アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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二話/夜の冬木市

 

 

 

 ロンドン市内からヒースロー空港まで車で1時間。フライト時間までは余裕があるのでその隙に昼食を済ませてしまった。と言ってもそこまで時間があるわけじゃないから手短に、だ。

 

 ロンドンと東京の時差が9時間。ヒースロー空港から新東京国際空港までのフライト時間は12時間。出発したのが14時くらいで、結局東京に着いたのは翌日の11時くらいだ。

 

 そこからさらに飛行機とタクシー、電車とを乗り継ぎ、目的地である冬木市に辿り着いたのは14時ごろ。つまりは丸一日の移動だったわけだ。

 

 

「着いたぞ。眠いのはいいが、せめてホテルまでは頑張ってくれ」

 

「んー……? あー、うん……」

 

 

 目をしばしばさせ、舟を漕ぐカノンを座席から引っ張ってホームへ引きずり出す。終点駅だから多少もたもたしてても問題はないが、だからといって彼女が起きるまで電車の中にいるわけにもいかない。

 

 眠たげなカノンの手を取って駅のロータリーへ向かう。

 

 道中、周りからの視線をやけに感じた。旅行に来た外国人の兄妹とでも思われているのだろう。すれ違う通行人たちは必ず俺たちを一瞥はする。俺に手を引かれるカノンを見て、あらあら、なんて温かい目を向けてくる人もいる始末だ。

 

 魔術師とは本来隠れ潜むもの。注目されるのは本意ではない。

 

 

「くそっ……! やっぱり連れてこなきゃ良かった」

 

 

 足早にタクシーに乗り込む。

 

 旅行鞄はトランクに。カノンの背負っているリュックは降ろすわけにはいかないのでそのまま。少し窮屈そうだが、いまの彼女には文句を言う気力もないらしい。

 

 行き先は冬木ハイアットホテル。十年前に一度倒壊し、最近になって再建が終わった高層ホテルだ。

 

 聞くところによると、ここら一帯はそのとき起きた大火災によって焼け野原になったそうだ。が、今ではそれを全く感じさせない。むしろ活気に溢れている。街全体が、起きた悲劇を必死に忘れようとしているかに見えた。

 

 魔術世界に生きる俺は、それが前回の聖杯戦争の結果起きた出来事だと理解できる。先代のロード・エルメロイ──ケイネス氏が亡くなったことでも有名だ。

 

 だが、ここに住む一般の方々は違う。なんの前触れもなく、なんら理由も分からず、呪いの炎に呑み込まれた───。『未知』とは人間が生得的に持つ恐怖のひとつだ。見た目はともかく、この街の心には未だに恐怖の傷痕が多く残っている。そう思った。

 

 ───走ること10分。

 

 タクシーは無事にホテルまで到着した。日本のタクシーについては知識が無かったが、英国のミニキャブ以上ブラックキャブ未満といったあたりか。総評としては10点満点中8点とさせていただく。

 

 長い説明のフロント。長いエレベーター。長い廊下を潜り抜け、25階の一室へ辿り着いた。

 

 

「ほら、着いたぞ──っと!」

 

 

 もはや巨大な荷物と化したカノンをベッドへ投げ飛ばす。彼女はバフっとうつ伏せに倒れ込み、僅かにみじろぎをしたのち、石像の様に固まってしまった。

 

 私服で寝るのはいいが、リュックを背負ったままは一旦まずいか。腕から肩紐を抜いて本体を引っ張る。しかし、リュックはカノンにくっついているかのように離れない。

 

 

「まだ寝るな。ほら、霊体化できるか? ていうか聞こえてる? ……もしもーし?」

 

「……んー!」

 

 

 すぽん、と音が鳴ったかと思った。

 

 一瞬霊体となった翼はすぐさま実体となり、砂浴びをする雀のようにだらしなくベッドに広げられている。

 

 カノンは3時間しか完全に翼を消すことができない。どうしたものかと思い悩んでいたところ、根本だけの霊体化であれば無意識下でも制御できるとのことでこの方法を思い付いた。

 

 服をすり抜けさせる要領で、リュックの背に当たる部分をすり抜けさせて羽を中に収納させていたのだ。

 

 バカでかいリュックを背負った少女という見た目は少々目立つが、天使そのものの具現を衆目に晒すよりは何百倍もマシだ。というか後者だと俺がロード・ソロネアと法政科に消される。

 

 

「……さて、どうしたものかな」

 

 

 すやすや眠るカノンを尻目に寝室からは退散する。リビングのソファに腰掛け、これからどう動くべきかを考えることにした。

 

 単純な話。昼に動くか、夜に動くか。

 

 俺の仕事はマクレミッツの死体を回収すること。聖杯戦争そのものに直接関与するものではない。従って、俺は昼夜問わず行動しても問題ない。むしろ聖杯戦争に巻き込まれないよう昼に動く方が好ましい。

 

 だがそうなると必然的にカノンと行動を共にする必要がある。月の見える夜ならばともかく、昼間の彼女は貧弱だ。とてもじゃないが一人にするわけにはいかない。

 

 しかし、これもこれで困る。これから俺が訪ねる先は監督役のいる冬木教会なのだが──懸念的は二つ。

 

 一つは、監督役が聖堂教会の人間であること。カノンが『天使』であるとバレた場合、面倒なことになるおそれがある。

 

 もう一つは、監督役のところにマクレミッツの死体がないかもしれない、ということ。彼女はマスターだった。他マスターに(たお)されたなら、その死体は聖杯戦争が終わるまで教会内で安置されているのが正道だが……。

 

 そうでない場合の話───。マクレミッツは長く続いた古い魔術師の出自だ。当然その死体には非常に高い魔術的価値がある。他マスターに使()()()()()()のであれば、俺はソイツと、事の次第ではソイツのサーヴァントを相手にしなければならなくなる。

 

 その際、昼のカノンは戦闘の邪魔にしかならない。

 

 ──対して、夜に動くとなればどうか。

 

 夜であればカノンの能力(スペック)はそれこそサーヴァント並みだ。一人このホテルに置いておいても心配はいらない。俺はなんの憂いもなく動けることになる。

 

 もちろん、その分聖杯戦争に巻き込まれる確率は高くなる。闇夜は魔術師たちの箱庭にも等しい。"サーヴァントと別行動しているマスター"と誤解されでもしたら大事だ。アサシン、ともすればサーヴァントに限らずとも、奇襲を受ければ対処は難しい。

 

 不可侵地帯たる教会へ赴くだけならまだいいが、空振りに終わるとすれば以降の行動は大変な危険を伴うことになるだろう。

 

 

「…………」

 

 

 チック、タック───チック、タック───。

 

 昼と夜との行動指針。リビングの時計の秒針。メトロノームのように揺れ動く前者と、進むだけで戻ることをしない後者の音がリンクする。

 

 短針は真横を向き、長針は真上を指し示している。

 

 日が落ちるまであと3時間もない。

 

 というか、うだうだ考えたところで始まらない。脳で思考し出力された(カイ)に意味はない。……とまでは言わないが、さりとて根っこの部分ではすでに結論は出ているのだから。

 

 

 

  ◇◆

 

 

 

 暗い夜。

 

 頼りない古びた電灯だけがアスファルトを照らす。

 

 澱んだ空気。肌を刺す悪寒。散逸する魔力の渦。

 

 ───これは残り香だ。

 

 理解する。探知の苦手な自分でも容易にソレを知覚する。この登り坂の先に、この魔力の主がいる。奇しくも行き先は同じらしい。

 

 長い、長い、坂道。新都の中央部ではすれ違う人も居たというのに、もうここでは人の気配は欠片もない。民家は数えるほど。それも電気だって付いていない。

 

 もはや、神秘を振るうのになんの枷もない。

 

 カツン、と己の革靴の音だけが閑静な道路に響く。急かされているみたいに、カツンカツンと音を鳴らす。何かから逃げる走者というよりは、サビに近づくにつれアガっていく奏者のよう。

 

 魔力の濁流、その源へと近づいていく。

 

 以て。───カツン、と二つの音が重な(ハモ)った。

 

 

「──サーヴァントも連れずコソコソとつけまわして、いったいなんのつもりなのかしら?」

 

 

 暗闇の中浮かび上がる白銀の髪。あどけない声にも拘らず、それには冷えた鉄のような鋭さを内包していた。

 

 ゆっくりと、雪のような少女が振り返る。妖しく灯る赤い双眸がこちらを向く。

 

 

「……マスターじゃないからな、俺は。それに"つけまわしていた"とは聞こえが悪い。単に向かう先が同じだけだろ」

 

「マスターじゃないのなら、尚更この先へ向かう理由なんてないと思うけど」

 

「こっちにも色々あってね。開戦前に脱落した身内をこれから迎えに行くところなんだ」

 

「そう。それは災難だったわね」

 

 

 白い少女。アインツベルンのホムンクルス。確かに彼女とこうして目を合わせ会話をしているが、俺の意識の向く方向は彼女ではなかった。

 

 背後。アインツベルンの少女の背後───。

 

 霊体化していても、『無』を捉える俺の目には確かにそれが見えていた。より正確には、その輪郭を、その覇気を、その圧力を、肉眼で見るのと相違なく感じ取っていた。

 

 "暴"であった。

 

 他にソレを表す言葉など必要ない。飾ることも偽ることも不要だ。それはまさしく"暴"の化身だった。背筋がシンと軋む。戦う想像をするだけでも恐ろしい。

 

 だが、俺にもやるべきことはある。

 

 目の前の少女に問いをひとつ投げねばならない。返答次第ではこの怪物と戦闘に発展するおそれもあるが、それでもだ。

 

 

「アインツベルン。ひとつだけ、いいか?」

 

「なに? 言っておくけど、あなたとの問答に使う時間なんて、私にはないんだから」

 

「手間は取らせないさ」

 

 

 懐から一枚の写真を取り出す。

 

 

「この人に見覚えはないか? バゼット・フラガ・マクレミッツ。俺の尋ね人だ」

 

「さあ、知らないわ。ずっとお城に居たし。いま向かってる先、それが初戦だもの」

 

「そうか」

 

 

 もちろん嘘をついている可能性もある。俺にはイヴェットのように『感情視』は出来ない。

 

【 】

 

 でも、彼女は嘘を付いていないと確信できる。なんとなく。ただの勘で確信するというのも変な話だが、この『直感』に間違いがあったことなどないので一先ずは信用する。

 

 もっとも、俺が『直感』を読み違える、ということはままあるが。

 

 チラリと前方に視線を向ける。

 

 アインツベルンの少女はすでにこちらに見向きもしておらず、スタスタと前を行っていた。ひとつだけ、と言ったのは俺だし、彼女にしてみればマスターでもない俺なぞどうでもいい存在だろうから仕方ない。

 

 しかし、行き先が被るのはいったいどういうワケなんだろうか。

 

 彼女はいま初戦だと言った。つまり戦いに赴いているわけだ。その割に向かっているのは不可侵地帯である教会。この矛盾をなんとする。

 

 とはいえ訊こうにも訊けない。それは自身の発言を反故にすることになる。

 

 流石に監督役に喧嘩を売りに行くわけじゃないだろう。となると、近辺にいるマスターを狙いに、とかか。敵の居場所が分かったのなら叩きにいく。当たり前のことだ。

 

 ではこの先は戦場か。

 

 教会へ続く道を悠々と歩くアインツベルンを尻目に、俺は脇道に逸れる。聖杯戦争に巻き込まれるのを許容しているとはいえ、好んで首を突っ込むつもりもない。

 

 遠回りにはなるが、まあ、仕方のないことだ。

 

 街灯のない道を一人歩いていく。

 

 地上はそうでもないが上空には激しい風が吹いているようで、空を覆っていた雲は晴れ、月明かりが石畳の道を照らしている。

 

 迂回して合流した教会への一本道。そこには怪力によって陥没した箇所がいくつかあった。

 

 遠くの方では激しい破裂音が響いている。どちらも聖杯戦争によるものとすぐに理解した。サーヴァント同士の戦いの余波である。

 

 

「アインツベルン……」

 

 

 知らずその名前を口にしていた。

 

 ユーブスタクハイトが結論した最高傑作。アインツベルンの到達点。たとえ見た目が幼い童女であろうとも、その身に宿した神秘に瑕疵はなく。

 

 彼女の従えていた怪物と合わせて考えれば、マクレミッツのいない今、彼女の勝利が明確にイメージ出来てしまった。

 

 

「……いやいや、まだ分からないだろ」

 

 

 ふっと湧いて出た自身の妄想を掻き消す。

 

 いけない。たとえ交流はなかったとしても、同郷の魔術師に肩入れしてしまいそうになる。碌に知らないくせに地元のフットボールチームを応援するようなものだ。

 

 かぶりを振る。いまは自分のことだけを考えろ。

 

 そっと、教会の門に触れる。

 

 一歩進むたびに気温が低くなっていく。いや錯覚か。

 

 17年生きてきて、教会には立ち入ったことは一度もなかった。執行者であったからというのもあるが、元より魔術師として聖堂教会のお膝元に訪れることは避けてきた。

 

 ある意味で緊張しているのだ。

 

 

「ふぅー……」

 

 

 長く、息を吐き出す。

 

 パチリとスイッチを切り替える。

 

 

「────よし」

 

 

 扉に手を掛ける。ギ、と軋むような音を立てて扉は開かれる。

 

 薄暗い礼拝堂。祭壇には蝋燭(ろうそく)が備え付けられており、ぼんやりと部屋全体を照らしている。

 

 

「今日は───随分と来客が多いな」

 

 

 祭壇の前には一人の男が立っていた。聖書を片手に。首には銀のロザリオを。三十代ほどの偉丈夫がそこにはいた。

 

 彼がこの聖杯戦争の監督役。冬木教会の神父であり、聖堂教会第八秘蹟会所属の聖職者。

 

 名前は確か────

 

 

「初めましてだ、少年。私は言峰綺礼。この教会を任されている者だ。さて、君の名はなんというのかな?」

 

「クシロンだ。アインナッシュ・クシロン・ヘルツ」

 

「アインナッシュ……いや失礼。──して、用件は何だ? 見たところ君は魔術師のようだが、マスターではあるまい。この教会に訪れた理由を尋ねたいが、いいだろうか」

 

 

 神父の言葉は穏やかであった。

 

【 】

 

 物腰は柔らかく、魔術師である俺に対して少しの悪感情も見せない。

 

【 】

 

 公平な審判を行うのに相応しい人徳を兼ね備えているように見えた。

 

【 】

 

 けれど────。

 

【 】

 

 鋭い針が脳に突き刺さる。『直感』などとは呼べない、もはやそれは『警報』であった。

 

 このままこの教会に居れば、ナニカが終わってしまうような感覚だけがあった。剥き出しの脊椎に氷を当てられているような、心臓を強く鷲掴みにされているような───。名状し難い怖気。

 

 けれど、それを表に出すことはしない。

 

 俺の『直感』がこの神父に対して反応しているのか。それとも別の何かなのか。いずれにせよ、起点はこの男である。

 

 俺は努めて平常に、男との会話を続けた。

 

 

「魔術協会からの派遣で、バゼット・フラガ・マクレミッツの亡骸を回収に来た。もし、この教会に安置しているのであれば頂戴したい」

 

「ほう、彼女が敗退していたとは。それは初耳だ」

 

「把握していなかったと?」

 

「申し訳ないが。監督役とはいえ全ての戦いにまで目が届くわけではない。ましてや開戦前での出来事だというのなら尚更だ」

 

「…………」

 

 

 彼の言い分は至極真っ当なものだった。だが……なんだろうか、この違和感は。

 

 くそっ!『警報』がうるさすぎて正確に測れない。

 

 

「私の方でも調べてみよう。とはいえ、今は聖杯戦争の最中……。他のマスターたちをいたずらに刺激するわけにはいかない。大々的な捜索は不可能だ。そしてそれは君も同じこと。理解してくれるかね?」

 

「……もちろんだ、コトミネ神父」

 

「帰りは十分に気をつけるといい。君の前に尋ねてきていたのはマスターだ。ともすれば、偶然にも聖杯戦争に巻き込まれる、などということにもなりかねん」

 

「忠告をどうも。では、これにて」

 

 

 背を向ける。

 

 マクレミッツの死体は教会にはなかった。もちろん神父の嘘ということもある。『直感』がどうも正確に動いていない。暴走気味だ。

 

 他マスターの手にあるか。あるいは殺害現場にそのままか。どちらにせよ、冬木の街を調査して回るハメになった。この聖杯戦争の最中にだ。

 

 思わず歯噛みする。

 

 カノンを安全圏に置いて一人夜の街で動く、という方針に後悔はない。魔術師ではないカノンの命をベットすることはできない。だが、任務の危険度は跳ね上がってしまった。

 

 

「……はあ」

 

 

 教会を後にして、月明かりの下を歩く。

 

 らしくなく、夜空を見上げた。

 

 月といくつかの星が雲間から覗いている。綺麗だとは思うが、やはり末恐ろしく感じてしまう。正式な名前はないが、宇宙恐怖症(アストロフォビア)とでも言えるものだ。もっとも、そこまで重度でもないが。

 

 

「はあぁーあ……」

 

 

 もう一度、ため息を吐いて目線を平行に戻す。

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

【 】

 

 頭蓋が破裂したかと思った。

 

 いま角を曲がってきた男。

 

 黒いライダースジャケットを羽織った金髪の男。

 

 

「…………───────、あ」

 

 

 冬なのに、全身から発汗している。

 

 息が荒い。心臓がウルサイ。

 

 濃密な死の気配───。満月の夜のカノンでさえ、ここまで『死』を振り撒かない。

 

 思うに、ソレは概念としての死ではなく、もっと物質的なもの。蝋燭の火を吹き消すような『死』がカノンであり、この男が漂わせるソレは───蹂躙(じゅうりん)である。

 

 鏖殺(みなごろし)だ。

 

 暴力的で破壊的で、現実的な『死』の気配だ。

 

 ドクン、ドクン、と男が近づいてくる毎に大きく心臓が跳ねる。

 

【 】

  ウルサイ。

 

【 】

  ウルサイ。

 

【 】

  ウルサイ──!

 

 

「──────────────ハッ……!」

 

 

 気がつくと、金髪の男とはすれ違っていた。俺に何をするでもなく、ただ通り過ぎていった。

 

 だが、俺にはその事実がなおのこと恐ろしかった。

 

 あの男は俺に何もしなかったし、するつもりもなかった。だというのに、あれだけの『死』の気配をばら撒いていたのだ。

 

 いや、今にして思えば、あれは"暴"であったか。

 

 アインツベルンのサーヴァントとはまた別ベクトルで、アレも"暴"の頂点であったのだ。

 

 

「はあ……はあ…………はあぁ……。くそっ!」

 

 

 悔しかった。何もできなかったのが。身構えることすらできていなかった。もしあの男が俺に殺意があったのなら、その時はきっと────。

 

 

「"井の中の蛙大海を知らず(We only see what we know)"……ってか?」

 

 

 所詮は極東のマイナー儀式だと侮っていたわけではないが、きっと俺の心の中にそういった甘えがまだあったのだ。10年前にロード・エルメロイが死んで、今度はマクレミッツが死んだというのに、まだ。

 

 反省だ。

 

 気を引き締めろ。

 

 敵がどんな存在でも臆すな。

 

 いかなる時も平常心を保って無感情に事を成せ。

 

 

「ふうぅー……リセット完了」

 

 

 切り替える。

 

 あの金髪の男は教会に向かっていた。何のために? あれもマスターなのか? 確かにあの男は肉があった。霊体であるサーヴァントとは別個のものだった。仮にマスターだとして何故サーヴァントを連れていない? 単体で成立する強さだから? だとしても別行動する理由はなんだ?

 

 停止していた脳細胞が活性化する。

 

 そういえば、コトミネ神父に相対していた時に感じた『警報』は、さっきの金髪の時と似通っていた。波とでもいうのか、カタチが似通っていたのだ。

 

 

「こりゃあ、なんかあるかもな」

 

 

 振り向いて教会を睨む。

 

 林の中に佇むソレは、清廉とは程遠いドス黒い呪いを孕んでいるように見えた。

 

 

 

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