アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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三話/二人のマスター

 

 

 

 標的(ターゲット)を冬木教会に定めたとはいえ、今から再突撃するというわけにもいかない。神父一人だけなら何とかなるかもしれないが、あの金髪はどうにも勝てるイメージが湧かない。

 

 それに、それだけが理由というわけでもなく。

 

 教会をきな臭いと感じてはいるものの、そこにマクレミッツがいるという確証はないし、何より情報が全くと言っていいほどに何もない。

 

 手始めにするべきことは情報収集だ。

 

 まずマスターとサーヴァントの数を確認したい。

 

 マクレミッツがサーヴァント共々死んだのだとしたらそれぞれの数は6のはずだ。しかし、これがもし違ったならば、マスター権の剥奪だったり、サーヴァントの裏切りだったり──まあ、色々考える必要が出てくる。

 

 だからこそ、その情報は確保しておきたい。

 

 まずアインツベルンと、彼女が呼び出した一騎。霊体化していた都合上、確固とした外見は掴めていないが、大まかには把握している。

 

 2メートルを超える巨躯。彫刻ですら見ない、大きく膨れ上がった筋肉。岩を削り出して造ったのではないかと疑うばかりの無骨な大剣。横溢(おういつ)する魔力───。

 

 三騎士クラスのいずれか、あるいは狂戦士(バーサーカー)

 

 次に……と行きたいが、残念ながら他の奴らは観測していない。一応アインツベルンの初戦の相手がいるから、それをこれから視れば二組目となるが、敗れてしまってはそれもご破算。

 

 これは俺の個人的な願望に過ぎないが、出来れば俺が全騎把握するまでは誰も脱落しないで欲しい。マクレミッツと関係のある奴が誰なのか分からなくなるから。

 

 

「……しかし、戦うな、とは言えないか」

 

 

 俺はあくまで聖杯戦争の部外者。正当なマスターたちが争うのを止める権利などない。

 

 

「でもまあ、戦いの様子は見なきゃな」

 

 

 遠く、微かにだが、まだ戦闘音は鳴っている。聴力を『強化』してやっと聞こえるかどうかという距離。

 

 大雑把に記録した脳内地図を広げる。方角と位置からして外人墓地のある方だろうか。

 

 

「使い魔──はここじゃ無理か」

 

 

 石畳だろうが、アスファルトだろうが、土の見えないここの地面では使い魔は造れない。なので少し戻り、道路から外れ、森へ入ってから作成することにした。

 

 以て、踵を返そうとした時、それは起きた。

 

 天上を翔ける一条の光。流星のようでいて、しかしそうではないもの。スクラッチアートのように夜空に線を引く。

 

 一瞬のことだったのでそれが何かは分からなかった。しかし、そのシルエットは剣そのもので……。

 

 接地──────。

 

 途端に吹き荒れる閃光と爆音。

 

 森の一角を蒸発させる程の破壊が(もたら)される。

 

 

「おい……おいおいおい! 神秘の隠匿なんざお構いなしか!?」

 

 

 我ながら珍しく声を荒げた。それほどまでにそれは常識外の光景だった。

 

 真っ暗な空が紅く染まる。キノコのような形の煙が立ちのぼり、木々と電柱が影絵となって浮かび上がっている。

 

 

「ッ! 今の、アーチャーか!」

 

 

 両脚にありったけの『強化』を施して駆ける。

 

 現場へと急ぐ。当然俺自身が、だ。使い魔では足が遅すぎる。

 

 第三者による横槍。いやこの場合は横矢か? ともかく、今のはアーチャーのサーヴァントによる宝具級の攻撃に違いない。アインツベルンと誰か──おそらく神父の言っていた、俺の前に教会に来ていたマスター──をまとめて仕留めてやろうといったところか。

 

 聖杯戦争の邪魔はしないつもりだったが、こんな早々に二組脱落は想定外だ。アインツベルンはともかく、もう一組はせめて死ぬ前にマクレミッツのことを知ってるか知らないかだけでいいから話してくれ。

 

 木々を蹴り、森を全速力で駆る。自動車もかくや、場合によっては上回る速度で向かう。

 

 次第に焦げついた匂いや、硫黄臭を代表に様々な刺激臭が漂ってきた。

 

 そうして辿り着いた先。そこにあったのは巨大なクレーターであった。今まさに隕石が落ちたかのような。硝子(がらす)状の表面と、尚燃え上がる炎。

 

 そして、その付近でうずくまる人影。

 

 倒れ伏した少年。抱きかかえようとする少女。蒼銀の鎧を纏った────。

 

 

「──あっぶなッ!」

 

 

 身を捻り、すんでのところで躱す。

 

 遠く、新都の方から放たれた数本の矢であった。アーチャーのサーヴァントによるもの。俺が元々いた大樹の枝が吹き飛ばされた。

 

 負傷者のいるあちらではなく、俺を狙ったことから、おそらくあの二人のうちどちらかがアーチャーのマスター。そしてもう片方が、あの鎧を纏った女のサーヴァントのマスター。そう見当はつく。

 

 早々に手を組んでいたのか? だとしたらさっきのはアインツベルンのサーヴァントを狙った攻撃だったのか。

 

 

「──!」

 

 

 考察も束の間。新都の一角から閃光が放たれる。

 

 まだ牽制レベルの矢だから躱せるが、ヒートアップしていくようなら少々厳しい。

 

 アーチャーの攻撃によって向こうにも俺の存在はバレた。そもそも暗躍なんてする気も技量もないのだ。林から抜け出し、彼女らの前に堂々と姿を現し、友好的であることをアピールすることにする。

 

 

「聞け、アーチャーのマスター! 敵対の意思はない! 怪しいのは承知だが君たちの敵ではない!」

 

 

 両手をあげて降伏のポーズをとるのも忘れずに。

 

 負傷した男を庇うように女のサーヴァントはこちらと向き合う。手には見えない剣が握られているのが()()()

 

 しかし、それよりも驚いたことが一つ。

 

 

「……グレイ?」

 

 

 小さく、相対する彼女たちには聞こえないくらい小さく、喉から声が漏れた。

 

 剣を持っていることから、おそらくセイバーのサーヴァント。その面立ち。彼女は、英国にいる知り合いによく似ていた。

 

 いや、違う。アレは英霊。遠い過去の影法師。つまり、彼女がグレイに似ているのではない。()()()()()()()()()()()()()

 

 グレイの持つ〈最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)〉という宝具。あれはアッドという謎の礼装で普段はカモフラージュがなされている。では、このサーヴァントの持つ『剣』もそうなのではないか? 見えないように風で隠すのは、見えたら困るから。もし見えたなら、即座に真名が看破されてしまうほどの『剣』──もし彼女がグレイの元型(アーキタイプ)なら、おそらくその剣は────。

 

 ───〈約束された勝利の剣(エクスカリバー)〉。

 

 息を呑む。

 

 つまり彼女は……キング・アーサー。

 

 

「動かないで。……サーヴァントも連れずにマスターひとりで偵察に来たってワケ? 普通逆でしょう。士郎も大概だけど、今回のマスターは変なヤツしかいないの?」

 

 

 動揺も束の間。赤い服を着た少女がこちらへ指先を向けて訊ねてくる。さながら銃口を突きつけられている気分だ。動けば即座に魔弾でも飛んでくるんだろうな。

 

 

「まず、俺はマスターではない。魔術師ではあるが、今回の聖杯戦争には参加していないし、する気もない」

 

「知らない顔……外部の魔術師ね。聖杯戦争に参加しないクセにこの冬木の街に来るなんてどういうつもりかしら?」

 

「その点については申し訳ないと思っている。無駄に混乱を振り撒くつもりはなかったが、結果的に今そうなってしまっているのは事実だ。けれど、こちらにも事情がある」

 

「へえ。じゃあ聞かせて貰おうじゃない。その事情ってヤツを」

 

「勿論だ。───ただ、長くなるかもしれない。そこの彼を運んで手当てしてやるのが先じゃないかな?」

 

 

 血溜まりの中で倒れ伏している少年を顎で指し示す。先ほどの爆発をモロに喰らったのであれば、たとえ魔術師であっても無事とはいかないだろう。

 

 俺の言葉を受け、少女は逡巡する。新都の方へ一瞬視線を向け、その後に側の二人にも視線を向けた。

 

 なるほど。彼女がアーチャーのマスターか。となると、あの少年がセイバーのマスター。行動を共にしているところを見るに同盟でも組んでいるのか。年齢も近そうに見えるし、案外元から友人同士って線かも。

 

 

「……いいわ。たしかに今は衛宮くんの治療が先決だもの。けど少しでも怪しい動きをしてみなさい。容赦なく殺すから」

 

「弁えているとも」

 

 

 少女の手が下ろされる。同時に、新都の方から感じていた殺気も、霧のように消えてなくなった。

 

 

 

  ◇◆

 

 

 

 着いてくるように言われ、たどり着いたのはニホンの城のような屋敷だった。石垣があるわけでもなく、また平屋だが。こういうのをブケヤシキと云うのだろうか。

 

 

「……ここまで来て言うのもなんだが、教会には行かないんだな」

 

「あんなエセ神父に任せるワケにいかないでしょ!」

 

「そりゃそうか」

 

 

 一応彼は聖杯戦争による負傷者なわけで、教会を頼るのも間違いではないし、むしろ正道ではあるが……あの神父の怪しさではな。というか参加者側にもあの胡散臭さは周知されているのか。

 

 赤い服の少女──遠坂凛(トオサカリン)というらしい。御三家がひとつ、トオサカの当主である──に続いてブケヤシキへ踏み入る。

 

 正門をくぐって中に入る時、僅かに結界のニオイがした。

 

 どうも、ここは魔術師の工房でもあるらしい。しかしえらく優しい結界だ。正面から来るなら誰であろうと拒まず、去るのも頓着しない。本当に魔術師の拠点なのか疑うレベルだ。

 

 

「衛宮くんの部屋は、と……」

 

「こちらです、リン」

 

「ありがと、セイバー」

 

 

 セイバーに賛同され、少年を彼の自室に寝かせる。その後、治療のために服を脱がせた。

 

 

「結構酷いわね。特にこの背中の傷。骨まで見えてるじゃない……。でもまあ、これなら手持ちの宝石だけでなんとかなる」

 

 

 そう言ってトオサカがいくつかの瑠璃(ラピスラズリ)を取り出した時だった。

 

 

「────え」

 

 

 彼女の口からひどく間の抜けた声がした。釣られてそちらを見れば、少年の背中がみるみる塞がっていくのが目に入る。早送りでもしているみたいに、あるいは逆再生しているみたいに。

 

 ギギギ、と金属が擦れる音をたてながら。

 

 やがて、始めから傷なんてなかったかのように少年の身体は完治してしまった。

 

 よほど良い魔術刻印を持っているらしい。羨ましい限りだ。俺のなんて致命傷以外には『治癒』が発動しないというのに。

 

 

「驚いた。衛宮くんってこんな芸当できたんだ」

 

「一応仲間なんだろ? あんまりな言い草じゃないか」

 

「仲間じゃないわよ。成り行き上、仕方なく、一緒に行動してただけ! 明日からはお互い敵同士なんだから」

 

 

 勇ましいことこの上ないが、しかし本当かどうかは怪しいものだ。いや、まあ、心意気は本物なんだろうけど。

 

 さっき俺へ向けていた殺意。あれを鑑みるに、魔術師としての内面は完成の域に達していると見ていいが、それでもまだ十代の子供である。仲のいいクラスメイトを殺すのに微塵も躊躇わない──なんて、そんな奴そうそういない。

 

 

「──で? ここまでの道中で軽い自己紹介は済ませたけど、結局まだ貴方の目的を聞いてなかった。それ、話してくれる?」

 

 

 照れたような少女の顔から一変。唐突に雰囲気をガラリと変え、トオサカが本題へと切り込んできた。

 

 

「エミヤは? 彼にも聞かせた方がいいんじゃないのか?」

 

「衛宮くんはいいわよ。彼、聖杯戦争に巻き込まれただけだから。

 話を戻しましょう。聖杯戦争に参加する気はないって貴方は言ったけど、それはあくまで貴方の方針であって、目的自体は聖杯戦争に関わりがあるのよね? だってそうじゃなきゃ魔術協会からわざわざ出向してくる理由がないもの」

 

「ご推察の通りだ」

 

 

 完治したとはいえ、未だ目を覚さないエミヤをセイバーに任せ、トオサカと二人で廊下──エンガワというのが正しいのだろうか──へ出る。

 

 キンと冷えた床板が指先をいじめてくる。庭がちょうど望める通りに立って、その場の空気に同調するように静かに口を開いた。

 

 

「……俺の目的はとあるマスターの身柄を押さえること。もっとも既に臨終済だが。君も魔術師なら分かるだろうが、魔術刻印の回収だな」

 

 

 その言葉にトオサカはカッと目を見開いたかと思うと、眉間にシワを寄せてこちらへ詰め寄ってきた。

 

 

「既に一人マスターが脱落してるですって!? それ、確かなの!?」

 

「協会枠の一人、バゼット・フラガ・マクレミッツ。数日前に彼女からの定時連絡が途絶えた。本人の性格的に協会を裏切ることはまずないし、生きていればどんな状況だろうと連絡は必ず寄越す。だから、まあ、"確からしい"と言えるだろう」

 

 

 急に距離を詰めてくるものだから少し驚いた。

 

 俺の言葉を受け、トオサカはスッと離れると口元に手をやってなにやら考え始める。

 

 

「……なるほど。それで手当たり次第マスターとサーヴァントに接触してるってワケね」

 

 

 こくりと頷いて返答する。正確には接触ではなく観察にとどめる気なのだが、今更説得力もない。

 

 聖杯戦争とは、七人のマスター、七人のサーヴァントがそれぞれ一組となって争う。初めは、だ。

 

 サーヴァントはマスターの魔力提供によってこの世に現界していられる。単独行動スキルを持つアーチャークラスならいざ知らず、他のサーヴァントたちは大体一日と経たず退去することとなる。

 

 つまりはマスターを殺せばサーヴァントも諸共くたばるのだが、実のところサーヴァントには再契約の目も残されている。

 

 反対にサーヴァントを先に失ったマスターや、二体分の魔力を融通できるほどの許容量の多いマスターなど、そういった人物と再契約を結ぶという手段だ。

 

 お行儀良く一組ずつ脱落していくわけではない。

 

 マクレミッツが倒されたのは変わらないものの、残されたサーヴァントがどうなっているのかは実は不明なのである。

 

 

「もし今いるサーヴァントが全部で七騎なら、そのバゼットってのが呼び出したヤツがその中にいることになるわね」

 

「ああ、そうだ。だからまずは全騎確認しておこうと思って──」

 

「その一番手がわたしたちってワケね」

 

「いや、二番手だ。アインツベルンが一番手だな」

 

「……手が早いことで」

 

 

 呆れたようにトオサカは肩をすくめる。

 

 

「でもこれで四騎は判明してるわね」

 

「ん? 三騎じゃないか?」

 

「わたしたち、イリヤスフィールの前に一回戦ってるのがいるの。ランサーのサーヴァントよ」

 

「手が早いことで」

 

 

 同じように呆れてみせると、トオサカはムッとしたような顔をしてこちらを睨んできた。少しおふざけが過ぎたか。

 

 

「悪い。……けど、これであとは三騎見つかれば手掛かりが掴めるな」

 

 

 セイバー。

 

 アーチャー。

 

 ランサー。

 

 バーサーカー。

 

 観測できたのはこの四騎。

 

 ライダー。

 

 キャスター。

 

 アサシン。

 

 残るはこの三騎。

 

 ライダーはともかくとして、他の二騎は性質上隠遁に長けていることが多い。好戦的なマスターでもない限り、足取りを追うのは難しいかもしれない。

 

 けれど、もしその二騎も発見できて、七騎全てサーヴァントとまみえたならば、マクレミッツへの糸口は掴んだもの同然となる。

 

 初日の夜でここまで把握できたのは僥倖(ぎょうこう)と言えるだろう。

 

 

「────……」

 

 

 一度だけ。

 

 たった一度だけ一緒に働いただけの先輩だったが、それでも、彼女の生き方は好ましいものだった。

 

 魔術師である以上死ぬことは仕方ない。その死を惜しみこそすれ、悲しむことはしない。

 

 ……しないが、せめて手厚く葬ってやりたい気持ちはある。冬だから大丈夫だと思うが、もしどこかに放置されているのなら腐敗することもある。彼女の最期の姿はせめて綺麗なものであってほしい。

 

 傲慢な想いかもしれないが。

 

 

 

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