アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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四話/枢る宴のフォアシュピール

 

 

 

 一夜明け、迎えたオークション当日。

 

 会場となるアインツベルン城の大広間では、コマドリの鳴き声のように賑やかな歓談があちこちに広がっていた。

 

 あるものはグラスを片手に友人と思しき者と語らい、あるものは楽団の奏でる優雅な音色に耳を傾けている。かと思えば、さっそくパーティ会場から去り、己が競り落とす対象を視察するべく城の奥へ足を運ぶ者もあった。

 

 総勢百余名。

 イヴェットが宣伝とともに時計塔にバラまいた、宛名のない招待状──もといオークションの参加チケットを手に集まった魔術師たちである。

 

 宛名がないということはそのチケットさえ手に入れれば誰でも参加可能ということだ。オークションのためのチケットだというのに、そのチケットをめぐっての闇オークションが開催されていたとも聞く。

 

 招待状を持つ本人と、その付き添いとしてもう一名だけをアインツベルン城へと招く───。

 

 本人だけでいいという俺の言葉にイヴェットが反対して作られた制度のおかげで、会場には元の想定である100人を超える人数がたむろしている。おかげで料理や酒、他にも馬車の費用なんかが(かさ)んでしまった。

 

 この仕組みも、なにかしら考えがあったわけではなく、単にイヴェットが招待したい人が独りでは来ない……いや、来られない人だからだ。

 

 

「あ、先生! いらしてくれたんですね! イヴェットちゃん、感激ですっ!」

 

 

 招待状100枚のうち、それぞれ5枚ずつ任意に人に渡すことになっていた。どうしても来てほしい人や、協力してほしい人など、各々の判断で呼ぶためのものだ。そして、その使い方にはお互い干渉しない。そう決めていた。

 

 イヴェットが呼んだのは、まあ、予想通りというかなんというか。いや、逆に考えれば予想外だったかもしれない人だった。

 

 

「お招き感謝する。……と、一応は言っておこうか」

 

「そんなこと言ってぇ〜。ホントはあたしが心配だったじゃありませんかー? ほら、先生ってばすっごく生徒思いじゃないですか。あれれ、それとも、あたしがクシロンくんに盗られちゃうカモ!? って焦ってくれたりしたんですかね! きゃーっ!」

 

「……ファック」

 

 

 イヴェットに捲し立てられ、上品な身なりからは想像も出来ないスラングを唱えて頭を抱える長髪の男。

 

 彼を呼ぶための仕組みであったわけだ。

 

 彼はこういった場には内弟子の少女を伴って現れる。招待状一枚で彼らを呼ぶための策だ。……2枚使って呼べ、と俺は言ったのだがイヴェットには無視された。

 

 俺は彼を、そして彼の隣にいるフードを被った少女を遠くから観察する。今までは色々とあって接触できずにいたが、今日という日はチャンスかもしれない。

 

 彼が──ロード・エルメロイⅡ世が聖杯戦争に執着しているという噂は予々(かねがね)耳にしている。アインツベルンの遺産、ひいては大聖杯に興味があるようなら、これは話のネタになる。

 

 そういう意味ではイヴェットの判断に感謝しなくもない。が、しかし───それはそれとして不満がないわけではないのだ。

 

 

「……俺は徹頭徹尾このオークションを成立させるための人員を呼んだってのに、アイツは自分の趣味100パーセントだ。どう思うよ?」

 

「そういう要員は、レーマン家のご令嬢はキミ一人で十分だと思っているのだろう。ある意味とても信頼されているということだ。喜ばしいことじゃないか」

 

 

 後ろ盾。トラブル解決要員。

 ……ケツ持ち、と呼んでもいいかもしれない。

 

 ひとつは武力。

 圧倒的なまでの制圧能力と、対魔術師に特化した戦闘技能を持つ人間。現役の封印指定執行者。

 

 "空気打ち"、フォルテ・コン=プレスト。

 

 もうひとつは権力。

 時計塔という魔術師の国を治める十二の君主の一角。我らが個体基礎科の学部長。

 

 ロード・ソロネア。

 

 俺の招待状(チケット)は遊びもなく消費された。彼らには立会人としての役割もある。財のみを以て争うべき場で、それ以外を使わせないように。そして、オークションの後で(いさか)いのないように。

 

 

「執行者ったって"元"だ。それに二十歳にもなっていないガキ。……誰が脅威に思う?」

 

「"誰もがキミを知っているワケじゃない"。そんなコトは流石にわかっていると思うよ?」

 

「ならなんで───」

 

「言ったろう、信頼だよ」

 

 

 要らない信頼だ。

 それはつまり、トラブルが起きることを前提にしたものだ。解決能力、鎮圧能力だけを求められている。

 

 違う。違う違う。俺がほしいのは抑止力だ。何事もなく終わることこそが大切なんだ。

 

 オークション開催を後ろ倒しにして、もう少しイヴェットと内容を詰めておけば良かった。いやまったく。覆水盆に返らず(no use crying over spilled milk)、というやつだ。

 

 ふう、と一息ついて、それからグラスの中身を飲み干す。

 

 ぶどうジュースだ。

 アルコールが苦手な客や、未成年に出すためのもの。ワインとほぼ同じ製法で作ったもので、ジュースよりはノンアルコールと呼ぶ方が近いかもしれない。

 

 もちろん、俺の隣にいるカノンの持つグラスに注がれているのもこちらだ。対して、対面に立つ女性のグラスには正真正銘のレッドワインが注がれている。

 

 こくり、と彼女も一口飲み、言葉を紡ぐ。

 

 

「いやしかし。キミが私を頼るとは思っていなかった。腑海林(アインナッシュ)を討つその時まで放置されるとばかり」

 

「そんな薄情な男に見えていたのか?」

 

「見えていたとも。自覚なしとは。ふふ、恐れ入るよ」

 

「…………」

 

 

 誤魔化すように飲み物を口に……と、さっき飲み干してしまってもうないんだった。口がフリーになってしまう。誤魔化すならば、なにかしら喋る必要があるということだ。

 

 しかしながら、咄嗟でどうこうできるほど俺は器用じゃない。

 

 

「あー、そういえば、ドレスとか着るんだな」

 

 

 自然、カスのような話題の方向転換となった。

 

 

「なんだ、藪から棒に。……私がドレスを着るのは変か?」

 

「いや? 似合っているとは思うけど。ただ、いつも通りの服装で来るものかとばかり。ほら、ゼロから用意するような時間もなかっただろ?」

 

 

 葬式を連想させる黒のスーツ。ベルトに吊り下げられた儀礼剣。一つにまとめられた髪。それらの格好はいつも変わらなかった。

 

 しかし、いま彼女は───フォルテはまったく違っていた。

 

 春の蒼空を思わせるブルーのドレス。当然その腰に剣はない。結んでいた髪は下ろしていて、軽く化粧もしているようだ。

 

 

「私とて常識はある。このような場のためにドレスの一着くらい持っているということだ。あまり侮らないことだな」

 

 

 ふふん、とフォルテは勝ち気に鼻を鳴らした。仕事の場ではあまり見ない表情だ。鉄仮面がデフォルトだったというのに。いや、なんというか、新鮮だ。

 

 彼女と双璧をなすマクレミッツも、プライベートなどでは違った一面を見せることもあるのだろうか。

 

 はは、とフォルテの言葉に笑みを返して、ボーイから新しい飲み物を受け取ろうと手を伸ばす。しかし、そのグラスは横から割って入った別の手によって取り上げられてしまった。

 

 見れば、そこにいたのは一人の中年男性(ナイスミドル)

 

 飾り気のないグレーのスーツは、一見すればタダのサラリーマンのようでもある。元は黒かったであろう髪は、今では随分と白髪が目立っていて、余計にそういった印象を加速させている。

 

 だが、そうではない。

 彼はサラリーマンでもなければ、そこらの凡百の魔術師とも違う。

 

 ニコリと穏和な笑みを浮かべて、その人はグラスを持ち上げた。

 

 

「やあ、クシロンくん」

 

 

 俺は即座にその人に向き直って一礼した。

 

 

「此度は、遠方よりご足労いただき、厚く御礼申し上げます。───ロード・ソロネア」

 

「そう堅くならず。いつも通りでいいよ。でもまあ、君に頭を下げて貰えンのは嬉しいかな」

 

 

 第二科(ソロネア)を統べる王。個体基礎の化身。

 古くも新しい魔道を言祝(ことほ)黎明(れいめい)の魔術師。

 

 ロード・ソロネア。

 真名を、オーツァイト・コア・ソロネア、という。

 

 

「カノンくんも久しぶり。一度会っただけだけど、覚えているかな?」

 

「はい! もちろんです、マイ・ロード」

 

「うん、良くできました」

 

 

 ポンポンと、君主(ロード)はカノンの頭を軽く叩くように撫でる。まるで娘を前にしたような仕草。しかし彼がそんな情を持ち合わせていないことは知っている。

 

 冷血で無慈悲だ、というワケではない。

 

 隣人を尊び、友人を信じ、同胞を愛する。そういった、人間的な正しさを確かに兼ね備えた人である。彼を善悪どちらかに定義するのなら、間違いなく"善"の人なのだ。

 

 ただ、彼は魔術師である。

 ───彼は根っからの魔術師である。

 

 これは確信だ。もし、冠位指定(グランドオーダー)の実証を果たせるとなれば、彼はあらゆるものを躊躇いなく犠牲にするだろう。例え、星の命であっても。

 

 

「さてさて。中々どうして賑わっているじゃあないか、ええ? 君主(ロード)が二人。ほかにも名だたる魔術師が勢揃いときた。……初見の者もいくらか居るが。流石はアインツベルンだ。君もそう思うだろ?」

 

 

 カノンからこちらへ視線を移すと、ロード・ソロネアはやや芝居掛かった声色でそう言った。

 

 

「そうですね。オークションでいったいどれだけの金が動くのか、少し怖くもあります」

 

「私はアインツベルンの遺産にも、彼らが提唱した奇蹟にも興味はないンだが、しかしここの連中が血眼になって金を積む様子というのは見応えがありそうだ」

 

 

 周囲には俺たち以外にも大勢の人がいるというのに、彼は(はばか)ることなく自身の意見を口にする。不遜とも取れる発言だが、誰一人として反論の言葉を述べることはない。

 

 貴族主義(バルトメロイ)派の者たちですら、眉を(ひそ)めるのみで睨みすらしない。

 

 

「失礼いたします、ロード。貴殿は、第三魔法に興味はないと?」

 

 

 王に意見するかの如く、フォルテは訊ねる。

 

 

「おお、フォルテくんか。気付かなかったよ。化けたものだ」

 

「恐縮です」

 

「……さて、第三魔法かぁ」

 

 

 その手のグラスを傾け、赤い液体で唇を潤してから彼は語り始めた。

 

 

「私は、我ら個体基礎科を司るソロネアは、独自のアプローチで根源へ至らなくてはならない。他の魔術師の理論に乗るなど有り得ない。

 それに……魂の物質化、人類の成長、ね。私の目指す理想のあり方に近しくはあるが、肉体を捨てるというのがいただけない。ヒトは、肉体・精神・魂の三つが揃ってこそ霊長たり得るンだから」

 

「人の三要素、ですか」

 

「その通り。神が父と子と聖霊の三位一体であるように、ヒトもまた肉体と精神と魂の三位一体なのだ。

 肉体(ほんのう)亡き『現象』に、精神(じょうねつ)亡き『典籍』に、(ほんしつ)亡き『機械』に……価値はない。欠けたるものあらば、其れを神とは呼べないのと同じく」

 

 

 雰囲気や口調こそ柔らかいものだったが、そこに軽さはなく、紡がれる言葉のひとつひとつが確かな重みを持っていた。

 

 

「まあ、だから、私はこのオークションで(ふだ)を上げることはないよ。とはいえ───誰が何を競り落としたのか、というのはしっかり憶えておくつもりだがね?」

 

 

 ロードはそう言うと、俺に向けてウインクをかましてきた。

 

 ……『借り』だ。

 俺の意図はお見通しというワケか。君主(ロード)に対し、正面から「利用させてください」なんて言えない。だからフォルテとは違って何も言わず招待したのだが。

 

 これは、俺はまたデカい負債を背負ってしまったようだ。

 

 

「さてと……。じゃあ私はこれで失礼するよ。まだ挨拶していない友人がいてね。両手に花だったところを邪魔して悪かったね、クシロンくん」

 

 

 ふらりと手を振って君主(ロード)が背を向ける。

 

 こちらを振り返ることはないと理解しながら、その背中に深く礼をして送り出す。顔を上げた時、そこに彼の姿はなく、割れた人混みが戻っていく光景があるだけだった。

 

 

「では私も去るとしよう。私自身こういった場に慣れていないのもあるが、少し酔ってしまった。ああ。酒にじゃなく人に、だ。しばらく壁の花にでもなっているさ」

 

「そうか。じゃあ、また夕方にでも」

 

「ああ、ではな」

 

 

 言って、フォルテもまた去っていった。

 

 残ったのは俺とカノン。未成年ゆえに酒に酔わず、その図太さゆえに人に酔わない二人である。

 

 さて、お昼時だし、しばらくはこのまま食事をするだけでもいいんだが……。

 

 視線をいくつかの方向へ向ける。

 

 イヴェットは相変わらず愛想を振り撒いている。

 ロード・エルメロイⅡ世とは別れたようで今は別の者と話していた。相手は、ふくよかな体型の金髪男だ。こちらに背を向けているから確実ではないが、あれはムジークか?

 

 アインツベルンは大きく七つの部門に分けて競りにかけている。細々とした、比較的お値打ちの品は複数用意してあるが目玉商品──メインはこちらだ。

 

 その一部門、ホムンクルス生成の技術を狙っているであろう家のひとつこそ、このムジークである。なんでも遠い昔にアインツベルンを教えを受けたことがあるらしく、彼らとしてはここらで"親"の技術をすべて喰らって躍進を遂げたいところだろう。

 

 次に目を向けたのはロード・エルメロイⅡ世。

 いまだに冬木の聖杯戦争にご執着なのか。それとも自分の生徒(イヴェット)を気にかけてなのか。このオークションへの参加理由を知りたい。

 

 もし欲しいモノがあるのなら、来たるべき腑海林(アインナッシュ)との戦いにおいてグレイを貸し出す対価として融資するのもやぶさかではないのだが……どうか。

 

 最後は、やはりアイツらだ。

 植物科(ユミナ)の魔術師たち。大人しくパーティに参加こそしているものの、他の者たちと対照的に不機嫌そうな表情が常に顔に貼り付いている。

 

 どうやらオークションの品目(リスト)に土地が、シュバルツバルトの森が載っていないことが不満らしかった。

 

 あと2ヶ月ほどで五月祭(メイデイ)である。

 もっとも、ヤツらに花嫁姿など似合わない。目的はその前日、ワルプルギスの夜であろう。アレの聖地はブロッケン山だが、しかしこの森も魔女の逸話は多い。『ヘンゼルとグレーテル』と云えば誰しもピンとくる筈だ。

 

 お菓子の家くらいなら可愛いものだけど、これがサバトとなれば話は変わる。一般的な──という表現もどうかと思うが──悪魔崇拝者ではなく、歴とした魔術師による儀式である。第六架空要素やら、はたまた真性悪魔やら、或いは遥かな外宇宙やら、変なトコロと繋がってはたまらない。

 

 

「…………」

 

 

 金の問題は、所詮、金の問題だ。

 

 オークションで競り落とさなかったということがあれば、そりゃあ悔しいだろう。俺だって同じ立場なら悔しがると思う。でも、心のどこかに仕方ないという気持ちもあるものだ。

 

 小細工も何もない。ただ財力のぶつけ合い。いっそ清々しいくらいだ。却って相手を称賛するかもしれない。仮に競り負けたことを恨みに思ったって、その矛先は負かしたヤツに向けられる。

 

 けど────。

 

 けど、今回の植物科(ユミナ)は違う。どう見たってオークションをしに来たって面構えじゃない。この催しで何かトラブルが起きる……いや、起こすとしたら、コイツらだ。

 

 

「ん、誰か探してるの?」

 

「ああ、いや……」

 

 

 あまりに無言で周囲に目を配っていたからか、会場に探している人物がいるようにカノンから思われてしまった。それも間違っているかというとそうでもないし。

 

 流石に植物科(ユミナ)のことをこんな場所で喋るわけにもいかないので、イヴェットとロード・エルメロイⅡ世のことを話そうとして───、

 

【 】

 

 不快な足音と、風の揺らぎを感じ取った。

 

 

「────」

 

 

 振り返る。そこには男の姿。

 

 ギャングの若衆のような、煌びやかで危うい夜を思わせる服装。後ろに撫でつけた髪や、カミソリで整えたであろう顎髭もその印象を加速させる。

 

 向こうはこちらなど意識にないようで、隣にいるもう一人の男と談笑しながら俺の前を通り過ぎていく。

 

 俺はジッと、その背中を見つめていた。

 

 

「……あの人、知り合い?」

 

 

 カノンが訊ねてくる。

 

 

「───いや、初めて見た」

 

 

 けれど、隣の男は見覚えがある。確か、時計塔の一級講師フェリックス・グートマンだったか。ロード・アーシェロットとも親交のある植物科(ユミナ)の重鎮。

 

 となると、あの伊達男もおそらくは植物科(ユミナ)の……。

 

 これは本当に、もしかすると本当に。

 イヴェットの言うところの、いわゆる『俺の出番』というものが現実味を帯びてきた。

 

 

 

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