アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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十一話/月夜に翼を広げて

 

 

 

 マジで口が痛い。口内はさほどでもないが唇が本当に痛い。火がついているかのようだ。

 

 深山町を抜け、冬木大橋を渡りきり、新都へと戻ってきた───。だというのに、いまだカプサイシンによる傷は癒えない。

 

 

「クシロン、大丈夫?」

 

「別に。これくらいの痛みならどうってことないよ」

 

「治せたりしないの?」

 

「できるけど、そんなことにリソース割くのもったいないでしょ。我慢できる範囲なら我慢するさ」

 

 

 カノンのように潤沢な魔力を俺は持ち合わせていない。口の中がヒリヒリする、程度の問題で『治癒』の魔術なんて使ってられない。

 

 もちろん平時なら話は別だ。さっさと治す。

 

 所詮使うのは大源(マナ)。火付に使う小源(オド)はごく少量。いつもなら何も考えずに治している。

 

 けれど今は"いつも"ではない。まず土地が違う。ドイツでもイギリスでもなく、ましてやヨーロッパですらない。そして状況も違う。聖杯戦争という魔術儀式の真っ只中にいるのだ。

 

 無闇な消耗は避けたい。

 

 

「そういえば、神父さんから教えてもらった……えっと双子館だっけ。このまま向かうわけ?」

 

「まさか。このまま行ったら帰る頃にはすっかり夜だろ。君はホテルでお留守番だよ」

 

「やっぱりかー」

 

「───」

 

 

 一瞬、視界が少しブレた。

 

 一瞬、胸が少しザワついた。

 

 

「……?」

 

 

 なんだろう、今のは……。『直感』に似ていて、けれどあまりにも確度が低い。真実を浮き彫りにし、時には未来すらも測定するモノにしてはあまりにも程度が低い。

 

 カノンの方を見てみれば、そこにはのほほんとしたいつも通りの顔がある。

 

 彼女が何かを企んでいるとかだろうか。俺に積極的に迷惑をかけることを是とするほど悪辣ではないと思うが……。

 

 それよりは、俺たちのいるホテルに誰か襲撃しにくるかもしれない予兆を感じとったと言われた方がまだ納得がいく。あるとすればマキリか。今回に限っていえばコトミネもあり得るか。

 

 カノンとの邂逅(かいこう)───。それが引き金になった可能性を考慮する。聖堂教会に属している時点で中々の狂人であることは理解できる。俺の知り合いの神父も結構クレイジーだからな。一目で彼女の本質を見抜いたってことになるが、なくもない話だ。

 

 しかし、これらすべては仮定に仮定を重ねた話。

 

 視界が僅かにブレたこと。胸が微かにザワついたこと。現実的に考えて、俺の身体の不調を『直感』だと勘違いしただけというのが一番あり得る。

 

 うーん。今までの感覚的に大丈夫だとは思うんだけどなぁ。完治こそしていないが激しい戦闘に耐えられるくらいにはしてある。そりゃあ攻撃を食らえばもう一回ポキンと折れるだろうけど、それは当たらなければいいだけの話であって───。

 

 

「…………」

 

 

 少しだけ考えて。

 

 結局、まあいいか、という結論に達した。

 

 どちらにせよ、現時点で致命的な見落としは発生しないだろうから。

 

 もし俺の傷が俺の考えているよりも重いものだったとして、それなら『直感』はトオサカやコトミネとの邂逅の際に反応してもいい筈だ。万全の状態であればあの二人に遅れを取らない自信がある。けれど俺の性能が落ちている時ならば負けることも大いにあり得るからだ。

 

 そういうわけで気にしないことにした。

 

 朝起きた時に首が痛かったり、伸びをしたらバキバキって骨が鳴ったり、歩いている時に筋が強張ったり。そういう、とくに不調はないけれど、ごく稀にある出来事と同じだと思うことにした。

 

 正確には。

 

 ()()()()()、そう考えた方が善いような()()()()

 

 かちゃりと眼鏡を外す音がした。

 

 

 

  ◆◇

 

 

 

 意外にも、整備が行き届いているな。

 

 それが感想だった。

 

 新都の中心から大きく外れた森の麓。冬木教会からそう遠くない場所にその建物はあった。森の縁をなぞるように歩けばそう時間も掛からずに辿り着く。

 

 まあ、しかしそれは今はいい。今のところ教会に用はない。

 

 

「……────」

 

 

 眼前に佇む洋館を見上げる。

 

 石造りの古い建築様式。南側の壁にはびっしりとツタが絡みついている。庭にも雑草が生い茂っているが、それでいて荒れ放題って感じでもない。定期的に人の手が入っているのだろう。

 

 元はエーデルフェルトの持ち物だったもので、今は魔術協会が管理しているとコトミネ神父は言っていた。

 

 実際、人避けの結界が軽く張られていた。魔術を介さない、とても簡易的なものではあったけれど。

 

 玄関の扉に手をかける。

 

 鍵は掛かっていないようで、ガチャリと鈍い音を立てて扉は開かれた。

 

 

「電気は……まあ、そりゃそうか」

 

 

 中は真っ暗だった。

 

 電灯のスイッチがないか探したが、外見通りの古い建物のようで電気そのものが通っていないようだった。そうだろうなとは思っていたので慌てることもない。これくらいなら視力を『強化』すれば問題ない。

 

 内装は外側と同じように古い。魔術師の拠点なのだから別に不思議には思わないが、それでも普段見るものよりもう一回り古く感じる。

 

 百年以上は昔に建てられたらしいから、その時でも十分古い物を揃えた結果ということなのだろう。

 

 玄関から真っ直ぐ伸びる廊下を進む。

 

 埃はうっすらと床に積もっていて、一ヶ月以上は人の出入りが無いように見えた。マクレミッツが拠点として使っていたならば、彼女が通っていたであろう道は比較的綺麗な筈だが……。家の端っことかならともかく、ここは家の出入り口とそこへ繋がる唯一の廊下。ここまで埃が積もっているのは妙だ。

 

 まさか、神父に嘘をつかれたのか?

 

 と、一瞬考えが浮かんだものの、すぐにそれを否定する。

 

 俺の前で嘘はつけない。彼だってそれを知ったからこそ、面倒ごとを避けるために正直に話してくれたのだ。

 

 本当にここをマクレミッツは拠点としていて、本当にここの二階に死体が転がっているはず───。

 

 彼の言葉を信じて二階へ登る。

 

 ギイギイと、一歩踏みしめる度に階段は鳴き声をあげた。今の俺を俯瞰して見たらホラー映画でよく見る絵そのものだ。何処かしらから物音がするのがお約束だが……。

 

 洋館は静まり返ったままだ。

 

 当然と云えば当然。ここは魔術協会が管理しているのだ。ポルターガイストなど起ころうはずもない。降霊科(ユリフィス)の連中に限らず、幽霊──残留思念の類いは魔術師にとって扱いやすい素材そのものだ。ここ数日に自然発生したのでなければとっくに狩り尽くされている。

 

 半ば作業のように、東から順に部屋を調べていく。

 

 エーデルフェルト家のことはよく知らない。だから時々流れてくる噂──大抵は悪評だ──くらいしか彼らに対する知識がない。ただ、数部屋調べただけなのだが、ひとつ分かったことがある。

 

 

「金かけすぎだろ……」

 

 

 壁龕(へきがん)の装飾に、ヴィンテージの家具。オリエンタルな絨毯。オブジェのひとつに至るまで。

 

 館と共に置いていかれ、長い年月によって汚れてしまったとはいえ、その豪華絢爛さには舌を巻く。かつてはさぞ目に優しくない部屋たちだったのだろう。

 

 いや成金貴族は違うね、まったく。

 

 別に聖職者ってわけじゃないが、もう少し清貧ってものを学んだ方がいいと思う。

 

 と、洋館の東側はそんなかんじで特に収穫はなかった。百年前からエーデルフェルトは変わらないんだなって認識させられただけである。

 

 踵を返して西側へ向かう。

 

 相変わらず豪奢な廊下を進む。フローリングの軋む音。外は風でも吹いているのか、時折ガタガタと窓が揺れている。

 

 西側も、そのほとんどは東側と同じで何も収穫はなかった。

 

 ───階段を上がった先、その手前から三番目の部屋以外は。

 

 

「……!」

 

 

 ドアノブに手をかけた瞬間。

 

【 】

 

 ゾクリと脈打った。

 

 不完全な映像(ヴィジョン)────

 

 雑音(ノイズ)だらけの声────

 

 心臓を槍で穿たれるダレカの────

 

 あまりにも曖昧で、あまりにも鮮烈な未来を直視する。お前の死地はここだと宣告されたような、そんな気分だ。

 

 ……だが、それがどうした。

 

 死ぬというのならとっくの昔に死んでいる。眼球の魔術回路を開いた時に。星の降る夜に(ソラ)を覗いた時に。()()()の視界で世界を視た時に。

 

 魔術師はいつだって死と隣り合わせだ。そういう生き物だ。"これからお前が学ぶことは、お前の人生は、全て無意味である"と、そう知って尚走っているのだ。

 

 

「…………」

 

 

 さあ、ドアノブを回せ。

 

 扉を開けろ。

 

 そこに、お前の死神が立っていようとも。

 

 

「───よお。はじめましてだな、ボウズ」

 

 

 ガチャリと、扉を開いた先には一人の男がいた。

 

 青い戦闘服に身を包み、その手には対照的な真紅の槍が握られていた。猟犬の如き鋭い眼光は、暗闇の中にあって尚爛々と輝いている。

 

 ただ立っているだけだというのに隙らしい隙も見当たらない。加えてこの圧力。五感全てが彼の正体を訴えてくる。まず間違いなく、彼は───。

 

 

「ランサーのサーヴァント───!」

 

「いかにも」

 

 

 狭い室内。本来、長物を用いた戦いには適さない場所である。しかし、その常識が目の前の男にとってもそうなのかは疑問だ。

 

 その証拠に、ほら───。

 

 ランサーはくるりと槍を一回しする。絨毯といっしょにフローリングが切り裂かれる。僅かな抵抗もなく、熱したナイフでバターを切るみたいに簡単に。

 

 

「生憎だが、()()()にバゼットはいねぇぞ?」

 

「なるほど、双子館……。もうひとつあるのか」

 

「ご名答。もっとも、テメェがそこに行くことはないんだが」

 

「……そうかい。それはマスターの意向か? だとしたら、その割には礼儀正しいな。暗殺じゃなくて真っ向勝負かよ」

 

()り方までは、指定されてないんでな」

 

 

 それは意地のようなものに感じられた。

 

 弱者を痛ぶる趣味があるようには見えない。高潔な英霊なのだろう。

 

 とはいえ、それが俺にとってプラスに働くとは限らない。こちらを侮ってくれた方がやりやすい。俺の魔術は謂わば初見殺しの技。油断したヤツから死んでいく。

 

 だが、見てみろ、ランサーの目を。

 

 俺の全身を俯瞰して見ている。一挙手一投足を見逃さんと観察眼を働かせている。俺を"敵"として認識し、相対している。

 

 油断など一切ない。

 

 

「さあ───いくぜ? 覚悟はいいか、ボウズ」

 

「……来い」

 

 

【 】

 

 神速の突き。

 

 喉元目掛けて飛んできた槍の穂先をすんでのところで躱す。流れるように繰り出される横薙ぎ。膝を抜いてそれも避ける。

 

 

Anfang(セット)───」

 

 

 魔術回路を励起させると同時、全身に『強化』を回して突っ込む。

 

 長物に対しては距離を詰めるのが正道。たとえ狭い室内で好き勝手に振り回せる常識外の業物だとしても、このセオリーまでは切り崩せない。

 

 もっとも、その理屈が成立する距離にまでランサーに肉薄出来るかどうかは、また別の話だが。

 

 

「────」

 

 

 ランサーが後ろに跳ぶ。流石の身体能力だ。『強化』してもこちらが下とは。

 

 槍の間合いだ。

 

 またしても突きが繰り出される。

 

 

Meine Idee(星を廻せ)!」

 

「──なに!?」

 

 

 物質化した『無』がその穂先を逸らす。床を簡単に切り裂くその切れ味を考慮して、刃の腹の部分を押すようして受け流す。

 

 無色透明。硝子よりも透き通ったそれは、やはりランサーにも見えなかったらしい。端正な顔が驚愕によって歪む。

 

 生まれた刹那の隙。ここを突かない手はない。

 

 

「───Schneiden(斬刑)!」

 

 

 不可視の刃を振るう。狙うは(くび)

 

 いかにサーヴァントといえど、首と胴が離れれば絶命する。懸念すべきはランサーの持つスキル──三騎士には標準(デフォルト)で付いている『対魔力』のスキルだ。

 

 当然ながらサーヴァントとの戦闘経験などこの聖杯戦争以前にはない。境界記録帯(ゴーストライナー)なんて机上の空論だったんだからな。

 

 だから俺が知っているのは、魔術師ならば誰もが保有する『抗魔力』程度。護符(アミュレット)なんかで低ランクの『対魔力』を再現することも出来るそうだが、今まで殺してきたヤツの中にそれを使う者はいなかった。

 

 ランサーの保有する『対魔力』のランクは知らないが、少なくとも一工程(シングルアクション)一小節(シングルカウント)の魔術は無効化するだろう。

 

 では、この『無』はどうか。

 

 これはすでに物質化されて、確かにそこに()()ものだ。一小節(シングルカウント)で産み出したモノだが、すでに存在は確立されている。

 

 果たして、これはランサーのスキルを以て打ち消されるものなのか。

 

 

「……チィ!」

 

 

 残念なことにそれを確かめることは出来なかった。

 

 それは刃がランサーの頸に触れようとした時のこと。彼は憎々しげに舌打ちをしたのだ。

 

 瞬間、バチィと何かが弾けるような音がして、ランサーは大きく後退した。というより跳んだ。かと思えば、そのまま窓を突き破って外へ出ていってしまった。

 

 壊れた窓から見下ろせば、枯れ草の中で風と共に佇むランサーの姿がある。

 

 

「……仕切り直しってか」

 

 

 おそらくだが、アレも何かのスキルだったのだろう。正規のマスターであれば分かったりするかもだが、完全部外者である俺には正確に読み取ることは出来なかった。

 

 けれど、わざわざそのスキルを使ったということは、すでに物質化された不可視の刃を魔力に戻す力は『対魔力』にない可能性が高い。少なくとも、彼の持つランクでは。

 

 これは収穫だな。

 

 

「やるな。侮っていたつもりはないが、今のは驚かされたぜ」

 

「騙し討ちに近しい魔術だと思うが。褒められるとは意外だな」

 

「お前が戦士であれば"この卑怯者"と罵っていただろうさ。武器を隠して戦うなんてな」

 

 

 嫌なことでも思い出したのか、ランサーは僅かに眉を顰めた。

 

 そうか。確かランサーはセイバーと戦っているんだったな。セイバーは〈約束された勝利の剣(エクスカリバー)〉をなんらかの方法で見えなくして戦っている。あまりにも有名すぎる故、真名がすぐに露呈してしまうからだ。

 

 ランサーは、戦士であるなら己が武器を隠すべきではないと思っているのだろう。

 

 

「だがまあ───テメェは戦士じゃなくて魔術師だからな。小細工を弄するのは当然のことだ。別に咎めやしねぇよ」

 

「それ、ある意味ではナメてない?」

 

「役割が違うって言ってんだよ」

 

 

 ランサーがしゃがみ込む。どこからどう見てもこちらへ突っ込んでくる予備動作。

 

 分かっていた。

 

 見ていたし視ていた。これからの彼の行動が完璧に想像できていた。それに合わせるつもりだった。

 

 分かっていた。

 

 タイツのようにぴったり肌にくっついている戦闘服。脚の筋肉の動きは手に取るように理解していた。収縮のタイミングは完全に把握していた。

 

 分かっていた──────のに。

 

 

「はやっ」

 

 

 思わず洩れ出た声。

 

 気がつけば眼前には青い人影があって、緋色の槍が俺の心臓の間近に迫っていた。

 

 魔術なんて使う時間もなくて、咄嗟に手で防ごうとしたけれど、槍の穂先は何でもないみたいに俺の手を貫いていく。

 

 

「ぐっ……ぅあああああ!!!」

 

 

 手の防御は無意味だった。

 

 けれど、無意味なまま終わらせるわけにはいかない。このままでは心臓までグサリだ。

 

 ぐい、と腕を突き出す。ランサーの槍の刀身は俺の腕の長さよりは短い。穂の部分までは手を貫通させ、柄の部分で押し留める。

 

 

「ッ───テメェ!」

 

Erschießungen(撃ち殺せ)!」

 

 

 形成していた刃を細かく砕き、弾丸として再構築する。さながらショットガンだ。至近距離からぶっ放してやるよ、ランサー!

 

 

「──おっと。そうきたか、(わり)ぃな」

 

「は?」

 

 

 突然、ランサーの体から暴風が吹き荒れる。いかに指向性を持たせようと、質量の小さい『無』とあってはそのほとんどが吹き飛ばされてしまった。

 

 かなりの至近距離だったためか。ところどころランサーに刺さっているものはあれど、総量を思えば一割にも届かない数でしかない。

 

 

「生まれつきでな。飛び道具の類いは通じねぇんだ。もっとも、こんだけ近けりゃ多少は貰うがよ」

 

「……ああ、切る手札をミスったか」

 

「今のでテメェの魔術にも検討がついた。剣でも作ってぶっ刺してこられたら、オレも危なかったかもな?」

 

「そうかよ。つくづく自分の運の無さに呆れるよ」

 

「オレも運はいい方じゃねぇが……ま、今回ばかりは同情するぜ。数ある手札から一番の悪手を出しちまったんだからな」

 

「…………」

 

 

 息を整える最中、チラリと自身の左手に視線を走らせる。

 

 だらだらと流れ続ける血。手首あたりから第三指間腔までがぱっくりイカレている。こりゃ流石に医者に掛からないと使い物にならないな。

 

 

「戦闘中によそ見かよ?」

 

 

 彼から目を離したのはほんの僅かな時間だけだが、ランサーは当たり前のようにその隙を咎めてくる。

 

 

「自分の怪我の具合を診るのはよそ見じゃないだろ」

 

 

 散らばった『無』を再集結させ、刀身の腹を叩いて攻撃を弾く。

 

 一合。二合。三合───。

 

 打ち合うというよりぶつかり合うといった風だが、ランサーの槍と俺の不可視の刃との攻防が続く。

 

 絨毯はボロ布同然に。床や壁、天井にすら切り傷が無数に刻まれていく。

 

 

「チッ、ガキのくせに随分と戦上手じゃねぇか。のらりくらりと、アサシンの野郎と()ってるみたいだぜ」

 

「身に余る評価をどうも。自慢じゃないが、生き汚なさには定評のある家の出身でね」

 

 

 時折、槍だけでなくランサーの蹴りや拳が飛んでくる。こちらは『強化』した俺の肉体でなんとか捌く。身体能力差はあるものの、防御だけならなんとかなる。

 

 狙うはカウンター。

 

 アサシンと違い、こちらにはまだ俺の攻撃を割り込むチャンスがある。

 

 もっとも、アサシンよりランサーの方が戦いやすい、なんてことはないのが嫌なところだ。

 

 なんというか、速さの種類が違うのだ。

 

 アサシンは0から100への切り替わりが優れていた。構えていたはずのカタナが気付けば首元まで迫っている。静と動が完全に独立していたが故の速さ。

 

 ランサーはその逆。瞬間的な速度こそアサシンが勝っているが、継続的な速度はランサーが明確に勝っている。トップスピードを維持したまま戦い続ける。F1カーの如し、回転し続けるが故の速さ。

 

 『強化』をサブの魔術回路で回しながら、『無』を取り出すのとその『変化』をメインで回す。眼球の僅かな回路でさえ『治癒』に回して、もう手一杯だ。

 

 端的にいって、あまりにも消耗が激しい!

 

 このままではすぐにガス欠になってしまう!

 

 あの『燕返し』が無ければアサシンとは数時間戦えるが、ランサー相手だと宝具無しでも一時間保たないぞ、これは!

 

 

「……くそ」

 

 

 奥歯を噛み締める。

 

 起死回生の一手を心臓の高鳴りが告げるが、ランサーがマキリのように六節もの詠唱を待ってくれるとはとてもじゃないが思えない。

 

 かと言ってこのままでは犬死にするのがオチだ。

 

 やるしかない。

 

 都合6秒の大博打───ッ!

 

 

「────Es ist ein Wort(耳をすまして)

 

「"主よ、憐れみ賜え"」

 

 

 

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