アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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二章 迦羅枢内
一話/冬の城のクラウニン


 

 

 

Ladieeees and Gentlemeeeen(紳士淑女の皆々様ァアァァ)!!!」

 

 

 マイクを片手にイヴェットが叫ぶ。

 

 壇上から鳴り響く大声に、会場に集まった数十人の魔術師たちが一斉に振り返った。大勢の視線が眼帯の少女を射抜く。けれど、彼女はそれをものともせず、反対にニヤリと笑って言葉を続ける。

 

 

「本日はお日柄も良く、絶好のオークション日和りでございます! これほどまで多くの方々がお集まりになりましたこと、主催者として大変嬉しく思います」

 

 

 原稿はなく、けれど(よど)みない進行だ。まるで緊張していないように見える。後ろに控えているだけの俺が場に呑まれそうになっているっていうのに、本当に大したヤツだ。

 

 

「先にもお伝えしましたが通り、オークション本番は夕刻より開始とさせていただきます。それまではご観覧、ご団欒(だんらん)のほどを。城内につきましては自由に出歩いていただいて結構でございます。ご自身の競り落としたい品物を、是非その目でお確かめください」

 

 

 場所は()()()()()()()()

 常冬の城のホールはすっかりパーティ会場へと変貌していた。スーツ姿の紳士、ドレス姿の淑女がグラスを片手にイヴェットの話を静聴している。

 

 無論、全員が魔術師だ。

 

 

「さて、堅苦しい挨拶もここまでと致しましょう! ではっ! アインツベルン・オークションの開催を、ここに宣言いたしますっ!」

 

 

 ぺこりとイヴェットが頭を下げる。同じく、俺たちも会場の魔術師たちに向けて礼をした。

 

 瞬間。万雷の拍手と、興奮を隠せない一部の者の雄叫びがワッと襲いかかってきた。音の暴力だ。同じ魔術師の集まりでも式典じゃあこんな姿は拝めない。

 

 しかし、ここまで大事になるとは……。

 

 俺は壇上から裏へ移動しながら、頭の中でこのようなことになった経緯を静かに思い返していた。

 

 

 

  ◆

 

 

 

 ヒースロー空港から2時間弱。シュトゥットガルト空港に到着した。

 

 懐かしい空気の匂いが鼻腔をくすぐる。

 云ってしまえばそれは、ただの土と草の匂いに過ぎないのだが、どうにも懐かしさを覚える。

 

 いや、プラシーボ効果のようなものかもしれない。思い込みだ。帰ってきたという実感が、普通の匂いを普通じゃなく感じさせているのだろうか。

 

 

「おーい、クシロンくーん!」

 

 

 物思いに耽っていると、空港のタクシー乗り場からこちらへ呼びかける少女の声が聞こえてきた。

 

 黒色のバン(スプリンター)の助手席に少女はいた。

 眼帯が特徴的なピンク髪。俺より一日早くドイツへ帰っていたイヴェットである。

 

 

「わざわざ迎えに来てくれなくても良かったのに」

 

「どうせこのままアインツベルンのとこに直行でしょ? 現地集合よりよっぽどスマートだと思わない?」

 

「まあ、確かに」

 

「クシロン、ところで……」

 

 

 と、イヴェットは俺の隣に目を向けた。

 目線は少し下がる。ちょうど俺の胸の高さくらい。

 

 釣られて俺もそちらを見れば、ピョコンと金の髪が揺れる。……俺が国外に出るということはつまり、そういうことだ。

 

 

「初めまして。カノン・トレベナスと言います」

 

「あー、君があのカノンちゃん! あたしはイヴェット。よろしくね!」

 

 

 車の窓から身を乗り出して手を差し出すイヴェット。対してカノンは恐るおそるといった風にその手を握り返した。タイプの違う二人だが、相性が悪いわけでもなさそうで良かった。

 

 というか、初対面が穏やかに済んだことに気を取られていたけれど、彼女はいま妙なことを口にした。

 

 

「……おい待て。"あの"ってなんだよ」

 

 

 あのカノンちゃん、とは?

 

 時計塔に通わせている手前、カノンがどこかで話題になることは避けられない。しかし下手に目立つようなことは極力回避したい。もし俺の知らないところで噂されているのなら───。

 

 

「そう怖い顔しないの! まったく過保護だな〜」

 

「過保護で結構。俺の弟子ならほっとくんだが、そうじゃないんでね」

 

「ふふ……メルアステア派の中だけだけど、ちょっと噂になってるんだよ。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのように二十代の若さにして色位(ブランド)を授与されるんじゃないかって天才、アイテール・エッジワース・ガルガリン。その彼女が採った弟子だってさ」

 

「───なるほどね」

 

 

 アイテールが原因か。なら想定内だな。

 

 もともとカノンとアイテール、そしてロード・ソロネアの繋がりを隠すつもりはなかった。むしろ強く印象づけるようにしていたくらいだ。

 

 理由は単純。カノンの後ろ盾になってもらうため。

 

 彼女は魔術師としては初代だし、一般社会で権力を持っているわけでもない。そのくせ魔術師としての素養は高い。心無い連中に食い物にされる条件が綺麗に揃っているのだ。

 

 カノン自身の異常性だけに注目されるのは困る。けれど、他の要因によるものであるなら問題ない。

 

 

「いったいどういう経緯で弟子なんて採ることにしたんだろう。クシロンくんは知ってるのかなー?」

 

「さあね。知りたければ自分で調べてくれ。もっとも、身の安全は保証できないが」

 

「きゃーっ! こ〜わ〜い〜!」

 

 

 相変わらずテンションがおかしいヤツだ。

 

 くねくねと悶えるイヴェットを尻目に車へ乗り込む。広々とした車内。荷物を載せてもまだかなり余裕がある。流石はベンツだ。良い造りをしている。

 

 車はそのまま南下していく。

 

 綺麗に舗装された道路がだんだんと古びていって、ひび割れや木の根による隆起がところどころに散見されるようになっていった。しばらくして、アスファルトすら消え失せ、周りから民家の姿も見えなくなった。

 

 一時間も走らせれば、車の窓ガラスに結露が見えるようになり、地面から色彩が徐々に失われていった。

 

 やがて辿り着く。

 黒々とした木々。その頭だけは白く染まっていて。地面を覆う白い絨毯と同化している。

 

 もう3月もすぐそこだというのに、その森は冬のまま変わらない。まるで時間が止まってしまったように。いや、多分、ここに住むヒトたちにとって一千年前から時間は止まったままなのだろう。

 

 

「やっと着いたか」

 

「だね!」

 

 

 遠く(かす)んで見える城を見やる。

 眼前の森の向こう側。空に溶けるように鎮座する白雪の城。アインツベルンの魔術工房である。

 

 

「と言っても、ここからが大変なんだけどね。森の結界とか防衛装置やら諸々を解除しながら進まないといけないし」

 

「思ってたより城まで遠そうだな。今日中に辿り着けるか?」

 

「さあ、どうだろうね。でも大丈夫じゃない? 結界自体はまだ生きてるけど、言ってしまえばそれだけ。アハト翁──制御中枢はもう居ないんだもん」

 

 

 アインツベルンにもう人間の魔術師は存在しない。ユスティーツァという傑作にして失敗作が出来た時点で彼らはこの城を去った。以後、管理しているのはとある人工知能だ。

 

 ゴーレム・ユーブスタクハイト。

 

 しかしその機構(ゴーレム)も、第五次聖杯戦争で自らに見切りをつけた。アインツベルンという名の工房はもう時代遅れだと。無意味な一千年であったと。そして、己が電源を落とした。

 

 侵入者を分析し、的確に除去する管理者はもはや存在しない。以て、この森は少し厄介な迷宮(ダンジョン)と大差がない。イヴェットの言うとおり、俺たちのような学生でも突破できてしまうくらいにまで零落した。

 

 

「さあーて! いっちょやったりますかあ!」

 

 

 気合いたっぷりのイヴェットは、その右目の眼帯をめくって眼窩(がんか)へ指を突き入れた。その姿を見てカノンはぎょっとしていたが、彼女にとってこれはなんでもない行為だ。

 

 手をどければ、そこにはぐちゃぐちゃに抉られた目が……あるわけもなく、菫青石(アイオライト)が義眼として嵌め込まれていた。

 

 元より彼女の右目は空洞だ。

 魔眼という個人に由来する異能であるにも拘らず、レーマン家が個体基礎科(ソロネア)ではなく鉱石科(キシュア)に所属している理由のひとつ。

 

 加工魔眼。

 宝石を加工し、魔眼を複製する。

 それがレーマン家の魔術体系である。

 

 本来、魔眼というものは複製が困難だ。けれど、宝石の持つ魔術的属性によってその限界を乗り越えている。古来より眼球はしばしば宝石に喩えられてきた。ノウブルカラーが"紅玉"、"蒼玉"と呼ばれ、この上位に"宝石"のランクがあるように。そういう意味では理想的なアプローチとも云える。

 

 菫青石(アイオライト)の加工魔眼は、たしか……。

 

 

「ふっふーん! これは霊的な感覚を強化するの。霊視、魔力視の類いね。これで結界をちゃちゃっと片付けちゃおーってワケよ!」

 

 

 振り返ってウインク。

 相手は俺ではなくカノンだ。今の説明もそう。彼女なりのプレゼンテーションというわけだ。新たな友人への、という意味もあり、メルアステアからソロネアへの、という意味もある。

 

 さて、とイヴェットは森の結界に向きなおるも、それだけで何もしようとはしなかった。不思議に思うも、こてんと小首を傾げたのは俺ではなくイヴェットの方であった。

 

 

「どうした?」

 

「結界の基点がないの。魔力の流れも変……。防衛のための術式じゃない……なに、これ?」

 

「どれどれ……。───なるほど、確かに」

 

 

 イヴェットの言葉は正しい。これは守るためのものじゃない。誤魔化すためのものだ。というか、そもそも結界として成立していない。

 

 これは幻術。夢と(うつつ)()()()を操る魔術。アインツベルンらしくない。……まあ、つまるところ───。

 

 

「どうも先客がいるらしいな」

 

「うそ! あたしたちより早く情報を掴んだってこと?」

 

「別におかしくはないだろ。聖杯戦争が終結してもう二日。耳の早いヤツならアインツベルン閉鎖の情報は掴んでる頃合いだ。……ま、だとしても行動を起こすには早いか」

 

「そうだよ! その情報だって本当かどうかもわからないのにっ!」

 

「だな。相手は凄腕の幻術使い。間違いなく一流の魔術師だ。なのに情報屋の言うことをマルっと信じるってのは……イメージとズレる。よほど信用しているのか。それともアインツベルンの情報を掴んだのが幻術使い本人なのか」

 

 

 ───にしたって行動に迷いがなさ過ぎないか?

 どっちかと云うとコレはわかっているヤツの仕業だ。印象だけだが、相手は随分と前から聖杯戦争を、アインツベルンを探っていたように思えてならない。

 

 

「うーん、仕方ないね。これはやっぱりクシロンくんの出番ってところかな? 年末にあたしが言ってたコトが当たっちゃったね!」

 

「嬉しそうだな?」

 

「いやほら、活躍の機会が出来て良かったじゃん。カノンちゃんにイイトコ見せるチャンスだぞう!」

 

「余計なお世話。あと、殺しは良いところじゃないだろ」

 

 

 茶化すようことを言うイヴェットをあしらって、俺は森へ踏み入ることにした。

 

 見かけの上だけの結界に手を通す。

 やはり警報もなにもない。本当にハリボテ。いや、それ以上の偽物(フェイク)だ。

 

 

「もともとあった防衛のための術式は一通り解除されているな。でも痕跡は残っている。ほんの数時間前に壊されたってかんじだ。急げば間に合うかもしれん」

 

 

 向こうはアインツベルンの用意した防衛装置を解除しながら進まなければならない。対して俺たちはソイツの足跡をそのまま辿ればいいだけ。全速力で走れば追いつけるかもだ。

 

 

「カノン。君、この幻術を見抜けるか?」

 

「いや、全然。メガネを外せばいけると思うけど……」

 

「いや、ならいい。君は上から城へ向かってくれ。空中にも多少守りはあるが、地上に比べればガラ空きもいいところだ」

 

 

 カノンを抱えて走ることもできるけれど、それだと両手が塞がることになる。いざって時、咄嗟に対応できないかもしれない。それは困る。

 

 なので、彼女には飛んでもらうことにした。

 

 最近は身体強化の魔術もできるようになってきた。アラは目立つがそこはその膨大な魔力量でカバーしよう。

 

 アインツベルンの森の結界は空の脅威をあまり想定していない。古い結界だとよくあることだ。ヘリコプターなんかなら撃墜できるし、それでも今まで問題なかったんだろうけど。いまのカノンなら昼間でも簡単に抜けられる。

 

 

「でも、いいの? 他人に羽を見せちゃって」

 

「問題ない」

 

 

 いくらでも誤魔化しようはある。眼が良く、魔術の知識も豊富、かつヒラメキに優れた人間以外になら、降霊術の一種だとかテキトーこいてもまず通る。

 

 

「イヴェットちゃん抜きでなにコソコソと───ってうわあぁ!! え、カノンちゃん!?」

 

 

 仲間はずれにされたように思ってか、幻術と現実を見分けていたイヴェットがこちらを睨んで抗議の声をあげる。あげようとした。が、その前に、カノンの背中の物体を見て驚きの声をあげた。

 

 それは純白の翼。

 いっそ白を通り越して蒼く見えるほどの。

 

 

「じゃあ、行ってきます!」

 

「ああ。俺たちも出来るだけ並走するが、気にせず飛んでいってくれ。ただし、接敵はするな。俺たち以外の人間を見つけたら(ケン)に徹しろ。いいな?」

 

「りょーかいです」

 

 

 エーテルの翼がはためいて。瞬間、若葉とも呼べないような小さな緑色さえも吹き飛んでしまうんじゃないか、という強風が生まれた。それはほんの1秒にも満たない時間で、跡にはカノンの姿はなく、彼女はとうに空高く舞い上がっていた。

 

 

「なにあれ……。羽、鳥? 獣性魔術? いや全く別の───。クシロン、あの娘はいったい……?」

 

「さっき言ったろ。知りたければ自分で調べてくれ」

 

「ただし、命の保証はしかねる……でしょ? はいはい、わかりましたよーっと」

 

 

 イヴェットは口を尖らせる。本気で悔しがっているわけではないだろう。ただのポーズだ。

 

 

「さあ、俺たちも行こう。魔眼の調子はどうだ? 幻術は見透せたか? 少し本気で走るが、ついてこれそうか?」

 

Alles in Butter(すべて問題なし)!」

 

Gut(良し)

 

 

 全身に『強化』を回す。魔力の比重は眼球と脚により多く。獣のように姿勢を低くして地面を()る。

 

 アインツベルンの防衛術式のない──先客が通った跡を視て辿る。とはいえ、向こうは痕跡を消す素振りもない。雪と泥にはくっきりと小さな足跡だって残っている。

 

 大きさからして男じゃないな。

 女……。もしくは俺たちより下の子供か?

 

 その割に五十年以上は研鑽を積んでそうな幻術の精度だ。やはりどうにもチグハグな印象が拭えない。

 

 上は気配は随分と前方に遷移(せんい)している。ジェット機並みの速度は今の時刻じゃあ出せないが、それでも俺たちの走りよりは速いらしい。こっちも自動車くらいの速度ではあるんだが……。

 

 後ろに意識を少し割く。

 いくつものフリフリのロリータ服じゃなく、遺跡調査なんかで着る地味な服にしてきただけのことはある。なんとか俺に食らいついてこれている。勝手ながら運動は不得意とばかり思っていた。認識を正そう。

 

 森の入り口より、直線距離にして約3キロ。

 木々の隙間から白亜の壁がチラチラと見え出した。先客の足跡を追ったから最短距離ではないが、それでも6分程度で着けたのは喜ばしい。イヴェットが頑張ってくれたおかげだ。

 

 

「ラッキーだぞ、イヴェット。幻術使いのヤツはそんなに急いでいないらしい。今通ったところにあった術式だけどな、ほんの数分前に壊されたみたいだ」

 

「ハァ……! それは、良かった、じゃんッ! ハァ、ハァ……ッ!」

 

 

 森を抜けた先は正門の前だった。

 先客はアインツベルン城の構造に詳しいようだ。

 

 先に着いていたカノンが上空からふわりと降りてくる。

 

 

「クシロン! いたよ、多分だけど幻術使いのヒト! たったいま中に入っていった!」

 

「マジか。どんな見た目だった?」

 

「いや、日傘を差してて上からじゃ良くわかんなかった。でも女の子だと思う。可愛い日傘だったし、長い髪してたし」

 

「わかった、ありがとう」

 

 

 イヴェットは、息を整えている最中か。1分ってところだな。それくらいなら待つか。いや────。

 

 ……相手は目と鼻の先。

 森の足跡からして走ったりはしていない。随分と悠長にしている。俺たちに気がついていないのか。それとも気づいた上で放置しているのか。

 

 ここまでのチグハグさが響いてきている。相手の姿がまるで見えない。霧の中にいるような。本当に、幻でも見せられているような。……イヤなかんじだ。

 

 戦力の逐次(ちくじ)投入は愚策だが、ここはまず俺一人で先行して情報面でのアドバンテージを獲る。

 

 

「カノン! イヴェットの息が整ったら正門まで進んで待機。俺の合図を待って突入だ」

 

「え、はい!」

 

「任せたぞ」

 

 

 俺は独り正門へ向かう。

 跳ね橋を渡って、階段を上り、少し進めばもう門の前だ。城の入り口。玄関と云ってもいいが、言葉の持つイメージとは少々かけ離れている。

 

 警戒しながら、両手で門を押す。

 鍵は掛かっていないようで簡単に開いた。

 

 

「あれ? あれれ?」

 

 

 城の中から、聞き覚えのない少女の声がした。

 

 

「ここはアインツベルンのお城だよ? まさかハイエナ? 幻滅しちゃうなー。失望しちゃうなー。こんなことしてプライドに傷は付かないの、()()のアインナッシュくん?」

 

 

 少女は城内に入ってすぐの階段、その中腹にいた。

 

 俺やイヴェットよりも若い。ともすればカノンよりも。あくまで外見の上だけの話ではあるが。

 

 黒と白のゴシックロリータ風の衣装。

 室内だというのに日傘を差している。実用性のなさそうな装飾過多な傘を。

 

 ───いや、この際それらすべてどうでもいい。些事ですらある。どうせ、コイツの全てがぐちゃぐちゃになるんだから。

 

 

「おい、ガキ。……誰が、ニセモノだって?」

 

 

 その発言だけは聞き捨てならない。

 

 

「えー? だって、教会がそう言ってるんだからそうでしょ? 腑海林。思考林。シュヴァルツバルトの魔物、なんて呼ばれ方もしてたっけ。みーんなアッチが本物のアインナッシュだって思ってるよ?」

 

「けど、少なくともお前は知ってるだろ。理解した上で煽ってるよなぁ、ええ?」

 

「え、そうだけど。あれれれ、もしかして、結構クリティカルヒットしちゃった?」

 

 

 こちらの怒気に怯む素振りもない。ただ面白そうに笑っている。精神の表面の方──冷静な部分で状況を俯瞰する。こういう手合いには覚えがある。狂人の類い、あるいはそれに扮する道化だ。

 

 しっかりしろ。

 煽られたくらいでカッとなるなよな、俺。

 

 俺の役目はなんだ? 情報収集だろ。大抵の初見殺しにだって対応できる俺が、ヤツの手の内を明かして優位を獲るんだろうが。後ろで待機している二人のためにも。

 

 ふぅ、と短く息をする。

 それを以て意識を切り替える。

 

 再び見上げたその先では、モノクロームの少女が薄ら笑いで見下ろしていた。

 

 

「まず訊かせてもらうが……誰だ、お前?」

 

「フツー自己紹介は自分からやるモンじゃなーい?」

 

「お前は俺のこと知ってるみたいだからな。省いてやったんだ。そのくらい理解(わか)れよ」

 

「おっと、確かにそうだね。失敬失敬っ!」

 

 

 少女はそのまま階段を降り、傘を片手にくるりとその場で独楽(コマ)のように回転してみせた。優雅なバレリーナのようでもあったけれど、この女にその例えは勿体ないように思えてならなかった。

 

 

「私はフランチェスカ。実は、この世界から戦争を無くすために聖杯が欲しくて……。でも60年後の第六次聖杯戦争なんて待てないから、アインツベルンになら聖杯を得る手掛かりがあるんじゃないかって思って来てみたの。───嘘だけどね!」

 

 

 だってこの女は、そんな美しい存在じゃないから。

 

 

 

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