キヴォトスの歯医者さん   作:ニシキ

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続いて第3話です。


早瀬ユウカの歯のクリーニング

 

 

 

コユキは前回の治療からすっかり元気を取り戻し、また悪戯をしてユウカ達を困らせているらしい。私はユウカから延々とその愚痴を聞かされたが、治療中ずっとコユキの事を見守っていた事を知っているし、話している本人も本気で嫌っている風でもないので「今日も平和だなぁ」と思いながら軽く聞き流していた。

因みにそのコユキだが、あの日以来どういう訳か私の元を訪ねる様になった。流石に診察中は相手出来ないが、終わって暇な時に話し相手になったり一緒にお菓子を食べたりしている。

そして今は何をしているのかと言うと……

「うん、磨き残しも殆どなし。あれからちゃんと欠かさず歯を磨いてくれている様で感心感心」

「ふぉんほへふふぁー?」

 

コユキの口の中を見ていた。前回の虫歯の痛みが相当堪えたのか、コユキはあれ以来毎日きちんと歯を磨いている様だ。時々こうしてちゃんと磨けているかどうか、また虫歯が出来ていないかどうかを確かめる為に私の元を訪ねて来る。

私としてもコユキがちゃんと歯を磨こうという約束を守ってくれているのは好ましいと思うし、自分から口の中を見せてくれるのは嬉しい限りである。

 

「(治療後の痛みもないみたいだし、良かった良かった)」

 

治療したコユキの左下の奥歯は詰め物が充填されて見た目はほぼ元の白い歯となっており、他の奥歯と共に違和感なく綺麗に並んでいる。

 

私は改めてコユキの大きく開かれた口の中を見る。コユキの小さな顎に収められた28本の歯は、コユキ自身のケアのお陰で清潔さを保っている。若干ミントの香りがするのは直前まで歯を磨いていた為であろう。歯の隙間や根元は前に私が隅々まで歯石除去を行った為、汚れ1つない。コユキのチャームポイントと言うべき八重歯は歯列から迫り出してその存在感を主張しており、私の心を昂らせる。

 

「よしよし。虫歯は勿論、歯茎の炎症もない。うん、文句無しの花丸だよ」

「んっ……にははっ!それは当然ですよハモリ先輩!あれから毎日、ハモリ先輩に教わった通りにちゃんと磨きましたからね!」

 

コユキはニカッ、と歯を見せて笑う。ちょこっと顔を出している八重歯が可愛らしい。

私はこうして定期的にコユキの歯の検診を行い、歯ブラシの使い方や歯垢の取り方等を教えている。お陰でコユキのオーラルケアは万全で、虫歯になる事はもうないだろう。

悪戯好きな所もあるコユキだが、根は素直な子なので一度教えればスポンジの様に吸収してくれる。教える側からすればとても好ましい事である。

 

「あらあら、2人で楽しそうね~」

 

後ろを振り返ると、ネネコ先輩がいた。その手には何やら甘い香りのする箱を持っていた。

 

「ああ、ネネコ先輩。ちょうど今コユキの検診を終えた所でして」

「ネネコ先輩こんにちは!あ、もしかしてその手に持ってる物って……」

「うふふ。トリニティのお店で買ったケーキよ~。みんなで食べましょ~」

「やったー!ネネコ先輩ありがとうございます!」

「ありがとうございます、ネネコ先輩。じゃあ、私はお茶を用意しますね」

 

これは楽しいティータイムになりそうだと思いながら、3人分のお茶を用意する為に私はその場を離れる。

歯科学部の休憩室にて、私達はネネコ先輩が買って来てくれたケーキにお茶を堪能しティータイムを楽しんでいた。

 

「それでですね、ユウカ先輩ったら顔を真っ赤にして本当に怖かったんですよ!」

「あらあら、ユウカちゃんも大変そうね~」

 

ケーキをつつきながら雑談するネネコ先輩とコユキ。コユキはユウカに怒られた事を愚痴りながらケーキを頬張り、ネネコ先輩はそんなコユキをニコニコと笑いながら見ている。

私はそんな2人の様子を微笑ましく思いながら眺めていた。

 

「ちょっとハモリ先輩聞いてますか!?私ずっとユウカ先輩に追いかけまわされて大変だったんですからね!」

「ああ、聞いてるよ。けど、コユキもユウカを困らせる様な事をしたんでしょ?だったらちゃんとごめんなさいって言わなくちゃ」

「うぅ、それはそうですけどぉ……」

 

すると、休憩室の扉が勢いよく開かれる。

 

「見つけたわよコユキ!!!」

「ヒェッ!?ユウカ先輩!?」

 

ユウカは顔を真っ赤にしてコユキを睨み付けており、コユキは顔を真っ青にして私の後ろに隠れる。

 

「うわーん!助けて下さいハモリ先輩ー!」

「ハモリちょっとそこ退いて!今日という今日は絶対に許さないんだから!」

「まあまあ、取り敢えず一旦落ち着こうかユウカ。事情はコユキから聞いてるからさ」

 

怒れるユウカを何とか宥めつつ、私は背後にいるコユキに視線を向ける。私の伝えたい事がわかったのか、コユキは一瞬躊躇しながらも小さく頷きユウカの前に立つ。

 

「えっと……ユ、ユウカ先輩」

「……何よ?」

 

ユウカは一先ず興奮は収まったものの、不機嫌そうな表情でコユキを睨んでいる。コユキはそんなユウカの視線にビクッと震えながらも、ゆっくりと口を開く。

 

「その……ごめんなさい!私、またユウカ先輩に迷惑かけちゃって、その……本当にごめんなさい!」

 

コユキはしどろもどろにながらも頭を下げてユウカに謝った。ユウカはコユキの事をしばらくじっと見ていたが、やがて小さくため息をつき表情を緩ませる。

 

「わかったわ、今回は許してあげる。けど、次やったら承知しないわよ?」

「は、はい!もうしません!」

「よろしい。なら、後でノアにも謝っておきなさいよ?」

「はい!すぐに行きます!という訳でハモリ先輩とネネコ先輩!ケーキご馳走さまでしたー!」

 

そう言うとコユキは脱兎の勢いで休憩室から出ていった。ユウカはしばらくコユキの走り去った後を見ていたが、やがてゆっくりと私達の方を振り返り口を開く。

 

「ハモリにネネコ先輩、コユキの面倒を見てくれてありがとう。私がちゃんとコユキの事を見てなかったから……」

「構わないわよ~ユウカちゃん。コユキちゃんと一緒にお喋りするのも楽しかったし。ねぇ、ハモリちゃん?」

「ええ、そうですねネネコ先輩。お陰で良い気分転換になりましたし。だからユウカ、そんなに思い詰める必要はないよ」

「……ありがとう」

 

私達の言葉を聞いたユウカは肩の力を抜き表情を緩ませる。するとユウカは何かを思い出したのか、私に視線を向ける。

 

「それでね、ハモリ。1つお願いしたい事があるんだけれど……」

「構わないよ。診察かな?」

「うん、明日の午後に歯のクリーニングをお願いしたくて……ハモリの所でやってるって聞いたのだけれど、良いかしら?」

 

ユウカは遠慮がちに答える。私の所ではコユキにやっている様な歯のメンテナンスも行っている。歯ブラシでは取り除けない汚れを落とすには、どうしても専用の薬剤や器具が必要になるからだ。

 

「勿論、お安い御用だよ。もしかして、コユキの影響かな?」

「ち、違うわよ!ただ、その……先生も歯が綺麗な子の方が好きなんじゃないかって思って……」

「あらあら、ユウカちゃんったら可愛い~」

「なっ、だから違いますってネネコ先輩!」

 

あたふたするユウカの反応を楽しむネネコ先輩。2人のやりとりを見ていた私は、これからユウカの歯を綺麗に仕上げる事に対する興奮で胸がいっぱいで、どうやってユウカの歯を綺麗にしようかプランを練っていた。

その日の翌日、ユウカが私の診察室へやって来た。私はユウカを治療用チェアに座らせ準備をし、ネネコ先輩は少し離れた所で見学していた。

 

「……改めて見ると、歯医者で使う道具って色々あるのね」

 

治療用チェアに座るユウカは回りにある治療器具の数々を物珍しそうに見ている。

 

「機械のメンテナンスと同じだよ。用途によって使い分けているんだ」

 

私は先端が曲がった細い金属の棒……プローブを手に取る。ユウカはギョッとした顔でそれを見る。

 

「そ、それで何をするの……?」

「これはプローブと言って、歯周ポケット、歯茎の隙間の深さを確かめるのに使う物だよ」

 

私は歯の模型を手に取り、プローブの先端を模型の歯茎の隙間に当てながら説明する。

 

「健康な歯茎ならこれで触っても痛くないんだけど、逆に歯垢や歯石が溜まって歯茎が傷んでいると、痛かったり血が出たりするんだよ」

「へぇ……」

 

ユウカは納得した様に頷く。これは持論だが、患者が治療を怖がるのは自分が今、何をされているのか分からなくて不安だからだと考えている。

故に、私は患者の疑問に対してはきちんと答える様にしている。

 

「まずはこれを使って、歯周病の進行度や炎症の有無を確かめていくよ。ちょっとチクチクするかも知れないけど、我慢してね」

「わかったわ、よろしくお願い」

 

私は椅子を倒してユウカの身体を横にし、両手にプローブとデンタルミラーを手に取る。

 

「さあ、口を大きく開けて」

「……あーん」

 

ユウカはゆっくりと口を開ける。ユウカの歯は、虫歯も治療済みの処置歯もなく、健康な状態の白い歯が合計28本綺麗に並んでいる。一見何処にも異常はなさそうだが、目視出来ない所に危険は潜んでいるのだ。

 

「(先ずは上の前歯からだな)」

 

私はプローブの先端を前歯と歯茎の隙間に差し込んでいく。

 

「んっ……」

 

歯茎から伝わる冷たい金属の感触にユウカはピクリと反応する。1本目が終われば、次は隣の歯と、順に確認していく。

 

「右上2……3……」

「ん……あっ……」

 

私はユウカの歯を1本ずつ、見えにくい位置にある歯はデンタルミラーを使い慎重に確認していく。ユウカは慣れない感覚に緊張している様で、目を閉じて身体を固くしていた。

全ての歯を確認し終えた私は、プローブをユウカの口の中から引き抜く。

 

「よしよし。目立った出血も炎症もなし、一先ず歯周病等の心配はないよ」

「んんっ……そう、良かった」

 

緊張から解放されたユウカはホッと一息つく。

次に私は、ユウカの歯に付着した歯垢や歯石を確認する為に歯垢染色液の瓶を手に持つ。

 

「次はこれを使って、歯に付着した汚れを確認していくよ」

 

私はピンセットで摘まんだコットンを使い、染色液をユウカの歯に1本ずつ隅々まで塗布していく。

 

「それじゃあ、これで口を濯いで」

「んっ……」

 

ユウカに水が入った紙コップを渡して、口を濯がせる。

その後、手鏡を取り出してユウカの歯を映す。

 

「ほら、見える?これがユウカの歯に付着した汚れだよ」

「う、嘘でしょ……!?私ちゃんと毎日磨いているのに……」

 

ユウカの歯と歯の間、歯茎との境目、その全てに染色液で染まった汚れがべったりと付着していた。

ユウカは手鏡に映る自身の歯を見て酷く動揺していた。

 

「隙間や奥はブラシが届きにくいからどうしても汚れが溜まるんだよ。大丈夫、これからその汚れを落としていくからね」

 

私は再度、椅子を倒してユウカを横に寝かせる。ユウカは自分の歯の汚れに思いの外ショックだったようだ。

私はユウカの歯に付着した歯石を取り除く為に、先端が鋭く曲がった細い金属が付いた器具……超音波スケーラーを用意する。先端から超音波を発生させて、歯石を取り除くのだ。

 

「それじゃあ、次は歯石を取り除いていくから口を開けて」

「っ……あーん」

 

ユウカは超音波スケーラーの鋭い先端を見て顔を強ばらせたが、私が口を開ける様に言うと、ゆっくりと口を開ける。

 

超音波スケーラーの電源を入れると、キィィィ、と甲高い音が室内に響き渡る。

その音にユウカは一瞬ビクッと反応したが、私は構わずその鋭い先端を歯石の溜まっている箇所に当てて歯石を取り除いていく。

 

「んんっ……んっ……!」

 

ユウカは歯に伝わる振動にギュッと目を閉じて耐えていた。

私は先端を動かし歯に付着した歯石を取り除いていく。特に奥歯の歯ブラシが届きにくい位置に多くの汚れが付着しており、私は手の向きを変え歯石を慎重に取り除いていった。

しばらくして全ての歯に付着した歯石を取り除いた後、デンタルフロスや歯間ブラシを使い、歯の隙間を掃除していく。

 

「よし、歯石はこれで全部取り除いたよ」

「ふぅ……やっと終わったのね」

 

歯石を取り除いていた間、ユウカはずっと目を閉じて耐えていた。こべりついた歯石を削り取る時のあの感覚は、確かに人によっては不快感を感じるだろう。

 

「そしたら仕上げにこの専用ブラシと研磨剤入りのペーストを使って、歯の表面にくっついた汚れを落としていくよ。さあ、口を開けて」

「わかったわ。あーん……」

 

ユウカも慣れてきたのか、自然に口を大きく開ける。

私はペーストを歯に塗り込み、ブラシの柔らかい先端を回転させて歯の表面を磨いていく。

ブラシの先端が高速で回転し出すと、ペーストが泡立ち歯の表面にくっついた汚れを洗い落としていく。

 

「んっ……ぁ……」

「(うーん、良い反応するなぁ……)」

「(ハモリちゃんは相変わらずね~)」

 

ブラシが歯に擦れる度にユウカはピクリと反応する。その反応を楽しみながらも、私はブラシを小刻みに動かしユウカの歯の汚れを洗い落としていく。

ユウカの歯は虫歯も処置歯もなく、その歯列は上下共に綺麗なU字を描いている。この芸術品を私自らの手でより完璧に仕上げていくこの時間こそ、まさに至福の時である。

 

「(ああ、この時間が永遠に続けば良いのに……)」

「んんっ……(これ、結構気持ち良いかも)」

「(2人とも楽しそうね~)」

 

私はユウカの歯を1本ずつ丁寧に、宝石を研磨する様に仕上げていく。

やがて全ての歯の研磨が終わると、表面が滑らかになり白く輝く歯が露になる。

最後にフッ素を磨き終えた歯に塗布して、歯をコーティングすれば全て完了だ。

 

「どうだい、見違えただろう?」

「わぁ、すごい……!あんなに汚れていたのに……!それに口の中もスッキリしてる……」

 

私は手鏡でユウカの歯を映す。汚れが洗い落とされたその歯は真っ白に輝き、表面は陶器の様に艶やかだ。

ユウカは綺麗になった自分の歯を見て嬉しそうにしている。

 

「仕上げにフッ素を塗っておいたから、これで虫歯になりにくくなる筈だ。もう30分くらいでフッ素が歯に定着して歯質が強化されるから、その間の飲食は控える様にね。それと、クリーニングは虫歯とかがなければ3~6ヶ月に1回くらいの頻度で来るのをオススメするよ」

「ええ、わかったわ。今日はありがとう、ハモリ」

 

ユウカの笑顔と輝く白い歯を見て私も笑みを浮かべる。我ながら良い仕事をしたと思う。

 

「お疲れ様~ハモリちゃん。ユウカちゃんもピカピカになったわね~。後は大好きな先生にアタックすればイチコロよ~?」

「なっ、違いますよネネコ先輩!わ、私と先生とはそういうのじゃなくて……!」

 

どうやら先生も相変わらず生徒達に愛されている様である。

因みにもし私が先生なら、ユウカの歯を見た瞬間に即イチコロだっただろう。

しかし、私にとってのオンリーワンはネネコ先輩の歯であるし、非常に悩ましい事である。

 

そんなこんなで、今日も私は生徒達の歯を治療したり綺麗にしたりしている。

因みに後日、これはコユキから聞いた話だが、ユウカは先生と一緒に買い物デートをしたらしい。

ユウカのご機嫌ぶりを見るに、結果は上手く行った様である。




歯周病予防のためにも歯のクリーニングはオススメです。

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