キヴォトスの歯医者さん   作:ニシキ

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ハモリ「連続投稿だ」
という訳で、第9話です。


空崎ヒナの破折接着治療

 

 

 

「……暇だな」

 

時刻は夜の7時半。私は歯科学部の診察室にて、スマホでネット小説サイト『小説、書こうよ!』のページを開き、暇を潰していた。

今読んでいるのは朽木修羅なる人物が書いた『異世界に行ったら怪談家になって超レベルアップした件』という、前世で何か聞いた事のある様なタイトルの作品だ。

肝心の内容については……大分オブラートに包んで言うと、かなり独創的であった。コメント欄は見事に大炎上しており、記する事も憚れる様な内容も多かったが、にもかかわらず毎週欠かさず連載している朽木修羅氏のメンタリティーには敬意を表したいと思う。

 

「下手も極めれば才能とは言うが、うーん……」

 

昼間のイブキの歯の画像データを眺めるのも飽きたのでこうしてネット小説を読んでいるが、そろそろ飽きてきた。本音を言えば帰ってアヤメさんの歯磨きがしたい。しかしだからといって患者がやって来ないとは限らないので、仕方なく私は診療時間が過ぎるまで診察室で患者が来るのを待ち続けていた。

「ふう……こんな所か」

 

時刻は夜の8時50分。あれからネット小説を読むのも飽きて仮歯を作る練習をしていた。仮歯や入れ歯の製作は技工士の仕事だが、歯科学部では私が兼任しており、歯科医になってからも勘が鈍らない様にこうして時間があれば練習している。因みに今作っているのは1/1スケールのイブキの歯の模型だ。

 

「……みてみてーハモリせんぱーい。イブキの歯、きれいでしょー?」

 

出来上がった歯の模型を弄りながら呟く。画像データを見ながら忠実に再現したので完成度は高い筈だ。

 

「結局、今夜の患者はなしか……まあ、それはそれで良い事だ」

 

個人的にはもっと見た目麗しい生徒達の口腔を隅々まで弄り回したい所だが、いないものは仕方ない。私は部室の戸締まりをしようと思い席を立つと

 

「まだ、いるかしら?」

 

外から音が聞こえてきたので、私は声の主がいるであろう入口へ向かう。

そこに立っていたのはボリュームのある長い白髪をハーフアップにし、捻れた4本の角、腰には翼手目を思わせる骨ばった翼を生やした小柄な少女。身に纏う軍服を彷彿とさせる制服と肩に羽織ったロングコートも相まって威圧的な印象を与える彼女の名は

 

「こんばんは。お久しぶりですね______ヒナさん」

 

空崎ヒナ。ゲヘナ学園における風紀・治安を司る風紀委員会を束ねる委員長だ。

 

「ごめんなさい。昼間は忙しくて時間が取れなくて……無理なら明日出直すわ」

「構いませんよ、ヒナさん。お忙しい中こうして来て下さったのですから。取り敢えず、中へどうぞ」

 

私はヒナさんを診察室へ案内する。ヒナさんの顔は疲労が色濃く出ていて、とても辛そうだった。

「それで、今日はどうされましたか?」

「うん……左下の奥歯が噛むと痛くて」

 

ヒナさんとはイブキを不良生徒達から助け出した時に知り合った。当時、ヒナさんも学園の外へ出てしまったイブキの捜索に当たっており、マコトさんから事情を聞いた後『他校の生徒を巻き込んで申し訳ない』と私に謝罪した。流石にあの状況を見過ごす訳にもいかないし、私自身特に何もなかったのだが、本人は責任を感じていた様だった。

それから私は、ヒナさんにモモトークの連絡先を交換しないか提案した。彼女もアヤメさんの様に1人で色々抱えていた様だったので、ちょっとした雑談相手にでもなれればと思いダメ元で言ってみたが、思いの外すんなりとOKしてくれた。

はじめの頃はそっけない感じで会話が長続きしなかったが、少しずつ会話を重ねて今ではお互いに愚痴を言い合う程度には親しくなった。

最近聞いた話だと、マコトさんからの嫌がらせがなくなり前よりも寝れる様になったらしいが、それでも毎日ゲヘナで暴れまわる問題児達を取り締まるのに忙しい日々を送っているらしい。

現にヒナさんの顔を良く見ると目の下に隈が出来ているし、歯の痛みのせいなのか、顔を歪めていて見るからに辛そうだった。

 

「痛みが出たのは、何時頃ですか?」

「1ヶ月くらい前から……実はゲヘナの近くにあった歯医者でも見て貰ったのだけれど、何処にも悪い所はないって言われて……」

 

ヒナさんの歯は数ヶ月前に一度、万魔殿と風紀委員会の合同歯科健診の時に見ている。その時は目視での確認であったが特に異常は見られなかった。とは言え精密な検査をした訳ではないので全く異常がなかったとは断言出来ない。しかし他の所で検査を受けたにもかかわらず異常なしとはどういう事だろうか。

 

「以前通われていた歯科医は、今回の事で他には何と?」

「……極度のストレスがかかっている、とか……生活習慣に問題があるかもしれない、とか……」

 

そう答えるヒナさんの声には覇気がなく、何かを堪える様に肩を震わせていた。

 

「私だって、忙しい中でも自分なりに考えてやってるのに……仕事を全部片付けて、やっと見て貰ったと思ったら、まるで私が全部悪いからだと責め立てる様な態度で……」

「ヒナさん」

 

私はヒナさんの目を真っ直ぐに見つめながら口を開く。

 

「まずは、何で痛いのか原因を探して、そしてキチンと治療しましょう。痛みがなくなれば、きっと見えてくるものがある筈です」

「……分かった」

「では、口を大きく開けて下さい」

「…………あー」

 

ヒナさんはゆっくりと口を開ける。歯の数は合計28本。歯列から迫り出している八重歯が肉食動物の牙を彷彿とさせ、それ以外の歯は規則正しくズラリと並んでいる。痛みを訴えている左下の奥歯を見るが、確かに虫歯や歯茎の炎症は見当たらない。

私はデンタルミラーで歯を確認した後、歯科用CTを使い歯の断面を撮影し、更に電気歯髄診断を行い歯髄が生きているかどうか確認していく。

 

「(……成る程。そう言う事か)」

「どう?やっぱり、何もなかった……?」

 

ヒナさんは不安げな表情で私を見つめる。

 

「ヒナさん。確かめたい事があるので、もう一度口を大きく開けて下さい」

「……あー」

 

ヒナさんは再び口を開ける。私は歯周ポケットのチェックに使うプローブを手に取り、左下の奥歯と歯茎の境目に宛がう。

 

「……っ」

 

歯の周りを細かく確認していく。そして左下の7番と6番、一番奥の歯とその隣の歯の間にプローブを宛がうと、先端が隙間に深く入っていき、ヒナさんがピクッと反応する。

「歯根、破折……?」

 

ヒナさんは馴染みのない言葉に首をかしげる。

 

「はい。普通、歯周病の場合は全体的にポケットが深くなっていくものなんですが、ヒナさんの場合はこの一部分だけが深く入り込んでしまう状態になっています。これは、その部分の歯茎と歯の間に隙間が出来ているという事で______」

 

私はヒナさんの左下の奥歯の3D画像を指差しながら解説していく。画面に写る奥歯は根の一部に小さなひびが入っていた。

 

「つまり、歯を支える根っこの部分……歯根にひびが入っている歯根破折が起こっている状態なんです。そして、ひび割れた部分から細菌が入って、感染した歯髄が壊死する事でガスが溜まって中の組織を圧迫していく……これが痛みの原因です」

「…………」

 

ヒナさんは私の話を静かに聞いている。

 

「検査で異常なしと判断されたのも、小さな破折だとレントゲンで写らない場合が多く、歯髄も全て壊死していないので原因を特定するのが困難だったと思われます」

 

私は端末を操作し、奥歯の3D画像を拡大する。

 

「それで、これからの治療の流れについて説明していきますが……よろしいですか?」

「……うん」

 

ヒナさんは小さく頷く。

 

「まず、破折が大きかったり隣の歯に影響が出ている場合は歯を抜く必要があります。これは、破折した所から細菌が入って腫れたり膿を持ったりといった様々な症状が出る為です」

 

歯を抜く、と聞いたヒナさんは顔を強ばらせる。

 

「その後はインプラントを埋め込むか、入れ歯やブリッジになりますが……これは飽くまでも最後の手段と思って下さい」

「うん……分かった」

「幸いヒナさんの場合、破折自体はそこまで大きくなく、歯髄の大部分はまだ生きています。そこで、可能な限り歯を残す方法も検討出来ます」

 

私は端末を操作しながら説明していく。画面にはひび割れた箇所がズームされる。

 

「はじめに、歯に穴を開けて溜まったガスを抜けば、恐らくその時点で痛みは消えます。それから破折している箇所を接着、歯髄の感染している部分のみを除去して生きている歯髄を残します。それから経過観察後、何も異常がなければ穴を塞いで治療は終わりです」

「……話を聞く限りだと、かなり手間がかかりそうだけど」

「そうですね。歯髄に関しては感染している範囲が広いと根管治療……歯髄を全部取り除かなければならないので、確実に残せるとは言えません。歯そのものは残せますが、歯髄がなくなった事で歯が脆くなって再発する可能性もあります。そうなれば歯を抜くしかありません」

 

ヒナさんは一通りの説明を聞き終えると、目を閉じて押し黙った。しばらくすると、目を開けて私の方へ顔を向けた。

 

「その……大変なのは分かるけど、出来れば歯を抜かないで治療をして貰えないかしら?」

「はい、勿論です」

 

私はヒナさんの返答に対してハッキリと答えた。例えそれが、どんなに難しい治療であっても、患者の望みを叶えるのが私の仕事だ

「ちょっとチクっとしますよ」

「ん……」

 

私は歯茎に麻酔をして、歯に細菌が入らない様にラバーダムを設置する。破折と歯髄が感染している箇所を把握し、ドリルで歯に穴を開けていく。

 

「うっ……!」

 

歯に伝わる振動にヒナさんは顔を歪ませる。穴が歯髄の収まっている所に達すると、マイクロスコープを使い感染した歯髄や壊死した歯髄を慎重に除去していく。感染部分を全て除去すると、薬品を使い殺菌処理する。

殺菌処理が終わると、マイクロスコープで破折箇所の位置や大きさを正確に把握、洗浄し接着出来る様に整える。専用の接着剤を使い、破折箇所を修復する。

その後、特殊なセメントを使い歯髄を覆い、細菌が入ってこない様にする。最後に、詰め物を詰めて穴を塞いだら、今日の治療は終わりだ。

 

「これで治療は終わりです。お疲れ様でした、ヒナさん」

「んっ……」

 

ヒナさんは左の頬を撫でながら答える。痛みが消えたお陰でその表情は明るさを取り戻していた。

 

「破折の修復と、感染した歯髄の除去はこれで終わりです。後は経過観察をして、歯髄や破折箇所に異常がなければ、噛み合わせや歯の形を確認した後に最終的な修復を行います。それでもって、全ての治療は完了です。その間、強く噛み締めたり固いものを噛まない様に気を付けて下さい」

「わかったわ。今日は夜遅くまで付き合ってくれて本当にありがとう」

「いえ。これが私の仕事のですから気にしなくて良いですよ」

「そう……けど、結局は私自身のせいだって認めるしかないわね」

 

ヒナさんは自嘲する様な笑みを浮かべながら口を開く。

 

「めんどくさがらずに、すぐに貴方の所へ行けばこんな事にはならなかった……自分がストレスに負けた人間だって認めたくなくて、意固地になっていた……」

「ヒナさん。辛い時は、辛いって言えば良いんですよ」

「えっ……?」

 

私はヒナさんの目を真っ直ぐに見据えながら口を開く。

 

「どんなに強い人も、ずっと戦い続ければ何時かは倒れます。痛みや苦しさを我慢し続ける事は出来ても、傷付いた心は治りません。だから時には、休んだって良いんです」

「でも……私には、やるべき事があって……」

「自分の仕事をやり遂げる事、それは確かに大切な事です。けど、それは自分自身を傷付けてまでやる必要はないんです。人は皆、自分の為に生きているんですから」

 

私が歯科医として仕事をしているのも、全ては自分の為。時には身体を休めるし、誰かに頼る事もある。自分1人で出来る事には限りがあると、私は知っているから。

 

「だからヒナさん、もっと自分を大事にして下さい。ヒナさんはずっと、自分の仕事を頑張って来たんですから……少しくらい休んだって良いんです」

 

ヒナさんもまた、アヤメさんと同じだ。ずっと1人で全てを背負い込んで、ずっと1人で傷付いて来た。ゲームで彼女の事は知っていたけど、こうして直接向かい合って、私は彼女を1人にしてはいけないと確信した。

 

先生がいるから大丈夫だろう?確かに先生なら、きっとヒナさんの心を救ってくれるだろう。けど、だからと言って何もしないのは、私自身が許せなかった。こんな小さな女の子が、ずっと助けを求めているのに誰も手を差しのべてくれないなんて、あまりにも酷すぎるから。

 

「…………」

 

ヒナさんは私の言葉に目を見開いて驚いていた。やがて、ゆっくりと口を開く。

 

「……いいのかな。私、委員長なのに」

「それを言えば、私も歯科学部の部長です。時には先輩や後輩達に仕事を任せて、自分だけ休む時もあります」

「任せっぱなしなのもどうかと思うけど……」

「まあ、当然自分が最低限やるべき事はちゃんとやってからですよ。それにヒナさんだって、毎日仕事ばかりでは疲れるでしょう?休みたい時は休めば良いし、辛い時は辛いって言えば良いんです。風紀委員会の皆さんも、ヒナさんが頑張っている事を知ってるんですから、誰も文句は言わないですよ」

「そうかしら……」

 

そう言うヒナさんの顔は、前よりも晴れやかだった。

 

「そうだ。今度、時間があれば一緒にお出かけしませんか?ゲームセンターとか、街をブラブラして食べ歩きツアーをするとか、結構楽しいですよ?」

「……考えておくわ。」

 

そう言って、ヒナさんは歯科学部を後にした。

後日、私のスマホの画像フォルダにヒナさんとのツーショット写真が追加された。




ハモリ「それで2人で街を散策してたんですよ」
アヤメ「へー、そうなんだー(またゲヘナの女……!)」
ヒナ「……次は何処に行こうかしら」
??「(何ですか何ですか何ですかミレニアムのあの女ヒナ委員長にベタベタくっついてぇぇぇっ!!?)」
???「アヤメと一緒に海、行きたかったなぁ……」

ヒロインは複数人いてもOKか?

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