という訳で、第35話です。
「先生、お疲れ~」
「お待ちしておりました、先生」
「にゃはは~。ようこそおいで下さいました、先生」
陰陽部の本部に案内されると、三人の少女が待っていた。中央に立つのは、鬼のような二本の角を生やした黒髪の少女。白い着物風の、やや露出度の高い制服に身を包んでいる。陰陽部部長・天地ニヤだ。
その傍らには、狐耳の金髪の少女と、水色の髪に二本の角を生やした少女が控えていた。同じく陰陽部副部長•桑上カホと和楽チセである。
「昼間はありがとう、チセ。それから、そこの二人は初めてかな? 私がシャーレの先生だよ」
「陰陽部副部長、桑上カホと申します。そしてこちらの方が……」
「にゃはは~。お初にお目にかかります、先生。陰陽部部長、天地ニヤです。以後、お見知りおきを」
ニヤさんはニコニコと笑っているが、その細められた瞳はじっと先生を観察していた。
『……いかにも腹に一物ありそうな顔してるね、この人』
「(あまり人を見た目で判断するのは良くないけど……否定しきれないね)」
一見、のほほんとした和服美人という印象なのだが、視線だけが妙に鋭い。居心地の悪さを感じた瞬間、ニヤさんがこちらに顔を向けた。
「おや、私の顔に何かついてますか?」
「あ、すいません。その……綺麗な方だな、と思って」
思わず本音が出てしまった。ニヤさんはきょとんとした後、破顔する。
「にゃははっ! まさか初対面で口説かれるとは思いませんでした! いやはや、私の美貌も案外捨てたものではありませんね~」
本人は気にするどころか寧ろ喜んでいる様子で、ホッとしたのも束の間。凍てつくような殺気とともに、肩に手が置かれた。
「(ハ~モ~リ~?)」
「(ごめんなさい)」
アヤメさんが額に青筋を立て、にこやかな笑みで詰め寄ってきたので素直に謝る。
一方、ひとしきり笑ったニヤさんは、今度はアヤメさんに視線を向ける。それに気付いたアヤメさんは姿勢を正した。
「……お久しぶりです、ニヤ様。委員長としての責務を放棄し、長らく席を空けていたこと……本当に申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、こちらもまあ色々ありましたが、何とか回っていましたから」
一拍置いて、ニヤさんの声が少し低くなる。
「……あなたが何故、行方をくらましたのか今は聞きません。ですが、一つだけ尋ねても?」
「ええ、勿論」
細めていた瞼を見開き、金色の瞳がアヤメさんを射抜く。
「あなたがここへ来た理由……それは、委員長としての責務ですか?」
アヤメさんは静かに首を横に振った。
「いいえ。ナグサを……大切な友達を助けるためです」
迷いのない瞳で断言したアヤメさんに、ニヤさんは小さく笑みを浮かべた。
「ふむふむ、なるほど……なら、良いでしょう」
一同を見渡し、ニヤさんは話を切り出す。
「さて、今回みなさんをお呼びした訳を説明するにあたり、見せたいものがあります」
ニヤさんは木箱を取り出した。その表面には『花鳥風月部 拝具』と書かれている。
「それは、手紙……?」
「はい。これは数日前に陰陽部宛に届いたもので、一言で言えば脅迫状です。そして差出人の名は……花鳥風月部」
聞き覚えのある単語に、キキョウが真っ先に反応した。
「花鳥風月部ですって!? まさか、あれはただの都市伝説じゃ……」
「ええ。私も当初は誰かの悪戯だと思っていましたが、先生からの連絡を受けて確信しました。花鳥風月部は実在し、この百鬼夜行で大規模なテロを計画していると……そして、手紙にはこう記されていました」
《そなたらに告げる》
《我々の風流は終わってなどいない、風情は大勢で味わうべきもの》
《お楽しみが始まり、空に咲いた大輪の花を見上げたその時に──》
《もう一度──そなたらの元を訪ねよう》
「以上が、手紙に記されていた内容です。そして恐らくは今日、祭の花火が上がる時を狙って、花鳥風月部が仕掛けてくる可能性が高い」
「……怪異が現れたのならまさかとは思ったけど、本当にその名前が出るとはね……」
キキョウとアヤメさんは緊張した面持ちで話を聞いていた。
「ニヤ、花鳥風月部というのは?」
「ふむ。ご存知でない方もいるようなので、説明いたしましょう」
ニヤさんは扇子を広げ、語り始める。
「花鳥風月部とは、記録上にしか存在しない
「アヤメ達からも聞いたけど、その怪異っていうのは……?」
「いわゆる妖怪や怪談といった、伝承や噂によって語られる創作上の存在です。花鳥風月部は『怪書』と呼ばれる書物の力を使い、本来なら創作に過ぎない怪異を実体化させ、操る術を持っています」
先生たちが緊張した面持ちで聞き入る。
「残された文献や言い伝えによりますと、その力の源となるのが、怒りや憎しみ、不安や恐怖といった人の持つ、負の感情です。それが強ければ強いほど、怪異はその数を増やし、力を増す……これが怪異の厄介な特性です」
「けど、どうしてナグサ先輩が怪異を……」
「怪書には怪異を生み出すだけでなく、人の欲望や心の闇を増幅させる力もあると聞きます。恐らく、ナグサさんに目を付けた花鳥風月部は怪書の力で彼女を操り、手駒として利用したと考えられます」
ニヤさんがそう答えると、レンゲは怒りで顔を歪ませる。
「ふざけんな! そいつらのせいで、ナグサ先輩は……!」
「許せませんわ! 人の心を弄ぶなんて、絶対に許せませんわ!」
「落ち着きなさい、二人とも。ここで怒鳴ったところで何も変わらないのだから」
レンゲとユカリを宥めるキキョウだったが、その表情は二人と同様に険しく、怒りで肩を震わせていた。
百花繚乱の面々が怒りに顔を歪ませる中で、アヤメさんだけが目を見開いたまま、ひどく動揺していた。
「まさか、そんなことって……」
「アヤメさん……?」
「アヤメさん、何か気になることが?」
ニヤさんの問いに、アヤメさんは一瞬躊躇したあと、ゆっくりと口を開いた。
「……実は、私が百花繚乱を去る少し前に、一度だけ怪異と遭遇したことがあるんです」
ニヤさんの目が見開かれる。
「何と……それで、その怪異は?」
「その時、私は百蓮で怪異を祓おうとしました。でも……使えなかった。怪異はそのまま姿を消しましたが、私は『自分には委員長の資格がない』と悟って……」
言葉が途切れ、アヤメさんは俯く。私は彼女の背中をそっと撫でた。ニヤさんは深く追及せず、静かに何かを考えている様子だった。
「……なるほど。一連の事件は、全て繋がっていたという訳ですか」
「ニヤ、どういうこと?」
「簡単な話よ、先生」
先に答えたのはキキョウだった。表情は怒りと嫌悪に歪んでいる。
「アヤメ先輩の失踪も、ナグサ先輩の暴走も……全部、花鳥風月部が裏で仕組んでいた可能性がある、ということよ」
「キキョウさんの言う通りです。恐らくは、アヤメさんに百蓮を使わせて『資格がない』と認識させることが目的だったのでしょう」
ニヤさんはアヤメさんに視線を戻す。
「アヤメさん、恨みを買うことを承知で尋ねます。あなたはこれまで百花繚乱の委員長として、多くの人から期待を寄せられ、それに応えてきました……そのことに、負担を感じていませんでしたか?」
アヤメさんの肩が震える。やがて小さく息を吐き、顔を上げた。
「……はい。すべてニヤ様の仰る通りです。みんなの前でずっと完璧な委員長の仮面を被り続けなければならないことに、私は苦痛を感じていました。そんな中で、百蓮が使えないことを知って、委員長ではない私は……どうしていいか、わからなくなって……」
当時のことを思い返しているのか、アヤメさんは顔を歪めていた。
「……百花繚乱の委員長たる資格は二つあります。一つは大預言者クズノハから引き継がれた委員長の証である退魔の銃、百蓮を継承しその力を振るうこと。もう一つは、創設者であるクズノハに会う権利を有すること。後者は一旦置くとして、百蓮が使えない事実が明らかになれば、委員長の資格はないと証明されてしまう。恐らく花鳥風月部ははじめから、アヤメさんを精神的に追い詰め、利用しようとしていたのでしょう」
「いえ、それだけじゃないわ。アヤメ先輩がいなくなって不安になったナグサ先輩が連中のせいでおかしくなったように、ハナから私達も同じように怪異を生み出す道具として利用するつもりだった……本当に、ここまで不愉快な気分は、生まれて初めてよ」
キキョウが吐き捨てるように言い、カホさんも静かに頷く。
「……事情は把握しました。あなたの苦しみを察していながら、何も改善しようとしなかった結果、あなたを追い詰めてしまったのは我々の落ち度です。本当に、申し訳ありませんでした」
ニヤさんは静かに頭を下げる。
「いえ、もう良いんです。私自身も、一人で全てを抱えようとして、百花繚乱のみんなを信じることができなかった。だから……もう二度と、過ちは繰り返さない。そのために、私はここに来たんです」
アヤメさんは力強く断言した。その迷いのない瞳を見たニヤさんは小さく笑みを浮かべる。
「あなたの決意、確かに受け取りました。ならば我々陰陽部も、ナグサさんの救出のために全面的に支援しましょう」
ニヤさんは先生に顔を向ける。
「先生。陰陽部部長として、連邦捜査部シャーレに正式に依頼します……どうか事態の収束の……いえ、この百鬼夜行を護るために、力を貸して下さい」
「うん、勿論だよ」
先生は力強く頷き、後ろで控えていたアルさん達もやる気に満ち溢れていた。
最初に口を開いたのはアルさんだった。
「それで、これからどうするの? 連中が祭の花火が上がるタイミングで仕掛けてくるのなら、すぐに中止するべきじゃないかしら?」
アルさんの言葉に、ニヤさんは困ったように眉を曇らせる。
「ええ。魑魅一座のような不良生徒達が起こすボヤ騒ぎならともかく、今回に限ってはそれは当然の選択でしょう……しかし、相手が花鳥風月部となると、そうもいきません」
「……向こうにとっては、中止にしようがしまいが、どちらの状況も都合が良い、ということか……」
「カヨコ、どういうこと?」
アルさんの方に顔を向けて、カヨコさんが答えた。
「仮にテロを警戒して祭を中止にしたとして、自治区内にいる人達はそれをどう受け止めると思う? 中止を巡って、根拠のない邪推が囁かれて、面白半分に尾ひれがついて膨らんでいったら……それこそ相手の思う壺でしょ?」
カヨコさんの言葉に、私を含む全員がその意味に気付いた。
「その通りです。自治区内の人達の不安や噂が広まるという状況を、間違いなく花鳥風月部は利用してくるでしょう。そして、怪異による被害が増えればその分、怪異は力と数を増し……最悪の場合、我々だけでは対処しきれなくなる恐れがあります」
ニヤさんの言葉に、全員が息を飲んだ。
「まあ、どちらにせよ花鳥風月部が仕掛けてくるのであれば……私は敢えて祭を予定通り開催するべき、と考えます」
「はぁっ!? あなた、本気で言ってるの!?」
「落ち着いて、アル」
ニヤさんに詰め寄ろうとしたアルさんを、先生が宥める。
「先生! でも……!」
「ニヤ。理由を聞かせてもらっても良いかな?」
「……これは私の推測ですが、怪異が人々の不安や恐怖から生み出されるのであれば、祭による人々の喜びや楽しさによってそれを払い去ることが出来る可能性があるのではないか? と考えた次第です。そもそも日常の平穏を脅かす災厄を遠ざけ、穏やかな暮らしを守りたいという切実な願いこそが、あらゆる祭の原点とされていますからね」
ニヤさんの説明を聞いて一同は納得するが、未だに不安は拭えてはいなかった。
「理屈は分かったけど……ニヤ部長の話だと、祭を続けるのは飽くまで怪異を抑えるだけで、根本的な解決にはなっていないんじゃない?」
「ええ、キキョウさんの仰る通りです……怪異を操ってるナグサさんや、花鳥風月部の連中をどうにかしなければ、事態の解決は望めないでしょう」
一息入れて、ニヤさんは先生に視線を向けた。
「一先ず、祭の開催の件につきましては先生からシズコさんに伝えていただけますか?」
「分かった。シズコには私から話は伝えておくよ」
「お願いします。問題は、怪異を操るナグサさんに花鳥風月部への対処ですが……」
「────ひとつ、良いかな?」
すると突然、イザナが私と入れ替わり口を開いた。
「おや……そういえば、あなたの名前を聞いていませんでしたね」
「ボクは白山イザナ。お姉ちゃん……白山ハモリの……まあ、二重人格みたいなものって認識で良いかな───改めまして、ミレニアムサイエンススクール二年、歯科学部部長、白山ハモリです」
自己紹介を終えると、イザナのことを知らないアヤメさん以外の百花繚乱の面々は目を丸くしていた。
「……ねえ、アヤメ先輩。今の、何……?」
「あー……やっぱそういう反応になるよね……信じられないかもしれないけど、今の話は本当だよ」
「レンゲ先輩、どうしましたか?」
「あぁ、いや……ちょっと、頭の処理が追い付かなくて……」
案の定、みんな困惑していた。そしてそれは、陰陽部も同じだった。
「……掌に 迷いなく停まる 夢の蝶」
「おお……! ありのままの現実を受け止めよ、ということですねチセちゃん……!」
チセさんが感情の読めない表情のまま俳句を詠み、それにカホさんが感動するというシュールな光景が繰り広げられている中、一人だけ違う反応をしている人がいた。
「白山……?」
ニヤさんだけが、何故か目を見開き私のことをじっと見つめていた。
「あの……どうかしましたか?」
「あ、いえいえ……どうぞお気になさらず」
ニヤさんははぐらかすように扇子で口元を覆い隠した。
「それで、ハモリさん……いえ。イザナさん、でしたか? 何か気になることが?」
「────うん、ちょっと面倒なことがあってね……」
私と入れ替わったイザナが一拍置くと、低く構えた声で、ぽつりと口を開いた。
「そのナグサ先輩だけど……あの人、人間じゃなくなりかけてるよ」
その言葉に真っ先に反応したのはアヤメさんだった。
「待って……イザナ、それってどういうことなの!?」
「言葉通りの意味だよ、アヤメ先輩。何か、呪いのようなものがあの人の神秘を歪めて存在そのものが変質して怪異に………いや、寧ろ『怪談』そのものになりかけている」
「なっ……!?」
動揺するアヤメさんを尻目に、イザナは淡々と続ける。
「だから、まともに戦ってもこっちの攻撃は通らないし、逆に相手は自治区にいる人達が恐怖すればするほど強くなる。そして最後は……身も心も全て、完全な怪談に──」
「……ふざけないでよ」
言い切る前に、キキョウが胸ぐらを掴むと、低く唸るような声で口を開いた。
「ふざけないで! ナグサ先輩が怪異に!? 冗談じゃない! 私達の大事な先輩を化け物みたいに言うな! そんなデタラメな話、信じられるわけが……!」
「待って、キキョウ!」
「キキョウ! やめて!」
先生とアヤメさんの声を無視して、キキョウはイザナを睨み付ける。
キキョウの歯の隙間からは、唸るような怒りの声が絞り出され、吊り上がった眉の下で険しく歪んだ眼差しは、イザナを射貫くように据えられていた。
「………………」
しかし、イザナは自分に向けられた殺気に近い怒気を凪いだ水面のようにすくい上げ、ただ静かに、全てを受け止めるかのように微動だにせず佇んでいた。
そんなイザナの目にキキョウは全てを悟ったのか、掴んだ手から力が抜けてだらりと下げる。
「……どうしてよ。どうして、ナグサ先輩が……一体私達が、何をしたっていうのよ……!」
俯き、肩を震わせるキキョウの背中をアヤメさんがそっと撫でる。アヤメさんは多少は落ち着きを取り戻していたが、瞳は不安で揺れていた。話を聞いていた先生達も、どうすれば良いのか分からず口を噤んでいた。
そんなみんなの様子に、イザナは小さく息を吐き、肩をすくめる。
「もう、みんなせっかちなんだから……まだ、手遅れじゃないよ」
全員の視線が、イザナへ向けられる。最初に口を開いたのは、アヤメさんだった。
「本当に……ナグサは、助かるの?」
「言ったでしょ、まだ手遅れじゃないって。尤も、助かるかどうかはアヤメ先輩次第だけどね」
「私が……?」
自分の名が出たことに困惑するアヤメさんだが、イザナは気にせず話を続ける。
「ほら、アヤメ先輩が散々言ってたでしょ? 怪異を祓うことの出来る、唯一無二の武器が」
イザナの言葉にハッとするアヤメさん。
「……百蓮」
「そ。今は、ナグサ先輩が持ってるその銃を何とかしてぶんどって、アヤメ先輩がその銃でナグサ先輩に貼り付いた呪いを全てを祓えば良い……簡単な話でしょ?」
「けど……私は」
不安げに表情を曇らせるアヤメさんを見て、イザナは再び小さく息を吐くと、ニヤさんへ視線を向ける。
「ところでさ、今の百花繚乱の委員長って……一体、誰なのかな?」
自分に向けられた言葉だと気付いたニヤさんが答えた。
「そうですねぇ、アヤメさんは失踪していたものの、正式に委員長を辞めたわけではありません。そして、委員長代理を務めていたナグサさんが不在となった今、百花繚乱の現委員長は……アヤメさんでしょう」
「ほらね。なら、アヤメ先輩が使っても問題ないわけだ。まあ、その前にどうやって相手から銃をぶんどるのか考える必要はあるけどね」
「………………」
イザナの言葉に沈黙で答えるアヤメさん。その表情は不安と焦燥、そして恐怖の入り交じった複雑なものだった。
「……なあ。百蓮がなくても、ナグサ先輩が襲ってきた時みたいに、怪異を倒したアンタならその呪いをどうにか出来るんじゃないか?」
恐る恐る問いかけたレンゲに対して、イザナは困ったように頬をかく。
「まあ、出来なくはないけど……あまりオススメはしないかな?」
「……少し、よろしいですか?」
レンゲが理由を問う前に、ニヤさんの探るような視線が、イザナに向けられる。
「怪異を倒した、というのは本当ですか?」
「そうだよ。まあ、正確には"消した"って表現するのが正しいけどね」
イザナの言葉にニヤさんはピクリと反応したが、イザナは気にすることなく話を続ける。
「アヤメ先輩が持っていた銃……百蓮が怪異を"祓う"力なら、ボクの力は怪異を含めたこの世に存在する全てを"殺す"力……つまり、存在そのものを抹消するものなんだ」
キヴォトスでは滅多に耳にしない"殺す"という言葉に、一同は緊張した面持ちで耳を傾けていた。
「それは、つまり……人を殺すことも?」
「そうだよ。銃を撃つよりも簡単に、ボクは人を殺せる……それがたとえ、ヘイローを持つ
自嘲するような薄笑いをするイザナであったが、すぐに表情を切り替える。
「だからボクが力を使えば、相手は死ぬ。それは、百花繚乱のみんなの望みではないでしょ?」
一拍置いて、イザナは感情をそぎ落とした低い声で告げる。
「まあ、問題の解決を優先するっていうのなら……ボクが代わりにナグサ先輩も、花鳥風月部も、怪異も、ひとつ残らず全部始末するけどね」
「……イザナ」
先生が口を開く前に、アヤメさんが無言でイザナに近付き、胸ぐらを掴む。
「……そんなこと、絶対にさせない」
そんなアヤメさんをイザナは愉悦に満ちた表情で見下ろしていた。
「なら、アヤメ先輩は出来るの? 自分には委員長の資格がないって言ってお姉ちゃんに泣きついた、よわよわ先輩に?」
「出来るかどうかなんて、関係ない。ナグサは、私の友達……何があっても必ず助ける。だから……関係のないあんたは、引っ込んでなさい……!」
アヤメさんは静かに、けれど炎が猛り狂うような圧倒的な激情を孕んだ声をイザナに叩きつけた。
「……ふふ、分かったよ。なら、囚われのお姫様を救う王子様役はアヤメ先輩がやりなよ。ボクはボクで、好きにやるからね」
イザナは可笑しそうに肩を揺らし、アヤメさんにそう告げた。
「ああ、もしもやっぱり無理だったら何時でも言って良いよ? 代役はボクがやるからね」
「ふんっ。あんたこそ、ヘマしてハモリに迷惑かけたら……二度とその薄ら笑いが出来ないようにしてやるから、覚悟しておきなさい」
アヤメさんはイザナを強く睨み付け、そう告げた。
『……イザナ。呪いのことだけど、直毘神の権能で何とか出来ないかな?』
「(うん、出来るよ)」
私の問いに、イザナはあっさりと答え……但し、と話を続ける。
「(呪いの浄化は、怪我を治したり身体の不調を治すのとはまた勝手が違うからね……例えるなら、コーヒー牛乳を元のコーヒーと牛乳に分けるようなもの、と言えば分かるかな? 万が一失敗して、呪いが悪化したら目も当てられないからね)」
『そう都合良くはいかない、ということか……』
「(そういうこと。正規の手段があるのなら、お姉ちゃんの力は最後の手段として残しておくのが良いって話さ。何が起こるか分からないし、切れるカードは何枚あっても良いからね)」
それに、とイザナは更に続ける。
「(アヤメ先輩の資格云々については、今のアヤメ先輩なら大丈夫だと思うよ?)」
『……それは、どういう』
「(まあ、一言で言えば……"神様のお告げ"かな?)」
予想外の言葉が出たことに呆然としていると、イザナがクスクスと笑い出した。
「(まあ、そういう反応になるよねー? けど、心配しなくても大丈夫だよ。ほら……)」
イザナにそう言われて、意識を外へと向けると……アヤメさんは先生と便利屋、そして百花繚乱のみんなと私を見渡してゆっくりと口を開いた。
「先生、みんな。私一人の力だけじゃ、きっとナグサを助けることは出来ない。だから、お願い……みんなの力を貸して」
アヤメさんは頭を下げてそう告げた。
「……顔を上げて、アヤメ」
先生は、緊張をほぐすように柔らかく目を細め、静かに言葉を紡ぎ出した。
「私も、その為にここにきたからね。私に出来ることがあれば、何でも協力するよ。それが、私の仕事だからね」
「先生の言う通りだよ、アヤメ先輩」
先生に続くように、キキョウもアヤメさんに向き直り口を開いた。
「そもそもこうなってしまったのも、百花繚乱のみんなの責任でもあるからね……だからこれは、私達がやらなくちゃいけないのよ」
「ああ、そうだな……みんなでナグサ先輩を助けて、花鳥風月部の奴らを倒そう!」
「身共もやって見せますわ。何故なら、身共はえり~となのですから!」
「先生、みんな……」
レンゲとユカリは湧き上がる昂りを押し殺すように拳を固く握り締め、静かに、しかし揺るぎなく頷いてみせた。
「……良い仲間を持ったわね、アヤメ」
そう呟いたアルさんは、全てを包み込むような柔らかな目を向け、愛おしげに口元をほころばせていた。
「あなた、自分には資格がないなんて言ってたけど……こんなにも、あなたを信じて集まってくれる仲間がいる。それだけで、答えは十分じゃない」
向けられた言葉に、アヤメさんはハッと息を呑んだ。自分を見つめる後輩達の真っ直ぐな瞳を受けて、アヤメさんは瞳を潤ませる。
「……うん」
溢れそうになる感情を飲み込み、アヤメさんは大切な仲間達へと再び視線を戻した。
「みんな、ありがとう……一緒に、ナグサを助け出そう」
そして最後に、私の方へと視線を向けた。
「ハモリ……」
「はい。私も、アヤメさんが望むのなら、何処までも行きますよ────勿論、ボクのことも忘れないでねー?」
「うん。二人とも、ありがとう……」
アヤメさんは、小さく微笑んだ。曇りのないその瞳は、どんな宝石よりも美しかった。
「それとさ……さっきは言い過ぎてゴメンね、アヤメ先輩」
「別に良いわよ……あんたのことだから、大方私を焚き付ける為にわざとあんなことを言ったんでしょ?」
「あらら、バレちゃった?」
「バレバレよ。あんたは、性格の歪んだ性悪女だけど……絶対に、ハモリを傷付けるようなことはしないって、信じてるからね」
「…………本当さぁ、唐突にそういうこと言うの止めてくれないかな……」
照れ臭そうに視線をそらすイザナにアヤメさんは小さく微笑んだあと、ニヤさんに向き直った。
「にゃはは。どうやら、話はまとまったみたいですねぇ」
「はい、ニヤ様。ナグサは、必ず私達が助け出します」
アヤメさんの言葉を受けたニヤさんは、先生に視線を向ける。
「私達は花鳥風月部と怪異の捜索に当たります。花火が上がるまでまだ時間はありますが……ナグサさんが動き出したとなると、連中も何処かに身を潜めているかもしれませんからねぇ」
「一先ず、祭の件は私の方からシズコに伝えておくよ。もしそっちで何かあったら、すぐに知らせて欲しい」
「はい、よろしくお願いしますね~」
それから私達は、お祭り運営委員会へ足を運ぶのであった。
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先生達が去った後の陰陽部では、多くの部員達が忙しなく動いていた。
「…………」
「ニヤ様? いかがなされましたか?」
「あ、何でもないよカホ……取り敢えず、祭に協力してくれた百鬼夜行の商会に聞き込みをしてくれる?」
「はい、承知しました」
カホに指示を出したニヤは、その金の瞳を見開き、アヤメと共にいた"少女"のことを考えていた。
「白山……怪異を殺す力……まさか、16年前の"あの事件"で滅んだ、あの一族の生き残りがいた……?」
ニヤの呟きは、誰にも聞かれることなく虚空へと消えていった。
ハモリ「(花鳥風月部……アヤメさんを傷付けた全ての元凶……そいつらのせいで、アヤメさんは……)」
イザナ『………………』