という訳で、第29話です。
『はあっ……アヤメさんっ……アヤメさんっ……!』
『あぅぅっ……ま、待って……そ、そんなに激し、く……んぁぁっ!ハモリ、ハモリぃ……!』
「ふふっ、なんて見事な即堕ちぶり。まだまだお姉ちゃん相手にマウント取るには力不足だったねー、アヤメ先輩?」
お姉ちゃんに組み伏せられ、甘い声を上げるよわよわ先輩……もとい、アヤメ先輩の有り様を見ながらボクは呟く。
改めて、ボクの名前は白山イザナ。
お姉ちゃん……白山ハモリの双子の妹として生まれてくる筈だった存在。色々あって、今はお姉ちゃんの身体の中で魂だけの存在として同居している。
『ほら、アヤメさん……ここ、どうですか?』
『んんっ……!それ……だめっ……』
『ふふっ、そんな事を言って……本当はもっとして欲しいんですね?』
『やぁっ……やめ……ハモリ、の……いじわるっ……んああっ!』
「今夜もアヤメ先輩の敗北っと……にしても、いくら神秘の影響があるからってお姉ちゃん体力底無し過ぎでしょ」
そう言って"テレビ"を消して特大サイズのベッドに寝転ぶボク。その周囲は木製の壁とインテリアに囲まれ、床にはカーペットが敷かれていた。
ここはお姉ちゃんの精神世界……の中にボクが作ったプライベートルームで、内装はボクの趣味でログハウス風にしてある。
中にいる間はお姉ちゃんの声や思考は遮断されて、好きな時に部屋に置かれたテレビで確認する事が出来るようになっている。
はじめに断っておくと、別にお姉ちゃんが嫌いな訳じゃないし、一緒にいる事が苦痛という訳でもない。
それならどうしてお姉ちゃんの心の中にこんな部屋を作ったのかと言うと……ボクの精神衛生上の問題だ。
というのも、ボクはお姉ちゃんと身体を共有している都合上、お姉ちゃんの思考や感情なんかも自然と感じ取る事が出来るんだけど……そのせいで、お姉ちゃんの変態思考が四六時中ダイレクトに伝わってしまうのだ。
「こうして静かにダラダラするのって最高だよねー……思えば、お姉ちゃんがネネコ先輩の口の中を覗き見して変態になったあの日から数年経ってるんだっけ」
今日に至るまでの日々を振り返り、クッションに顔を埋めて足をパタパタさせながら呟く。いくら慣れたとはいえ、毎度毎度興味のないアダルトビデオを鑑賞するような目に遭うのは流石のボクでも疲れるのだ。
特に、前回のユメ先輩の検診の時のお姉ちゃんの壊れっぷりは過去最高に酷く、しばらくお姉ちゃんの変態思考がひっきりなしにガンガン流れてきて、脳のない筈のボクがノイローゼになりかける程だった。
流石に精神的にしんどかったので、何か良い方法はないかと考えた末に作ったのがこのプライベートルームだ。
一応、お姉ちゃんの声が届かない"領域"もあるにはあるのだけれど……そこはあまりボクが立ち入って良い場所ではないので、苦肉の策として心の中にボクだけの部屋を作った訳だ。
まあ、勝手に人の心の中を弄るのは少し気が引けたけど、お姉ちゃんもお姉ちゃんで『これは私のサガなのだ』なんて言って、しょっちゅう変態思考垂れ流してボクはそれを全部聞くハメになっているんだから、部屋の1つや2つくらい大目に見てくれる筈だ。
「……明日はお姉ちゃんとアヤメ先輩はネネコ先輩に会って、明後日にはアヤメ先輩は百鬼夜行に帰るんだっけ」
ベッドの上で横になったまま……手のひらに現れた"拳大の水晶玉"を弄りながらボクは思考する─────これから起こるであろうキヴォトスの未来……
「明後日はさしずめ"百花繚乱編"といったところかな?尤も、事の発端になるアヤメ先輩がお姉ちゃんのところにいる時点で既に前提が崩れてるし、本当に始まるのかどうかも分からないけどね」
ボクとお姉ちゃんの神秘はそれぞれ別にあるけど、共鳴して生まれた神秘については共有出来るので、こうしてお姉ちゃんの
例えばこの水晶玉の力……
「────今のところは、だけどね」
お姉ちゃんは気付いていないけど、この権能の真髄はただの過去視じゃない。
ボクは魂だけの存在であり、神秘の塊のようなものだ。だからこそ、神秘の扱いに関してはこのキヴォトスの誰よりも熟知しているし、その本質を誰よりも理解している。
そしてボクは、月読命の権能に秘められた力の本質にすぐに気付いた。
その力は……過去、未来、並行世界、そしてお姉ちゃんの"前世"といったあらゆる時間と可能性……つまり、あらゆる世界を観測する事が出来るというモノ。ボクがあの
詳しい仕組みについて、ボクは厳密には違うけどミレニアムの生徒風に解説すると……たとえどんな超越的存在や高次元の能力を持っていたとしても、ボク達の世界に観測された瞬間、デコヒーレンスを起こして量子的な重ね合わせの自由を失い、超越的存在からこちら側の存在として固定されて、その絶対性を大幅に失うというモノ。
要するに、砕いて言えば『相手のチートを封殺する能力』だ。
お姉ちゃんの記憶から、あの目玉仮面がゲームの駒のように人を操る力を持っていた事は事前に知っていたものの、どうやって対処するか悩んでいた矢先にお姉ちゃんがこの権能を産み出してくれたのは僥倖だった。
これならどんな相手でも一気に退治、といきたいところだったけど、話はそう簡単にはいかなかった。
まず、肝心のお姉ちゃん自身が無意識に権能そのものに封印をかけているので普段はこのキヴォトスの過去の記録の観測しか出来ないし、前にボクが本来の力を使えたのも封印を無理やりこじ開けて一時的に使えたに過ぎず、あれ以来一度も使えていない。
おまけに燃費も悪く、並行世界の記録を見るのも良くて数回出来るかどうかで、最初にお姉ちゃんが使った時は神秘を一気に消耗して気を失うという有り様だ。
こればかりはお姉ちゃんが権能を使う事に恐怖を抱いているのもあるし、仮にボクが話しても本人が認識を改めない事には意味がないから、ボクに出来るのは助言と見守る事だけだ。
幸い、アビドス砂漠での一件以来、強くなる事に対して意欲的になったし、やり方は大分アレだけど毎晩アヤメ先輩との【ピー】が神秘操作の向上と増幅に繋がってるから、地道にやっていくしかない。
「…………さて」
弄っていた水晶玉を消して、ベッドからゆっくりと身体を起こし虚空に手を伸ばす。
白銀に輝く大太刀──神剣•
その刀身を色んな角度から眺めた後、軽く数回振ると『フォンッ!』という風を切る音が室内に響く。
「よしよし、大分馴染んできたかな。流石はボクと同じ"原初の神格"なだけあって、とんだじゃじゃ馬だったね」
キヴォトスが学園都市として成立する遥か遠い昔……『崇高』『神秘』『恐怖』といった概念が生まれる以前から存在していた、神々の星座と呼ばれる原初の神格達が跋扈していた時代があった。
前にボクが倒した雷の巨人……セトの憤怒はその時代に存在していた神聖のひとつであり、自然界に存在する尤も根源的な荒々しい力そのものだ。
それを分解し、ボクに合わせて最適化した形に再構成したのがこの剣……布都御魂剣だ。
有する権能は────ひとつ上の次元から対象を切り裂く『絶対切断』だ。
それは文字通り、写真に映る風景を手で引き裂くようにどんな護りも貫き、どんなに空間を隔てていても構わず切り裂く事が出来るというモノ……それが例え、神秘を宿した存在であったとしても。
「…………」
次に、空いた手に力を込めると『バチバチッ!』と音を立てて電流が放たれ、虚空に溶けて消えていく。
これは、ボク自身の神秘に由来する権能のひとつ───
その力は……電流、電圧の制御や放電といった様々な電気現象、磁場の制御や磁気バリアの生成といった様々な磁力現象……つまり、ありとあらゆる雷の力を操るというモノ。
雷そのものであるセトの憤怒にとってこの権能はまさに天敵であり、滅ぼさなければならない存在でもあった。
現に目玉仮面はそれに目を付けてお姉ちゃんを反転させてセトの憤怒を呼び出そうとしていたけど、あの目玉仮面は2つ誤解をしていた。
1つは、お姉ちゃんに宿る2つの神秘の1つにボクという人格が宿っていた気付かなかった事。これはボクという存在が"死"そのものであり、ゲーム盤の上で見れば"既に死んだ駒"である為、存在していないモノと誤認していたのが1つのミスだ。
そしてもう1つが、お姉ちゃんとボクがただの生徒ではなく……セトの憤怒と同じ神聖、崇高の向こう側の存在でもあった事だ。
改めて言うと、ボクは自身の神秘によって生まれる事すら許されず死んだ存在だ。
だけど、死に際に双子として一緒にいたお姉ちゃんがボクの死を察知し、無意識に自身の神秘によってボクの魂はあの世から掬い上げられ、バラバラに崩壊したボクの身体と共にお姉ちゃんの中に取り込まれて、ボクは擬似的な蘇生を果たした。
それは結果として────『死人は生き返らない』という、この世界の絶対的な
それは逆説的に、お姉ちゃんは────"世界の法則すらねじ曲げる超越的存在"である、とも言える。
そしてボクは死に際に自分の魂の在り方を認識し、蘇生すると共に神聖に還った。
にもかかわらず、こうしてボクという人格が消えなかったのは、お姉ちゃんがボクがボクとして生きる事を強く願ったからだ。
そして、先生によって『白山イザナ』という名前が与えられた事で────ボクは『生徒としてのテクストが付与された原初の神格』として存在が再定義された。
だから、そもそもお姉ちゃんとボクには普通の生徒のように"反転する"という概念がなく、キヴォトスにおけるもう1つの絶対的な法則────『神秘は神秘を持たない存在に介入出来ない』という法則を無視して、神秘も恐怖も持たない先生の"怪我を治す"という奇跡を起こす事が出来た。
まあ、簡単に言ってしまえば神話の神様そのものに人間としての人格がインストールされたのがお姉ちゃんとボク、という訳だ。
尤も、お姉ちゃん自身は飽くまでもゲームの設定として自分を含めたキヴォトスの生徒達は神様のようなモノと認識してはいるものの、ボクのように自分の魂の在り方を本当の意味で全て認識している訳ではない。
だから今のお姉ちゃんは神格としての自分の力を十全に発揮する事が出来ず、持て余している状態だ。
だけど、アヤメ先輩が瀕死の重傷を負ったあの時に、精神が崩壊しかけながらも神秘の量が爆発的に増幅し、その溢れた神秘が治癒の権能──
だからお姉ちゃんが望めば何でも出来る、というのは誇張ではなく本当の事だし、やろうと思えば死者の蘇生は勿論、キヴォトスを"リテクスチャー"する事だって出来る。
まあ、お姉ちゃんの性格上まず使う事はないけど……もしもアヤメ先輩やネネコ先輩といった大事な人達が危険に晒された時は、それこそきっと手段は選ばないだろう。
かといって、お姉ちゃんを意図的に追い込むのは論外だ。アビドスの時も正直に言えばギリギリだったし、ボクとしてもお姉ちゃんに危ない橋は渡って欲しくない。
そもそも、学生生活に権能だのリテクスチャーだのなんて必要ないのだけれど、残念ながらここはキヴォトスだ。
重火器を撃ちまくる不良生徒達は勿論の事、カイザーやゲマトリアといった悪い大人達、デカグラマトンとかいう神を自称するAIに手下の巨大ロボ軍団、ライブラリー•オブ•ロアとかいう実体化した都市伝説、仕舞いには司祭の癖に信仰対象を道具として利用している無名の司祭とかいう変質者軍団等々、なんか世界観を間違えてるような脅威がこのキヴォトスにはゴロゴロいる訳で、そんな奴等に対抗する為にも力は必要だ。
とはいえ、すぐにゲームのようにパワーアップという訳にはいかないし、現状お姉ちゃんには引き続き神秘操作の訓練をやっていくしかない。そして何れは、ボクと同じように自身の神聖に目覚める時が来るだろう。
「……でもまぁ、ただ待つのも時間が勿体ないよね」
布都御魂剣を消し、目を閉じて意識を集中させる。目的は、今後に向けて"ある人物"とのご挨拶だ。
•
•
•
•
•
•
•
•
•
•
「はぁい、狐さんこんばんはー」
「!?」
星空の見える何処かのオープンテラスにて、ボクの声にその少女は肩を震わせて、後ろにいるボクの方へゆっくりと振り返る。
大きな狐耳と、肩が露出し萌え袖が特徴的な白い制服を身に纏う少女……百合園セイアは、何処か探るような視線でボクを見ていた。
「……君は、ハモリではないな?」
「──へぇ、分かるんだ?予知夢で見ていたのかな?」
「……君もどうやら、私の事を知っているようだ。一先ず、客人を立たせたままというのはこちらとしても心苦しいし、まずは席に着かないかい?話はそれからにしよう」
言われるがままにテラスにあった椅子に座りお互いに向かい合う。
「さて……ご存知かと思うが、私は百合園セイア。トリニティ総合学園に所属しているティーパーティーの元ホストだ」
「じゃあ、改めてボクの名前は白山イザナ。お姉ちゃん……白山ハモリの双子の妹だよ」
お姉ちゃんがアヤメ先輩達の為に頑張っているように、ボクもボクのやり方でお姉ちゃんの為に頑張ろう。そう心の中で思いつつ、ボクは目の前の彼女と話し合いを始めた。
アヤメ「あっ、だめっ……もうむりぃ……」
ハモリ「ふふ、じゃあ……やめますか?」
アヤメ「うぅ……やだぁ……」