アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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十九話/暗殺計画

 

 

 

「……ん……んむぅ、あれ……」

 

「お。起きた」

 

 

 現在、伸びたカノンを隣のベッドに寝かし、マクレミッツの治療をしていたところだ。見立て通り表面上の傷は大したことはなく、一時間もかからずに作業は終わった。

 

 包帯を巻きながら「おはよう」と挨拶をする。

 対して、カノンは小さく返答すると、気まずそうに掛け布団で顔を隠してしまった。頭が冷えて、自分がやらかしたことを理解したのだろう。心なしか翼もへたれている。

 

 怒られるのを悟った子供ってかんじだ。

 

 いや別に怒ってないんだけど。でもまあ、そう思うのも無理はない。普通は殺されかけて怒らない人間なんていないのだから。実際さっきまで俺も怒ってはいたわけで。

 

 でも今は少し考えを改めた。

 とりあえずは、カノンとこれからの話をしよう。

 

 

「……。言っとくが、俺は君を"魔術師"と認めたわけじゃない。ただ、君が魔術師たらんとするのなら、一応はそう扱おうとは思う」

 

「え……え、なに?」

 

「だから、……悪かったって言ってるんだ。必要以上に君を魔術世界から遠ざけようとしていた。間違った判断ではないと今でも思っているが、君がどう思っているのか、というのを失念していた。

 俺の言動については謝らないけど、君の心情を無視していた点については素直に謝罪しよう」

 

「……それって、今までの隠し事ぜんぶ話してくれるってコト?」

 

「いや、それは……。うん、まあ、話すけどさ」

 

「────」

 

 

 カノンはカッと目を見開くと、掛け布団からゆっくりと這い出てきた。さながら夜霧が去ったあとの森で見るキノコのようだ。あるいは、飼い始めて一週間くらいの保護猫か。

 

 

「じゃあさ、何個か質問してもいい? なんでも答えくれるんだよね?」

 

「…………J、Jein……」

 

「何語それ」

 

「あー、"流石にプライバシーの問題もあるのでなんでもは答えられないけど君が気になっているであろう事柄には誠意を持って応答します"ってことで」

 

「その一単語にそんな意味が……!?」

 

 

 そんなわけないだろ。

 

 

「───で、なに訊きたいの?」

 

「そりゃあモチロン全部だよ、ぜんぶ」

 

「全部は時間がかかり過ぎるって……。そうだな、まずはいま俺たちが置かれている状況について話しておこうか」

 

 

 言って、立ち上がる。

 ついてくるようにジェスチャーをして、リビングへと向かった。

 

 ソファに放り投げていたカバンから地図を取り出す。この冬木市を表した簡単なものだ。図書館にでも行けば簡単に手に入るごく一般的なものである。

 

 

「ではでは───。まず聖杯戦争について教えよう」

 

 

 またもカバンに手を突っ込み、中から木片を取り出す。ホームセンターとかで売っている、なんの変哲もない杉の材木だ。その数7つ。

 

 指先に魔力を集めて、その木片をコツンと小突く。ダイスのように転がって、タマゴのように二つに割れた。そういう型だったみたいに、中からはひとつのモニュメントが現れた。

 

 チェスの駒を思わせるモニュメント。

 ただし、それは騎士に似ていた。甲冑を着て剣を持つ人型の像。チェスの駒と称したが、どちらかと言えばデッサンで使う石膏像のが近いか。

 

 

「なにこれ」

 

「セイバーの駒だよ。他にも……ほら」

 

 

 コツン、コツン。

 残りの6つも指で弾く。槍を掲げる騎士や、弓を構える騎士など、それぞれ異なる駒が作られた。

 

 

「七人のマスター。七騎のサーヴァント。彼らがタッグを組んで戦い、最後に残ったペアが万能の願望器たる聖杯を手に入れる。それが聖杯戦争という儀式だ」

 

「それは知ってるよ。身の安全のため〜、とかなんとか言って飛行機の中で教えてくれたよね」

 

「認識の擦り合わせは大事だろ? それに君に話したのはかなり大雑把なものだし。なにより────」

 

 

 取り出したのは8つ目の木片。一見して木には見えない黒い物体。黒檀(こくたん)の材木である。

 

 それを、ドンッと地図の上に置く。亀裂が走って、割れて、そしてひとつの(ピース)が出来上がった。鎖で縛られ、杭を打たれ、なおこちらを睨め付ける憎悪の瞳。英雄とはかけ離れた、囚人のような姿の像。

 

 

「……なにより、決定的に間違っているからね」

 

「間違えてる……?」

 

 

 黒檀の駒は深山町の最西端、円蔵山は柳洞寺に鎮座する。この冬木最大の霊地であり、この聖杯戦争を管理する機構(システム)たる大聖杯の眠る地だ。

 

 

「この儀式で、願いを叶えられる者はいない。初めからそうだったのか、いつからか変質したのか、それはわからない。だが現状では不可能だ。大聖杯のナカで胎動する『悪』によって、いかなる願いも捻じ曲げられて出力されてしまうからだ」

 

「えっと、つまり?」

 

「そうだな、例えば……お金持ちになりたい、という願いがあったとしよう。正常な願望器であれば、金塊を出したり、紙幣を出したり───とにかく真っ当なやり方で願いを叶えてくれる。

 だが冬木の大聖杯は違う。周囲の人間から財産を奪ったり、あるいは世界中の富豪を殺して相対的に金持ちにするとか、そういう方法で持ち主の願いを叶えようとするだろう」

 

「えぇ……。ヤバいじゃんそれぇ……」

 

 

 そうだ。ヤバい。

 いや、もはやヤバいの一言では済まないことだ。

 

 マスターたちの願いは知らないが、正常ならざる願望器の前ではそれぞれの持つ願いなどどれも同質と化す。本意が善であれ悪であれ、帳尻を合わせれば全てが悪に為るのだから。

 

 

「俺がこの事実を知った経緯だが、マクレミッツの魔力経路(パス)を読み取った結果だ。彼女はいま、大聖杯の中身と繋がっている。『隷属』や『契約』ほど強い繋がりじゃないけどな。謂わば仮契約ってところか」

 

「なるほどね。それであのときあんなに動揺してたわけか」

 

「そういうこと。

 ……俺たちには二つの選択肢がある。

 ひとつは、このことを聖杯戦争の参加者たちに伝え、聖杯戦争そのものを中止してもらうこと。しかしそれは難しいだろう。歪んだカタチではあるものの、聖杯が願望器であることは変わらない。それでもいいと思う者がいることは想像に難くない。

 サーヴァントはサーヴァントを以て打ち倒すしかない。続行を選択するヤツが複数いるのなら、他のマスターも戦わざるを得ない。結果的に聖杯戦争は続くことになる」

 

「…………」

 

「もうひとつは……知らないフリをして、このまま帰国すること」

 

「っ……それはっ!」

 

 

 カノンは声をあげて身を乗り出すが、続く言葉を口にすることはなかった。

 

 彼女はランサーと俺の戦いをサリエル越しとはいえ識っている。自身やサリエルに強大な能力があるものの、それだけでは解決できない問題だと理解したんだ。最悪の場合、サーヴァント七騎を相手にする可能性だってあるのだから。

 

 ニホンとブリテンはほぼ正反対の位置。

 10年前にこの冬木に訪れた天災が再び顕現しようとも、即座に影響は出ないだろう。時計塔であれば対処のしようもある。……と信じたい。

 

 そもそも、本当にアレが誕生するかどうかもわからない。聖杯戦争は今回で五度目。にも拘わらず、いまだ聖杯の降臨には至っていない。聖杯が完成しなければ、アレもまた受肉することは叶わない。

 

 分かっている。

 こんなものは希望的観測に過ぎない。

 今日生きられたから明日もまた生きられるわけではないように、これまで失敗してきたから今回もまた失敗する、などとは断言できない。

 

 

「本来なら監督役にこのことを伝え、彼から全マスターへ通達してもらうんだが……。まあ、今回に関しては期待できないな。なんせ彼もまた願いを叶えるために戦うマスターなんだから」

 

 

 だから、もしこの聖杯戦争をなんとかしようと思うのなら、俺たち自身がマスターに直接接触し、いまの話を全面的に信じてもらい、それを繰り返して少しずつ同盟者を増やして対処するしかない。

 

 しかし、まず前提として、当然ながら、こんな話を信じて貰えるわけがない。

 

 

「……悪いな。せっかく頑張って戦ったのに、その報酬が愉快なものでなくて」

 

「…………」

 

 

 少女は沈黙する。

 

 まあ、そうだろう。

 こんなの、黙るしかない。彼女もきっとどうにか解決できる方法を考えてくれていることだろう。俺もまた、こうして考えている。

 

 しかし、どうしたってニンゲンには限界がある。出来ることは限られている。為せることは少ない。

 

 だから、彼女には何も知らないままでいて欲しかった。単なる俺のエゴでしかないけれど、何もかもを知りながらも何も成せず絶望の中で死ぬよりは、善いのではないか、と。

 

 時計の針の音だけが響く。

 

 長い沈黙の中、少女の口が開かれる。何か言おうとする。多分、それは決断の言葉だ。どちらを選ぶのかはこの際重要ではない。()()()()()()()()ということが重要だ。

 

 それは、いけない。

 その言葉を出させてはいけない。

 選択(それ)を彼女の口から述べさせてはならない。

 

 どちらかを選ぶということは、どちらかを選ばないということだ。

 

 確かに魔術世界を歩むことを認めた。けれど、14歳の女の子にその選択をさせることを認めたわけでは断じてない。だから、彼女よりも先に「帰国しよう」と口にしようとして───。

 

 

「"抹殺です。あらゆる悪に訣別を"」

 

 

 俺でもカノンでもない、別の誰かの声に遮られた。

 

 チャカチャカチャカ、とフローリングを小さな爪が引っ掻く。体長は15センチもない。尻尾を入れても20センチを超えるかどうか。

 小さな小さな木彫りのネズミがそこにはいた。

 

 

「サリエル……まさか君、()るつもりか?」

 

「"当然です"」

 

 

 訊ねれば、食い気味に返答してきた。

 いつも通りの平坦な声色。感情など推し量れないはずだが、しかしどこか、彼女の言葉には怒気がこもっているように感じられた。

 

 とはいえ、彼女がどんな感情を抱えていようと意味はない。それがどれほどのエネルギーであろうと、たかが個人の感情が現実を侵食できるはずもない。

 

 確かに『天使』の力は絶大だ。サーヴァントの一騎や二騎、さしてたる労力もなく屠れるだろう。

 

 だが──────。

 

 

「それは、不可能だ。俺たちは完全なる部外者。単なる接触、多少の戦闘、迎撃による討伐───。そういったものなら許容されるだろうが、こちらから仕掛けて討った場合、彼らも黙っちゃいない。残りの六騎が徒党を組んで攻めてくる。そうなればいくら君でも勝てるかは怪しい」

 

 

 聖杯戦争という厳粛なる魔術儀式を荒らす不届者。そう認識されたら、その時点で終わりだ。欠けた一騎を証明として、監督役が全マスターに号令をかけることだろう。

 

 

「"……その分析は正しい。お前の言う通り一対一なら遅れなど取りませんが、彼らが協力し合うならば話は変わりましょう"」

 

「だろ?」

 

「"ですが───それは相手がサーヴァント、マスターであった場合です。私たちが討つべきは別にいます"」

 

「は? 別……?」

 

「"ええ。狙いは、大聖杯です。我々は秘密裏にアーリマンを誅すのです"」

 

 

 思わず言葉を失った。

 次いで、ある単語が浮かんでくる。

 

 暗殺。

 

 キャスターの目を掻い潜って円蔵山地下の大空洞に侵入し、大聖杯の内部で胎動する『悪』のみを、自身の眼で以て殺す───と。

 つまるところ、サリエルはそう言っているのだ。

 

 

「っ……出来るわけがない! 神代の魔術師の陣地だぞ? ただでさえ今夜の暴挙で魔力も潤沢なんだ。対バーサーカー用の厳重な警備が敷かれている。

 それに、仮に大空洞までバレずに進めたとして、君の直死であの『悪』だけを正確に殺せるのか? 大聖杯ごと殺したんじゃ大事になるぞ」

 

「"その懸念も正しい。お前は正しいことばかり言いますね。サリエルポイントを1点差し上げましょう"」

 

「茶化すな」

 

「"茶化したつもりはありませんが。より善い選択のための指摘なのですから、褒めることこそすれ貶すことは致しません"」

 

「…………チッ」

 

 

 より善いって……。

 まさか本当にこの軸でいくのか? 成功率を上げるために詰めれるところは詰めようって話になっているのか、これは?

 

 横目でカノンを見る。随分とやる気に満ち溢れている。視線をネズミに戻す。手足は滑らかに動かすくせに、表情(かお)だけは彫像である事実を強調するかのように動かさない。けれどその奥で燃える義心は揺るぎないものだ。

 

 多数決を取れば俺の負け。

 わたしたちだけでやる、なんて言われても困る。

 

 そもそもどれもリスクのある選択肢ばかりだ。帰国だって問題を先送りにするだけ、責任を別の誰かへ押し付けるだけのもの。だったら別の方法を選ぶのも悪くない。

 

 生まれてこのかた神に祈ったことはない。

 無神論者なわけではない。魔術世界の住人であるわけだし。聖四文字(テトラグラマトン)の威光は身にしみている。ただ、それは『神』というシステムへの敬意であって信仰とは異なる。

 

 神が導いてくれるとは思っていない。天使などと同じく便利な道具であり、それらは決して導具ではないのだ。

 

 それは今回も同じこと。

 俺は天使に祈らない。縋らない。導きを求めることはしない。

 

 ただ使う。

 俺は天使を使うし、天使もまた俺を使う。

 より善い明日を生きるために。

 

 

「……話は聴こう。まず前提になるが、キャスターの結界を抜ける方法は考えているのか?」

 

「"いいえ? そこはこれから三人で考えましょう。きっといい案が浮かびますよ。お前は悪知恵が働きますし、カノンは発想に優れていますから"」

 

「うん! 任せて!」

 

「…………行き当たりばったりが過ぎる……」

 

 

 しかし、よくよく考えてみると、例え行き当たりばったりであろうとも結構悪くない案ではあるのだ。……厄介なことに。

 

 こちらには直死の魔眼という反則技がある。キャスターの結界を抜ける方法だとか、大聖杯の内部にいる『悪』だけを殺せるのか、とか多くの懸念点はあるものの、あの『悪』を殺す、という一点に限っては不可能ではないのである。

 

 これは最悪の事態である『人類絶滅エンド』だけは防げるということだ。───なお、その後のゴタゴタや、俺の生存率は考えないものとする。

 

 

「はぁ……」

 

 

 ため息がこぼれる。

 

 俺は正義の味方ではない。

 赤の他人のために自分の命を犠牲にするなどまっぴらゴメンだ。でも…………。

 

 

「───分かった、やろう」

 

 

 出来ることを、我が身可愛さから「出来ない」と言うつもりはない。

 

 

 

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