アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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二話/2月16日へ向けて

 

 

 

 来週にはもう年が明けるという頃だった。

 

 氷点下とはいかずともコートの手放せない季節。とはいえ、教室は偉大なる電気の力で動く全館暖房(セントラルヒーティング)のおかげで快適だった。

 

 俺の本所属のとこだと、暖房も照明も何もかも魔術でまかなっているが、この現代魔術科(ノーリッジ)のスラーにそんな設備があるはずもなく──そもそもあっても維持できるだけの資金もなく。

 

 しかし俺としてはこちらの方が好きだったりする。

 

 魔術でできるのだからそっちの方が手っ取り早い、というのもわかるのだが、やはり効率的な面を考えると現代機器に軍配があがる。……少なくとも俺はそういう考えだ。

 

 まあ、結果だけを見て過程を見ていない愚か者、という見方もできるが。

 

 そんな物思いにふけりながら、視線を教壇へと戻す。

 

 黒く長い髪の男性が教鞭を振るう。約一ヶ月前の怪我はとっくに完治しているようだ。いままでの彼を知らないのでなんとも言えないが──いつも通りのロード・エルメロイⅡ世だ。

 

 今日は共感魔術のアレコレを教えているらしい。

 

 対象と、対象に関係あるものを照応させる。大きくは感染魔術と類感魔術に分けられる。

 

 代表的なもので言えば、ニッポンの藁人形とかだろうか。対象を模したもの、あるいは対象の一部を含んだもの──この場合だと藁人形──を害することで、対象を同じように害することができる、というものだ。

 

 魔術としては基礎も基礎。こんなものは普通なら全体基礎科(ミスティール)で入学後三日目くらいで教わる内容だ。事実、俺にとっては既知のものだった。

 

 が、内容としては現代魔術科(こちら)の方が優れていると断言しよう。

 

 とにかく分かりやすい。一から十まできちんと説明してくれる。質問があれば丁寧に回答し、合間には実際に運用されている例など挙げ、教わっているものの輪郭をハッキリさせている。

 

 他の学科の講義ではこうはいかない。アレは(ふる)い落とすためのものだ。

 

 一とは言わずとも四や五を聞いて十を理解するくらいでなければ、彼らにとって教える価値もない存在ということなのだろう。

 

 その考えをまったく理解できないかというとそうではないが、仮にも"講師"を名乗る以上は相応に振る舞っていただきたいものである。

 

 その点、ロード・エルメロイⅡ世は"講師"として優秀と言える。もっとも──"魔術師"としても優秀かどうかは知らないが。

 

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 

 遠くの方で鐘が鳴った。と同時に、この学術棟に備え付けてある鐘も音を奏でた。

 

 

「────では、本日はここまで」

 

 

 ほぼ共鳴(ユニゾン)の鐘の音が終わり、その後にロード・エルメロイⅡ世は講堂の講師席から静かに授業の終了を告げた。

 

 生徒たちもその一言を皮切りに思い思いの行動を開始する。

 

 例えば、我先にと教室を後にする者や、反対に講師へ授業内容を個人的に聞きに行く者などだ。前者は比較的聴講生に多い。かくいう俺もその一人だ。

 

 はじめこそグレイに声をかけたりしようと思っていたし、実際に行動したのだが────。どうも、彼女には厄介な"騎士様"がついておいでだった。

 

 まあ、本命は二月中旬まで待つつもりなので、今のところは諦めて大人しくしている。エルメロイ教室の空気感というものを知る機会でもある。『(ケン)』に回っているわけだ。

 

 

「あれ! 今日もすぐ帰っちゃうんだ? 内弟子ちゃんのことはもういいの?」

 

 

 ほかの聴講生がするように、さっさと帰り支度を整えていたところ、一等明るい声に呼び止められた。

 

 関わるのも面倒なので本音をいえば無視したいが、声をかけられた以上は返事をしなくてはならない。一応、人として。

 

 

「あいにくと、彼女には興味半分で声をかけただけで、君が想像するようなアレやコレはないよ」

 

「そうなの? てっきりクシロンはグレイちゃんに惚れちゃったのかと……。あの子すっごくカワイイし!」

 

「君と違って俺の脳内はピンク色じゃないんだよ」

 

「えー、失礼しちゃう! あたしは頭だけじゃなくて全身ピンクなんだけど!」

 

「…………」

 

 

 彼女の頭の先端からつま先までを順繰りに見つめる。

 

 染められたピンク色の髪によって彼女の頭の内と外は見事に一致している。服装も、ロリータ調なのは変わらないが、今日はパステルピンクで統一されている。厚底のブーツすらも艶々のピンクだ。

 

 たしかに今日の彼女はいつにも増してピンク一色であった。

 

 

「そんなに見つめられても困っちゃうなあ。あたしには先生がいるから、クシロンの想いには応えられないよ!」

 

「本当にムカつくやつだな。……で? なんの用? 君が俺に話しかけてくるなんてさ。明日は(あられ)かな」

 

 

 イヴェット・L・レーマン。鉱石科(キシュア)の所属だが、最近このエルメロイ教室にも通い始めたらしい。しかも正式な生徒として。

 

 そういえばコイツも魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)に乗車していたな。最初の──飢餓期を迎えていない腑海林(アインナッシュ)の仔との戦いではそれなりの活躍をしていた……気がする。

 

 が、それくらいは誰でも──本当に誰でもという訳ではなく、ある程度腕のある魔術師であれば──出来ることだ。

 

 通常のノウブルカラーと同質の魔眼をいくつも扱えるというのは確かに魅力的だ。しかしながらそれは俺の求める"力"の方向性ではない。

 

 故に、俺としては彼女に用などこれっぽっちもない。今までも。これからも。

 

 そして、それは彼女も同じことだろう。

 

 俺も『魔眼』を持ってはいるが、残念ながらランクのつくような上等な代物ではない。そして俺の扱う魔術も、彼女の──レーマン家の魔術とは少しも交わらない分野である。

 

 だから、こうして雑談混じりとはいえ俺に話しかけてきたのは少し驚いている。

 

 

「んー、別に大したことじゃないんだけどね。ちょっとしたお願いごとなんだけど、いいかな?」

 

「そりゃあ内容によるだろ」

 

「んっふふ! まー、そうだよね! てことでこの後ヒマだったりする? (ウチ)こない? ここだとちょっと……ね?」

 

「……分かった。いいよ、別に。どうせやることもないし」

 

「やった! それじゃあ、レッツゴー!」

 

 

 相変わらずテンションが高い。一時期はこのテンションに乗っかってみたこともあるが、普通に頭がおかしくなりそうだったのでやめた。

 

 まあ、魔術師は躁鬱(そううつ)どっちかに振り切れてるやつも珍しくはないが。だからといってソレに付き合うこともないのだ。それに、気分とは楽しいことがあって自然と上がるものだ。

 

 鼻歌混じりのイヴェットの後ろをついていく。

 

 

「……」

 

「──ん?」

 

 

 講堂を出るとき、ふと視線を感じてそちらを見た。ほんの一瞬だけ、グラシュエートと目が合ったような気がした。

 

 

 

 ◇◆

 

 

 

 スラーを出て、しばらく歩いたところにあるバス停でバスに乗り込む。

 

 イヴェットの服装は少しばかり視線を集めたが、言ってしまえばそれだけ。問題が起きることもなく無事目的地までバスは辿り着いた。

 

 バス停からまた少しだけ歩く。

 

 柑橘系の爽やかな匂いと、シナモンのような甘い匂いが交互に香るたび、周囲の人影は減っていった。その最後に、ぐわんと頭が揺らされるような感覚が一回あって、それで完全に魔術師たちの領地へ切り替わった。

 

 鉱石科(キシュア)の学術都市。

 

 石造りの街並み。建造物はどれも古臭く、けれど苔のひとつもない綺麗なものばかりだった。貴族街、という言葉がよぎる。それほどまでに(おごそ)かな雰囲気だった。

 

 流石は元貴族主義派閥(バルトメロイ派)の学術都市。

 

 通りから見えるいくつもの学術棟に学生寮(カレッジ)、彼らが使用する商業施設にいたるまで。非常に安っぽい台詞だが、高級感が漂っている、という言葉を送らせてもらおう。

 

 使われている石材、木材、どれも一級品だ。壁に彫られたレリーフ、壁龕(へきがん)を彩る彫像。豪奢な装飾なれど、それぞれが確かな魔術的意味を持つもので構成されていた。

 

 第二科(ウチ)も大概だが、ここも想像以上に凄いな。

 

 イヴェットの後ろを付いていきながらも、お上りさんみたいにチラチラとそこかしこに視線を飛ばす。

 

 鉱石科(キシュア)とはトンと縁がなかった。レーマン家のようなそこに所属する家との関わりこそあったものの、そのものとは不思議と触れてこなかった。

 

 

「──さ、付いたよ!」

 

 

 とある学生寮(カレッジ)の前でイヴェットは立ち止まり、こちらに振り向いて言った。

 

 

「"(ウチ)"って、実家じゃなくて学生寮(コッチ)の方か」

 

「そりゃそうでしょ! 何時間掛かると思ってるの? と言うか今から向かおうにも飛行機とれないんですけどー!」

 

「ロンドンにも別邸くらいあるだろ。……そっちだと思ったんだよ」

 

 

 軽口を叩きながらも、どうぞと案内されて学生寮(カレッジ)に入り、そしてイヴェットの部屋へ入った。

 

 部屋は意外と普通だった。

 

 彼女のことだから、それこそ少女趣味全開のファンシーな部屋かと思っていた。確かにそういうものもあったが、それはベッドの周辺だけに留まり、机の上などはいかにも魔術師らしい品が揃っていた。

 

 

「で? あそこでは話せない話ってなに? 言っとくけど、単純な白兵戦ならともかく他のことだとあんま役に立たないよ、俺は」

 

「クシロンの唯一の長所の活躍は今回ありませ──いや、ちょっとはあるかも? でも殆どありませーん!」

 

 

 なんだコイツ。

 

 

「そう睨まない睨まない。一応あたしらのお家に関係することなんだから、ちゃんと聞いてよね!」

 

「君がちゃんと話す分にはちゃんと聞くって」

 

「うーんとね、アインツベルンのことだよ」

 

「──!」

 

 

 昼間でも薄暗い巨大な森と、高く(そび)え立つ山脈。その最奥に佇む白亜の城。純白にして純血のホムンクルスが住まう古き魔術工房。──アインツベルン。

 

 決してご近所さんという訳ではないが、俺のヘルツ家もイヴェットのレーマン家も同じバーデン=ヴュルテンベルク州の南西部に居を構えている。密な交流こそないものの、勝手知ったる相手ではある。

 

 聖杯戦争のこともあり、彼女の口にしたその名前に些かばかり過剰に反応してしまった。

 

 すぐになんでもない風を装って返答する。

 

 

「……アインツベルンがどうかしたのか?」

 

「んー、あくまで噂レベルのことなんだけどね。アインツベルン──閉館するんじゃないかって」

 

「それは、魔術師をやめるってこと?」

 

「端的に言うとそうね。たしかに、資材搬入のために森から降りてくるホムンクルスを見かけたって話が、ここ一ヶ月くらいないの。まだ全然"噂"の域を出ないけど、結構信憑性はあると思う」

 

「…………」

 

 

 もしかして、今回の聖杯戦争に全賭け(フルベット)したのか?

 

 これでダメならこの先もダメだろうと、そう結論したのか。つまりそれは、アインツベルンのホムンクルスたちが──ひいてはあのユーブスタクハイトが"諦めた"ということだ。

 

 今回使われる個体が、アインツベルンの到達点。

 

 この先は、もう無理です。不可能です──と。

 

 

「そうか────」

 

 

 不思議と言葉が続かなかった。

 

 とくに彼らに思い入れはない。だって交流なんてなかった。ただ同じ国の、同じ地方の、同じ魔術師であったというだけ。

 

 だというのに、しんみりと心に沁みるものがあった。

 

 何故そう思うのか。残念なことに、今の俺には理解できそうもなかった。きっとそれがわかるのは、彼らの工房が本当に閉まってしまったときだろう。

 

 

「驚きだよねー。でも感傷に浸るだけってのは許されないわけ。もし本当にアインツベルンが閉館するとしたら、それを掠め取ろうとする輩が大勢出てくる。近隣のあたしたちの家も無関係じゃいられない」

 

「……そうだな。シュバルツバルトの一等地。誰しもが欲しがる有数の霊地だ。植物科(ユミナ)の連中はとくに、だな」

 

「それに錬金術に通ずる人たちもね。時計塔に限らずフリーランスの魔術師たちにとっても、アインツベルンのホムンクルス製造の技術は喉から手が出るほど欲しいものだもの」

 

 

 なるほど。こりゃ確かに教室で話すわけにはいかないな。

 

 スラーでの講義とはいえ今回は聴講生も大勢いた。それにエルメロイ教室の生徒たちとて自分の家が第一だ。レーマン家周辺の事情をことさらに語ることはできない。

 

 これは戦いだ。防衛戦であり、同時に争奪戦だ。

 

 アインツベルンという近く配膳されてくるパイをどう切り分けるかという戦い。

 

 

「正直なところ、実害が出ないなら他家に渡ってもいいと俺は思う」

 

「それはレーマン家も同じ。シュマンドールとかムジークとか、そこらへんのちゃんとした人たちなら別にいいんだけど……」

 

「プラハの奴ら──そうじゃなくても下手な連中はゴメンだな」

 

 

 とはいえ、こうした奴らがアインツベルン工房閉館などというニュースを知ることが出来るのかという疑問はあるが。

 

 真っ先に嗅ぎつけてくるとしたらやはり植物科(ユミナ)だろうか。

 

 シュバルツバルトはサバト、ないし黒ミサの聖地だ。それに童話のヘンゼルとグレーテルの舞台ともされている。魔女学を専攻する彼ら彼女らは欲しがるだろう。

 

 次点で、イヴェットの言うとおり錬金術を修める家系の魔術師たち。

 

 アインツベルンの知識は彼らにとって値千金。ホムンクルスの血の一滴は同量の金にも等しい。

 

 まあ、どちらにしても面倒ごとは避けられない。

 

 

「アインツベルンが閉館するとしたらやっぱり聖杯戦争のあとよね。遅くとも二月中には決着がつくはず。そしたら──すぐにあたしたちも動く」

 

「他の連中が動くよりも先にアインツベルンを手中に収める、か」

 

「そう! 要らないものは売っちゃえばいいし、それなら売る相手はあたしたちが決められるんだし。ちょうど良いでしょ?」

 

 

 火事場泥棒というか。ほとんど強盗に近いが──。

 

 まあ、魔術師とはそんなものだ。これでもエーデルフェルトよりはマシな部類である。主目的はつゆ払いなのだから。だからイヴェットの多少の損得勘定くらいは許容できる。

 

 

「いいよ。やろうか。……てか、俺の唯一の長所の出番はないんじゃなかったのか? 話を聞く限りバリバリありそうだけど」

 

「理想は戦闘にならないことだからね。イヴェットちゃんは荒事は苦手なのだー! だけど、理想通りに事が運ぶことの方が少ない世の中ですから? いざと言うときの為に戦力は欲しいのよね」

 

「了解した。……ぜひコキ使ってくれ」

 

「うんうん! 期待してるよ、クシロンくん?」

 

 

 決行は聖杯戦争終結後。

 

 奇しくもグレイやロード・エルメロイⅡ世への本格的な接触をするあたりか。この"陣地取り"に彼らを巻き込むのは流石に忍びないし、そちらは後回しにすることとする。

 

 元からそこまで急ぐことでもない。対して、こちらは緊急性がある。天秤をどちらに傾けるべきかは明白だ。

 

 時間がある時は今年のベストセラーにも選ばれた話術の本を読んでいたが、これからは純粋な鍛錬に費やした方が良さそうだ。より実践形式のものが望ましい。

 

 護身術の授業──はちょっと違うか。たまにバケモンもいるが、あれは言葉通り"護身の術"を学ぶ場に過ぎない。

 

 となると、ちょっと探してみるか。

 

 

 

 

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