アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか? 作:木彫りの心臓
エミヤとも話したかったのだが、残念ながら彼が起きる気配はなかったのでお
代わりと言ってはなんだが、トオサカも交えてセイバーとは少しだけ会話をした。結果として彼らはマクレミッツとは関わりがないことが分かった。トオサカはアーチャーをきちんと召喚して契約したし、エミヤとセイバーも同様ということだ。
もっとも、それ以上の情報はない。
俺は彼らの聖杯戦争に深く関わるつもりはないし、彼らとて俺の事情に深く関わる気はないのだから。彼らからしてみれば俺はどこかの陣営のスパイって線もないわけじゃないし。
そんなことで必要最低限の交流で終わったのだ。
「お! おかえりー」
「……ただいま」
ホテルに戻ると、そこにはピザを食べながらテレビを見ているカノンがいた。すっかり
「それで? なんか収穫あった?」
「あるにはあるが、君に共有する気はない」
「え、なんで!?」
「必要がないからだ。
カノンは微妙に納得できていないようで、むぅ、と頬を膨らませた。ついでに羽でバシバシ叩いてくる。
「わたし、道楽でクシロンについてきたワケじゃないからね? ちゃんとアイテールさんに任されたんだから。お荷物なんかじゃないわ……」
「…………」
なんでそう落ち込むのか。
危険なことに関わらなくていいんだから、喜びこそすれ落ち込むのは変だろう。
そもそもアイテールもアイテールだ。彼/彼女はカノンをどうしたい? 魔術師にでもしたいのか?
確かに彼女が元の生活に戻るためにはある程度の魔術を扱えるようにならなくてはいけない。しかしそれは必要なことだけでいい。義務教育と同じだ。普通に生きていくだけなら専門的な知識は必要ない。ましてや魔術など───。
カノンは、最終的には元の生活に戻る。ティンタジェルで彼女自身の家族と幸せに暮らすんだ。血生臭い魔術世界のことなんて忘れて。
まあ、これは俺のエゴだが。でもその方が善いのは明白だ。魔術師なんてならないならその方がいい。
まあ、この年頃の娘は移り気だ。なにか別の楽しいことでも見つければそっちに流れるだろう。昨今科学技術は目覚ましい成長を遂げ、娯楽の数も増えに増えた。古く閉塞的な魔術よりよっぽど世間は楽しい。
「……ほら、なんだ、せっかく異国の地に来たんだ。観光でもするかい? 昼間で、かつ人もそれなりに多い場所へなら外出は許可する。俺と同伴にはなるが」
「なにそれ。話そらさないでよ」
「ホテルで缶詰してる方がいいか?」
「………………行かないとは言ってないけど」
単純で助かる。
とはいえ、未だ空は暗闇に包まれている。日の出まではあと少しだが、日曜日だとしてもその時間から開いている店もないだろうから、出掛けるのはまだ先だが。
「じゃあ少し仮眠をとるといい」
「そうする。……言っとくけど、別に納得したわけじゃないからね!」
「はいはい」
トテトテと洗面所に向かい、歯を磨いて寝る準備をするカノン。まったく眠い素振りはないが、ここで寝ないと遊んでいる最中に眠気が襲ってくるからな。
正直俺も寝たいところだが、カノンと揃ってぐーすかするわけにはいかない。それはあまりにも無防備過ぎる。何より────。
閉め切ったカーテンを少し開ける。
「…………チッ」
ベランダにとまった一匹の蟲が目に入った。
普通なら暗くて見えないのだろうが『強化』された目にはハッキリとその姿が映っていた。もっとも、
今はたったの一匹。しかしこちらが隙を晒せばその数は千にも万にもなる。こんな頼りない結界など食い破ってくるだろう。
こんな蟲がいくら集まったところで脅威にはなり得ないが、それは俺一人だけの場合の話。日の出とともにカノンの力は減衰していく。自衛の出来なくなる彼女を放って一緒に眠りこけることは出来ない。
だからこうしてまた次の夜まで睨みを効かせ続けるしか出来ない。
「俺たちは聖杯戦争に関与しない──って言っても無駄なんだろうな」
数日くらいなら擬似的な半球睡眠を行うことで保たせられるが、それも限度があるし、日に日にパフォーマンスは落ちていく。
「……潰すか?」
いや、それは短絡的発想か。
人間の死体ひとつ見つけるだけの仕事だ。数日も経たずに終わる。終わらせる。
それに、戦闘になったとしても負けはしないが勝てもしないのだ。数千の蟲を蹴散らせはすれどもそこまで。大本を断つということができない。こういう手合いは非常に厄介だ。
……まあ、いい。
こうして俺が起きている間は何もしてこない。
監視されているというのは不愉快だが、そもそもここは外様の土地である。当然の扱いだと言われれば否定しようもない。
好きなだけ見張ってなよ。
◇◆
朝──は通り過ぎて昼になった。
仮眠のはずが結構がっつりカノンが寝てしまったためだ。まあ、子供は寝るものだし。とくに彼女は成長期だし。
朝食を食べに行こうと思ったのだが、もう昼食の時間も近いころだ。
いやしかし、捉えようによっては悪くない。ニホンは英国と違って
観光と食事は切っても切り離せない。異国では異国の食を。それが醍醐味だろう。これは持論だが、旅先でマクドナルドを食べる奴は感性が死んでいる。
「お昼ごはん、どこにしよっか?」
「まあ、君に任せるよ。好きなところにするといい」
場所は新都駅前。大型百貨店ヴェルデ。
一階から六階まで、さまざまな店が集まっており、飲食店に限っても20以上もある。ただ、大衆向けというか、あまり旅行客向けではないものが多い。ちょっと選択を誤ったかな、とも思った。
仕事とはいえせっかくニホンに来たんだし、スシとかテッパン焼きとか、そういうものがいいんだが……。非常に楽しそうなカノンを見るに、場所を変えようとはちょっと言い出せない雰囲気だ。
彼女はティンタジェルの外を知らない。ロンドンだってベールナルの内側、それも俺の家とアイテールの家だけが生活圏だ。
だから、このようなごく普通の百貨店だって新鮮に映るのだろう。宝石のような瞳がより一層輝いているように見える。これでは口を出せない。そいつは無粋ってものだ。
フロアを一周ぐるり。
エスカレーターで上と下を行ったり来たり。
熟考の末、カノンに選ばれたのは『トンカツ』だった。
豚肉のシュニッツェル、とでも言えばいいのだろうか。比較的粒の大きいパン粉をつけた豚肉を、フライパンではなく大量の油が入った鍋で揚げる料理だ。
食べ方も異なる。レモンではなく、塩やウスターソース、ダイコンオロシとショーユなど、色々な種類の調味料と一緒に食べるようだ。また、付け合わせもポテトではなくキャベツの千切り。ついでに米とミソスープも付いてくる。
こういうのをなんと形容すればいいのか。西洋風日本料理? 分からないが、まあ、遠くから伝わった料理が現地風にアレンジされて定着するというのは世界中どこでも見られる光景だ。つまり、これも立派なニホンの郷土料理と言っても過言ではない。
ほんのちょっぴり不安だったが、カノンも中々いいセンスをしている。
サク、という心地よい音がしたかと思うと、口いっぱいに豚肉の旨みが広がってくる。
塩で豚肉本来の味を引き立たせるも良し。ソースでスパイシーな香りを足しても良し。ダイコンオロシでさっぱり味わっても良し。と、食べ飽きない。
カノンの霊体化した翼も、トンカツを口に含むたびに荒ぶっているのが視てとれた。間違って実体化するなよ、なんて心配がよぎるほどに。
「──ふうぅ、お腹いっぱい! 美味しかったね!」
「満足したようで良かったよ」
あっという間に食べ終え、至極満足気なカノンと共に店を後にする。
「この後どうするの? 流石にご飯食べるだけで帰るよーってワケじゃないよね?」
「まあな。今日は街を一通り見て回る」
冬木市は
今日は新都の方を周る予定だ。
もっとも、カノンを連れている以上、人気のないところには行かない。どこに何があり、魔力の流れはどうなっているかをおおまかに掴む。ザックリ言ってしまえば全体的に俯瞰するイメージだ。
また、今回は土地が広大かつ徒歩での探索となるため、
とりあえずこのヴェルデを筆頭に駅前パークはまったく異常はない。
「これから向かうのは西のオフィス街だ。どうも先日ここでガス漏れ事故があったらしいが、正直言ってクサいと思う」
「…………」
「ん? なんだその目は?」
カノンはジトっとした目で無言で見つめてくる。これはなんか言いたい時の目だ。
「魔術師じゃないわたしには関係ないこと、なんじゃなかったの?」
「実際関係ないだろ。俺にとっては調査だが、君にとっては観光と変わらない。ガス漏れ事故があったことはこの街の一般市民たちも知るところだから前提条件として述べたに過ぎない。俺のスタンスに変更点はないが?」
「むぅー……!」
「……なにか役に立ちたいっていう君の気持ち自体はありがたいよ。だからその気持ちは否定しないし、ちゃんと受け取っておく。──ほら、行くよ」
カノンの手を取って──なんてことはしないが、気分的にはそんな感じで彼女を促す。彼女はフン、と鼻を鳴らして素直についてきた。
雑踏の中を歩く。
駅前から15分程度。
ビルの立ち並ぶオフィス街へ辿り着く。
昼休みの時間だからだろうか。道行く人々は多い。スーツ姿のサラリーマンがコンビニや飲食店へ吸い込まれていく。
その一角。誰も彼もがスルーしていくひとつのビルがある。黄色い警告テープに囲まれた三階建ての白いビル。件のガス漏れ事故の現場。
「───コイツはまたなんとも……」
そこだけ、荒れ果てた墓地かのよう───。
澱んだ空気。こびりついた魔力。薄く漂う腐ってカビたような刺激臭。
しかし、誰もその異常に気がつかない。
いや、これは
余談だが、魔眼への対抗策として作られるアミュレットは大きく分けて二つある。しかしシンボルは違えど、どちらも本質の部分は同じだ。ようは"目を逸らしたくなるもの"である。
ひとつは卑猥なもの。主に男性器を模ったものだ。男にしろ女にしろ、誰だって男根なんて見たくはない。
もうひとつは魔眼。そう、魔眼には魔眼が効くのだ。先に挙げたハムサや、ナザール・ボンジュウなど。あれらは魔眼を模ったものだ。
魔眼使いと目を合わせてはいけない。この常識は当然ながら魔眼使い自身も同様だ。ノウブルカラーともなれば話は別だが、大抵の魔眼は視た相手ではなく、魔眼を視た相手に対して効力を発揮する。
しかし、相手も魔眼使いであればどうだろう。目を合わせなければいけないが、目を合わせれば相手の魔眼の虜だ。結果として魔眼の力を封じざるを得ない。目を逸らすしかない。
───話が逸れたが、ここの空間にはそういう"目を逸らしたくなる"呪いがかかっている。もっとも、魔術師であれば看破できるほどのものだ。
これは術者が三流ってことじゃない。むしろ逆。主犯はかなり優秀な魔術師だ。一般人には決して暴かれず、しかし魔術師であるマスターたちには一目で分かるように。
ともすれば、こいつは
「ねえ、ここ入るの?」
と、立ち止まってビルを眺めていると、カノンがそう訊いてきた。
「いや、入らない。事が済んだ後だから大丈夫だとは思うけど、一応な。それに外から見るだけでも情報としては足りる」
「わたしは全然わかんないんだけど……」
「魔力の流れを読むのは結構難しい。"魔術使い"になって一ヶ月の君には無理だろうさ」
自衛のためにいつかは覚えてもらうつもりではあるが、"魔術師"としては邪道とも言える順番で教えているから、当分は先だな。
さて、このビルの魔力だが、深山町にある
あそこには確か
まず間違いなく、腕のいいマスターかキャスターがそこにはいる。或いは、山の中に密かに工房を作り隠れ潜んでいるか。俺は後者はないと睨んでいるが、実際は如何に。
今夜向かう候補地としておく。
「次にいこう」
ここで見るべきものは見た。
「……次って、今度はどのくらい歩くの? 別に苦じゃないけどさ、何もわからないまま歩くってのも中々しんどいものがあるのよね」
「それは……いや、ゴメン。確かにそいつは言っておくべきだった」
一瞬いつもの愚痴かと思ってスルーしようとしたが、あまりにももっともな言い分だったので素直に謝る。ペース配分だったり休憩だったりのこともあるが、精神的に分からないまま歩き続けるというのはつらいことだ。
「次に行くのは──すぐそこだ。というかもう目の前だな」
指をさす。
灰色のビル。こちらは黄色いテープはかかっていないものの、一階の出入り口には"立入禁止"と張り紙がしてある。
「こんなに近くで二件も!? やり過ぎじゃない? 魔術師は目立っちゃダメなんじゃなかったの?」
「対外的にはガス漏れ事故ってことになっている。少々不自然ではあるが、ここら一帯を受け持っている管理会社が杜撰な仕事をした──ってことで納得させられる話だ」
「えぇ……。うそぉ、まじぃ……?」
よほどの陰謀論者じゃなければ公式発表は信じるしかない。世の中そんなもんです。
訝しげなカノンに「マジだ」と現実ってものを教え、近づきながらビルの全体を視る。
……やはり魔力の流れは柳洞寺に向かっている。
ビルの目の前に立ってみれば、同じような刺激臭が微かに香った。
ともあれ、手口も同じとくれば同一犯で間違いないだろう。
「さて、次は──二つ先の交差点を曲がってすぐの場所だな。歩いて3分ってとこだ」
「いや本当にやり過ぎでしょ! そいつ!」
それはそう。
本当に見境いがない。
そういうところは現代の魔術師らしくないところがある。可能性としては時代についていけてない老人か、そもそも現代の魔術師ではない者───。
これはいよいよキャスター説が濃厚か。
被害はすでに数十人。魔力の
聖杯戦争───。つくづく恐ろしいものだ。