アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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六話/山門にて謁える

 

 

 

 マキリから逃げ帰ったホテルの一室にて。

 

 ギャアギャアうるさいカノンをベッドに放り投げて、俺は部屋の結界強化に着手する。

 

 マキリに掛けた魔術は夜明けまでは確実に、奴が気付くことがなければ丸一日くらい保つ。それまでにこのホテルの一室を要塞に仕上げなくてはならない。

 

 部屋の中央に"眼"を描き、聖言(じゅもん)を唱える。

 

 

「"──(しか)して門口(とばぐち)(たむろ)する多く、老若別け隔てなく打ち(めし)いらせたが為、彼らは扉を探すこと能わず"」

 

 

 魔術師の工房というのはどうしても目立つものだ。

 

 ある程度の距離まで近づけば気付かれてしまうもの。もっとも、その"ある程度の距離"がどのくらいかは個人による。見つける方もそうだが、工房の作り手の技量が試される。

 

 高度な魔術工房はそれこそ肉薄するまで感知させないだろう。かつ碌に魔術の研究もしていないハリボテであれば、という但し書きもつけ加えたら、だが。

 

 

Anfang(セット)

 

 

 これから俺が作るのはその類いである。

 

 幸いにもここで魔術の研究などしていない。ハリボテの魔術工房にはお(あつら)え向きだ。

 

 

Dreh dem "Nofekh" den Rücken(手向けるはグラナトの徴)

 

 

 部屋の隅に"印"を描き、そこに香油を垂らす。

 

 

Engel tanzen zur Sommersonnenwende(至点のメムネの名を示す)

 

 

 まずは結界自体の強度を上げる。

 

 この結界を張る作業自体がそれなりの規模の魔術のため、聖書からの引用で『不可視』の結界を一枚、先んじて外側に貼り付けておいた。

 

 

Gerüst aus Gopher, Oberflächlich Dom(仮想の骨組み、名もなき大聖堂)

 

 

 次いで、また別の香油を垂らす。

 

 一番外側に使った結界と変に反発しないよう、内部に作り上げる結界も同様の魔術基盤を使用する。違う魔術基盤をツギハギして発動する現代魔術──エスカルドスのような混沌魔術は俺には無理だ。

 

 

「───Ich bete(ここに界を結ぶ).」

 

 

 七つの印すべて、同様の処理を行う。

 

 これで七つの結界の(フチ)が複雑に絡み合う。

 

 ひとつひとつの結界の術式は同じだが、印を書くのに使用した宝石の種類は全てバラバラ。結界の解き方もバラバラだ。

 

 思うに、それは数式に似ている。

 

 例えば『x+y』の式。

 

 これが結界の術式だとしよう。そして七つの結界は『2+6』だったり『5^3+2^8』だったり、あるいは『√3i+√(-5)』だったりするワケだ。

 

 実際はもっと入り組んでいるが、イメージとしてはそんな感じ。そしてソレらがゆらゆらと動いて、他の術式と重なったり絡まったりする。解く方にしてみれば溜まったもんじゃない。

 

 冠位(グランド)色位(ブランド)であれば比較的容易に解くだろうが、並の魔術師ではまず苦戦する。俺に異変を察知されずにコッソリ侵入する、なんてのは不可能だ。

 

 正面突破も難しい。なんせ七層の結界だ。冬木の端っこに行った俺が察知して戻って来れるくらいの時間は稼げる。

 

 

「あとは──、"Aus den Augen, aus dem Sinn(見えざるものに関心は寄せられない)."」

 

 

 七つの結界に『不可視』の特性を付与する。と言っても、俺が扱う『無』とは少し違う。

 

 これはキャスターのサーヴァント(仮)がオフィス街で張っていた結界に近いものだ。他者の眼を逸らさせる、という邪視避けのアミュレットの応用とでもいえる代物。

 

 これでこの一室は、理論上は存在する"見つからない魔術工房"に限りなく近いものとなった。

 

 

「本当は俺の魔術刻印と同調させたいんだけど……」

 

 

 あいにくとそこまでの技量は持ち合わせていない。

 

 もし出来たのなら、マキリにやったような催眠を侵入者に掛け、知らぬうちに撃退するということも可能だったろうに。

 

 この身、我らが祖──偉大なるアインナッシュには未だ及ばず。

 

 

「ク……。───。ねえ、終わった?」

 

 

 ひどく不機嫌そうな声が背後からした。

 

 振り返ればむくれたカノンの姿があった。

 

 

「悪かったなカノン。君を危険に晒してしまった」

 

「それはいいよ、別に。私が怒ってるのは、ク……あんたが何も説明しないこと。あんたはいつもそう。何も説明しない、何も! まあ、今回はわたしが無理に着いてきたカタチだから強くは言わないけど……」

 

「……ん? ああ、そうか」

 

 

 カノンが俺の名前を呼ぶ時に限ってむにゃむにゃと濁すのが気になったが、思えば簡単なこと。

 

 

「クシロンだよ。クシロン・ヘルツ。俺としては別段忘れてしまっていても構わないが」

 

「───。そう、クシロン。()()()()()。あんたの名前はクシロン・ヘルツ!」

 

「悪いね、こりゃあ俺のミスだ」

 

 

 マキリに催眠を掛けたときに少しカノンにも掛かってしまったようだ。名前を忘れる程度の軽度ではあるが。あのときは蟲のすべてを止める必要があったので対象を精密に定めていなかった。きっとその為だろう。

 

 

「まあ、クシロンの魔術の仕業だってのは知ってたけど、なんかモヤモヤするじゃん。分からないってのは怖いことなんだから!」

 

「今回のは完全にこっちの不手際だから素直に謝らせてもらうけど……。一応忠告。分からないことは分からないままにしておいた方がいい。表の世界ならともかく、魔術世界(こっち)ではね」

 

「はあ? 意味わかんない! 知ってたらあんなに混乱しなかった。分かってたら対処できることも、分かんなかったら何もできないでしょ? これは魔術がどうこうの話じゃなくて一般論なんですけど!」

 

「異常こそが正常。伝承こそが常識。そんな世界で一般論を語るなという。世の中知らない方がいいこともある。俺があの爺さんにやったのもその類の、謂わば"禁忌(タブー)"というヤツさ」

 

 

 俺の身に刻まれたアインナッシュの魔術刻印(イデアブラッド)

 

 別に刻まれたからといって何があるわけでもない。なんの変哲もない魔術刻印だ。実際、調律師に見せても不思議がられることもなかった。

 

 が。

 

 ……これは勘だ。

 

 俺の直感。虫の報せ。第六感。研ぎ澄まされた勘覚が告げている。

 

 なんの確証もないが、確信している。

 

 コレは、多分──いや絶対、善くないものだ。

 

 カノンの前では出来るだけ使うのも話題にするのも控えたい。

 

 今回はやむを得ず使ってしまった。マキリとの戦いにおいて俺の勝率は六割が良いところ。しかしこれは俺の理性が場面から考察したもので、俺の『直感』はうっすらと敗北の色を匂わせてきていた。だから逃走した。

 

 

「何遍も同じことを言うが今回は全面的に俺が悪い。すまなかった。夕方になるまで街歩きに付き合わせたのは失敗だった。……けど、やっぱり話せないよ。説明なんて出来っこない。君は、魔術師じゃあないんだから」

 

「…………分かったわ」

 

 

 カノンはトボトボと寝室へと歩いていった。しょんぼりと翼が垂れ下がっている。

 

 しばらくして、ぼふん、とベッドに倒れ込む音が小さく聞こえた。不貞寝するらしい。

 

 ……ちょっと可哀想なことをしてしまったかな。もう少し寄り添ってあげても良かったかもしれない。

 

 俺の魔術刻印について詳しくは話せなくとも、「ティンタジェルからの帰路で俺が雑貨屋の店員にやったヤツに近いものだ」くらいは言えたんじゃないのか? 他にもマキリが襲ってきた本当の理由を話して、カノンのせいじゃないときちんとフォローするとか。今こうして結界を手厚くしている意味とか。とにかく色々と。

 

 

「神経質になり過ぎてるかもな、俺……」

 

 

 カノンという14歳の女の子。それも元一般人。

 

 そんな彼女を悪辣非道な魔術の世界からどうにか引き離そうとするあまり、少しばかり過保護になっていたのかもしれない。

 

 彼女の扱いについてアイテールに文句を言っていたが、むしろ彼/彼女の方がカノンを正しく導いていたのだろうか。

 

 

「…………はあ、やめやめ」

 

 

 思考を断ち切る。

 

 反省も後悔も後回しだ。いま俺がすべきことはなんだ? カノンとの関係性に悩んで、下らない恋煩いみたくクヨクヨしてることか?

 

 違うだろ。

 

 俺がすべきことはマクレミッツを回収することだ。そこはぶれちゃならない。ゴールを一度定めたのなら違えるな。余計なことなど考えるな。冷徹な機械のように、ただ真っ直ぐに事を為せ。

 

 

「──────」

 

 

 スイッチを切り替える。

 

 今夜の行動に脳のリソースを割く。

 

 目指すは深山町、円蔵山は柳洞寺。新都から精力を吸い上げる魔術師の住まう霊地。恐らくはキャスターのサーヴァントの居城。

 

 一旦、現在の聖杯戦争におけるマスターとサーヴァントの関係を洗い出しておこう。

 

 セイバー:確認済

 マスター:エミヤシロウ

 

 アーチャー:確認済

 マスター:トオサカリン

 

 ランサー:未確認だが、トオサカは確認済

 マスター:未確認

 

 ライダー:未確認

 マスター:未確認

 

 キャスター:未確認

 マスター:未確認

 

 アサシン:未確認

 マスター:未確認

 

 バーサーカー:確認済

 マスター:イリヤスフィール・フォン:アインツベルン

 

 まあ、なんとも……。未確認が多すぎる。一応ここにマキリ一族の誰かと、あと協会枠のマスター二人がどこかに当て嵌まるとは思うんだが……。

 

 マクレミッツと、あとは────。

 

 

「アトラム・ガリアスタ、か」

 

 

 中東の成り上がり。金と力にものをいわせて聖杯戦争の参加枠を手に入れたと聞く。

 

 あの好戦的な男が何もしていないということはないだろう。となると、今まさに暴れている柳洞寺のヤツは彼の仕業か? あまりイメージと合致しないが。

 

 もしくは早々に開戦の狼煙を上げたランサーあたりか? 正直優秀な三騎士クラスのサーヴァントは御三家が独占するものかと思っていたが、アインツベルンはバーサーカーを従えていたし、マキリも同様に四騎のいずれかを呼び出しているって線もある。

 

 まあ、ここらへんの考察は今はいいか。

 

 

「どっちにしろ、視れば分かることだ」

 

 

 ハイアットホテルを後にする。

 

 深夜というわけでもなく、けれど街はすでに大半が眠りに落ちている。駅前にはまだサラリーマンの姿が少なからず見られるが、オフィス街に通っている会社員の数からすれば雀の涙だ。

 

 彼らを尻目にタクシーに乗り込む。

 

 新都から深山町へ。夜の冬木市を車が走る。

 

 徐々に道路から人の影が消えていく。歩道を歩く人は当然ながら、並行車や対向車さえもいなくなる。

 

 薄暗い街灯と、タクシーのヘッドライト、窓から淡く透き通る蛍光灯だけが真っ黒なアスファルトを不確かに浮き上がらせる。会話もなく、エンジンの振動音と右左折の時のウィンカーくらいしか耳に入らない。

 

 冬木大橋を渡ったあたりからが特に顕著で、街はすっかり夜に沈みきっていた。

 

 山まで続く道をひたすらに走り続け、しばらく。

 

 ゆっくりとブレーキがかかり、運転手から「ご到着です」と声がかかった。

 

 

「どうも」

 

 

 料金を払い、タクシーが去っていくのを見送る。

 

 

「───さて」

 

 

 山門へと続く長い階段を見上げる。石で出来た階段はいかにも冷たく。参道は幽世(かくりよ)に続いているようにも見えて。

 

 鳥肌が立つような感覚が背筋を撫でる。

 

 コン、と一歩石段に足をかければ、新都や未遠川で感じた龍脈の奔流を確かに感じた。いや、確かにどころではない。これほどの霊地、果たしてイギリスにだってどれだけあるか。

 

 ニホンで二番目に優れた霊地、だったか。

 

 ふう、と息を吐き出し、ただ愚直に目の前の階段を登る。この先の柳洞寺に住まう者が抱き込んでいるであろう魔力量を努めて冷静に試算しながら。

 

 ──百を超える階段を半ばほどまで登った時、

 

 

「あ?」

 

 

 山門に佇む()()に気付いた。

 

 霊体化している。しかし、俺の眼にはハッキリと揺らめくソイツが映っていた。

 

 

「──その身、サーヴァントにあらず。マスターにもあらず。然してこのような夜分に参拝客が来るとも思えぬ。それに、どうにも私の姿が見えている様子……。いやさて、如何な用向きか、小僧」

 

 

 静かな声だった。

 

 同時、ソレが姿を現す。藍色のキモノに身を包んだ細身の男。しかし目を惹くのは男の手にした武器だ。

 

 不釣り合いなほどに長いカタナ───。

 

 男は山門を背にこちらへ向き合う。あまりに自然体。けれども一分の隙さえも見当たらない。バーサーカーやセイバーとはまた違う威圧感。

 

 彼らが獅子の類とすれば、この男は清流に()む魚のようだった。

 

 

「───サーヴァント……!」

 

「如何にも。(それがし)、アサシンのクラスにて現界せしサーヴァント、佐々木小次郎」

 

「なっ!?」

 

 

 その返答に驚く。クラスだけに留まらず、己が真名をこうも簡単に明かすとは……!

 

 (ブラフ)かとも考えたが、俺の直感がすぐさまそれを否定する。それが尚のこと驚きであり、同時に名状し難い不気味さを醸し出していた。

 

 いや、しかし、それはともかくとして、名乗られたのだ。いかに英霊の影法師、使い魔とはいえ名乗り返さなければ信条に悖る。

 

 

「……魔術師、アインナッシュ・クシロン・ヘルツ」

 

「ほう、名を名乗るとは。魔術師にも立ち合いの折の礼儀というものはあるのだな。──して、そうして名乗るだけということは、()()()()()()()()()()()()?」

 

「柳洞寺にキャスターがいるんだろう? そしてアナタは───」

 

「ご推察の通り。私はここの門番よ。悪いがあの女狐めのところへ通すわけにはいかん。もし行きたいのであれば───押し通れ」

 

 

 男がカタナを構える。

 

 と言っても、さほど変わった点はない。自然体はそのままに。僅かに足を開き、カタナの切先がこちらを向いたに過ぎない。それだけ。

 

 それだけだというのに、

 

【 】

 

 こうも、死神の気配を近く感じるとは。

 

 

「……ひとつ、聞きたいことがある」

 

 

 息を吐き出し、一歩、階段を上がる。

 

 

「私に答えられることであれば」

 

 

 魚は動かず。敵が間合いへ入るまでじっと動かず。

 

 俺を見据えたまま言葉を返す。

 

 

「バゼット・フラガ・マクレミッツという名に心当たりはないか。俺の探し人なんだ」

 

「生憎と知らぬ名だ。推し量るに、マスターの一人といったところか」

 

「そうだ。キャスターと、そのマスターはどうだ? 見たところ、協力関係なんだろう? アナタたちは」

 

「それは愚問というもの。知りたければ私を倒し、キャスターに直接聞くがいい」

 

 

 カツン────。

 

 あと一歩。

 

 あと一歩、あと一段で、間合いだ。

 

 

「すうぅ───ふうぅ…………」

 

 

 息を吸って、吐く。

 

 眼前の剣士を睨みつける。

 

 

Meine Idee(星を廻せ)───」

 

 

 全身に『強化』を廻す。

 

 その時、異常に気付いた。大源(マナ)の吸収率が低い。加えて魔術のキレが悪い。

 

 自然霊以外を弾く法術結界には気付いていたが……。キャスターか、彼らのマスターたちか。いや、この精度はキャスターか。魔女め、対魔術の結界も別に張ってやがった。

 

 魔術を使うまで少しも分からなかった。恐ろしく高度な結界術式。

 

 

「…………」

 

 

 どうする? 引くか? まだアサシンの間合いではない。今ならまだ間に合う。

 

 揺れた目のまま、アサシンを見る。

 

 変わらず、一人の人間のようにそこに男は居る。

 

 

「────」

 

 

 いや、それは、その選択は、あり得ないだろ!

 

 俺は腑海林(アインナッシュ)を打ち倒さんとする魔術師だ。多少大源(マナ)が使えないのがなんだ。魔術のキレがなんだ。いかに英霊、いかにサーヴァントとはいえ、俺と同じちっぽけなヒトガタ。そんなのに怯えて逃げるヤツがどうしてあの死徒を討てる?

 

 俺に騎士道精神などない。もちろんブシドー精神も。それでも、ここで逃げるのは違うと理解した。

 

 アサシンに対して失礼だとか、そういうことではない。

 

 これは、俺の誇りの問題だ。

 

 マキリに敗走したのが効いているのか。実のところ、我が事ながらそこまでは分からない。あの時は直感に従った。僅かでも選択を間違えれば敗北するだろう、という勘覚の前に逃走を選んだ。

 

 今回もそうだ。

 

 直感は色濃く死を謳っている。

 

 コンマ数パーセントの勝ち筋を手繰り寄せることが出来なければ───……。

 

 だが、幸いにもこの場にカノンはいない。仮に死ぬにしても俺一人だ。ならば……。

 

 

「来るか───!」

 

 

 一歩。

 

 最後の境界を踏み越える。

 

 アサシンの間合いに入る。俺の間合いに入る。

 

 一閃。神速の刃が振るわれる。左肩から右腰へ向けて流れるように俺の身を切り裂かんと疾る長刀。

 

 

「────ふっ!」

 

 

 それを『無』の刃を以てハジく。

 

 正面から受けるのは危険と判断し、受け流すようにして。左から入ってきた刃は滑るように真下へと軌道を変えた。

 

 

「ム────」

 

 

 アサシンから声が洩れる。予想外だったか。そりゃそうか。視えない剣なんてな。

 

 その隙に脚に魔力を込めて肉薄する。

 

 しようとする。

 

 が、アサシンはカタナを素早くひるがえして斬り上げてきた。このまま突っ込めばアサシンに一撃入れられるだろうが、俺の身体の上と下が別れることになる。

 

 そんなことは御免被る。なんで、脚の力を一気に抜き、倒れるようにしてそれを回避する。

 

【 】

 

 追撃はすぐさま行われるだろう。

 

 片手で体重を支え、海老のように身体を丸めて重心を安定させる。ダンスを踊るみたいにくるりと脚を回して石段に着地。案の定、ほんの刹那の間に俺がいた場所をカタナの軌道がなぞっていた。

 

 

「───いや、お見事。女狐の類型であればその首既に落ちていようが、魔術師も十人十色というわけか」

 

 

 アサシンは飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さない。

 

 それも当然か。彼は先ほどから一歩しか動いていない。初撃の一振りを除き、彼は重心を移動させているだけ。

 

 対して俺は全身を大きく動かしている。もちろん必要最低限の動きを心掛けているが、アサシンの太刀筋はそうでもしなければ避けられない絶妙な位置と角度をなぞってくる。

 

 たった数秒、わずか三回の斬撃。

 

 それだけで、こちらの額には汗が滲んでいる。

 

 

「しかし……いやはや、何とも面妖な術だ。こうして()()と分かっても尚信じ難い。見えない剣──或は盾か、将又(はたまた)鎧か。そのようなものが存在するとは。私よりもお前の方がよほどアサシンらしく見える」

 

「……そいつはどうも」

 

「では───続きと()こう。夜半の冬、これだけで幕引きとするには惜しい」

 

 

 アサシンが中段に構える。

 

 瞬きひとつ許されない緊張感が襲ってくる。

 

 さっきの攻撃で痛いくらいに理解したが、彼の振るうカタナは速すぎる。回避や防御は視てから動いて間に合うかは五分。どうしたって『直感』に頼る部分が多過ぎる。

 

 アレだって万能の力というわけではない。頼り過ぎればしっぺ返しを喰らうことだってある。その場合、対価は己の命だというのだから笑えない。

 

 だから、出来るだけ素の能力だけでここを切り抜ける。

 

 さあ、集中しろ。

 

 運ゲーで死なない為にも、五感を研ぎ澄ませ。

 

 すべての攻撃を捌ききり、15メートル先の山門を潜り抜ける。そうだな、一風変わったシューティングゲーム……まあ、超高速シキガミノシロとでも思えばいい。

 

 

「いざ────!」

 

 

 月明かりを反射して。

 

 青く光る刃が振るわれる。

 

 

 

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