アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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十七話/喧嘩

 

 

 

 部屋中のマナがその両翼に収束していく。魔力視の魔眼がなくとも、肉眼で捉えられるほどの魔力が渦を巻く。まるで、小さな太陽が二つあるみたい。

 

 

Lux sit(光あれ)───」

 

 

 少女は再びその言葉を紡ぐ。

 最初のものは()わば宣告。魔術回路を励起させるためのものに過ぎない。拳銃であれば撃鉄を起こすようなもの。

 

 では今回は?

 すでに臨戦体勢に入っている()()使()()が唱えたその詠唱とはいったい何か。そんなの考えるまでもない。

 

 

「ッ!」

 

 

 一閃。

 

 音もなく放たれた熱線が頭の横を通り過ぎ、結界を貫通して壁を黒く焦がした。

 

 原理としては魔弾や光弾と同じだが、細く絞られているし、何より威力がおかしい。内側からとはいえ七層の結界を貫通している。

 いや、真に驚くべきはその精度か。

 壁まで貫通しては外の人間に見られる可能性がある。それは神秘の漏洩に繋がることだ。それを避けるために、ギリギリ壁で止まる威力に抑えていた。

 

 とはいえ、人間がアレを喰らえば即死であるのに変わりはない。

 

 

「おい、カノン! なんのつもりだ?」

 

「証明だよ。わたしが()()()であるっていうね!」

 

「こんなので証明になるわけないだろ! 今はこんなことをしてる場合じゃないんだ!」

 

「だ、か、らぁ!

 なら今がどんな場合かってのを言えってぇーの!」

 

 

 魔弾が装填される。

 左右の翼を銃身(バレル)として。照準は彼女の視線だ。

 

 三本。

 俺の身体に向けて熱線が放たれた。

 間一髪でそれを避ける。目線でバレバレだったが、まさかそんなことをするわけない、と理性が待ったをかけたから回避が遅れてしまった。

 

 あの貫通力を持つ魔術をもろに喰らえば、いかに魔術師といえどタダでは済まない。下手な近代兵器よりも高威力なのだから。

 

 だから、あのカノンがそれを俺に向けてくるとは思いもしなかった。狙った部位からしてただの脅しで放ったわけじゃない。半分くらい本気で俺を殺しにきていた。

 

 

「───マジかよ……」

 

本気(マジ)だよ。さあ、さっさと吐くもん吐け!」

 

「くそっ! Anfang(セット)!」

 

 

 今更ながら自身の魔術回路に魔力を通す。

 

 即席の身体強化。魔術刻印に刻まれたヘルツの魔術。俺とは相性が悪い五大元素を基盤とした『強化』である。

 

 扉へと走る。

 2歩目にして、やっと俺自身がマニュアルで回した『強化』が追いつく。俺自身の属性に合った魔術。筋繊維に指向性を持たせたものであり、(からだ)の能力を最大限に引き出させるためのものだ。

 

 ダン!

 と、床が抜けるんじゃないかというくらいに踏み締めて駆ける。扉はカノンの背後であり、それくらい本気でなければ彼女の横をすり抜けて脱出なんてできっこない。

 

 3歩目の加速でカノンの照準(しせん)を振り切る。

 

 ───というのが理想だったが、現実はそう上手くものでもない。

 

 俺の動きが分かっていたかのように、少女は狙いを絞るをやめた。目を閉じて照準をなくしてしまう。弾けるように光が拡散して、そして───、一節。

 

 

「宝石、翼、輝く目……!」

 

 

 光が収束する。器用にマクレミッツを避けて部屋中に散逸した光線が扉の前に向かっていき、そして交差する。なおも光は疾走し続け、蜘蛛の巣を思わせる光の壁が出来上がった。

 

 スパイ映画で見るレーザートラップだ。

 俗っぽい感想が思い浮かぶ。事実、似たようなものではあった。俺の行く手を阻み、触れれば焼き切れる。進むには掻い潜る他にない。

 ただ、唯一違うところがあるとすれば、こちらは術者の思うままに動くということ。

 

 

「ッ───やば」

 

 

 カノンが右手を持ち上げ、グッと握り込むような動作をする。

 

 瞬間。

 さっきまで無秩序に暴れ回っていた光線が、グイと軌道を曲げてこちらへ向かってきたのだ。

 

 体を捻ってなんとか初撃は躱わせた。しかし、ある程度の追尾性を保持したまま、なお光は俺を討ち取らんと飛翔する。

 

 しかも光の蜘蛛の巣は健在である。

 まあ、当然ではある。あれは結果。蜘蛛と蜘蛛の巣は別個の存在だ。俺を追う弾丸こそが蜘蛛であり、その軌跡は残り続ける。

 

 

「よく避けるよ、ホント! でも、それもドンドン難しくなるから」

 

「……っ───。シューティングゲームならクソボス判定待ったなしだぞ、こりゃあ!」

 

 

 このまま鬼ごっこを続ければ、あの蜘蛛の巣が部屋中に張り巡らされて、そのまま絡め取られて餌食となるだろう。

 

 光の発生源はカノンの両翼の魔力塊。

 あれを乱さない限りはこの攻撃は終わらない。

 

 そしてこれが問題なんだが、俺も彼女もマクレミッツという無関係者には配慮しているけれど、それがいつ不可能になるかはわからない。

 

 

「チッ! ───Meine Idee(星を廻せ)

 

「やっとやる気になった? ティンタジェルのやり直しってとこだね。ま、こっぴどく負けるのは、わたしじゃなくてあんたなんだけど」

 

「────。……ハ」

 

 

 下手な挑発だ。

 笑いが込み上げてくるほどに。

 そんなもので怒るほど狭量ではない。

 だが……いいだろう。この際だから乗ってやるよ。

 

 

「……カノン、課外授業だ。いい機会だから教えてやるよ。魔術師が行なう闘争がどのようなものかを」

 

 

 アイテールに魔術を習って増長したか?

 たった二ヶ月で一端の魔術師気取りか?

 

 その鼻っぱし、へし折ってやる。もう二度と「自分は魔術師だ」なんて口叩けないようにしてやる。

 

 どんな神秘を内包していようと、お前は一般人。"魔術師"とは大きく出たものだ。死ぬ覚悟もなく、根源への渇望もなく、至るべき目的もなく、魔術を習っただけでよくぞ思い上がったものだ。

 

 お望み通り、あの日ティンタジェルで本来やるべきだった戦争(たたかい)をしてやろう。

 

 

Schneiden(斬刑)

 

 

 光線に向けて『無』の刃を放つ。

 案の定、多少減衰こそすれど、なんでもないみたいに光線は『無』を通過して俺を追ってきた。

 

 俺の『無』は光を100%透過する。

 

 あの魔弾には光の性質が付与されている。だからもしかしたらとは思っていたが、やっぱり効かないみたいだ。

 

 でも本物の光と比べれば速度はナメクジのようなもの。完全に真似できているわけじゃない。『変化』の特性を与えただけ。あくまでも"魔力の弾丸"であることに変わりはない。ほんの少しとはいえ減衰したのはその為だ。

 

 

Filtrieren(逼塞)

 

 

 ならば、()せばいい。

 

 薄い膜を思わせる障壁を展開する。ミルフィーユのように重ねて。何重にも。

 

 光線が俺を追ってくるのなら、俺は逃げながら自分の背後にソレを置いていくだけでいい。それだけで、光線は徐々に勢いを失っていき、最終的にはただの魔力として大気に溶けていく。

 

 まあ、もっとも。

 相手が人間ではなく機械人形の類いであれば、だが。

 

 目の前にいるのは、こうして攻撃を難なく防がれてなおやり方を変えないほど知性が低い存在ではない。

 

 

「……確かに。ただ追うだけじゃダメね」

 

 

 言って、カノンは手のひらを上にかざした。

 

 魔弾の動きがまたしても変化する。

 こちらを追尾するものは健在ながら、無秩序に乱反射する光線とビームサーベルのように薙ぐ動きが織り交ぜられてきた。

 

 よくできました。これなら俺でも───というか俺の魔術だと凌ぐのは一苦労だ。

 

 だから、まともに相手するつもりはない。

 

 

Schneiden(斬刑)

 

 

 いつもの魔術。さっき光に放ってあまり効果のなかった『無』の刃。だが向けるのは魔弾にではない。この寝室の壁だ。

 

 斬る。えぐる。穴を開ける。

 意図を考えれば、文字通り"切り抜ける"という方が表現に合っているか。

 

 

「あっ、逃げる気!?」

 

「当然」

 

 

 不利な状況のままでいつまでもいる馬鹿がどこにいる。壁をぶち壊して隣の部屋に移動する。浴室である。本当は扉から出てリビングへ行きたかったが仕方ない。

 

 ペタリと床のタイルに手を合わせ、結界へと魔力を流す。

 

 

Abgestimmt(術式起動)────」

 

「逃すかあ!」

 

 

 俺を追ってカノンが浴室に乗り込んでくる。凄まじい速度。あのランサーにも匹敵する敏捷性(アジリティ)だ。

 

 けれど、少し遅かった。

 俺を生身で追うか、光線に追わせるか、迷ったのだろう。実践経験の無さが如実に出たな。例に出したランサーであれば、どちらを選ぶにせよきっと迷わなかった。

 

 迷いは弱さを生み、弱さは敗北を生む。

 

 

「───Zwei(二番), Die falsche Kathedrale(隠されし大聖堂)

 

「!」

 

 

 七層の結界はただの防御障壁ではない。

 

 もちろん、大部分は外敵に対する備えであり、外にいる相手へ作用するものだ。しかし備えとはしておくもの。万が一にも内部に侵入された時、何もできませんでは話にならない。

 

 これはその備えのひとつ。

 造った時はまさかカノンに対して使うとは思っていなかったが。

 

 

「なに……これ……!?」

 

 

 浴室に入ってすぐ、カノンの目が驚きによって見開かれる。茫然とした表情。まるで幽霊でも見たかのようだ。

 

 いや、幽霊を見た、というよりは───。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()かのような顔だ。……などと、実際比喩でもなくその通りなのだが。

 

 ジャグジー付きのバスルーム。高級ホテルといってもそこまで広くはない空間。魔術戦なんてそれこそ以ての外だ。元々は。

 

 今や上も下も、壁すらも、全面タイル張りの真っ白な空間へと変容している。広さはスラーの講堂くらいだ。100人、頑張って200人が授業を受けられる扇状の階段教室。あちらと違って椅子も机もなければ床も平らであり、体感としてはこちらの方が広く感じるだろうけど。

 

 

「空間拡張の魔術だ。異界化まではしていないが、というかそもそも俺には出来ないが、この程度の規模のものを結界に仕込むくらい朝飯前だ。アイテールに教わらなかったか?」

 

「……さわりだけ。架空元素のひとつ、無。虚数もそうだけど、こういう時空間への干渉が得意な魔術属性……でしょ?」

 

「その通り。君は火だっけか。オーソドックスで良いね。皮肉じゃなく本心でそう思うよ。勉強のための資料が豊富だからさ」

 

 

 風はノウブル。火はノーマル。

 なんて格言があるほど『火』の属性を持つ魔術師は多い。生命と死の象徴であり、また人間の知恵の証でもあるが故だろう。

 

 

「まあ、今は君の話はいいや。重要なのは、君が俺の魔術をどの程度までアイテールから教わっていて、どの程度まで捌ききれるかだからさ」

 

「はい?」

 

「採点だ。───Schneiden(斬刑)

 

 

 ティンタジェルで俺はカノンに向けて縄状に変化させた『無』を放った。脅しとして剣状にも変化させたが、結局は使わずに終わっている。

 

 だが仮に、あの時、彼女がそれでもこちらへ敵意をもって向ってきていたのなら───。

 

 君に飛んできたのは()()だったんだよ、カノン?

 

 

「───ッ! 第五架空要素(エーテル)、収束!」

 

 

 無数に放たれる不可視の刃。

 身を守るのならそれこそ360度すべてをカバーしなくてはならない。

 

 カノンは自身の翼に魔力を流して盾とした。自身の体をすっぽり収められるくらいに翼を巨大化させて、かつ硬質化させる。並の神秘では太刀打ちできないレベルだ。事実、傷ひとつない。

 

 けど、それだけ。

 彼女は攻撃に転じることが出来ない。

 

 少しでも隙間が見えればそこ目掛けて刃を飛ばす。だから彼女は外の様子がずっと分からず、結果としてそのまま穴熊を続けるしかない。

 

 ───しかし、だ。

 

 

「…………」

 

 

 今の防御でこちらも懸念材料ができてしまった。

 

 マウントポジションをとってボコボコにする予定だったが、ひょっとすると出来ないかもしれない。ともすれば、俺の方が逆に────。

 

 今の一瞬。

 カノンが俺の攻撃を理解して、防御するために息を呑んだあの一瞬。

 

 呑み込まれたのは息や唾だけではなかった。周囲のマナも一気に持っていかれた。今のは精霊の行なう『星の息吹』に近しい。

 

 ふと、ロード・ソロネアがカノンを指して言った言葉が思い出される。

 

 亜麗新種。

 

 ヒトの身でありながら『天使』に適合したというその性質を指して言ったのかと思っていたが、もしや、違うのか……?

 

 

「……いやいや」

 

 

 かぶりを振って否定する。それはない。

 彼女の両親のデータは見ている。ごく一般的な人間であり、また、どちらも数世代前にもこれといった特徴はなかった。魔術世界との関わりもなく、混血の類いもなかった。

 

 そしてカノンは養子とかでもなく、間違いなく二人の間に産まれた子だ。DNA検査でもそれは確認済みだ。今の時代、親子鑑定の精度に関してはほぼ100%と言っていい。

 

 で、あるならば。

 カノンは、普通の女の子ということになるはずだ。

 

 

「──────ム」

 

 

 数秒の思考の最中。

 またしても、周囲のマナがごっそりと失われる感覚があった。

 

 刃を(はじ)き続ける翼の中でカノンが僅かにみじろぎをし、そして翼が開かれる。(つぼみ)が開花するが如く。どうやら反撃を試みているらしい。

 

 それは無謀じゃないか?

 蛮勇にため息が溢れそうになる。

 

 が、しかし────。

 

 嫌な予感が背筋を伝う。眼球が訴えてくる。それはカノンの持つ一つの選択肢。けれど、流石にソレを切ってくることはないと信じたい。そんな選択。

 

【 】

 

 俺の『直感』は、まさにその選択を支持している。

 

 果たして白翼の蕾は花開き、中にいるカノンの姿を直視する。以て、彼女に向けてまっすぐに刃を放った。狙いは脚。まずは機動力を殺して戦意を削ぐ。

 

 しかしながら、嫌な予感ほどよく当たるもの。俺の場合は尚のこと。

 

 見えないはずの刃を、彼女は指でなぞったのだ。空に絵を描くかのように、自然な動作で。

 

 途端、刃は真っ二つに断ち切られた。そればかりか、慣性すら失って垂直に落下した。あとは魔力となって霧散するのみ。

 

 

「……直死」

 

 

 亡霊のように揺れる白い翼の中、

 枷から解き放たれた両の(まなこ)が青く灯る。

 

 

 

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