アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか? 作:木彫りの心臓
一話/2003年の時計塔
「うーん、これは無理では?」
目の前の惨状を眺めながら呟く。
つんざくような轟音を立てながら駆ける列車。それを呑み込むかのように枝を伸ばす凍った樹木。
やがて
異常極まる光景。そうとしか表現できない。
いまの熱線といい、墜ちる流星といい、どれもが尋常ならざる大魔術である。だというのに、それらを以てしても滅しきることが出来ていない。
"仔"……あれで子どもということだ。まったく、馬鹿げている。ならば親はどれほどの脅威となるのか。
「────やっぱ、無理だろ」
知れず泣き言が洩れる。
違うカタチではあるが、ご先祖さまの絶望を追体験しているかのようだ。彼が未来へ託すという選択をしたのも頷ける。おれも次の代に託したい。
……押し付けたい、の間違いか?
我が一族の悲願。──
少し楽観的に考えていた節はある。所詮は植物に過ぎない、と。しかしいまは違う。考えを改めた。もっとも、こんなものを見れば誰であろうと改めざるを得ないが。
そも植物とはいかにも逞しいもので、一つ例を挙げるとするならば、堅いアスファルトを突き破って芽を出すくらいである。その植物がさらに生命力を──悪しように言えば生き汚くなったならば、この有り様にも頷けるというもの。
はたして倒せるのか? はっきり言おう。
無理だ。
……少なくとも俺の代では。
「そうは言っても継いだからにはやるしかない」
泣き言はいい。本当に泣くのもいいさ。でも立ち止まってはならない。進み続けなくてはならない。彼らが根源を目指すように、我らは────。
そう教えられてきた。そう育てられてきた。
だから…………。
「やるだけのことは、やろう」
そんで、後のことは後の人たちに任せよう。
精一杯頑張りましたがダメでした。私の人生にはなんの意味もありませんでした。なので次のアナタに託します。
魔術師らしく────そんなふうに。
◇◆◇
夕陽の差し込む廊下をひとりで歩く。
多少の前後こそあれ、どこも午後の講義が終わったようで、遠くに賑やかな声が聞こえてきた。こうしてみるとなんだか普通の大学かなにかのようだ。
時計塔──クロックタワー。悪辣な魔術師たちの巣窟である。
そして、俺もその悪辣な魔術師のひとりだ。
約800年の歴史を持つヘルツ家の若き当主。それこそがこの俺である。もっとも、継いだばかりのペーペーだけれども……。
無駄に長い廊下をしばらく歩き、目的の場所に到着する。
遠くに聞こえていた活気ある声はもう聞こえず、しんと静まり返った空間だけがそこにはあった。
目の前のドアに手を掛ける。沈黙の中、ガチャリと重々しい音だけがして、真夜中の礼拝堂へ踏み入るような心持ちになった。
中に入ると、ツンとする香辛料の匂いがした。何らかの魔術品だろう。一瞬顔を
「やあ。よく来たね、クシロンくん」
執務室──と呼ぶには彼の趣味が多分に含まれ過ぎている部屋──の中央。ごちゃごちゃした雑貨や書物の隙間から声があがった。いつも通り、椅子から立ち上がる気も、こちらをもてなす気もないらしい。
急に呼び出しておいて、相変わらず勝手な人だ。
怒りとはまではいかないまでも、そんな苛立ちが湧き上がる。が、それを彼にぶつけることはしない。俺と彼とでは──立場がまるで違うのだから。
「本日はなんのご用でしょうか」
「いやなに。君さ、
「ああ──なるほど」
彼は俺の家の目的を知っている。
根源への執着もなく、
これまで魔術協会が記録した六体の"仔"の記録と、今回の七体目のあり方を視て、本体の倒し方が見えてきたんじゃないかと、彼はそう訊いてきた。
「"
「良かったじゃないか。夢にまた一歩近づいたな」
皮肉げな声。しかし先も言ったが、それに対して怒ることも言い返すことも俺はしない。彼自身はもっとフランクに、無礼講で接するよう俺に求めてきているがそれに乗るつもりはない。
「……今回の
「なるほど、なるほど。朗報だな。──で? "駒"は見つかったのか?」
駒、か。まあ、この人はそう言うよな。
「…………ひとつ、ご訂正がございます。実態はどうあれ、俺にとって"駒"ではなく"協力者"です。俺のために命を賭けることになる者を"駒"とは呼びたくありませんので」
「実態はどうあれ、か。そこを理解しているというのに、まだ呼び方には拘るンだな。
いやに楽しそうな声が一層弾む。珍しく俺が反論したことが嬉しいらしい。
キィと椅子の軋む音がした。雑貨と書物の向こう側で、彼が内職をやめてこちらへ体を向けたのがわかった。
俺の反応から、俺が協力者──彼に言わせるところの駒──となり得る人物を見つけたことを理解したためだろう。
「先の
「最後のはもちろんあり得ません。アニムスフィアは魔術回路の量に問題があります。あれでは森の入口で潰れます。ハートレスにいたっては接触自体がまず無理でしょう」
「おや、──ひとり残った」
「ええ、まあ」
今年の夏頃、ロード・エルメロイⅡ世が突如として時計塔へ招き入れ、そして内弟子とした謎の人物。
今回の
名を──グレイ。
魔術回路の質も量も平均以上。それに彼女は周囲の魔力を喰らう特殊な礼装を所持している。流石にその力も
彼女であれば、あの黒い森の中であろうと保つだろう。戦力として、協力者として文句ない。
懸念点としては、素直に手伝ってくれるかどうかというところか。命を賭けるんだ。しかもかなり分の悪い賭け。断られるのは目に見えている。
まあ、ながーい説得になるのは元より覚悟している。俺の肉体の全盛が過ぎ去る前までになんとかするとしよう。……数年かかるのも一応の視野に入れておく。
「フォルテくんと違って本人の説得だけすればいいってわけじゃないのが厄介だね。……ロード・エルメロイⅡ世か。私は彼の人となりをあまり知らないからなんとも言えないな」
「現在のエルメロイ派は薄氷の上に立っているようなものです。資金も人材も足りない筈です。どちらも俺が全面支援すると言えば頷くことでしょう」
「さて、どうだかな。はたしてその程度で弟子を捨てる男なものか」
人となり、ご存じではないと今しがた伺いましたが……。とはいえだ。思えば、金で簡単に転ぶようなヤツなら七年間も
それに彼は恩師であるケイネス氏──ひいてはエルメロイのために動いていると聞く。案外情に厚い男なのかもしれない。となると、弟子を死地に赴かせることはない……?
そこも踏まえての交渉となるか。
「近日中には彼女と接触をはかるつもりです。現在は師弟揃って入院しているらしいので、退院したら、ですかね」
「────いや、2月の16日に入ってからにしなさい」
「はい?」
現在は十一月も下旬、もうすぐ十二月に入ろうかというところ。彼らが退院する頃となると十二月に突入しているか。
しかしすぐには接触せず、そこから更に二ヶ月以上は期間を置け、と。しかもそんなピンポイントな日付指定まで。
「それは、どういったご理由で?」
「その頃には聖杯戦争も終わってるからな」
「関係あるんですか?」
「ハートレスの動きには聖杯戦争が関わっているだろうから。ヤツの件が終わらないうちは
確かに道理か。サーヴァントなどという荒唐無稽なものが現界しているんだ。ハートレスが極東の大儀式──聖杯戦争を利用している可能性は高い。
俺は彼が何を企んでいるか知らないし、成功するのか失敗するのかにも興味はない。が、ロード・エルメロイⅡ世はハートレスを追うのだろう。
彼らに近づくにも、いまは時期が悪いということか。
「であれば待ちますよ。元々ずっと待ちの姿勢だったんです。いまさら急いでも仕方ないですしね」
「ま、君のオーダーに関係なく、単に学友として接するだけなら今からでも構わんと思うがね。そこは君のやり方次第だよ、クシロンくん。なんならエルメロイ教室に所属するかい? 一筆
「そこまでしていただくのは申し訳ないですよ」
「そうかい。では気が向いた時にでも言ってくれたまえ。──さて、今日のところはこんなものかな。退出していいよ。陽が沈みきる前に寮に戻りなさい」
「はい。それでは失礼いたします」
ぺこりと礼をして退出する。
部屋の外に出て扉を閉めれば、廊下は来た時よりも薄暗く沈んでいた。長く続く廊下の先は『強化』しなければ見えないくらい暗い。
魔術を使うのも面倒だし、まったく見えないほど暗いわけでもない。そのまま長い廊下を歩いていく。
「聖杯戦争……か」
歩きながら、さっきの会話で出たひとつの言葉を呟く。
聖杯戦争。万能の願望器の所有権を巡って七人のマスター、七体のサーヴァントが殺し合う、極東の地でおこなわれる大儀式。
前回は勝者なしで終わったそうだが、今回はどうなることやら。
協会参加枠の二つ。中東の成り上がり、アトラム・ガリアスタ。封印指定執行者、バゼット・フラガ・マクレミッツ。
御三家。トオサカの当主は俺と同い年の小娘。マキリは完全に没落済。アインツベルンはいつも通りのホムンクルス。
その他の参加者は間に合わせの木端ども。
俺の知る範囲での話にはなるが、マスターだけを見ればマクレミッツの一人勝ちだな。
けど────。
「…………」
フェイカー。
人以上の身体能力に、神代の魔術、ノウブルカラーの魔眼に、強大な神秘の具現たる宝具────。
人間が敵うような相手じゃない。いかに天才的な魔術師といえどそれは変わらない。サーヴァントの質によっては、それこそ素人のマスターが勝ち上がることだってあるのだろう。
「ま、俺にはどうでもいい話だ」
終われ、終われ。とっとと終わってしまえ。
聖杯戦争も、ハートレスの企みも、俺には関係のないことだ。願わくば、より善いカタチで終わってくれるのことを期待している。
長い廊下を歩き終わって外に出ると、もうすっかり太陽は見えなくなっていて、西の空にほんのり昼の色を残しているだけだった。
頼りないガス灯で淡く照らされる石畳の道を踏み締めて歩く。
等間隔に配置されている結界をいくつか通り抜けていくと、徐々に電灯が増え、人の往来も激しくなっていく。時計塔本部の敷地内から抜けたのだ。
都会の喧騒というものか。ザワザワと人の声が湧いている。聞き馴染みのない音も多い。
この時間帯だと、大英博物館に時間ギリギリまで居た観光客かな。
人流に沿ってまた歩く。時折せっかちな店からクリスマスソングが聞こえてくる。まだ少し早いだろ、なんて思いながらも、一ヶ月もしないうちに訪れるのだからそうでもないのかな、とも思った。
そう考えると、二ヶ月半なんてあっという間かもしれない。
「……現代魔術科の授業の日程、調べとくか」
ふと、所属はしないまでも聴講生の一人として訪れるくらいはいいか、と思った。
「"