所を丁寧に取り除いていくのだ。

 

「これから、虫歯菌に侵された箇所を取り除いていくよ」

「んんっ……!」

 

私は必要以上に歯を削らない様に低速ドリルを手に取り、コユキの歯を削っていく。

 

「んっ……ぁぁっ……!」

 

歯を削る振動でコユキは身を捩る。私は慎重にドリルを動かし、虫歯菌に侵された組織を取り除いていく。

 

「コユキ……頑張って」

 

ユウカは痛みに耐えるコユキを心配そうに見つめる。その手は震えながらも、コユキを真っ直ぐに見ていた。

 

虫歯を全て取り除くと、剥き出しになった神経が露になる。私は穴の中を薬液を使い消毒した後、特殊なセメントを使い神経を覆い隠す。その後、詰め物を詰めて穴を塞いでいく。

 

「よし、治療は終わったよ。お疲れ様」

「わぁ、本当だ!もう痛くない!ありがとうございますハモリ先輩!」

「良かったわね、コユキ。ハモリもお疲れ様」

「ああ、ありがとう。これだけ元気になってくれたのなら、苦労した甲斐はあったよ」

 

歯の痛みが消えて何時もの快活さが戻ったコユキの姿を見て、私も笑みを浮かべる。この笑顔が私にとって何よりの報酬だ。

 

「にはは!これでもう、何でも食べられますよねハモリ先輩!」

「ああ、けれど今度からは歯磨きはちゃんとしようね。また、同じ目に遭うのは嫌でしょう?」

「にははは……はい、もう虫歯は懲り懲りです。今度からはちゃんと歯磨きします」

 

流石のコユキも今回の一件が身に染みたのか素直に答える。結局の所、虫歯はなる前に予防するのが一番なのだ。

 

「そこで、だ。せっかくだから私が歯磨き指導をしてあげよう」

「ふぇっ!?は、歯磨きですか……?何かちょっと恥ずかしいというか……」

 

口元を抑えてモジモジするコユキ。その姿に私の中の情念が再び燃え上がる。

 

「そうだ、良い機会だしユウカも一緒にどうかな?」

 

私は滅多にないチャンスだと思いユウカに声をかける。

 

「わ、私も?それは、その……」

「にははは!そんな事言わないで一緒に受けましょうよユウカ先輩!」

「ちょ、コユキ!?」

 

コユキは一緒に道連れにするつもりなのか、ユウカの手を取る。私は歯磨き指導のプランを頭の中で組みながら歯ブラシを用意する。

コユキとユウカ。可愛いらしい2人の歯を磨くのは、実に素敵で面白そうだ。




実際の治療はもっと時間もお金もかかるので、皆さんもきちんと歯磨きをして虫歯を予防しましょう。

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