アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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五話/灰色へのリーベスリート

 

 

 

 大広間からは少しばかり人が減っていた。

 全員というわけではないけれど、大抵の人たちは挨拶回りを終わらせたのだろう。ちらほらと城の奥へ向かっていく者たちが増えてきた。

 

 行き先は、半分は自室だ。アインツベルンの城は広大で、今は使っていない部屋や元はホムンクルスの自室であったであろう部屋を、この一時のみ客室として貸し出しているのだ。

 

 酔っている客は多い。というか殆どがそうだ。アルコールは魔術による分解が可能とはいえ、そもそもが時間経過で分解されていく物質。よほどの悪酔いでなければ、そんなことに『解毒』を使うのは魔力の無駄である。

 

 ……まあ、この考え方も個人によるが。

 

 事実、大広間でばかすか呑んで、適量だけ分解し、ほろ酔い状態で気分良くなっている者もいる。また、完全に解毒し、冴えた頭のままで観察に徹している者もいる。

 

 大抵は魔術を息をするかの如く扱う連中──つまるところ、高位の魔術師たちだ。

 

 泥酔して付き添い人に運ばれていく者たちは、その多くが俗に新世代(ニューエイジ)と呼ばれている魔術師たちである。ここ二百年ほどに家を興した彼らには、アルコールを分解するために魔術を使うなんて余分は許されていない。羽目を外しすぎればこうなる。

 

 ───やがて、半分ほどが大広間から姿を消した。

 

 パーティ会場の面々も入れ替わり立ち替わりといった具合で、移動する者あれば戻る者あり、と言う感じに城内を客が回游(うろうろ)している。

 

 その行き先は中庭や最奥にある聖堂。

 展示している品を見に行っているのだ。今夜オークションに出す物品たちである。

 

 ホムンクルス生成場のような施設を除き、物品として存在して且つ動かせるモノに関してはそこに展示をしているから。

 

 目玉商品はそれぞれひとつずつ。

 どちらも見た目は黄金の杯であり、けれど本質はまるで異なる。

 

 かたや、"宝具"とも呼べる代物。

 

 かたや、"魔法"とも呼べる代物。

 

 もちろん警護は万全だ。

 強化ガラスを『強化』し、内部に俺の『無』による障壁を展開。さらにその二つを覆うように結界を敷いてある。三重の守りによって厳重に防御(ロック)している。

 

 その片方。

 この目でしかと確認する。

 

 

「ああ───こいつは、パラソルでも用意した方が良かったかな」

 

 

 食事はもう結構。

 他の客同様、俺たちもまた中庭へ移動していた。

 

 太陽は中天より移動し、中庭は半分ほどが影に隠れている。けれど、どうも今日は日差しが強い。春もまだだというのに何処からか空蝉(うつせみ)の声。ガラスから屈折した光が影を揺らめかせている。

 

 数時間前の客は汗をその額に滲ませていた筈だ。

 

 影の中から遠巻きに眺める客が大勢いるところ、日傘を差して至近距離で杯を観察する者がひとり。見覚えのある日傘と、その後ろ姿。

 

 近づいて声をかける。

 

 

「お目当てはそいつか? どうやら競合は多いみたいだが金の用意は出来ているか?」

 

 

 俺の言葉に反応して可憐な少女が振り返る。視線と視線が交差する。のち、ソレは口元を三日月のように歪ませて笑った。

 

 

「うん、これこれ! これが欲しかったの! あ、私もだけど、主に私の後ろの人たちがね?」

 

 

 パーティ会場では見掛けないと思っていたが、ずっとここでコレを眺めていたのだろうか。そう思わせるほど、その少女の目は───フランチェスカの瞳は怪しげに輝いていた。

 

 黄金の杯。即ち是、大聖杯のレプリカ。

 

 より正確に云うならば、小聖杯を造り出すために保管されていたユスティーツァの魔術回路である。冬木の大聖杯──本来の彼女からすれば、小指の先ほどのサイズ、神経の一片に過ぎないものだ。

 

 しかしそれでも、コレが第三魔法に最も近い物質に変わりはない。

 

 

「お金はねー、ダイジョーブだよ。いくらでも出してくれるからね。『穏便に済むに越したことはありませんから、キリッ!』だってさ。アハッ♡」

 

 

 少女は妖艶に唄う。

 雇い主であろう者を小馬鹿にし、狂気を孕んだ笑みを浮かべて。

 

 

「いくらでも、とは恐れ入る。随分とデカい組織がバックについているんだな」

 

「まーねー、羨ましい?」

 

「いンや? どうせ金だけしか取り柄のない新興魔術組織だろ?」

 

「アッハハ! いやいや、どうだろうねぇ……?」

 

 

 いやに含みを持たせる。

 

 以前も彼女の背後について考察したが、魔術協会ではないことは確定として、それ以外のことはまるで分からなかった。俺もこうして真実の一端を掴もうと言葉を尽くしてみてはいるが、やはり芳しくはない。

 

 "聖杯戦争をシステム化し、聖杯という魔力リソースを手軽に手に入れられるようにしたい"

 

 分かっているのはそれだけ。

 

 

「でもさぁ、クシロンくんはコレ売っちゃってもいいの?」

 

「はい?」

 

 

 ケラケラと笑っていた彼女だが、急にこちらの顔を覗き込むようにしながら訊ねてくる。深淵をそのまま眼窩(がんか)に嵌め込んだような黒く(よど)んだ瞳が見つめてくる。

 

 

「魔法だよ、魔法。私たちが使う魔術とは違う、正真正銘の奇蹟! とおっっっても貴重なモノじゃない、コレ? 大事に『保管』しておいた方がいいんじゃないの?」

 

「ああ、封印指定執行者としてどうなんだって話?」

 

「有り体に言えばね」

 

 

 魔術師じゃなくて魔法使いなんだから管轄外だろ。

 てか、そもそも執行者だったのは過去の話だし。

 

 ……とは言えない。

 魔術協会、ひいては時計塔の理念に従うならば。

 

 神代の終わりとともに大気中の魔力は薄れ、魔術は過去のものとなることを余儀なくされた。そんな中で、魔術師ブリシサンによって魔術を学問として残そうという運動が始まる。それが魔術協会の始まり。

 

 過去にはこうした出来事があった。歴史がそう綴るように、過去にはこうした技術があった、と魔術を編纂(へんさん)しようとしたのだ。

 

 第一魔法によるイレギュラーがあって魔術という技術は残ったが、まあ、それは一旦置いておこう。

 

 とにかく、魔術協会の理念は『保存』だ。

 

 確かにソレが"在った"ことを示す組織である。

 

 魔術協会最古の教室、天文台カリオンもその理念を色濃く受け継いでいる。───封印指定。失われてしまう唯一の輝きを永遠のものとするための措置。

 

 アインツベルンは今日終わる。

 彼らが一千年重ねてきた研鑽は打ち切られる。

 

 第三魔法、天の杯(ヘブンズ・フィール)

 

 既に失われたとされていた魔法だが、このまま誰かの手に渡って消息が掴めなくなれば、かの魔法は本当の意味で失われてしまう。

 

 で、あるならば。

 執行者として、天文台の魔術師として、オークションなどには出さず速やかに『保存』するべきなのではないか、と。

 

 だがしかし────。

 

 

「仮に……俺がまだ現役の執行者だったとしても、オークションに出すよ。何も問題はない。第三魔法は失われないからな」

 

「─────」

 

 

 俺がそう言った途端。

 飄々(ひょうひょう)としていたフランチェスカの表情が崩れた。

 

 

「それは……」

 

 

 その(かお)に笑みはない。すでに道化とは程遠い、女神のように美しい少女が口を開く。

 

 

「それは、私が必ず競り落として、また聖杯戦争が始まって、第三魔法が成るから?」

 

「さあ。どうだろう?」

 

 

 視線がかち合う。今度はこちらが笑みを浮かべて、向こうは真顔だ。反対の立場になったな。いや、俺は彼女のようにわざとらしい笑顔じゃないけど。

 

 

「別に。お互いさまだろ」

 

 

 言って、視線を切る。

 中庭の入り口に目を向ける。

 

 お目当ての人物たちがやってきた。

 

 後ろでフランチェスカが頬を膨らませて「あいつムカつくー!」なんて言ってカノンに絡んでいるのを無視してその人たちに近づく。

 

 片方が俺に気が付いたようで、目が合った。が、すぐに逸らされてしまった。そんな相方の様子を見てもう一方も近づく俺に気付いたみたいだ。

 

 

「こうして面と向かって話すのは初めてですね。ロード・エルメロイⅡ世」

 

「……クシロン・ヘルツ……」

 

「おや、単なる聴講生に過ぎない俺をご存知とは。光栄です、君主(ロード)よ」

 

「それ以前に主催者だろう、君は」

 

 

 常に眉間にシワを寄せ、今の魔術世界のあり方を睨め付けている、とかなんとか。新世代(ニューエイジ)の一部ではそのように囁かれている顔つきは変わらずのようだ。

 

 別に不機嫌というわけではないのだろう。ただ、十年間の綱渡りによって刻み込まれてしまっただけだ。時計塔のお偉いさんは皆このように仰々しいシワを彫り込んでいる。そういう意味では、彼も()()()なってきたと云える。

 

 

「ロードはやはりこちらの杯をお求めで?」

 

「いや、生憎と冷やかしに近い。エルメロイの財政事情は君も知っているだろう。魔道書一冊を落札するのが精々だ。しかし、イヴェットはあれでも私の生徒だからな。招待されて来ないわけにもいくまい」

 

 

 随分と謙遜する。今のエルメロイでももう少しいい買い物は出来るだろう。

 

 もっと云えば、彼らは借金をしてでもアインツベルンの知識を買い上げるべきだと思う。エルメロイはかつて鉱石科(キシュア)を支配していた錬金術の大家。先代ロード・エルメロイの死によって没落したが、だからこそまたその地位に返り咲く必要がある筈だ。

 

 と、そこまで考えて気付いた。

 魔道書一冊とは、彼個人の懐事情の話ではないか?

 

 聖杯戦争に執着しているのは彼のみであり、アーチゾルテ嬢は熱心ではないご様子。ケイネス氏の弔い云々は陣営に余裕ができて初めて唱えられることなので当然と云えば当然か。

 

 

「魔道書一冊とは。主催としては残念ですが、しかし何に魅力を感じるかは人それぞれですからね。でなければオークションなど成立しない。差し支えなければ、その言葉の通り、本一冊を競り落としていただきたいものです」

 

「他の参加者次第にはなるが、確かに」

 

「ありがとうございます」

 

 

 一礼し、さて、と彼の横に目を向ける。

 

 

「君と話すのはこれで三度目かな、グレイさん」

 

「は、はい。……お久しぶりです、クシロンさん」

 

 

 びくりとフードが揺れて、僅かに覗く小さな口から鈴の音のような声が発せられた。

 

 一度目は本当に挨拶だけ。

 二度目は俺から彼女を守るように横入りしてきたグラシュエートのせいでまともに会話することもできなかった。

 

 

「以前より力が増しているね。第五次聖杯戦争でキング・アーサーが召喚された影響かな。聖槍の使い心地とかに変化は────」

 

「失礼。クシロン・ヘルツ」

 

 

 和やかな世間話から始めようと話題を振ったのだが、突然ロード・エルメロイⅡ世が割って入ってきた。

 

 

「はい? なんですか、ロード」

 

 

 俺と彼女の間に手を差し込んでいる。グレイの顔が完全に隠れてしまった。グラシュエートよろしく、今日は彼が騎士というわけでもないだろうに。いったい何だというのか。

 

 その眉間により深くシワを刻んで、ロードはこちらを見つめてくる。しばらくそのままだったが、観念したかのように彼が口を開いた。

 

 

「……君は、どこまで知っている?」

 

 

 何を、とは聞くまでもない。

 灰色の少女の表情(かお)はどうせ見えないので、騎士の真似事をする君主(ロード)を見上げて返答する。

 

 

「別に、ロードも殊更に隠しているわけではないでしょう? 彼女には魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)でのことで興味を持ちまして、少し調べさせてもらいました」

 

「イヴェットから───違うな。いや、そうか……そういえば、君が()()()()()()()()()()だったな」

 

腑海林(アインナッシュ)の仔との戦い、ご苦労さまでした。まさか現代においてマクレミッツの他に宝具を扱える人間がいるとは思ってもみませんでしたから、驚きましたよ」

 

 

 本音を言えば。

 当時は〈最果てにて輝ける槍(ロンゴミニアド)〉を見た驚きよりも、腑海林(アインナッシュ)の仔の生命力……その生き汚さから、オリジナルの腑海林(アインナッシュ)の性能を想像して絶望した記憶の方が色濃い。しかしそれを今ここで口に出すのはよそう。

 

 

「いやぁ、世間話から徐々に……って想定だったんですけど、もう話題がそっちに行っちゃったので言いますね?」

 

 

 本来はオークションの後、落ち着いたカフェの中で……という想定をしていたけど、別にいいや。

 

 背筋を正す。身につけている全ての魔術礼装の電源を落とす。丸腰も同然の身となる。

 

 その上で、彼の目を見て願いを述べる。

 

 

「ロード・エルメロイⅡ世。来るべき腑海林(アインナッシュ)討伐の時、あなたの内弟子であるグレイを戦力として頼りたいのだが、如何か───?」

 

 

 目を逸らさない。俺も、彼も。

 周囲のザワつきすら今は聴こえない。

 

 傾いた陽射しは境界を引くように影を伸ばす。向き合う俺たちを分断するかのように。しかしヨーロッパの今頃はまだ日照時間が短い。日はすぐに沈む。じわりと、影がロードの黒い革靴に手をかけた。

 

 

「……二つ訊くことがあって、一つだけ教えることがある」

 

「どうぞ」

 

 

 静かにロードが言って、合わせて俺も答える。

 

 

「まず一つ。勝算はあるのだろうか。腑海林(アインナッシュ)はその発生から八百年間、誰一人として生還者を出していない。対死徒の専門家である聖堂協会すら手を焼く怪物だ」

 

「……現状での勝率は著しく低い、というのが本当のところです。しかし、それは今の戦力だとそうだというだけです。今後も継続して仲間を募るつもりです。また、勝てると俺が判断できるようになるまで挑むことはしません。決して協力者の皆さんの命を無為に散らすことはいたしません」

 

「ではそれを受けて二つ目。どのように倒す。向こうの弱点はなんだ。どの程度の戦力でなら倒せるのか。……つまるところ先の問いの延長だが、勝ちへの道筋(ルート)はきちんと設定しているのだろうか」

 

「当然です。先ほどは俺をこう呼びましたよね、当代のアインナッシュと」

 

「ああ」

 

「……()り方自体はずっと昔から出来ているんです。ただ、あまりにも非現実的なモノで、歴代の誰もが成し得ませんでした。しかし対城宝具があれば話は別です。現実的な作戦になります」

 

 

 偲ぶように空を見上げる。

 青い空は少しずつその色を変えていっていた。僅かに黄金に染まりつつある。ついさっきまで中庭から見える景色は夏の日のようだったのに、すぐそこに秋の黄昏が迫りつつある。陽が沈めば本来の季節に、冬に戻るのだろう。

 

 目を細めて、その空を遠くまで見つめる。

 

 

「先の魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)腑海林(アインナッシュ)の仔を視て理解(わか)りました。アレが最新の仔で、たぶん40年ものです。仔としての活動自体は最近ですけど。いままでの周期からして次の『()』ができるのは約10年後になります」

 

「つまり、腑海林(アインナッシュ)本体が10年後に活動期に入るというわけか」

 

「ええ。二、三年の前後はあるでしょうけど。決行はその時です。───今一度お願い申し上げます。その日、勝てる見込みがあったなら、グレイさんを頼らせてください」

 

 

 目線を上空から、再度ロード・エルメロイⅡ世へと移す。

 

 彼は返答せず、懐からシガーケースを取り出して、中から葉巻を一本取り出した。ナイフで先端(キャップ)を切り、マッチで器用に炙って火をつけて、たっぷりの煙を口内で転がしてから───。

 

 

「これで最後だが……」

 

 

 紫煙を吐き出すのとともに、そう切り出した。

 

 

「そういうのは私ではなく本人に言いたまえ」

 

 

 ずい、とロードはその背を押してグレイを前に出す。呆気に取られているのは自分だけではないようで、当事者たるグレイもキョトンとしていた。

 

 コミックの世界であれば、まさにズッコケる俺たちの姿が描かれていたことだろう。

 

 

「し、師匠。(せつ)は……!」

 

「私個人の意見を述べさせてもらうのであれば、ほぼ死にに行くようなことをして欲しくはない。しかし、10年後の君の行動に対して今からアレコレ言うのも違うだろう」

 

「それは、そうかもしれませんけど……」

 

 

 二人はそんな会話をしている。

 

 まったく。確かにロードの言うとおりだ。

 ふぅ、と一息ついて俺は一歩前へ出る。カツンと俺の靴が鳴って、グレイが振り返った。

 

 

「グレイさん。腑海林(アインナッシュ)の討滅に、どうか力を貸してほしい」

 

 

 (うやうや)しく。真っ直ぐに。一世一代の愛の告白でもするかのように、彼女にそう告げた。

 

 

「えっと、その、ごめんなさい……!」

 

 

 フラれた。

 

 

 

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