アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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十六話/四夜の予兆

 

 

 

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない。

 まだ、私は…………!

 

 ───じゃあ、(わたし)が助けてあげましょう。

 

 

 

  ◆◇

 

 

 

 新都のホテルへと戻ってきた。

 帰り道にサーヴァントや他の魔術師に襲われることもなく、また彼らに出会うこともなく、無事に帰ってくることができた。

 

 遠くでもあれだけ聞こえていたサイレンの音はすっかり消え失せており、ざわめきが波打っていた道々には静寂が戻っていた。時折、ブゥンと寂しげなエンジン音とすれ違うのが精々だったのだから。

 

 俺の担ぐ血塗れの女にギョッとするフロントマン。とりあえず彼には見たことを忘れてもらうこととして。すれ違いざまに一工程(シングルアクション)の魔術によって『暗示』に掛ける。

 

 ことのほか、滑らかに術式が構築された。

 魔術のキレが違ったとでも言おうか。地元(ドイツ)にいるみたいに綺麗に無駄なく魔力を運用できた。理由は多分、短期間に二度も魔術刻印の励起を行なった影響か。

 

 ───でもその割には……。

 

 エレベーターの中で考える。

 体調は問題ない。治癒能力は復元能力への変質を見せておらず、湧き上がる衝動も存在していない。特になにが変わったという感覚はない。

 

 背後には全身が映るほどの鏡がある。振り向いて自分を視ればなにか分かるだろうか。

 ……なんて、そもそも入る時に見ている。

 例えるならそれは、植物の張る"根"だ。見かけの上では心臓へ、本質的な意味では魂へ、這い寄るように食い込んでくる"根"だ。

 

 けれど、それだけ。本質を捉えているわけではない。奇天烈な魔術刻印についての理解は進んでいない。馴染んでいない。

 

 いまだ原理は定着せず。

 

 

「…………」

 

 

 チン、とベルが鳴る。

 25階。俺たちの部屋のある階層でエレベーターは停まった。開かれた扉の先に人はいない。

 

 ほっと一息。

 

 誰かがいたとして、フロントマン同様問題ではないものの、簡単な魔術とはいえ一般人にホイホイ使うものでもない。

 

 魔術は便利な道具だが、かといって便利な道具だと割り切って使うにはあまりに重い。とても単純な術式とはいえ、八百年の妄執がカタチとなったのがこの『暗示』の魔術なのだ。いや、始祖アインナッシュの生きた年月を考慮すればおそらくもっと───。

 

 俺自身に付随する『無』であれば出し惜しみすることもないのだが。

 

 己のあり方を思考しながら、常人より遥かに遅い鼓動を奏でる女を背負って自分たちの部屋まで歩く。本来なら、彼女を治療する手立てを考えるべきなのだろうが、まだ傷の程度も見ていない以上、どうしたって頭に浮かぶのは自分のことだ。

 

 パチリ。

 部屋の明かりをつける。仄暗い部屋を蛍光灯の光が塗り替える。そのまま寝室に直行。マクレミッツをベッドに寝かせた。

 

 

「さて」

 

 

 ベッドの上で眠るマクレミッツを視る。見つけた時もそうだったが、やはり胸が上下に動いてはいない。つまるところ呼吸をしていない。

 

 それでなんで生きてるんだって話だが、しかしタネは単純。フラガの魔術刻印によるものだ。歴史の浅いモノならいざ知らず、それなりに年数を重ねた家の魔術刻印は宿主を生かす機能が付いている。

 

 もちろん、そのあり方は様々だ。単に治癒魔術をかけるだけのやつ。破損した部分を補強するやつ。血液を生成し続けるやつ。俺のみたいに、致命傷だけをどうにかするやつ───など、色々。

 

 推し量るにフラガの魔術刻印は、宿主に必要なモノを周囲の大源(マナ)から作り出す、といった具合か。

 それが血液だったり、酸素だったり、人間が生きる上で最低限必要な栄養素であったり。流石に腕一本を作り出せる程ではないようだが、それでもこうして生かし続けることができている。

 

 まあ、一応それ以外にも、おそらく簡単な治癒くらいは組み込まれているのだろうが、この重症では焼け石に水といった具合だろう。

 結果、仮死状態というのが現状である。

 

 

「……とりあえず、綺麗にするところからかな。カノン、悪いがお湯を用意してきてくれないか? それとタオルも」

 

「分かった。ちなみにどのくらいの温度のお湯?」

 

「あー、50度から60度くらいかな。ま、それくらいがベストってだけだから、そんな気にしなくてもいいけど」

 

「りょーかい! 用意してくる」

 

 

 生きている以上、新陳代謝は行っているわけで。

 そうなると汚れはするわけで。

 

 まあ、垢とかそれ以前に血や埃で汚れているから、治療の前に綺麗にしとく必要はあるんだけど。というかそれが主ではある。どこが傷痕かもわからないと治しようがない。

 このままでもちゃんと視えることには視えるが、情報量は少ない方がやり易いのだ。

 

 マクレミッツの着ているスーツを脱がせる。

 嫁入り前の乙女を半裸にするのは気が引けるけれどこれも治療のためだ。許してほしい。というか、全部ひん剥くわけじゃなくて下着はつけたままなんだから全然許せる方だろう。

 

 幸いにも、存在するのは肩口の傷のみであった。下着の左肩紐は切らせてもらうがそれ以上は必要ない。彼女の尊厳は守られた。

 

 

「傷が変なところになくて良かったよ、ホント」

 

 

 なお、この「良かった」はあくまで俺の心理的な話でもあるが、同時にマクレミッツの容態についての話でもある。

 

 言ったように傷は肩口のみである。血を大量に失ったこと、それと痛みのショックか。どちらにせよ仮死状態の原因はそう複雑ではない。俺だけでもなんとかできる。少なくとも外傷は。

 

 唯一懸念点があるとすれば、それは彼女が人間であるってところだ。いや、違うか。人間以前に、生命であるってところか。

 

 これが機械であれば、壊れた部品(パーツ)を直せば元に戻る。直せなくとも、新しい部品(パーツ)にすれば取り敢えず動くようにはなるだろう。

 しかし、生命はそうはいかない。

 脳が壊れたらおしまいだ。いまの化学技術では脳死の患者を治すことは出来ない。いや、もし仮に、寸分違わぬ出来の脳を用意できるだけの技術力があったとしても、決して回帰しないだろう。

 

 彼女の鼓動はゆっくりだ。刻印が酸素を生成しているとはいえ、十分な量が送れているかは疑問だ。

 

 魔術刻印は術者を生かす。

 でもそれは"次"へ繋げるためだ。

 

 男であれば精巣としての機能が。

 女であれば胎盤としての機能が。

 それらが正常に動作してくれるなら、それでいい。

 

 つまるところ、マクレミッツの脳が死んでいたのなら、俺に出来ることは何もない。

 

 まあ、頭を開いて脳を直接視れば何か解るかもしれないが、外科知識のない俺がやったら、それが彼女の死因となるだろう。あるいは、宙におわす()()()の眼をもう一度借りるか、だが───。

 

 

「そこまでやるほどじゃないんだよなぁ……」

 

 

 義理はある。世話になった恩もある。

 

 けれど、こちらの正気度を削ってまでやることでもない。彼女が俺の恋人だったりしたら話は別だが、あいにくとそんな関係でもない。

 

 

「お湯持ってきたよ──って、服脱がしてる!」

 

「いや、そりゃ脱がせるでしょ。なんの為のお湯とタオルだよ」

 

「え、いや、その……分かってるってば! ちょっとビックリしただけだし!」

 

「そ。ならいいけど。じゃあ俺はこれからマクレミッツの治療に取り掛かるから、君は休んでていいよ。それとも、心配なら君が彼女の体を拭くかい?」

 

「う、うーん。別にクシロンを信用してないわけじゃないんだけどぉ……」

 

 

 そう言いながらも、カノンの視線は俺とマクレミッツを行き来している。女の子らしい情緒である。知らないうちに異性に体を触れられる女性の気持ちを慮っているらしい。

 

 まあ、一応、俺だって思春期の男子である。人並みに性欲だってある。時と場所を弁えることが出来るだけで。そういう意味では、彼女の懸念も間違ってはいない。

 

 

「わかった。君がやりなよ。汗とか垢とか、全身汚れているだろうから、しっかり綺麗にしてあげな。ああ、でも肩の傷付近のところはやらないでいいよ。今は血も止まってるけど下手に触れて再出血してもイヤだからね」

 

「……なんかゴメン」

 

「別に」

 

 

 実際マクレミッツも俺よりカノンの方がいいだろう。見知った男と見知らぬ女。まあ、女性からしてみれば後者の方が気分は良さそうだ。あくまで想像に過ぎないが。

 

 俺としても手間が減る分には構わない。むしろ歓迎する。……これで変なことをして仕事を増やしたら怒るけど。

 

 

「じゃ、終わったら呼んで?」

 

 

 そう言って寝室を後にする。

 

 特にすることもないので、結界のメンテナンスをすることにした。無音というのも寂しいのでラジオ代わりのテレビをつけて。

 

 宝石の状態を確認し、劣化しているようなら新しいのと取り換える。侵入しようと試みる者自体がいなかったからか、殆どが正常であり、そう時間は掛からなかった。

 

 テレビは冬木駅での事件一色だ。

 どうやらイタリアのテロ組織が声明を発表したらしい。聞いたこともない名前だったし、十中八九存在しない組織なんだろう。もしくは聖堂教会(バチカン)のお抱えか。

 

 時計塔(ウチ)の法政局も大概だけど、向こうも向こうで仕事が早い。

 

 まあ、それもそうか。

 昨今はデジタル機器の発展も著しい。早めの隠蔽を心掛けなければあっという間に拡散されてしまう。ここ数年で世界は様変わりしてしまった。時代に適応しなければうっかり神秘を漏洩してしまいかねない。先のダヴェナント卿の事件がいい例である。

 

 ほどなくして───。

 

 

「クシロン、終わったよ」

 

 

 ガチャリと寝室の扉が開いて、そこからカノンがひょいと顔を出して報告してきた。

 

 ああ、と返事をして寝室へ入る。

 彼女の着ていた鳶色のスーツとシャツは綺麗に畳まれてベッドの横に置かれていた。代わりに少し大きめのスウェットパンツを穿かされて、上半身には左肩以外を隠すようにタオルが被さっていた。

 

 それと、砂埃や脂汗、血液の類いはすっかり拭い取られていて、綺麗な生きた人間の肌がそこにはあった。もっとも、病人のような顔色ではあるが。

 

 

「クシロンの使ってない服、勝手に使わせてもらったけどいいよね?」

 

「スウェット? もちろん構わないよ。肩の治療が済んだら上も着せてやってくれ」

 

 

 マクレミッツの横に近づいて、改めて傷を診る。

 

 刃物で斬られたってのじゃないな。引きちぎられた、というのも少し違うか。どっちつかず……いや、折半か。あの神父の趣味というか、歩法や佇まいからして、多分"手刀"か?

 

 化膿はしていない。壊死の兆候もなし。適切に処置されたみたいに綺麗な傷口だ。これなら俺の『治癒』でも十分だな。

 

 少なくとも、傷だけは。

 

 

「えっと、マクレミッツさん……だっけ? どう、治せそう?」

 

「外見上は完治させられるよ。あ、いや、腕を生やすとかは無理だから外見上でもないか……。とりあえず医者に係るのと同じくらいには治せるかな」

 

「その割には渋い顔ね」

 

「ちょっとね……。まあ、やれることはやるさ」

 

 

 とは言ったものの、俺が対処できるのは傷だけだ。大量出血が原因で頭に酸素が行ってなくて脳機能に障害が、とかだと俺にはどうしようもない。いや俺以外でも無理かも。

 

 脳の機能はブラックボックスだ。科学だけじゃなく魔術でも解き明かせていない人体の神秘である。最悪ずっと寝たきりってことも……。かの冠位(グランド)の魔術師であれば話は別かもだが、あいにくと俺はその人じゃないし、その人に伝手もない。

 

 

「……ふぅ。────よし」

 

 

 もう一度、彼女をよく診る/視る。

 

 皮膚。筋肉。神経。骨。

 また、それらを構成する細胞にいたるまで。

 

 などと───。

 実際には少し違う。細胞レベルまで観察できるほど高性能な(レンズ)は持っていない。これは『知覚』しているだけ。実際には見ていないけど理解できている、というか……。

 

 ピカソのキュビズム、という例えが一番わかりやすいかもしれない。

 

 人間は正面から何かを見たとき、それの背中側を見ることはできない。まあ、当たり前のことだけど。

 

 でも俺には視える。というかわかる。複数の画角から見たものを一枚のキャンバスに描くように、俺には複数の視点からの情報をひとつの視点から得ることができる。ロード・ソロネアには『十一次元識』と評された眼だ。

 

 だから、言ってしまえば、俺は外見だけで中身を理解できるのだ。より正確に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 もっとも、想像するほど便利な代物ではない。文字に起こせばこの通りというだけで、実際のところ文字通りとはいかない。

 

 高次元の視覚は人間には過ぎたものだ。

 (シキ)は捉えられても(シキ)にまで至らないことはままある。それに(シキ)にまでいっても俺自身がその事実に耐えられるかは分からない。世界を正常なものとするヴェールを剥ぎ取り、その先の真実を識ったとして、その狂気に打ち勝てるのか。……世の中、知らない方がいいこともあるのだから。

 

 いまでも思い出す。

 ()()()の眼に映った己のみにくいスガタを───。

 

 閑話休題。

 今の状況で大事なのは、目を凝らせばマクレミッツの傷の具合も割と正確にわかるってことだ。

 

 皮膚、正常───。

 筋肉、正常───。

 神経、正常───。

 骨、正常───。

 

 あ。

 

 

「魔術回路……異常────」

 

 

 なんだ、これは……?

 

 通常の魔術回路ではない。

 マクレミッツの本来の魔術回路は正常ではあるのだが、傷口から仮想の魔術回路が伸びている。

 

 俺の扱う『無』に近いものだ。見えず、触れず、俺の眼でもうっすらとしか知覚できないナニカ。多分、俺以外にこれが視えるヤツはいない。

 

 その仮想の魔術回路は、まるでそこにまだ腕があるかのように伸びている。血管のように、神経のように、腕のカタチをとっていた。

 

 そしてその先。

 腕の先、すなわち手。

 その手があるであろう場所。

 

 絡み合うようにして、それは紋様を描いていた。

 

 

「これは……()()、か?」

 

 

 聖杯戦争のマスターの証。そしてサーヴァントへの絶対命令権でもある。

 

 しかし、何故それが未だにあるのか。コトミネにサーヴァントごと奪われたのでないのか。それともまだランサーとのパスが繋がっているのか。

 ……考えても分からない。

 分かるのはきっと令呪を作ったマキリだけだ。

 

 

「……もう一段階、深く視るか」

 

 

 魔力の流れを見る。経路(パス)を見る。

 だが、これは中々に難しい。大気中を流れるマナと混線してしまうからだ。絶妙な『強化』を要求される。見え過ぎてもダメだし、見えな過ぎてもダメだ。

 

 

「──────」

 

 

 か細い魔力の線を伝っていく。

 

 視界の情報量を適切に処理(カット)ながら、渦を巻く大源(マナ)の海を進む。マクレミッツの令呪──のような紋様から伸びる魔力の線を、俺の小源(オド)を纏わせることで見失わないようにして。

 

 ジワリと頬を汗が伝う。

 存在しない彼女の手に重ねた俺の手が痙攣する。

 

 実際の時間はそうではないが、体感では長い時間が経っているように思えた。水の中に潜っている時間のように、長く思えた。

 

 

「……ッ、ぷはっ───はぁ、はぁ……」

 

 

 ───()()()

 

 

「…………………おい」

 

 

 視えたから、言葉が出た。

 

 

「おい、おいおいおいおい!!」

 

 

 脊椎を引っこ抜かれて代わりに氷を突っ込まれたような気分だ。あるいは、火山の火口に突然投げ出されたような。

 

 

「正気か!? 御三家のヤツらは、監督役は承知してるのか!?」

 

 

 経路(パス)の繋がる先は円蔵山。

 その地下にある大空洞。

 即ち、大聖杯。

 

 そのナカで胎動する─────悪。

 

 

「マクレミッツのヤツも……分かってるのか……?」

 

「……えっと、クシロン?」

 

 

 狼狽する俺を不審を思ったのか、カノンが呼びかけてくる。けれど、それに反応できるほどの余裕が今の俺にはなかった。

 

 十年前の冬木の大災害。街を火の海に沈めた、あれの原因も、コイツか……!

 

 何をどうしてこんなのが聖杯に混ざっているのか、それは分からない。アインツベルンが造ったその時から在ったのか。途中から誰かが捩じ込んだのか。あるいは、人の願いを叶えるという性質上、悪性(そちら)に寄るのが必定だったのか。

 

 

「…………どうする……」

 

 

 それは誰への問いか。

 

 ───どうする。

 

 それは己への問いか。

 

 ───どうする。

 

 何かを為すのか。それとも目を背けるか。

 

 マクレミッツは回収した。魔術刻印は無事だし、フラガの至上礼装も確保した。俺の任務はこれで終わりだ。ここままロンドンへ帰ってもなにも問題はない。

 

 そうだ。何も問題はない。

 

 でも──────。

 

 

「───俺は、どうする?」

 

 

 世の中、知らない方がいいこともある。

 世界が終わる日なんてその最たるものだ。どうせ滅びるのなら、すべてを知った上でより、何も知らない愚者として無邪気に世界を呪って死ぬ方が幸せだ。

 

 

「クシロン───!」

 

 

 一等大きな声がして、一瞬頭の中で考えていたアレコレが吹っ飛んだ。

 

 向けば、そこには不安そうに顔を歪めた『天使』の姿があった。

 何も知らない──わけじゃないが、俺としては何も知らないままでいて欲しいと願った少女。何かの間違いで不相応な力を与えられてしまった一般人。

 

 

「顔色悪いよ、クシロン。……どうしたの?」

 

「……いや、なんでもない」

 

「……ねえ、なんでもなくは、ないよね」

 

「本当になんでもないよ。少なくとも君には関係のない話だ。これは、俺たち魔術師の問題なんだ」

 

「だから! なんでもなくないっ!!」

 

 

 甲高い叫び声が耳に突き刺さる。

 

 驚きで、祈りの言葉をぶつけられた吸血鬼みたいに身体が硬直する。カノンは結構感情を表に出すタイプだけれど、ここまで激情を露わにするとは。

 

 いや、割と最初からその性質()はあったか。

 

 

「一緒に双子館行ったじゃん! 夜に一緒に外出したじゃん! わたしを、ただ守られるだけの女の子としてじゃない目で見てくれたじゃん! なのに! なのになんで、またそうやって危険から遠ざけようとするの!?」

 

「いや、あれは俺にも非があったから折れただけで……」

 

「じゃあ今回も折れてよ!」

 

 

 カノンの目が潤いを帯びる。目尻に水滴が膨らむ。

 それを見て、ズキリと、少し胸が痛んだ。

 

 しばらく睨み合いが続いて、少女が口を開いた。

 

 

「……Lux sit(光あれ)

 

「!」

 

 

 少女の魔力が蠢く。『天使』としてでない。それならば詠唱など必要とせず、ただ権能を振るうだけでいい。ならば、その一節の言葉の意味は───。

 

 

「わたしはカノン・トレベナス。魔術師アイテールの一番弟子。それを、いまからあんたに教えてあげる」

 

 

 カノンの魔術回路が唸りを上げる。

 まるで、魔術師のように。

 

 

 

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