という訳で、第36話です。
「な、何ですって!? 花鳥風月部とかいう連中が、祭の開催を狙ってテロを起こそうとしてる!?」
日が傾きつつある頃、茶髪に桃色の着物風のウェイトレス服に身を包んだ少女が、わなわなと肩を震わせながら、声を荒げていた。
彼女は今日、百鬼夜行で行われる『桜花祭』を取り仕切るお祭り運営委員会の委員長──河和シズコだ。
陰陽部を後にした私達は、彼女が経営する喫茶店『百夜堂』へと足を運び、祭の開催について意見を聞きに来ていた。
はじめは笑顔で出迎えてくれたシズコさんだったが、先生が陰陽部でニヤさんから聞いた話を説明すると次第に表情を険しくしていき、遂には怒りを爆発させていた。
「冗談じゃないわよ!? 先生に修行部、便利屋の皆さんが協力してくれたお陰で魑魅一座とニャン天丸をシバき倒して祭りを開催出来るようになっていうのに、また変な連中が邪魔してくるなんて!」
「社長、落ち着いて……」
「委員長! ソイツらもシバいて指を詰めさせマスカ!?」
シズコさんの両脇には、同じお祭り運営委員会に所属する二人の生徒がいた。
怒り狂うシズコさんを宥めているのは、グレーの髪に、頭に生えた垂れ耳が特徴的な青い着物に割烹着を身に纏う少女──里浜ウミカ。
その横では、長い金髪を一本にまとめ、赤い着物を着崩した少女──朝比奈フィーナが、片言交じりの口調で物騒な提案を口にしている。
「シズコ、大丈夫?」
先生の声にハッとしたシズコさんは、慌てて姿勢を正した。
「……コホン、失礼しました。それで、ニヤ部長はその怪異とやらに対抗する為に、祭りを開催するべきと言ったんですね?」
「そうだよ。ただ、最終的な判断はシズコに任せるって。シズコは、祭りについてどう考えているのか聞かせて貰っても良いかな?」
シズコさんは一瞬、躊躇するように目を伏せた後、ゆっくりと口を開いた。
「……今日のお祭りを楽しみにしている人達や、協力してくれた人達に申し訳ないという気持ちもあります。今更中止となれば、ニャン天丸が私達を陥れようとしたように、確実にその煽りを受けることになるでしょう。……」
先生は静かに、真剣な目で彼女の言葉を聞いていた。
「でも、それ以上に私は祭をやりたいんです。私がお祭り運営委員会に入ったのも、祭でみんなを喜ばせたいから……その為に、みんなでずっと準備してきたんです」
シズコさんは先生と便利屋の面々を見据え、決意を込めて続けた。
「祭はみんなを笑顔にして、楽しくさせるものです。決して、人を不幸にするようなことがあってはなりません。だから先生……また、力を貸して下さい」
先生は少し間を置いてから、安堵したように微笑んだ。
「……その言葉、待ってたよ」
そして、静かに提案を口にする。
「それで……もし、花鳥風月部が何か仕掛けてきたら、それを逆に利用してみるのはどうかな?」
「利用、ですか?」
「祭りに来ている人達の楽しい気持ちで怪異の力を抑えることが出来るなら、襲撃そのものをイベントのひとつに組み込んだらどうかなって思ったんだ。せっかく祭りを開催するなら、盛大にやる方が良いでしょ?」
先生の言葉に、シズコさんは目を見開く。
「そうか、ニヤ部長はそれで……よし、だったら望み通り、派手にやってやろうじゃないの! 二人共、これから忙しくなるわよ!」
「はいっ、社長!」
「ガッテンデス、委員長!」
シズコさんはグッと拳を握り、声を張り上げる。その表情はやる気に満ち溢れていて、後輩二人も同じように元気よく返事をした。
「祭のことは私達に任せて下さい! 後のことは、先生達にお任せします!」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
それから私達は百夜堂を後にして、会場へと向かった。
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「そう、予定通り祭は開催するんだけど……うん、ありがとう。シズコ達によろしくね」
会場へ向かう道中、先生は誰かと連絡を取っていた。
「誰と話していたの、先生?」
キキョウが尋ねる。
「昼間に協力してくれた修行部の子だよ。念の為に、シズコ達の手伝いを頼んだんだ」
「なるほど……状況が状況だし、注意し過ぎることはないか」
祭のメインイベントである花火が上がるまでまだ時間はあるが、既に自治区内は外から訪れた一般人や他学園の生徒達で溢れ返っていた。
祭りの華やかな雰囲気とは裏腹に、私達は周囲を警戒しながら歩いていた。
「ごめんね、私の我が儘に付き合わせちゃって」
「水臭いこと言わないでよ、アヤメ先輩。元より私もナグサ先輩には言いたいことがたくさんあるからね」
そこへ、キキョウ達と何かを話していたアヤメさんが口を開く。
「先生、私達はナグサを探すよ。ナグサの狙いは多分私だから、なるべく人の少ない場所にいた方が被害を抑えられるからね」
アヤメさんからの提案に、先生は頷く。
「分かった。アヤメの友達のことは、アヤメ達に任せるよ」
「……信じて、くれるんだね?」
「勿論、信じるよ。私は、みんなの先生だからね」
その一切の曇りのない、純真な眼差しにアヤメさん達は安堵したような笑みを浮かべる。
「くれぐれも無理はしないでね? 何かあったから、私もすぐにかけつけるから」
「ありがと。そういう先生だって、無理したらダメだよ?」
「その心配はないわ、アヤメ。何てったって先生には、便利屋がついているのだから」
「イズナも負けませんよ~!」
アルさんが不敵に笑い、イズナが元気よく声を上げ、拳を握り締める。
アヤメさんは小さく頷くと、最後に私の方を見た。
「ハモリ。あんたには、先生と一緒に会場にいる人達を護って欲しいんだ。今、百蓮なしで怪異を倒せるのはあんたしかいないから……お願い」
私を真っ直ぐに見つめるその瞳と声には、折れることのない、強い意志が感じられた。
それが、とても誇らしかった。
「分かりました。ナグサさんのことは、アヤメさんにお任せします」
「うん。頼んだよ、ハモリ。じゃあ、行ってくるね」
アヤメさんはそう言って、百花繚乱のメンバーを率いてその場を去っていった。
その背中を見送っていると、アルさんが声をかけてきた。
「……聞くのも野暮かもしれないけど、一緒に行かなくて良かったの?」
「はい。アヤメさんは、私に頼んでくれたんです。なら私は、アヤメさんを信じて自分のやるべきことをするだけです」
「そう……なら良いわ」
アルさんは納得したように小さく笑みを浮かべる。
「では、先生。行きましょう」
「うん。よろしく頼むよ、ハモリ」
私達は、祭の会場へと足を進めた。
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「うーん、特に変わったところはない、か……」
人混みに溢れる表通りを見渡しながら、先生は小さく息を吐く。
会場に到着した私達は、花鳥風月部が何か仕掛けている可能性を考え、会場内を散策し何か怪しい物がないか調べていたのだが……怪異の気配も、不審な痕跡も何も見当たらなかった。
「あの……本当に、花鳥風月部は仕掛けてくるのでしょうか? あの脅迫状に書かれたこと、実は嘘なんじゃ……」
辺りをキョロキョロと見ながら、ハルカは自信なさげな様子で呟く。
「それもないとは言い切れないけど、 既にハモリ達が襲撃を受けてるし、ご丁寧に脅迫状まで送ってきた相手がこのまま大人しくしているとは考えにくいかな」
ハルカの疑問に、カヨコさんは淡々と答える。
「うっ……す、すみません」
「まあ、こうしてあちこち探しても何も出ない現状じゃ、そう思うのも仕方ないけどね」
カヨコさんも疲れたように肩をすくめる。
日は完全に沈み、花火の時間が近付いている。
何の手がかりも得られない以上、何時でも動けるように備えておくしかなかった。
「というかさぁ……怪異って、要するにオバケみたいな物なんでしょ? こんなことしても、見つからないと思うけどなぁ」
ムツキさんが退屈そうに呟く。
実際、ナグサさんが襲撃した時も、怪異は突然姿を現していた。
そもそも、敵が何か仕掛けていたとしても、あからさまに分かりやすい目印を残すようなヘマはしないだろう。
「(……後手に回るのは本意ではないが、仕方ないか)」
最も手っ取り早いのは、黒幕である花鳥風月部を直接叩くことだが……何処に潜んでいるのか分からない現状では、どうしようもなかった。
「(それに、どういう訳か月詠命の権能を使っても"視る"ことが出来なかった)」
つい先ほど、先生達に気付かれないようこっそり権能を使ってみたのだが……何故か視界に靄がかかったように、相手の存在をはっきりと捉えることが出来なかった。
『予想はしてたけど……敵も甘くはないみたいだねぇ』
「(……とはいえ、通用しないと分かったのは収穫だ)」
居場所を特定出来なかった悔しさはある。
それでも、今の自分の力が何処まで通じるのか知れたのは大きかった。
「(ゲマトリアやアリウス自治区の方も、同じようなことになりそうだな……向こうの動きを探ることが出来れば、先制攻撃を仕掛けることも出来たのだが……)」
『仕方ないよ。お姉ちゃんが権能に目覚めたのもつい最近だし、まだ使いこなせていないだけだよ。取り敢えず、今ある手札でやってくしかないね』
「(ああ、そうだな……)」
イザナの言葉に頷きつつ、私の意識は別の感情へと引っ張られていく。
少し前、百花繚乱の本部で見た、ナグサさんの憎悪に満ちた目。
彼女を取り巻くおどろおどろしい気配を漂わせていた怪異達。
そして、ニヤさんの話を聞いてから……私の中では、ひとつの感情が燻っていた。
「(アヤメさんは……"あんな物"の為に、傷付かなければならなかったのか?)」
はじめは、小さな火種に過ぎなかった。
それが次第に少しずつ、確実に、胸の奥を焼き焦がしていく。
それが良くない感情だとは分かっている。
それでも、胸の奥に燻るこの感情を抑えることが出来なかった。
「ハモリ?」
「……どうかしました?」
気が付けば、先生が私を見ていた。
「思い詰めたような顔をしてたから、ちょっと気になってね……」
「……そんなに、顔に出てましたか?」
「あ、ごめん。気に障ったなら謝るよ」
「いえ、お気遣いなく……」
どうやら、また顔に出ていたらしい。自分では抑えているつもりだったが、私は自分が思う以上に感情的になりやすい質のようだ。
「……心配をかけてしまったのは事実ですし、正直に話した方が良いですね」
私は先生の目をしっかりと見据えた。
「私は、アヤメさんを追い詰め、傷付けた花鳥風月部を赦せません。今すぐにでも、奴等の存在をこの世から消し去ってしまいたいほどに、怒りを抱いています」
場の空気が緊張感に包まれていく中で、先生は静かに私の言葉に耳を傾けていた。
アルさん達も、黙ってこちらを見つめていた。
「アヤメさんの事情については、先生もご存知でしょう。アヤメさんの苦しみの全てが、花鳥風月部のせいでないことは、私も分かっています……ですが」
沸々と込み上げてくる感情を押し殺し、言葉を紡いでいく。
「アヤメさんが抱えていたモノを知りながら、それを利用し、陥れた。アヤメさんの受けた悲しみを利用しようとした。百物語などという下らないものの為に、アヤメさんを泣かせた……私には、それがどうしても我慢ならない」
委員長としての重圧と、周囲の期待に潰れかけていたアヤメさんを知る私にとって、花鳥風月部の所業は赦しがたいものだ。
たとえ、アヤメさんが赦したとしても……私は絶対に赦さない。
「……ハモリは、花鳥風月部をどうするつもりなの?」
先生は真剣な表情で私の目を真っ直ぐに見据えていた。
アルさん達も、私の言葉を待つようにじっと見つめていた。
「当然、報いを受けさせます。ただ、私は少々熱くなりやすい質なので……ここにいる皆さんに、頼みたいことがあります」
全員の視線を受け止め、私は口を開いた。
「もし、私が道を違えそうになった時は……私を止めて下さい。アヤメさんが望んでいないことをしようとしているのは、自分でも分かっているんです。けど……この怒りを抑えることも、奴等を赦すことも、私には出来ない」
「……それで良いんじゃないかな?」
「えっ……?」
予想もしなかった言葉に、私は耳を疑った。
「ハモリがアヤメのことを大切に思っていることは、私にも分かるよ。だからこそ、相手を赦せない気持ちもね」
けれど、と先生は続ける。
「それは決して、悪いことではないんだよ。大切な人の為に怒ることは、誰だってする当たり前のこと。だから、無理に我慢することも、赦す必要もないんだよ」
「先生……」
「但し、先生として生徒が危ないことをしようとするのは見過ごせないからね? だから、ハモリに何かあった時は私が何とかするよ」
その言葉で、胸の奥で燃え続けていた熱が、少しだけ静まった気がした。
「先生の言う通りよ、ハモリ」
アルさんが口を開く。
「私だって、今まで社員達をバカにした連中は一度たりとも許さなかったし、全員キッチリ落とし前をつけてやったわ。だから、あなたの怒りは間違いではないけど、これだけは覚えておきなさい」
アルさんは、真剣な目で私を見る。
「怒りに飲まれて投げ槍になるのだけは、絶対にしないこと。そんなことをしても、あなたもアヤメも辛い思いをするだけ……だからこそ、心を強く持ちなさい」
「……努力します」
心から私の身を案じてくれる二人の言葉に思わず涙が出そうなのを堪えて、頭を下げる。
先生とアルさんは小さく笑みを浮かべる。
「まあ、もしやるなら……後腐れなく、派手にブチかましてやりなさい。花は譲るわ」
アルさんの言葉に頷く。それから私達は、再び会場内を警戒しながら歩き出した。
『……言いたいことは全部言われちゃったから、ひとつだけ言っておくね』
イザナの言葉に耳を傾ける。
『お姉ちゃんがどんな選択をしても、ボクはずっとそばにいるよ。お姉ちゃんの怒りも悲しみも、ボクも一緒に背負うから……ね』
「(……ありがとう、イザナ)」
花鳥風月部への怒りが消えた訳ではない。
けれど、それ以上にみんなの思いが胸の奥に燻る熱を鎮めてくれたのが、何よりも嬉しかった。
「(そうだ……アヤメさんも、自分の過去に決着をつける為にこの百鬼夜行で戦う覚悟を決めたんだ。なら私も、覚悟を決める時だ)」
アヤメさんに託された願いを果たす。
花鳥風月部には然るべき報いを受けさせる。
そして、ナグサさんを救出する。
全ては……
「(今まで私は、自分の力を恐れて使うことを躊躇していた。その結果、アヤメさんを傷付けた)」
数日前のアビドス砂漠での出来事は、私の油断が招いた結果であり、私の過ちだ。
もう二度と、アヤメさんをあんな目に遇わせたくない。
「(なら、迷うことはない)」
私が本気で望めばどんなことでも出来ると、イザナは言っていた。
前世の記憶から、生徒である私がそんな神のような力を使い続けることが何を意味するのか……不安がない訳ではない。
「(だが、それがどうした。そんなモノ、アヤメさんが抱えた痛みと苦しみに比べたら何のことはない。私の力で、アヤメさんを……私の大切な人達を護ることが出来るのなら、躊躇する理由などない)」
アヤメさん達を護る。
キヴォトスを護る。
私とアヤメさん達が共に生きる未来を護る。
それが、私の夢。私の欲望。私の選んだ道だ。
誰が何と言おうが、世界が否定しようが、知ったことではない。
私は、私の全てを使って、自分の夢を……理想の世界を叶えてみせる。
『そう、それだよお姉ちゃん。自分の心の奥底にある意志と神秘。そして自分の魂の在り方を受け入れること……その先に、お姉ちゃんの望む世界がある』
イザナの声が、私の心を優しく包むように響いてくる。
『何も、怖がる必要なんてないんだよ……神様としてのお姉ちゃんも、歯医者さんとしてのお姉ちゃんも、そしてボクのお姉ちゃんで、アヤメ先輩の恋人であるお姉ちゃんも、全部お姉ちゃんなんだから』
「(ああ、そうだ……君の言う通りだ。私は……ミレニアムサイエンススクール二年、歯科学部部長、白山ハモリだ)」
今まで悶々と考えていたのが嘘みたいに、思考が冴えてくる。点と点が繋がったような、歯車が噛み合ったような感覚があった。
その直後、夜空に色とりどりの花火が上がり始める。
「……綺麗だね」
「そうね……本音を言えば、このままずっと眺めていたかったわ」
夜空に咲き誇る大輪の花々に、思わず足を止めて息を漏らす先生達。
高台で花火を見ようと待っていた人も、屋台を巡り歩き食を堪能していた人も、誰もが皆その美しい光景に心奪われていた。
「……ん? 何だこれ?」
聞こえてきた声を皮切りに、周囲から困惑するような声が聞こえてくる。
「おい、こんなところにペンキ溢したのは誰だ?」
「ちょっと、何か動いてない……?」
「いや、見間違いじゃない……影が動いてる!?」
周囲の至るところから黒い影が、おどろおどろしい雰囲気を漂わせながら、生き物のように蠢いていた。
異変に気付いた先生達が警戒心を露に影の動きを見ていた。
「もしかして、あれが……」
「はい、あれが……怪異です」
影が意志を持つかのように這いずり、刻一刻と領域を広げて、形を成していこうとしていた。
私は静かに息を吐くと、膝をついて地面に手を押し当てた。
そして、身体の奥から溢れ出る力の奔流を解放する。
「────
次の瞬間、手から翡翠色の光が弾け、幾重もの波紋となって地面に広がっていく。
伝播する光の波を通過した、地面に蠢いていた影に変化が起こった。
「あ、あれ……?」
蠢いた影が金縛りにあったかのようにピタリと動きを止めた。
伝播する光が影の領域を全て塗り替えた瞬間、その黒く淀んだ表面から……"小さな芽"が生えた。
次々と生えてくる芽が影を覆い尽くすと、色とりどりの蕾が顔を出した。
それらは時間を凝縮したような速度で成長し、蕾から鮮やかな花弁を一杯に広げていき、影があった場所は一瞬にして見渡す限りの絢爛な花畑へと変貌した。
「これは……花か?」
「彼岸花がこんなに……ん? これはヨルガオ? おおっ、こっちにはネモフィラにラベンダーも咲いてるぞ!」
「何と! 月下美人まで! いやはやまさかこうして幻の花を間近で見られるとは……」
突然現れた影から咲き乱れる数々の花に、観客達は困惑しながらも、その立ち上る花の香りと暖かな光が織り成す幻想的な雰囲気に、誰もが魅力されていた。
『────本日は、桜花祭にお越しいただきありがとうございます』
すると、街中の拡声器からシズコさんの声が流れる。
『今宵、百鬼夜行で数々の奇妙な出来事を目にすることがあるかもしれません。ですがご安心下さい……これは、そういう催しです。故に、皆様は存分に祭りをお楽しみ下さい』
放送が終わると観客達は顔を見合せ、納得したように頷く。
「成る程~、いわゆるサプライズイベントというヤツですなぁ」
「今回の花火はミレニアムとの合作と聞きましたが、これも恐らくはそうなのでしょう。いやぁ、しかしこれは見事なものですなぁ」
「ねえねえ! これ、一本くらい持ってっちゃっても良いかな?」
「やめなって……大体アンタ、前に育ててたアサガオすぐに枯らしちゃったじゃん」
観客達は思いの外、目の前の光景を祭りの催しの一貫であるとすんなりと受け入れていた。
「うわ~、スゴいねぇ」
「は、はい……とても、綺麗です」
「……社長、こうなること分かってた?」
「いやいやいや……私、花を譲るとは言ったけど、花を咲かせろとは言ってないわよ!?」
「あ、主殿主殿主殿! もしや……もしやあの方は、忍者なのですか!?」
「えっと……忍者じゃなくて、歯医者さんだよ」
今まさに現れようとしていた怪異に身構えていた先生達は、目の前の光景に唖然としていた。
「……よし」
ゆっくりと手を離すと、立ち上る花の甘い密の香りと暖かな光の余韻が地表を満たしていた。
観客達が楽しげに花畑を眺めているその光景に、私は確かな手応えを感じていた。
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「は、はああぁぁぁぁっ!!? 何なんですかアレは!? あんなの聞いてないですよ!?」
会場を見下ろせる位置にある建物の屋根の上で、ひとりの小柄な少女が怒り狂うように叫んでいた。
灰色の長い髪に黒い着物を纏うその少女は、身体中に絆創膏や包帯を巻き付けた痛々しい身なりをしていて、その幼さが残る顔を歪めて会場を睨み付けていた。
「百蓮のないアヤメも、噂のシャーレの先生も、手前の怪談の前では無力! 前座に過ぎない木っ端役の筈だったのに……あんなイレギュラーがいるなんて話が違うじゃないですか!」
その少女は、会場を花畑へと変貌させた元凶……白山ハモリを雷鳥の如き鋭い目で睨み、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「うがぁぁぁぁ! あのクソ女ぁ! 絶対に、絶っっ対に許しませんよぉ! 一度ならず二度までも、手前の怪談の邪魔をした罪は重いですからねぇ!」
少女は屋根の上で癇癪を起こしたように地団駄を踏み、頭を掻き挘る。
「…………こうなったら、手前の物語がこれ以上滅茶苦茶になる前に、手前自らの手で引導を渡してやりますよぉ! この怪談家──箭吹シュロを虚仮にしたらどうなるのか、たっぷりとその身に味合わせてやりますから、覚悟して下さいねイレギュラァァァァァッ!!!」
少女──箭吹シュロは、ありったけの憎悪の込められた怒号を響かせると、懐に納めていた"古い書物"を手にして、屋根から飛び降りて会場へと向かっていった。
大地を司る権能。
大地の生命力を活性化させ、花や樹木を生み出し操る。