という訳で、第8話です。
「それでは、今日もよろしくお願いしますね」
「どーお?イブキ、ちゃんと歯磨きしたよー」
「うんうん、それは感心だ。これから詳しく見ていくから、口を大きく開けてね」
「はーい!あーん……」
治療用チェアに座り無邪気な笑みを浮かべるのは鮮やかな金髪をサイドテールにした幼い少女。その横にはボリュームのある臙脂色の髪に丈の長いコートを羽織った少女がいた。
ゲヘナ学園の生徒会、万魔殿に所属する丹花イブキと棗イロハだ。
彼女達との出会いはハルナさんと出会いしばらく経った頃になる。
当時、私はハルナさんから頂いたグルメマップを手にゲヘナ自治区を散策していたのだが、そこで不良生徒達に襲われそうになっていたイブキを発見、すぐに不良生徒達を制圧し彼女を保護した。事情を聞くと、万魔殿議長のマコトさんが風紀委員会に対して日頃から悪質な嫌がらせを行っている事を偶然耳にして、本人に問い詰めた所それが事実であると知りショックを受けて学園の外へ出てしまったらしい。
その後、私はイブキをゲヘナ学園まで送り届けて彼女を探していたイロハと出会い、お礼も兼ねて万魔殿に案内された。
そこで私は議長のマコトさんからイブキを助けてくれた礼がしたいと言われて、イブキの話を聞いてやって欲しいとお願いした。イブキは『風紀委員会のみんなに意地悪をしないで!』と言い、マコトさんは複雑な表情を浮かべながらもイブキの頼みを聞き入れた。
それ以来、マコトさんからの風紀委員会に対する悪質な嫌がらせはパッタリとなくなり、万魔殿が今まで風紀委員会に押し付けていた仕事を万魔殿がちゃんと処理する様になったらしい。お陰でサボる時間が減ったとイロハは愚痴を漏らしていた。
また、マコトさんは私がミレニアムで歯科医をやっている事を知っており、イブキの歯を見て欲しいと頼まれ、こうして定期的に歯の検診を行っている。他にも、私から万魔殿の他のメンバーや風紀委員会の歯科健診をやってみないか打診してみた所、イブキの『みんなも見てもらおうよー!』という一声にあっさりと承諾、万魔殿と風紀委員会の歯科健診を行った。
因みに、万魔殿の中で虫歯があったのはマコトさんだけだった。
そして現在、マコトさんから『イブキが虫歯で苦しむ事などあってはならん!』と定期的な検診を強く要望されて、こうして定期検診を行っている。付き添いには何時もイロハがついてきており、本人もイブキが虫歯や歯周病で苦しむ事を望んでいないので、検診の際は私の話を真剣に聞いてくれている。歯科医としても、小まめな受診やセルフケアを欠かさない彼女達の歯科意識の高さは大変喜ばしく、私生活がズボラなウチの学園の生徒達も見習って欲しいものである。
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「あー……」
「(何時見てもすごい集中力ですね……)」
「(おお、これこそ天使の口腔……ああ、こうして幼い少女の口の中を弄り回すという背徳感もまた格別だ)」
私はまじまじとイブキの大きく開かれた口の中を覗き込む。イブキの歯は上顎の第二大臼歯がまだ生えておらず、合計で26本。前歯の先端は滑らかで、上下の前歯でしっかり噛めている様だ。噛み合わせが悪かったり噛まずに飲み込んでばかりいると咀嚼で歯が磨り減らずギザギザが残ってしまうのだが、その心配はない様だ。まだ生えてから時間の経ってない奥歯は、自然な白さで虫歯は愚か歯垢も見当たらない。その白い歯を支える歯茎は健康的なピンク色で、見た限りでは炎症も見られない。歯茎の内側にちょこんと収まったイブキの小さな舌は可愛らしくプルプルと震えている。喉の奥の小さな口蓋垂も同様に可愛らしく震えており、思わず指でつつきたくなるような衝動に駆られるが、診察中なので自重する。
「(磨き残しもなく、毎日のブラッシングやフロスも欠かさずやっている様だ。まだ永久歯は全て生えていないが、これはまさに自然が産み出した天然の宝石箱……ああ、美しい)」
私は慣れた手つきでデンタルミラーをイブキの口の中に挿入し虫歯のチェックを行う。歯科用CTによる細部のチェックも勿論欠かさない。
「次はこれを使って、歯周ポケットのチェックを行うよ。ちょっとチクチクするけど、我慢してね?」
「はーい、ハモリ先輩!」
「(あんな細く鋭い物をイブキの口の中に……検査とは言え、何度見ても慣れませんね)」
虫歯のチェックが終われば、次は歯周ポケットのチェックを行う。歯周病も歯を失う原因の1つなので、見落としがない様に細やかにチェックする。私はプローブの細い先端を歯と歯茎の境目に宛がいポケットの深さをチェックする。
「んっ……ん……」
細い先端が歯茎に刺さる感覚にイブキはぎゅっと手を握り締めて耐えている。1本ずつ細かく確認していくが、ポケットの深さは浅く歯石はない様だ。全ての歯周ポケットのチェックが完了したら、歯ブラシでは落としきれない汚れを落としていく。
「今度は歯にくっついた細かい汚れを落としていくよ。まずはこれを使って汚れを着色するからね」
「はーい」
「(ああ、イブキの白い歯が汚されていく……)」
私はイブキの歯に染色液を塗布していき、口を濯がせる。本人の言った通り、キチンと歯磨きは行っている様で目立った汚れは見当たらず、歯の隙間や歯と歯茎の境目に若干の汚れが溜まっているのが分かる。
汚れの染色を確認すると、歯石等の硬い汚れは超音波スケーラーで取り除き、エアフローを歯の表面に噴射し歯垢や着色汚れを根こそぎ落としていく。
「んんっ……!」
「イブキ、頑張って下さい……!」
イブキが歯に伝わる振動に顔を歪ませて、横で見るイロハが心配そうに見つめる。イブキの苦悶の表情を見てゾクゾクとした感覚が迸るのを感じつつ、私は歯肉を傷付けない様に迅速かつ丁寧に汚れを落としていく。
全ての歯の汚れを洗い落とした後、再度口腔内をチェックし、処置が適切に行われたか確認する。
「見えるかい?これがイブキの歯だよ」
「わぁ、すごい!見て見てイロハ先輩!イブキの歯、真っ白でピカピカ!」
「ええ、ちゃんと綺麗になってますよ」
私は口腔内カメラをイブキの口の中に挿入し歯の状態を確認させる。患者自身に見せながら説明する事でセルフケアのモチベーションと一緒に私自身のモチベーションも向上させてまさに一石二鳥だ。
後でじっくり観察しようと思いつつ、私は仕上げにフッ素を歯に塗布していった。
「これで歯のクリーニングは完了だよ。フッ素を塗っておいたから、歯も丈夫になって虫歯になりにくくなるからね」
「はーい」
「お疲れ様です、イブキ」
イブキは綺麗になった白い歯を見せる様に笑う。そんなイブキの様子にイロハはホッと息をつく。
「それから、フッ素が定着するまで30分くらいかかるから、その間は飲食を控える様に。後、着色汚れがつきやすくなっているから、コーヒーやチョコ、カレー、トマトソース、醤油の様な色が濃い飲食物も控える様に。目安としては2,3時間くらいで、炭酸飲料や柑橘類の様な酸性の高い物もNGね」
「ふむふむ……他に気を付ける事はありますか?」
「後は、歯磨きのタイミングはフッ素が定着する30分~1時間後くらいにね。磨く時は柔らかいブラシで優しく磨く様に。強く磨くと歯を傷付けるからね。歯みがき粉はフッ素入りのものがオススメだね。歯ブラシも歯みがき粉もウチで出してるのがあるから、良ければ出しておこうか?」
「はい、よろしくお願いします」
イロハはメモ帳を取り出し私が話した内容をメモしていく。
「ねぇ、ハモリ先輩。オヤツ、食べられないの……?」
イブキは何処か不安げな表情で私を見つめる。私はしゃがんでイブキと視線を合わせる様にして口を開く。
「大丈夫だよ。ちょっとの間、我慢するだけだからね。これもイブキの歯が虫歯にならない様にする為に大事な事なんだ。もし、虫歯になったら美味しいオヤツも食べられなくなる。イブキだって、それは嫌でしょ?」
「うん……」
「だからちょっとの間だけ、頑張ってみよう。そしたら、美味しいオヤツも食べられるからね。勿論、食べた後の歯磨きも忘れずにね?」
「うん……わかった。イブキ、頑張るよ!」
イブキは私の言葉に元気良く返事をしてくれた。
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「本日はありがとうございました」
「ありがとー、ハモリ先輩!」
「構わないよ、これが仕事だからね」
検診を終えて、私は2人を見送る。イロハには歯科学部で販売している歯ブラシと歯みがき粉を渡してある。
「検診とクリーニングは今後も引き続き受ける事をオススメするよ。普段やってる歯磨きやフロス、食後に口を水で濯ぐのも継続してやれば口の中をより健康的に保つ事が出来るからね。それからイロハ、マコトさんにもよろしく伝えてね」
「うん!わかったー!」
「はい、マコト先輩にはちゃんと伝えておきますよ」
そう言って2人は歯科学部を後にした。私は2人の後ろ姿が見えなくなるのを確認し診察室へ戻ろうとすると
「あら、ハモリ。診察は終わったの?」
「こんにちは、ハモリちゃん」
ユウカがやって来た。その隣には同じセミナーに所属する長い白髪の少女、生塩ノアもいた。
「今は患者さんを見送った所。これから予約で来る患者さんもいるし、夜間診療もあるからまだまだ休めないよ」
「そう……歯科学部の仕事も大変ね」
「先程のすれ違いましたが、確かゲヘナ学園の万魔殿の方達でしたよね?」
「そうだよ。何時も定期検診でウチの所に来てるんだ」
「……前から思ってたけど、ハモリの交友関係ってどうなってるの?前にもゲヘナの美食研究会が来てたし……」
ユウカが何とも言えない表情で私を見つめる。
「ウチの所にはミレニアムの外からも人がやって来るからね。私も歯科検診で他の学校へ行く事もあるし、それで色んな人と知り合ったんだ」
「ふふ。ハモリちゃん、リオ会長をはじめ色んな方に好かれてますからね」
「ん?ノア、それは初耳なのだが」
何故リオ会長の名前が出るのだろうか。確かに定期検診には顔を出しているが、それ以外に何かした記憶はないのだが
「だってリオ会長、ハモリちゃんの話をする時何だが嬉しそうにしてましたし」
「え、嘘!あのリオ会長が!?」
「いや、ユウカ。そんなに驚かなくても良いんじゃないか?リオ会長、とても優しいし」
私の言葉にユウカはギョッとした目で食い入る様に見つめてくる。何か可笑しな所でもあったのだろうか。
「学園の運営だって楽な仕事ではないのに部活を維持する為の部費を工面してくれてるし、悪い大人達に利用されない様に学園の皆を守ってくれている______何より、学園の皆が毎日安心して自分の研究や開発に力を注げるのも、リオ会長がこの学園を誰でも自分のやりたい事を探求出来る平和な学園にしてくれたお陰なのだから……あの人は、優しいよ」
私が今こうして歯科学部の活動が出来るのも、新しい設備を整えられたのも、このミレニアムという学園があったからこそ。もしゲヘナやトリニティなら、きっと私の夢は叶わなかっただろう。私達と同じ学生という身分でありながらも、自ら汚れ役を買って出て、学園の皆が毎日平和に過ごせる様に尽力してくれているリオ会長には本当に感謝の念しかない。その背中に一体どれだけのものを背負って来ているのか、私には想像出来ない。
だからせめて、彼女の献身があるからこそ今の私達の生活があるのだという事を忘れない様にしていきたい。
「ほらね、ユウカちゃん。言った通りでしょう?」
「……無自覚で言ってるのが余計に始末が悪いわ」
何か2人がうんうんと頷き合いながら何か言ってるが、どうしたのだろうか?
一先ず次の診察があるので、私は気持ちを切り替えて次の診察の準備を始めた。
リオ「…………優しい、か」
ヒロインは複数人いてもOKか?
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YES
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NO