アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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二十四話/後日談

 

 

 

「────はい。ええ、はい。……はい。分かりました。それでは失礼します」

 

 

 執務室から退室する。

 第二科(ソロネア)の大教室から右手にずっと進んだ場所にあるそこは、ある魔術師の居城でもある。学術都市は息子/娘に任せ、自身は小さな個室で寝泊まりとは。

 

 君主(ロード)にして個体基礎科学部長。ロード・ソロネア。そこは時計塔本部に設置された彼の執務室兼自室である。

 

 報告を終え、俺は彼の部屋から帰るところだ。

 

 

「…………はあ……」

 

 

 扉を閉めて、もう向こうには声が聞かなくなってから、大きくため息をついた。正直疲労の限界である。

 

 今日一日の俺の行動はこうだ。

 

 秘骸解剖局へ通達を出し、無駄に長い手続きをして、特例で"古き心臓"への通行許可を貰い、マクレミッツを背負ったまま霊墓アルビオンを下っていき、やっと竜の頭蓋───天文台カリオンまで辿り着いた。

 

 冠位決議(グランド・ロール)で何やらゴタゴタがあったらしく、すんなり、というワケでもなかった。もう籍は天文台(カリオン)に残ってないから仕方ないけど。

 

 ミリョネカリオンに仕事の達成の報告と彼女の身柄の引き渡しを行おうとするも、マクレミッツは直接フラガの家に渡せと言われてしまい、また背負って持ち帰り、今からアイルランドに行ける筈もないから魔術協会管轄下の病院へ連れて行き、またそこでも手続きをして───。

 

 それだけでも散々だったのに、こうした一連の行動をすべて君主(ロード)に報告しなくてはならなくて、たった今すべてが終わったところ、といった具合だ。

 

 肉体的にもそうたが、精神的にも疲弊した。とくにロード・ソロネア。彼は俺の苦しむ顔が好きな生粋の加虐趣味者(サディスト)だ。カノンのことを報告したときなんて、

 

 "あれ、一般人とかなんとか宣ってたけど、結局使うのか。いやあ、なかなか魔術師だねぇ"

 

 なんて皮肉を言われてしまった。マジでムカつく。

 

 

「───ったくよぉ」

 

 

 ガリガリと頭を掻く。その度にズキリと脳が硬直する。休めたのは結局、飛行機の中での睡眠が最後だ。いくら魔術で誤魔化せるからといって無限に起き続けられるわけじゃない。

 

 自宅までは距離がある。どこかで少し休んでいこう。

 

 とはいえ、この時間だとやっている店は少ない。いや、それは正確じゃないか。あるにはある。けれど、落ち着けるような場所──カフェとか──はあんまりないのだ。

 

 仕方ないのでちょっと空き教室を拝借する。

 どうせこの時間じゃ誰も使ってないし、誰も使わない。大教室と違って小教室はセキュリティも比較的ザルだ。

 

 暗闇に沈んだ教室で、ひとり席に座って天井を眺める。何も見えやしないけど、なんだかプラネタリウムにいるみたい。

 

 小さく息を吸い込んで、

 小さく息を吐き出した。

 

 ───このまま眠ってしまおうか。

 なんて考えが浮かんだが、それは流石にマズいと理性が訴えてくる。自身が所属する学部の教室とはいえ無法地帯ではないのだ。

 

 仕方なしに起きあがろうとして、その時、ガラリと戸の開く音がした。

 

 そこに居たのは白髪の男だった。

 

 逆光で顔はよく見えない。けれど、目だけは見えた。穏やかではあるものの、確かな輝きをもった眼だ。そんな彼の視線と、俺の視線が交差する。

 

 

「こんなところで一体なにを? 地下の研究棟ならいざ知らず、表側はもう消灯の時間だ。職員の皆さんも困ってしまうよ?」

 

 

 彼はこれまた穏やかな声色で話しかけてくる。敵意はまるでない。ごく一般的な世間話かってぐらいだ。

 

 

「少し、疲れてまして……。すみません。すぐ帰ります」

 

「それがいい。……ソロネアの寮まではそれなりに距離があるか。よければ送っていこうか? 私もこれから帰るところなんだ」

 

「せっかくのご厚意を無下にするようで心苦しいですが、遠慮しておきます。貴族主義派の君主(ロード)と仲良くしていた、なんて噂が立ったら困りますから」

 

 

 皮肉で言ったが、対面の彼は表情ひとつ変えることなく「なるほど」と微笑みを浮かべている。

 

 そんな噂が流れたところで俺は困らないし、彼も特に困ることはない。それを理解していての態度だ。つまるところ、この一連の会話は茶番もいいところ。長い挨拶のようなものだ。

 

 

「───しかし珍しいですね。山から降りてくるなんて。聞きましたよ、冠位決議(グランド・ロール)だってご息女に代行させたんでしょう? どんな風の吹き回しですか?」

 

「そんな大した用事でもないよ。……ハートレスの件で法政科に呼ばれてしまってね。少なからず親交があったから。ついさっき終わったところなんだ」

 

「そうですか」

 

「苦言を呈されてしまった。資源の無駄使いだってね」

 

 

 ハートレスが所持しており、現在は法政科に押収された十数個の()()()魔眼。アレらはもともとは彼がハートレスに依頼したものだという。まあ、その副産物とでも云える代物ではあるけれど。

 

 魔眼持ちは貴重だ。低級の魔眼であっても。

 それをたかたが極東の魔術儀式を視るためだけに使ったんだ。真っ当な魔術師ならば、その所業には怒りを覚えて然るべきだろう。

 

 

「逮捕はされなかったんですね」

 

「ああ。証拠がないし、なにより他者の魔眼を使うという手段はハートレス自身が勝手にやったことだ。私が欲したのは"結果"であり、その"過程"について意見を述べたことはないからね」

 

 

 流石は君主(ロード)といったところか。息をするように政治を行い、それでいて魔術世界の頂点に君臨する。まさに時計塔の王。山に引き篭もっているだけのお飾りではないということだ。

 

 クス、と男が笑った。

 そんな風に思っていたんだ、と言外に伝えてくる。

 

 こちらも目線で、あなたに会ったことない人は皆そう思ってますよ、と伝える。

 

 

「いまは違うのかな?」

 

「ええ、違いますね。個体基礎科(ウチ)君主(ロード)と同じ、食わせ者だと理解しました」

 

「まあ、私はこれでも天体科(アニムスフィア)君主(ロード)だからね」

 

 

 時計塔十二学科のひとつ。第八科。天体科(アニムスフィア)

 

 天体の運動と魔術は密接な関係にある。『星を詠む』というのは最古の魔術の一つであり、紀元前二千年のメソポタミアでは既に星々の動きに意味を見出していたという。

 

 カルディア人に代表されるように、人類の成長に天文学や占星術は欠かせないものだったのだ。

 

 そんな魔術的天文学を司る天体科の王こそ、眼前にいるその人である。

 

 名を、マリスビリー・アニムスフィア。

 

 

「……そう云えば───無色透明、綺麗な聖杯を今なら見れますよ? 冬木に行けばね。()()()()()()()()()()()けど、どうします?」

 

「…………」

 

 

 思えば、目が合った時に俺と彼は互いに互いを理解していた。彼の理念も、信念も、打ち砕かれた夢さえも。そして、彼もまた、俺がこれから辿る運命を。

 

 

「───いやあ、まったく。理解(わか)り合えるというのはやはり素晴らしいね。感動するよ。君や私のような人間が増えれば、もう少し人類も生きやすいとは思わないかな?」

 

「言わなくても理解(わか)るでしょうけど、敢えて言葉にしますね。───全然思わないです」

 

「そうか。しかし残念とは思わないよ。君には君の、私には私の考え方がある。それを強制することはできない、誰だってね」

 

 

 人間にはそれぞれ違う考えがある。同じ考えにすることなど不可能だ。けれど、違う考えを許容し合うことはできる。理解する必要も、同調する必要もない。ただ"在る"ことを認めるだけ。

 

 その一点については、俺も同意する。そうであれば世界はどんな平和で幸福だろうか。

 

 でもそれは机上の空論だ。

 

 そしてこれが最も重要なのだが、俺は彼の描く理想の末路をどうしたって許容できない。彼の想いが"在る"ことを認められない。

 

 

「ああ、そうだ。まだ君の問いに答えていなかったね。……うん、聖杯は、もういいんだ。今からでは間に合わない。私と君が共に冬木の地に赴く異聞(みらい)も存在しない。私にとって今は余生だよ。あとはマリーに頑張ってもらうしかないかな」

 

「ご息女は、あなたになれないと思いますが……?」

 

「そうだね。あの()は───いい子だから」

 

 

 頭痛も治ってきた。暗闇というのはやはり目に優しいらしい。

 

 俺は席から立って、ロード・アニムスフィアの横を通り過ぎるようにして教室を出る。少しだけ寂しそうな彼の顔を見なかったことにしながら。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 後日、聖杯戦争決着の知らせが届いた。

 

 勝者はセイバーのマスターらしい。つまりあのエミヤが勝ったということだ。キャスターや、御三家を降して。

 

 しかし、俺にとって重要なのは一つだけ。

 アインツベルンが敗けたという事実だけ。

 

 エミヤは甘いヤツだから、もしかしたらイリヤスフィールは生きているかもしれない。けれど当主たるユーブスタクハイトにとって、彼女の生存など些末な問題だろう。結果として、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 じき、あの辺境の城にも知らせが届く。

 

 

「いよいよか」

 

 

 年末に俺とイヴェットとの間で交わされた約束である。

 

 もしアインツベルンという工房が閉鎖されるなら、その死骸を喰みにハイエナが群がってくる。そうなれば周辺にいる俺たちにも被害が及ぶ。仮にその時は被害を免れたとしても、そんな輩がお隣さんでは安寧はない。

 

 だから、それよりも先にアインツベルンを奪取し、相応しい者へ分配する。

 

 

「……気が重い」

 

 

 イヴェットは多分戦闘はないと言っていた。テキトーなヤツだがリスクとリターンの計算は抜群に上手い。だから不測の事態がなければ本当に戦闘なしで終わるんだろう。

 

 けれど、計画通りに事が進む方が稀なのだ。

 

 ラプラスの悪魔でもない限り、この先に何が起こるかを知る術はない。未来視の魔眼ですら絶対はない。"想定外"とは常に背中に貼り付いているものだ。

 

 遠すぎるために俺の『直感』は冴えないが、俺自身の直感は囁いている。───なにか起こるぞ、と。

 

 

「まあ、準備だけはしときますか」

 

 

 どうせそのうちイヴェットから連絡がくる。それまでに持っていく荷物とかはまとめておこう。冬木から帰ってきてまた一週間そこらしか経ってないっていうのに、また国外か。

 

 今回の行き先はドイツ。

 国の南側にあるバーデン=ヴュルテンベルク州のさらに南側、シュヴァルツバルトの入り口だ。

 

 時計塔に所属してからはずっと英国にいたから、ある意味久しぶりの里帰りでもある。俺が12歳の時だから5年ぶりか。長かったような、短かったような……。

 

 コン、コンコン、コン。

 思い出に浸っていると、ふいにノックの音が響いた。別に鍵は掛かってないんだし勝手に入ってくればいいのに。

 

 

「入っていいよ」

 

 

 入室を促す俺の声に従うように扉が開かれる。

 入ってきたのはカノンだった。意外でもない。この家で俺以外のヤツは彼女しかいないのだから。

 

 けれど、彼女を見て少し驚いた。どこに目が行ったかと云えば、その服装である。黒とオレンジの衣装。それは紛れもなく時計塔の制服であった。

 

 

「じゃーん! 見て見て、さっき届いたんだよ! 可愛いでしょー!」

 

「おー、可愛い可愛い」

 

 

 先日、カノンは正式に魔術協会の一員となった。

 所属は個体基礎科(ソロネア)。アイテールが推薦し、入学金もアイツが払った。晴れて時計塔の認める『魔術師』になったわけだ。

 

 

「なんか気持ちがこもってなーい!」

 

「本心だって。似合ってるよ。まあ、式典くらいでしかみんな着ないけどな」

 

「そうなの? でもこれ自体が魔術礼装の類いだって先生言ってたよ」

 

「自分で用意した礼装の方が信用できるってことだよ。新世代(ニューエイジ)ならともかく、古い家系なら強力な礼装のひとつやふたつ持っているもんだ」

 

「ふーん」

 

 

 というか、先生、ね───。

 

 カノンはこの間からアイテールのことを"先生"と呼ぶ。正式な師弟関係を結んだ以上、対外的にも立場をきっちりさせるというのは同意する。

 

 するが、あまりイメージにそぐわない。たしか一級講師の資格は持っていた筈だが、彼/彼女が教鞭を振っているところは見たことがない。君主(ロード)の後継者だからしょうがないのかもしれないけど。

 

 いや、でも現代魔術科(ノーリッジ)君主(ロード)本人が講師を務めているか。先代のロード・エルメロイもそうだ。降霊科(ユリフィス)もソフィアリ卿が一級講師を務めている。

 

 そういえば全員バルトメロイ派か。……貴族主義とはなんだったのか。

 

 

「まあ、でも! これで私も一人前の魔術師ってことだよね!」

 

「いや、これから時計塔は君を『魔術師』として扱うよ、ってだけ。別に一人前とは認めていない」

 

「え、じゃあどうしたら一人前って認められるの?」

 

「基準はさまざまだけど、大体は開位(コーズ)になったらかな。自身の魔術を確立した証。でも君は魔術師として一代目だから、長子(カウント)になれたらその時点で一人前って言っていいと思うよ」

 

「今のわたしは?」

 

「君は末子(フレーム)。一番下だね。長子(カウント)はその一個上、開位(コーズ)はさらに一個上」

 

 

 とはいえ、それはただの一般人が魔道へ進んだらの話。カノンの魔術回路はその質、量、ともに高水準だ。いや、人類としての最高レベルといっていい。

 

 あとは魔術の知識を詰め込むだけ。あっという間に階位を上げるだろう。典位(プライド)からは明確な才能が必要だけど、多分開位(コーズ)までなら彼女は確実に至れる。

 

 先生の教え方がヘタクソでなければ、だけど。

 

 

「クシロンはなんだっけ?」

 

「俺は祭位(フェス)開位(コーズ)の一個上だね」

 

 

 立ち位置としては、だが。

 祭位(フェス)は特殊な階位だ。魔術師としての技量ではなく、何か一芸に秀でているものに与えられる。

 

 例えば、ロード・エルメロイⅡ世は教育者としての力を認められて。俺やマクレミッツは封印指定執行者としての卓越した戦闘能力で、だ。

 

 だから開位(コーズ)の上位ではあるものの、純粋な魔術師としての能力はピンキリなのが実際のところだ。

 

 

「あーあ、遠いなー。これでやっとクシロンに追いつけたと思ったのに」

 

「それは流石に俺のこと舐めすぎだろ……」

 

「ふん! いつか冬木での借りを返してあげる。せいぜい震えて眠ることね」

 

 

 ホテルで何もわからないまま敗けたのが余程悔しいらしい。あれは光弾しか使わない君が悪い。別の──例えば質量をもったもの──に切り替えれば突破できた。というか、本格的な格闘術を学ぶだけでいい。それで俺には勝てる。

 

 

「来月からは全体基礎科(ミスティール)で他の魔術師(ルーキー)たちに混ざって授業を受けることになる。個別授業じゃなくなるってことだ。君に構わず講義は進む。ま、荒波に揉まれてくるといい」

 

「望むところよ!」

 

「……一応、ダメだった時のルートもあるから」

 

「なんで失敗前提!? やめてよねっ!」

 

 

 いや、少し前まで一般人だったやつが付いていけるような講義を組むほどアイツらは優しくないからだけど……。

 

 でも、ダメだった時のルートはロード・ソロネアに思いっきりデカい借りを作ることになるのでやめて欲しい。被害を被るのはアイテールではなく、間違いなく俺になるから。

 

 

「まあ、いいや。先生のトコ行ってくるね。制服見せてくる!」

 

「はいはい、行ってらっしゃい」

 

 

 正式に魔術師となったことでアイテールはカノンに対し、ロンドン市内に限って自由行動を許可している。なのでこうして外出する際も俺の付き添いは不要となった。

 

 バタバタと駆けていく足音。

 それは次第に遠くなっていき、ガチャリと扉の開く音と共に鳴り止んだ。

 

 一人でこの家にいることになったわけだが、随分と新鮮なかんじだ。初々しい魔術師見習いを見たから、というのもあるだろうが、なんとなくロンドンに来たばかりの頃の自分を思い出す。

 

 長子(カウント)にもなれなかった若き日の自分を。

 

 

「───なんて。今もまだガキだろうが」

 

 

 つい自嘲する。この歳でジジイ気取りとは。

 だが、焦りに焦っていたあの日よりは、少しは落ち着いたかな、俺も。

 

 そういう意味では今回の里帰りも悪くない。家のヤツらとも今なら穏やかに話せそうだ。

 

 

「そうだな……お土産とか、買っていくか」

 

 

 しかし。

 ロンドンの名物って、なんかあるかな───。

 

 

 




To be continued...


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