アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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十八話/敗北と是認

 

 

 

 魔眼殺しの眼鏡はすでに外され、虹の眼光は鋭く俺の身体を直視する。ただ見られただけなのに、ぞくりと全身が震えた。

 

 

「それは────」

 

 

 これは己を魔術師であると認めさせるための戦い。だからそれは『天使』の力であって魔術師としての力ではない。だから、直死(ソレ)を使うのは反則じゃないか、と言いかけてやめた。

 

 魔術師であるのなら、使えるものはすべて使うべきだ。

 

 そも、一般的な魔術師というものは根源の渦への到達を目的としている。そして根源へ最も近いのが魔術であるから、それゆえに魔術へ拘る。つまるところ、根源へ到達できるのなら必ずしも魔術によるものでなくてはならない、というわけでもない。

 

 魔術は手段であって目的ではない。

 

 それは今のカノンにも言えることだ。

 彼女は俺を打ち負かしたい。勝って、俺に認めさせたい。自分がアイテールの正当な弟子であり、魔術師であると。だから変な気を使うのをやめろと。

 

 魔術を学んで二ヶ月くらい。魔術戦で彼女に勝ちの目は……あるにはあるが、薄い。勝率を上げるなら、カノン・トレベナスのすべてを以て挑むべきだろう。

 

 だから、ソレは反則でもなんでもなく───。

 

 

「───正解だ。さあ、来いよ」

 

「うん。いくよ……!」

 

 

 全身に『強化』を施して相対する。迎え撃つ。

 これから起こるであろう事態に備えて大源(マナ)でなく、小源(オド)──自身の魔力のみでの魔術行使に切り替える。

 

 カノンは俺を見据えたまま、大きく深呼吸をした。

 瞬間。

 周囲のマナが枯渇した。この場に存在する大気中の魔力が失われた。いや、それは正確ではないか。言い直そう。()()()()()()()()()()()()()

 

 やはり、これは精霊種が持つものと同質のものだ。

 今は結界で外界(そと)と隔絶されているからこうしてマナが失われたように見えたが、本来なら龍脈から際限なく魔力を吸い上げるだろう。

 

 危ない。マナの使用を継続していたら致命的な隙を晒すところだった。

 

 

魔力充填完了(エーテル・ドランカー)。収束開始!」

 

 

 再び両翼に魔力が集まる。けれど先ほどと違う点がひとつ。それは濃度。神代をも思わせる濃密な魔力の渦が形成される。思わず息を呑む。口の端が吊り上がる。

 

 何をするつもりかは知らないが、このまま好きにさせるのはマズイ。とはいえ、やれることもないのだが。一応『無』の刃を以て牽制する。

 

 案の定、カノンの翼から放たれる光線によって撃ち落とされた。もはや彼女にとってはそれは不可視の攻撃ではない。的確に、空中に浮かぶ"死の線"を撃ち抜いている。

 

 だからこそ、真っ向から迎え撃つ他にないのだ。

 

 

「最高速度で、ぶっ飛ばす───ッ!!」

 

 

 カノンが大きく翼を広げて、その背後で束ねた魔力が解放される。

 

 圧縮。

 燃焼。

 回転。

 噴射。

 

 気がつけば、カノンの顔がすぐ目の前にあって。

 伸ばされた手刀が俺の喉元に突き刺さる直前で。

 

 

「────っぶなぁ!!」

 

 

 間一髪。

 まさに紙一重で躱しきることができた。掠りでもして、それが俺の"線"をなぞるようなことでもあれば、その瞬間に首から下が動かなくなっていたかもしれない。

 

 ボッ!

 というジェット機を思わせる音が後から追いついて、キィンと耳鳴りを引き起こさせた。風圧も、窓があれば割れていただろう。

 

 圧縮した魔力を一点から噴出させ、その推進力で突っ込んできたのだ。音速を超えた突進。並の相手であれば間違いなく今ので殺されていた。

 

 息をつく間も与えず、カノンは翼を広げて勢いをピタリと殺し、そのまま突き手を薙いでくる。

 向こうから触られないようにだけ気につけて、それを右手で受け流す。

 

 カノンの動きに技巧的なものはない。お世辞にも上手いとは言えない身体の使い方だ。けれど、狙いの場所に触れられたらアウトである以上、かなり神経を使って対応する必要がある。

 

 右手。左手。右翼。左翼。ときおり足も。

 すべて的確に捌いていく。

 

 

「こンのっ!」

 

 

 煮えを切らしたか、手刀ではなく拳が飛んできた。

 真正面からの攻撃。避けれはするが、そうすると少し体勢が不安定になって次撃に対応する余裕がなくなる。

 

 なのでこれは受けることにした。もっとも、まともに喰らうつもりはない。接触(ミート)の瞬間、接地面をズラしてなるべく"線"に触れられないようにガードする。

 

 

 

「……ぐっ───が!」

 

 

 慣れない防御方法なのもあるが、彼女の桁違いの膂力(りょりょく)に負けてしまった。足が地面から離れて浮遊する。10メートル以上殴り飛ばされて、壁に激突してやっと停止した。

 

 時刻は夜。月齢からして全盛とは呼べないが、それでもトップサーヴァントに匹敵するステータスであることに変わりはない。それに今の彼女は自身に強化の魔術を施している。直死の魔眼などなくとも、一撃一撃が必殺になり得る破壊力を持っている。

 

 

「はぁ、はぁ……。どう? 参った? 降参した方がいいんじゃない? あんたの方が喧嘩慣れはしてるかもだけど、わたしの方がスペックは上なんだから」

 

 

 殴られた箇所の具合を確かめていると、カノンは勝ち気な顔で訊ねてきた。余裕そうに振る舞っているが、その顔色は悪く、息も荒い。やはり"死"などヒトが視るものではないな。

 

 しかし言っていることは間違っていない。技量を無視した高ステータスでのゴリ押しほど怖いものもない。狂戦士(バーサーカー)のサーヴァントみたいなものだ。

 

 まあ、だからと言って素直に討ち取られてやるつもりもないけど。

 

 

「いや、筋力(パワー)だけが自慢のゴリラに負けるほど低品質じゃないよ。それよりも、そっちの方がよほどツラそうに見えるけど?」

 

「ほんと口だけは達者だよね、いつもいつも。

 はぁ、────じゃあ、これならどうだ……!!」

 

「!」

 

 

 翼の先端──風切り羽をこちらへ向けてくる。

 魔力がまたも渦を巻く。けれど今度は彼女の背後や隣でもなくて、目の前に。

 

 

「まさか」

 

「そのまさかだよ!」

 

 

 さっきのジェット噴射を、移動のためではなく攻撃のために使う気か。魔弾ではなく、もはや魔砲。もし当たれば、俺の全力の『強化』すら貫通して全身を炭化させるだろう。

 

 回避は……五分五分だな。

 距離が近い。攻撃範囲もおそらく広い。

 

 

「エーテル砲、発射ァーーー!! しねーー!!」

 

 

 カノンの頭上に光輪(ヘイロー)が輝き、翼に包まれた魔力の奔流が炸裂した。

 

 真っ白な光が視界を埋め尽くす。

 それは彼女の炎であり、雷であり、怒りであり、裁きである。避けることを決して許さない極太の光線(ビーム)

 

 彼女の眼は俺の『死』を確定(みて)いる。

 喰らった瞬間、俺は光によって焼かれる前に絶命するだろう。

 

 極光の先、カノンの表情を視る。

 

 死ねなんて強い言葉を使って、事実として殺意満載の攻撃をしているくせに、その顔に浮かんでいたのは恐怖だった。後悔と言い換えてもいいかもしれない。

 

 まあ、彼女は俺に自分を認めさせたいのであって、俺を殺したいわけじゃないってことだ。

 

 

「……口だけ達者はどっちだよ、まったく」

 

 

 なんだか毒気を抜かれてしまった。

 これじゃあ回避は選択できない。五割で死ぬんだから。まだ彼女を人殺しにするわけにはいかない。

 

 受けきる。そして生ききる。

 

 眼前に『無』の障壁を展開する。本来であれば、カノンの放ったエーテル砲は光の性質をもって壁を通過してくるだろう。そして俺を殺すだろう。

 

 俺が何もしていない、ただ内界(よそ)から取り出しただけのニュートラルな『無』であれば───。

 

 

「カノン。これ、アイテールには内緒だからな?」

 

 

 光が不可視の壁に触れる。

 

 以て、光が凍結する。

 

 壁を透過しようと僅かに進んだ先で、まるで時間が止まったかのように停止した。光を呑み込むブラックホールみたいに。

 

 カノンの翼からはなお魔力が吐き出され続けている。だというのに、停まる。吸い込まれていく。

 

 カノンには何が起こっているかまるでわからないだろう。彼女の眼には、この『無』の壁は他の『無』と同じくただの"線"としか映っていないのだから。

 

 やがて、結界内で取り込んだ魔力をすべて吐ききって、終わった。

 

 眼前には光の壁。

 極彩色が滞留する『無』の壁。

 指先でツンと触れれば、その表面に亀裂が走った。

 

 

「────ハ」

 

 

 思わず笑みが溢れた。

 拳を握りしめて、不可視の障壁を思いっきり殴りつける。

 

 壁に走っていた亀裂は空間にまで波及し、その崩壊と共に虹色のプリズムが散逸する。カタチを失った魔力が空間の断面から放射され、大気にまたマナとして溶けていった。

 

 ひび割れた世界の中で、茫然と佇むカノンを見つめる。彼女は驚愕と安堵がごちゃ混ぜになった表情(かお)をしていた。

 

 カツン、と一歩近づく。

 それでやっと思考が戻ったらしい。ハッとした顔でこちらを見る。そして、実に悔しそうに唇を噛んでこちらを睨みつけてきた。

 

 

「〜〜〜っ! くそぉ!!」

 

 

 またもマナを取り込んで光線を放ってくる。最初に使った魔弾である。

 

 俺は避けることをせず、ゆっくりとカノンへと進んでいく。魔砲を防いだのと同じ『無』を展開し、光線を停止させ、空間と共に破砕する。

 

 カノンに近づく度、硝子の花火が宙に舞う。

 

 ヒビ割れた空間、虹色の砂塵が降り注ぐ中、俺の手の届く範囲にカノンが入る。魔弾を撃って着弾するより、拳を振るって当たる速度の方が今は速い。

 

 

「構えろ」

 

「……っ」

 

 

 言って構える。

 向き合う少女もぎこちないなりに拳を握った。

 

 

「そう、それでいい。基礎ステータスの差で押し切り、直死で刺す。それが君の唯一の勝ち筋だ」

 

 

 互いの間隔は1メートルもない。単純な近接格闘。逃げ場なしのベタ足インファイト。

 

 最後は結局こうなる。

 こうなるように誘導した、が正しくはあるが。

 

 正直なところ、あのままエーテル砲を連打されるのが一番キツかった。こちらが使えるのは自身の魔力(オド)のみ。一応エーテル砲発射後は一瞬だけマナが戻るが、すぐにまたカノンに持っていかれるから、無いのと同じ。そうなると、膨大なマナを自由に扱えるカノンへは対抗できない。

 

 いま、俺はハッタリを仕掛けている。

 

 カノンからしてみれば魔術戦は完敗。本当は俺の魔力切れを狙える最良の手なのだが、完全に防がれてしまったことに気が取られている。使っている魔術そのものは単純な『魔弾』であることも、俺に効かないと思い込む要因のひとつだろう。

 

 あと二、三回も実践経験を積めば、多分こんな手には引っかからない。

 

 そう考えると、実質的には俺の負けな気もする。

 

 

「───ッフ!」

 

 

 技術無き神速の拳を受け流しながら考えを巡らす。

 

 確かに、夜間のカノンは足手纏いとは程遠い。

 勢いでの行動であり、やった後すぐ悔いたとはいえ、俺を殺そうとするくらいの気概もある。

 

 魔術師云々については……、多分アイテールも正式な弟子としたわけじゃないと思うから保留で……。

 

 俺の信条と。彼女の心情と。

 色々と整理して思考を整理していく。

 

 カノンの猛攻は続いている。

 

 彼女の目線に注視して、躱して弾いて受け流す。

 時々こちらも攻撃をもらうが、接触の瞬間に体をズラす芸当にも慣れてきて、初めのように吹き飛ばされることはなくなった。

 

 

「きゃあ! ───ッンぐ……このっ!」

 

 

 おかげでカウンターが結構決まる。

 

 しかし硬いな。

 ボディに何発か殴打(いれ)てるのに全然効いてない。今の一撃は割と本気で打ち込んだんだけど……。

 

 となると。

 

 

「…………」

 

 

 いや女の子相手に()()はなあ、などと思いつつ。

 でも埒があかないし、何より彼女自身が魔術師を名乗り、俺も……まあ、ほんの少し、多少は、認めてやらんこともないかなという気持ちが無いわけではないので────。

 

 というか、奥の手ではないけれど、切り札の一枚は切らされてしまったわけだし……。更に、その上で「負けじゃね?」とか思っちゃったし……。

 

 

「ハァ……、カノン」

 

「ふっ───はぁ───ッ! ……なに?」

 

「俺の負けだ」

 

「え?」

 

 

 拳を強く握りしめる。

 眼球に意識を集中させる。

 

 体感的に引き延ばされた時間の中、目の前の少女の()()を視る。頭蓋骨の形、頚椎との接続、脳の位置。それと、サーヴァントに匹敵する強度であることも考慮に入れて。

 

 最適な速度、最適な角度、最適な強さで。

 斜め下から、アッパーカットの要領でカノンの顎先を殴りつけた。

 

 悲鳴も喘ぎ声もなく、ただ、

 

 

「あ」

 

 

 とだけ言って、カノンは体を硬直させた。

 

 そして、その固まったままの姿勢で、真後ろに倒れ込んだ。受け身も取れず、バタンと大きな音がする。少女は起き上がらない。気を失ったのだ。

 

 

「ま、だからと言って君の勝ちというわけでもないんだが」

 

 

 もう声の届かない相手に精一杯の負け惜しみを言う。これくらいは大目に見てほしい。こんな一般人の少女に負けるとは思ってなかったんだから。

 

 まあ、もう一般人の枠組みからは外しちゃったけど。

 

 あどけない寝顔を晒す少女へ近づき、そのブロンドの髪を撫でる。よくできました、と褒めるように。

 

 

「いやしかし……その……なんだ……」

 

 

 言うべき言葉をこねくり回す。理性が「さっさと吐き出せ」と訴えてくるが、感情はまだ追いついていないのだから少し待ってほしい。

 

 しばらくむにゃむにゃと口籠って、やがて、仕方ないと観念して言葉を呟く。

 

 

「…………じゃあ、これからよろしく、ってコトで」

 

 

 これは確実に幻聴だけど、遠くでアイテールが笑う声がした気がした。

 

 

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