アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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二十三話/されど聖杯戦争は続く

 

 

 

 場所は冬木ハイアットホテルの一室。

 コトミネに遭った以外に特にこれといったことはなく、無事に拠点へと戻ってくることが出来た。

 

 寝室のマクレミッツにも異常はない。彼女はいまも穏やかに眠っている。ひとつだけ変化があるとすれば、それは存在しない左手に刻まれた仮想の令呪が無くなっていたこと。

 

 ともかく、この冬木の地にてやるべきことは終わった。マクレミッツは回収できたし、聖杯の泥も取り除けた。つまり、仕事は片付いたし、世界滅亡エンドも防ぐことができた。

 

 ハッピーエンドってわけだ。

 あくまで俺視点では、だが。

 

 なんせ聖杯戦争はまだ終わっていない。コトミネが死んだからランサーは消滅するだろうが、それでもまだ六騎健在だ。

 

 聖剣の担い手たる騎士王、

 未来視持ち疑惑のある弓兵、

 千人単位で魔力を吸い上げた神代の魔術師、

 第二魔法に限りなく近づいた侍、

 破壊の化身にして暴力の権化たる狂戦士、

 騎兵だけはよくわからないが……、これだけのサーヴァントがまだ残っている。戦いは熾烈を極めるだろう。街もまた無事では済まない。場合によっては大勢の死傷者が出るおそれもある。

 

 けれど、俺はそれを見て見ぬフリをする。

 

 俺は魔術師だ。善人じゃない。ヒーローよりヴィランの方が近い人種だ。実際、人を殺したのだって一回や二回じゃ済まない。そして、そのことについてなんら呵責の念はない。

 

 だから、この聖杯戦争は、冬木の地での活動は、俺にとっては今日で『おしまい』なんだ。

 

 

「それはそれとして、自分がやったことのツケくらいは払っておかないとな」

 

 

 そう。飛行機のチケットを取る前にやることがある。

 

 携帯電話を取り出してアドレス帳を開く。今まで一度も掛けてこなかった、ある番号を選択する。時差的に向こうは昼だから出てくれる筈だ、多分。

 

 

「電話? どこにかけるの? アイテールさんとか、ミリョネ……なんとかさんとか、今まで誰にも近況報告のひとつさえしてなかったのに」

 

 

 なんで急に刺してきた?

 

 

「まあ、間接的にとはいえ、監督役を殺しておいてそのままってのは流石にマズいだろ。神秘の隠匿にも関わる」

 

 

 コール音は3回ほど。

 ピッと受電した機械音がなって、通話が開始される。

 

 

『……はい、もしもし?』

 

 

 いかにも気怠げな、年相応のしわがれた声がした。狙いの人物が一発で出てくれたようだ。外出中です、とかシスターに言われなくて助かった。

 

 

「こんにちは、セルバンテス神父。まだご存命のようでなによりです」

 

『ああ、見覚えのない電話番号だと思ったら、君かぁ。うん、いったいなんの用かな。前みたいな厄介ごとは教会(うち)としても勘弁して欲しいんだけどね、うん』

 

「別にあなたには迷惑かけませんよ。ただ、個人の携帯電話にしたって、教会の固定電話にしたって、知ってる番号がそちらだけだったので掛けているだけです。さっそくですけど本題に入りますね。実は折り入って頼みがあるんです。日本の冬木って街に、誰でもいいんで一人(よこ)せませんか?」

 

『フユキ……? ああ、うん、冬木ね。あそこは綺礼君が担当してたと思うんだけど、私の記憶違いじゃないよね? うん。っていうか、ちょうど聖杯戦争の時期じゃない。もしかしてだけど、彼、ひょっとしてすると……』

 

「察しが良くて助かります。彼、死んじゃったので、代わりの監督役の派遣をお願いしたくて。出来れば今日の夜までには来れそうな人、なんとかお願いできませんかね?」

 

『今日の夜って、ねえ? 無茶振りもいいとこだよね、それ。しかも君、誰でもいいって言うけど、聖杯戦争の監督役が誰でもいいってことはないでしょ』

 

「けど、第八秘蹟会としても現状のままだと困るでしょう?」

 

『いやあ、確かにそうなんだけどね。うん、まあ、じゃあ、私の方から司教殿に相談してみるから。それでいい?』

 

「ああ、ディーロ司教ですか。有難いです。感謝いたします」

 

『まあ、なんだねえ。派遣できても新人の子だと思うから、あんまり期待しないで待っててよ。そのうち、うん、三日後くらいにはちゃんとした人を送って交代させるからさ』

 

「いえいえ、それで十分ですとも。新人だろうがベテランだろうが、"いる"ことに意味があるんですから」

 

『そお? 私はそう思わないけど。でも、まあ、人それぞれ考えは違うからね、うん』

 

「ええ。それでは失礼します」

 

『ああ、うん。じゃあね』

 

 

 通話を切る。経過時間は2分ちょっと。携帯電話での国際電話だから大体10ドルといったところか。相変わらず高価(たか)い。ある程度の魔術回路を持つ者同士なら金を掛けずにできることだというのに。科学技術を軽んじる魔術師たちの言い分も少し理解(わか)る気がする。

 

 

「いまの、聖堂教会のひと?」

 

「そうだよ。デルミオ・セルバンテス神父。俺の数少ない教会の知り合い。仲が良いかっていうと……そういうわけでもないけどな」

 

「ふーん。その割に親しげに見えたけど」

 

「表立って敵対するほどバカじゃないからね、俺もセルバンテス神父も」

 

 

 聖堂教会と魔術協会は互いに不倶戴天の敵同士だ。いろいろと要因はあるが、代表的なものだと、神秘に対するスタンスの違いだろう。

 

 聖堂教会は『魔術』の存在を認めない。

 魔術協会は『秘蹟』の独占を許さない。

 

 過去には血で血を洗うような闘争があったらしい。現在においても冷戦状態が続いている。聖杯戦争や、吸血種の討伐など、互いの利害が一致した場合を除いて協力し合うことはほぼない。

 

 とはいえ、それは所詮一般論だ。

 

 イタリア人はピザが好き、とか。ドイツ人はソーセージとビールにうるさい、とか。そういう話に近い。ようはステレオタイプ。

 

 もちろん、異端と見れば襲いかかってくるようなイカれた代行者はいないでもないが、やっぱり少数派だ。彼らの多くは積極的に敵対行動をとってこない。

 

 なので、こうして平和的に会話をするくらいはできるというわけだ。

 

 

「まあ、あの人が比較的おだやかな性格だからってのもあるけど」

 

 

 ポチポチポチ、と。

 カノンの言葉に答えながら、流れるように携帯端末を操作する。飛行機のチケットの購入だ。

 

 が、新東京国際空港のホームページを見たところインターネット上での当日券の販売はしていないようだった。空港で直接買うか、電話して予約するしかないらしい。

 

 少し悩んで、空港で直接購入することにした。

 

 眠っているマクレミッツを飛行機に乗せる都合上、どのみち職員に『暗示』は掛ける。その時ついでにチケットも買わせてもらおう。これなら席が余ってようがいまいが関係なく希望する飛行機に乗れるし、手間が省ける。

 

 あと、対面や書面ならいざ知らず、電話だと翻訳の魔術が上手く機能しないから不安ってのもある。対応するのは国際線のスタッフだし英語でも大丈夫だとは思うけど、一応。ニホンはアメリカ英語が主流みたいだから仕方ないのかもしれないけど。

 

 

「じゃあ、カノン、帰国の準備をしよう。一時間後にはチェックアウトするから、そのつもりで」

 

「え、すっごい急ぅ……。明日じゃダメなの? 新しい監督役が本当に来るのかの確認とかもしなきゃじゃない?」

 

「ディーロ司教に話が行ったから大丈夫だよ。あの爺さん、そういうところはキッチリしてるから」

 

 

 代行者みたいな武闘派じゃないが、アレでも第八秘蹟会に所属している人だ。普通は出世なんて見込めない。にも拘わらず、彼は司教の座にまで登り詰めている。その手腕は確かなものなのだ。

 

 

「そーお? ならいいけど」

 

 

 カノンはそう言うと、それ以上食い下がることもなく荷造りを始めた。別に遊園地があるわけでもなし、冬木を離れること自体に不満はないのだろう。ただ移動で疲れるのが嫌なだけだ。

 

 ふと思う。

 そういえば、冬木の外に行ったり聖杯戦争が終わったりしたら、サリエルはどうなるのだろう?

 

 彼女は聖杯が勝手にサーヴァントと認定しただけの存在だ。しかしその人格形成には聖杯が関わっている。スキルや、宝具をカタチにしたのも聖杯だ。俺には視えないが、クラスやステータスも設定されているのかもしれない。

 

 冬木の外での活動は、確実とは言えないまでも、多分大丈夫だと思う。フェイカーがいい例だ。ドクター・ハートレスによって英国で召喚されたサーヴァントである。

 

 しかし、聖杯戦争後のことはわからない。聖杯の役割は『呼び出すこと』であり、その後はマスターからの魔力供給によって現世へ留まる。理論上、魔力消費量に目を瞑ればサーヴァントは現界し続けるわけだ。かといってそれをそのままサリエルに適用できるかというと疑問が残る。彼女の状態はあまりに異例(イレギュラー)だからだ。

 

 そのあり方は"サモン"というより"インストール"に近い。ほぼ確実にサリエルという『天使』は残るだろう。けれど、サリエルという『サーヴァント』が残るかはどうかは……ちょっと断言できない。

 

 

「カノン。サリエルって、日中でも喋れるのか?」

 

「え、あー、見た方が早いかな。……おーい!」

 

 

 言うが早いか、彼女はポムポムとリュックを叩く。

 すると、小物を入れるであろう小さなポケットからのそのそとネズミが這い出てきた。そして、まるで知性の感じられない「キュー」という鳴き声をあげたのだった。

 

 

「昼はこんなかんじ。多分ネズミの中には居ないんだと思う。わたしの中で眠ってるんじゃないかな?」

 

「そこまで弱体化するのか。月を司る天使ってだけで、別に太陽に弱いとかそういう逸話はなかったと思うけど……」

 

 

 あるいは、夜になって力をつけなければ、カノンの支配から逃れられない───とか?

 

 彼女はカノンを尊重していたし敬ってさえいた。明らかに自身より"上"の存在として扱っていた。戦闘能力とかそういうのは別として、魂の階梯──存在規模(ライフスケール)はカノンの方が上位に位置するらしい。

 

 夜であれば僅かばかりの自我が許される、と。

 

 

「てか、なんでいきなりサリエルのことを?

 あ! 聖杯戦争が終わったらどうなるのか、訊きたかったんでしょ」

 

「当たり。君はなんか聞いてる?」

 

「特になにも聞いてないけど、ンー、大丈夫じゃない? なんとなくそう思うだけだけど」

 

「そうか。もし消えてしまうなら、大聖杯の件でお礼が言いたかったんだが……仕方ない。いやでも、君が大丈夫って言うんなら信じよう」

 

 

 俺も、さっそく部屋の片付けに入る。魔術品が散らばっているし、結界を解く作業もある。

 

 カノンの方は荷造りがもう終わったようだった。

 

 もともと最低限の物しか持ってきていない。これが南米の密林とかだったら大荷物になったんだろうが、現代の都市部においては財布があれば事足りる。実際、俺も比較的軽装だ。嵩張(かさば)るものといえば魔術礼装くらい。

 

 自分で作った爆弾を自分で解体するような気分で結界を解体する。

 

 部屋が大きくないこと、一日で張った簡易的なものであること、カノンが大暴れして結界に綻びができていたこと等、理由はいろいろあるものの大体30分くらいで片付いた。

 

 あとは汚れが気になったんでちょっとだけシャワーを浴びて、完了だ。

 

 ホテルのフロントに声を掛けてチェックアウトする。

 

 冬木には電車で来たが、帰りもそうというわけではない。キャスターによる魔術テロによって冬木駅は今なお封鎖されている。市はバスやタクシーを使うよう住人に呼びかけているらしい。申請すれば手当金も出すという。聖堂教会も大変だな。

 

 なので俺たちもタクシーを使う。

 住人は隣町まで行ってそこから電車に乗っているようだが、俺たちはそのまま空港へ向かってもらう。マクレミッツを連れて行く以上、人目は避けた方が無難だからな。

 

 と、寄り道があるんだった。

 

 ホテルまで迎えに呼んだタクシーの運転手に行き先を告げる。

 

 

「深山町にエミヤって人の家があるんですけど、分かりますか? ああ、はい、そうです。北側にある立派なブケヤシキの───よろしくお願いします」

 

 

 さっきまでそちら側に居たというのに、またも深山町へ行くかたちである。二度手間ではある。しかし二重の意味で泥だらけの身体で、余所様の家に訪れるというのは抵抗があった。

 

 

「なんでその、エミヤ? って人の家に?」

 

「本当は管理者(セカンドオーナー)であるトオサカに挨拶するつもりだったんだけど、彼女の家どこかわかんないから。これかなーってのはあるけど、間違ってマキリの家に突撃しちゃったらマズいだろ。

 幸いにしてエミヤはトオサカと仲が良さそうだった。ちゃんとお願いすれば伝言のひとつくらいは受けてくれる筈だ」

 

 

 まあ、彼とは喋ったことないけど。

 

 俺が彼らと会ったとき、エミヤは気絶していたからな。意識が戻る前にお暇したし。でもセイバーとは面識があるから、マスターと誤解されて戦闘になる、なんてことはないだろう。

 

 10分ほど走らせて、古めかしいワフウ建築が立ち並ぶエリアへ到着した。見覚えのある町並み。たしかここを曲がってしばらく直進した先が───。

 

 

「……到着だな。カノンはここに残ってて。すぐに済む。ま、10分ってとこだな」

 

 

 タクシーに運転手とカノンを残して下車する。

 

 正門の奥には簡易的な結界。夜間防犯用ってかんじだ。多分俺がこのままズカズカと入り込んでもきっと作動しない。いやそんなことしないけどさ。

 

 インターホンを押せば、バタバタと扉の向こうで足音がして、やがて一人の少女が現れた。見覚えのある顔。服装が現代風ではあるが、間違いなくセイバーのサーヴァントであった。

 

 

「何用だ、魔術師(メイガス)

 

「そう構えないでくれよ、セイバー。今日中に冬木を発つんでね。その挨拶だよ。一応、そのくらいの筋は通すべきだろう?」

 

「挨拶……。シロウにですか? しかし貴方は彼と言葉を交わしてすらいないでしょう。リンに、ということなら分かりますが───」

 

「トオサカの拠点がわからないものだから、エミヤに伝言を頼もうと思って。彼に取り次いでくれないかな? 頼むよ」

 

「…………。分かりました。シロウを呼んできますので少々お待ちを」

 

 

 セイバーは少し悩むようなそぶりを見せたが、結局は納得してくれた。俺がまったくの初見だったり、時間が夜だったりしたら、こりゃあ断られていたな。

 

 1分とせず、学生服を着たエミヤが出てきた。右手には鞄を持っている。そうか、彼はこれから学校か。セイバーが渋ったのは、案外こっちが理由かもな。話が長引けば遅刻してしまう。

 

 

「えっと……あんたは?」

 

 

 怪訝そうなエミヤの顔。

 どうも、セイバーも詳しくは説明していないようだった。

 

 

「初めまして、エミヤシロウ。俺はクシロン・ヘルツ。時計塔の魔術師だ。ワケあってこの冬木に来ていたんだが、その用事も終わってね。これから帰るところだからご挨拶に来たんだ」

 

「は、はあ。そりゃあ分かったけど、なんで俺のところに?」

 

「君にはトオサカの当主へ伝言を頼みたくて。彼女と仲良いんだろ? 残念なことに俺は彼女の家も知らないんだ。だからさ、頼まれてくれないか」

 

「まあ、そういうことなら構わないけど……」

 

 

 エミヤは思いの外簡単に承諾してくれた。物分かりがいいというか、人が良いというか。今日日なかなか見ない人種だ。言ってしまえば、魔術師らしくない。

 

 そういえばトオサカも"巻き込まれた"だの言っていたか。もしかして一般人か? その割には強力な治癒魔術を使えるようだったが……。

 

 まあ、彼の素性はどうでもいいか。『視る』必要もない。というか下手したらセイバーの不況を買いかねない。俺は聖杯戦争のマスターじゃないんだし、深入りするのは()しておこう。

 

 

「じゃあ、よろしく。内容は────、

 "まず初めに、聖杯戦争の最中にも拘らず外部の魔術師の滞在を許可していただいたこと感謝の念に堪えません。本来であれば直接深謝申し上げるべきところですが、諸事情より言伝(ことづて)となる無礼をお許しください。

 さて、(かね)てより私たちが捜索しておりました人物ですが、この度その足跡を見つけ出すことが叶いました。つきましては、この冬木の地を辞し、本国へ帰還したく存じます。この美しい街に別れを告げるのは心苦しい限りですが、これ以上貴女の戦いの妨げになる愚は犯せません。

 この先も戦場へ赴かれる貴方の行く末に、勝利と聖杯の栄光があらんことを、心よりお祈り申し上げております"───ってかんじで」

 

 

 同い年(タメ)に使う言葉ではないが、それでも相手は管理者(セカンドオーナー)という魔術師にとってみれば地方領主のような存在。真面目なときは相応の態度を取る。

 

 貴族主義の連中ならこんな時も傲岸不遜を絵に描いたような態度を取るんだろうけど、こちとら生粋の中立派。魔術協会のメンツだとかは考えないさ。

 

 

「……あんた、結構ちゃんとしてるんだな……」

 

「え、なんだよ。初対面だろ、俺たち。そんなチャランポランに見えたのか?」

 

 

 エミヤの態度に少し傷つく。これでも社交性はそれなりにある方だと自認してたんだけど……。

 

 

「いや! そういうワケじゃなくて! なんていうか、伝言っていうくらいだからもう少し軽いヤツを想像してた。そんな形式ばったものを出されるとは思ってなかったんだ」

 

 

 慌てたようにエミヤは口を開く。

 そして、気まずそうに頬を掻いて、続けて言う。

 

 

「おかげで半分くらいしか覚えられなかった。悪い……」

 

「まあ、確かに、そう言われると俺にも悪いとこはあったか。ツラツラと自分の都合で喋っていた。時間を取らせるのも忍びないと思ってのことだったが、却って時間を食ってしまったかな」

 

「いや、いいよ。別にまだ時間に余裕はあるし」

 

 

 ではもう一度、と同じことをゆっくり述べようとして、スッと(かざ)されたセイバーの手によって制止された。

 

 

「二度目は不要です。内容については私が記憶しましたから。リンには私から伝えておきます」

 

「恩に着る、セイバー」

 

「いえ、貴方のリンへの敬意は本物でした。それは私にとっても好ましい。お礼をいただくほどの事ではありません」

 

 

 騎士王はふっと微笑む。敵意は欠片も感じられない。エミヤシロウもそうだが、サーヴァントの方も大概だな。典型的な善人というか。似たもの同士は惹かれ合うってヤツかもだ。

 

 

「それじゃあ、これで失礼するよ。玄関口で長話するのも悪いしな」

 

「わざわざ来てくれたのに、まともにもてなせなくてすまないな」

 

「いいよ。俺が勝手に来たんだ。呼ばれてもないのに、もてなしを期待するヤツはいないだろ?」

 

「そうか? 割といると思うぞ」

 

 

 マジか。そんな厚かましいのいるのかよ。ニホンだと普通なのかな……。文化の違いってヤツだな。

 

 

「……それでは、また」

 

「ああ。機会があれば、また」

 

 

 エミヤとセイバーに背を向ける。

 

 そのまま後ろ手で引き戸を閉めようとして、ふとある疑問が頭に浮かんだ。疑問といっても、結構どうでもいいやつだ。雑談で消化するようなネタ。仮に答えを得られなくても構わないような代物だ。

 

 このまま何も訊かないで帰ったっていい。でも、今日の俺はなんとなく訊ねたい気分だった。

 

 

「エミヤ」

 

「ん? なんだ?」

 

「君、先祖に中東の人とかいる?」

 

 

 なんか()()()()から、ちょっと訊いてみた。

 

 

「……いや、どうだろう。俺の実の両親はどっちも日本人だったけど、遠い先祖とかは分からないかな」

 

「そうか───。まあ、そうか。いや、変なこと訊いたな。忘れてくれ」

 

「……?」

 

 

 今度こそ、俺は彼らに手を振って、エミヤ邸を後にした。

 

 タクシーに戻り、空港へ向かうよう運転手に依頼する。空港までは一時間。そこからトウキョウへ向かって、国際便でヒースローまで。あとはまたタクシーでロンドンへ。丸一日の移動再び、である。

 

 チラリ、とバックミラー越しに後部座席を覗く。

 カノンとマクレミッツが並んで座っている。前者は背中のリュックサックのせいか、少し窮屈そうに身をよじっている。後者は今もなお深い眠りの中だ。

 

 外に目を向ければ、並走するいくつかの車が目に入った。運転席にはスーツの大人。きっと通勤だ。確かにそんな時間だった。

 

 空にはびっしりのうろこ雲。東の方は晴れているけれど、西の方は分厚い雲に覆われていてかなり暗い。今日は西風が強いから、東の空もしばらくすれば灰色に染まるだろう。

 

 気温は氷点下。

 

 

「────雪、降るかもな」

 

 

 

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