アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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七話/椋鳥とのビリヤルト

 

 

 

 さて。

 

 いや、そんな軽い前置きで済ませていいものじゃないけれど取り敢えずのところは置いておいて───。

 

 俺の17年とちょっとの生において、それでも五指に数えられるくらいには大きい『やらかし』が発覚したワケだ。確定事項ではないが確信している。

 

 あの日。俺はアインナッシュの原理を用いてマキリの脳を掌握し、俺に対する記憶や認識能力を弄った。数日間ではあるが、それによって外部の魔術師を知覚できない───いや、そもそも一介の老人に過ぎないような、或いはある種の譫妄(せんもう)状態に近いかたちに変えたはずだ。

 

 そして、フランチェスカはそこを突いた。

 

 俺がそうだったように、冬木の地で狼藉(ろうぜき)を働けばマキリは動く。土地の霊脈にアクセスする程度でもあれだけ御冠(おかんむり)だったんだ。フランチェスカがどうだったかのかは知らないが、きっと彼女も襲われた。もしくは襲われると確信していた。

 

 しかし、運良く。

 マキリの警戒網に穴が出来た。

 

 冬木市に侵入する。

 キャスターが討伐されるまで息を潜める。

 柳洞寺の結界が消えてから龍洞へ向かう。

 大聖杯を解析する。

 

 フランチェスカの行動である。

 これは想像だ。一部違うところもあるだろう。しかし、最初と最後だけは合っているはずだ。

 

 つまるところ、原因は俺なのだ。

 

 

「……どうしたもんかなぁ」

 

 

 すっかり暮れた礼拝堂の中で独り、呟く。

 

 聞く者は誰もいない。場所が場所だけに、神であれば聴いておられるだろうが、それは無意味な想像であり空想だ。

 

 ロード・エルメロイⅡ世やグレイらとは既に解散している。彼らにはまだ見て回る時間があり、けれど俺には無かった。別に、ここで待機しているのだってサボっているわけではないのだ。

 

 大勢は大広間に再度集まっている。

 イヴェットの館内放送によってオークションの開催がアナウンスされたからだ。当然、ギリギリまで居たフランチェスカもここにはもう居ない。

 

 俺は中庭へ行き聖杯を回収。

 その後にこの大聖堂へ。

 

 オークションを行なうためには、当然これらを会場に移動させる必要がある。そうすると、厳重に仕掛けていた三重の結界を解除する必要がある。

 

 いま。多くの人たちは会場である大広間に集まっていて人目がない。かつ、厳重だった警備が無くなっている。……ないとは思うが、もし万が一、盗みを働こうという者がいるならばこれほどの狙いどきもないだろう。

 

 ようは警護である。

 

 この二つはメインの中のメインであり、登場するのはオークションの終盤だ。だから今からこうして待機する必要もないのだが……。

 

 少し考え事をしたくて、イヴェットに無理を言ってこうさせてもらっている。

 

 内容というのはひとつ。

 フランチェスカにこれらの擬似聖杯を素直に落札させていいものか、ということである。

 

 まず落札した場合だが、世界各地で聖杯戦争──もしくはそれに似たナニカが行なわれることだろう。ただし、これは確実にそうなると決まったわけじゃない。冬木で大聖杯の実物を解析し、ここで聖杯の代わりとなるモノを入手したとして、果たしてそれで聖杯戦争が再現できるのかどうか。

 

 希望的観測ではあるものの、可能性は五分と五分というところ。聖杯戦争の兆候が見えたその時に対応を考えればいい。……とはいえ、先延ばしにするだけ、とも取れるが。

 

 次に落札を阻止した場合。まあ、これは俺が招待した客のいずれかに代わりに落札してもらうのが手っ取り早いだろう。ヘルツ家の資産すべてを投入すればほぼ確実だ。これなら聖杯戦争の量産などということは起こり得ない。

 

 唯一の懸念点……いや、二つか。

 

 フランチェスカの背後にいる組織が俺の想定よりも大きかった場合、つまり資金が潤沢であった場合だ。八百年間貯め込んだ資産とはいえ、我が家は積極的な金儲けをしてきていない。石油王とかには敵わない。

 

 あとは、仮に落札を阻止できたとして、その連中が報復行為を行ってくる可能性があること。フランチェスカが匂わせていたように、フィリアスフィールを無理やり誘拐とか、単純に武力を用いた襲撃とか。とにかく、そういうの。俺だけが標的ならやりようはあるが、残念ながらそうではないのだ。

 

 

「────チッ。……はあ…………」

 

 

 ガリガリと頭を掻く。

 

 やめよう。考えが纏まらない。そもそも俺は本来こういった頭脳労働には向いていない。当主である以上、何も考えないというのは許されないが、それでも人には向き不向きというものがある。

 

 鉄砲玉にまで堕ちる気はないけれど、役割的に似たようなのが向いている。そうだな、ミサイルがいい。

 

 

「…………お」

 

 

 ふいに、わあ、と遠くで歓声が上がった。

 

 ほんの僅かな、雪の積もる音に負けそうなくらい小さい。けれどここまで届くのだから大広間では結構な大声だったことだろう。

 

 オークションが開催されたらしい。

 

 進行は主にイヴェット。形式上の立会人としてフィリアスフィール。その護衛としてカノン。他スタッフはレーマン家の使用人たちだ。実に華やかと云える。

 

 ともあれ、無事に始まったようで何よりだ。

 

 ほっと一息つく。

 ───そんな時だった。

 

 きぃ、と鳥の(さえず)るような音がした。夜鷹ではない。そもそも似ているだけで鳥ですらなく。それは扉の蝶番が鳴る音だった。

 

 扉を開けて入ってきたのは二人組の男。

 見覚えはある。大広間で見た顔だ。なんせ、俺の直感が警報のように鳴った男なのだから。

 

 まるでドラキュラのマントのような赤のシャツと黒のジャケット。理知的な眼鏡越しに覗くのは、対照的な野生み溢れる鋭い眼光。魔術師というよりギャングのような男だ。

 

 そして、彼を付き従えるようにして堂々と立っているのは────。

 

 

「まるで映画のワンシーンみたいじゃねェか、今のオマエさんの姿。ついでに煙草(モク)ふかしてたら100点だ」

 

「……グートマン一級講師」

 

 

 フェリックス・グートマン。

 植物科(ユミナ)の重鎮。時計塔の一級講師である。

 

 

「今日の立場は講師じゃねェ。その呼び方は適切とは言えねェなァ、アインナッシュ卿」

 

 

 綺麗に整えられた口髭を擦りながら、俺の呼びかけに対してグートマンはそう言って(たしな)めてきた。

 

 呼び方などこの際どうだっていいだろうに。イヤミなヤツだ。あくまで自分が上であるという物言いも鼻につく。仲良く雑談でも、って雰囲気ではない。

 

 

「では、そのように。

 ───なんの用だ、グートマン?」

 

 

 睨め付ければ、彼は不敵に笑った。

 

 

「分かってんだろうが、エェ? シュバルツバルト、アレを植物科(ユミナ)に売れ」

 

「断る」

 

「ならせめてオークションに出せよ。テメェだけ無料(タダ)で土地せしめるなんざ、そりゃ文句(ゴチャ)言われてもしょうがねェだろ」

 

「俺は当主代行殿よりアインツベルンの全権を委譲されている。何を売りに出して、何を売りに出さないか。それを決めるのは俺だ。店側が"非売品です"と言ってんだ。引き下がれ」

 

「引き下がれるワケねェだろ。こっちも伊達や酔狂で言ってんじゃあねェんだぜ? 姐さん(ロード)たってのお願いなんだ。"魔女の森が欲しい"ってなァ。いつものワガママだが、子分にとっちゃ命令と一緒よ」

 

 

 大変だろ? と彼は肩をすくめてみせるが、これっぽっちも大変そうな表情を浮かべていない。むしろその逆。ギラギラとした闘争心だけがあった。

 

 

「───だから、まァ、オマエさんが売ってくれないってんなら仕方ねェ。こっちも強硬手段を取るしかねェわな?」

 

「俺から無理やり奪う、か? 随分と野蛮だな。そして短絡的だ。流石にそいつは協会も黙っててくれないぞ」

 

「オイオイオイ、そんな道理(スジ)が通らねェことするワケねェだろ。心外だぜ、まったく」

 

 

 よく言うよ。

 

 彼の噂は聞き及んでいる。

 これまで資産はあれどパッとしなかったグートマン家を盛り立てた剛腕の持ち主。躊躇と倫理観が著しく欠けており、政敵を陥れるためならどんなエゲツない手段も取るという。裏社会──魔術社会も似たようなものではあるが──との繋がりもあるとかないとか。

 

 道理? スジ?

 通してくるはずがない。

 こいつが言うそれは、上の人間への最低限の言い訳に過ぎない。カツアゲのために肩をぶつけてくる輩と同じである。

 

 グートマンはニヤリと笑うと、続けてこう言った。

 

 

「そうだなァ。アインツベルンの当主を殺してこの城を乗っ取り、オークションを開催して金儲けを企んだ極悪非道の犯罪者───そいつを誅した、ってのはどうだ? なかなかイカしてないか?」

 

「は?」

 

 

 一瞬、彼が何を言っているのか理解できなかった。けれどすぐに意図が伝わる。あぁそうか、と諦観にも似た感情が湧き上がる。

 

 俺の表情を見て、伝わったことが伝わったのを見て、彼はまた一段と口元を吊り上げた。

 

 

「仇討ちさ。亡きユーブスタクハイトのなァ」

 

「ああ────そうかよ」

 

 

 ああ。なるほど。確かにこれは彼らしい。

 

 酷い難癖だ。しかしこれで通ってしまうから魔術社会というのは度し難い。畢竟、協会はどちらでもいいのだ。いやこの場合は法政科か。

 

 彼らが重要視するのはまず第一原則のみ。

 

 ───神秘は隠匿すべし。

 

 当たり前だが、こんな僻地における魔術師同士の抗争であればそれは当然のように達成される。

 

 で、あれば、他は些事といっていい。

 もちろん、いくら人間社会のルールが適応されない世界といえど、秩序を守るためのルールはある。しかしそれは魔術師の集団をより効率的にまとめ上げるためのものでしかなく、事を収めるためなら冤罪だって平気で許容するのだ。

 

 まあ、だから、彼の荒唐無稽な言い分が通用するわけで……。

 

 ではこの先の展開を予想してみようか。あくまでグートマンの思い描く未来ではあり、決してこの先訪れる真実ではないけれども。

 

 まず間違いなく俺は殺される。無理やり奪うことを彼は"道理(スジ)が通らない"と言ったけれど、結局やることは変わらない。まあ、彼の理屈では無理やりではないのだろう。

 

 次にイヴェットとフィリアスフィールも殺される。二人とも関係者だしな。イヴェットは俺の共犯として、フィリアスフィールは俺たちのどっちかに殺されたってことにでもされるかね。

 

 カノンは……多分、俺が死んだ時点でロード・ソロネアが強引にでも連れ帰るから大丈夫か。

 

 兄さんがバルトメロイに逆らうワケもなし。アインツベルンの遺産のほとんどは今の俺たち以上にテキトーに売り出され、シュバルツバルトは()()魔女の住まう土地となるのだろうさ。

 

 

「……」

 

 

 ゆっくりと、まるで何か考え込んでいるかのように、自然に目を瞑った。

 

 瞬間。カノンの視界を簒奪する。彼女の瞬きと被るといけないから、それよりは長い時間。けれどほんの僅かな、一秒にも満たない時間だけ。

 

 これでこちらに異常が起きたことは伝わる。詳細までは伝わらないけど、一応の心構えは出来る。異常事態に際して気持ちだけでも備えられると違うからな。

 

 ハア、とこれ見よがしなため息をひとつ。

 その後に目を開けて、グートマンを見る。

 

 

「───で? いま、ここで()る気か?」

 

「おう、そこだ。実のところ、タイミングについちゃあ今も悩んでいるところでよォ……。オークションを潰したら他の魔術師から余計な恨みを買うことになるだろ? ま、新世代(ニューエイジ)だけなら別にそれでもいいんだがよ、今日来たのはそいつらだけじゃねェ」

 

貴族(ロード)も、君主(ロード)も居るからな。騒ぎが大きくなるのは困るってワケか。なら良い提案だ。退()けよ。今なら何もなかったことにしてやる」

 

「だから引けねェって言ってんだろ。話聞けや、オイ。……だからな、やるべき時ってのはコイツに決めてもらおうって思ってんだよ」

 

 

 トン、と隣の男の肩をグートマンは叩いた。

 今まで黙って俺たちの会話を聞いていたその男が一歩前に出る。人懐っこい笑みを浮かべて、挨拶のつもりが、こちらへ向けて手を挙げた。

 

 

「そいつは?」

 

「……オマエさんみたいなバケモンを相手取るにゃ、こっちも相応のヤツを雇わなきゃならねェってワケだ」

 

 

 質問の返答になっていない。

 

 だが、言いたいことはなんとなくわかる。つまり傭兵ってことだろ? 殺し屋でもいい。グートマンは武闘派だが、俺を相手取るとなると、自慢じゃないが厳しいだろう。

 

 

「こいつは殺し専門の魔術師でよォ。ただ、最近やりすぎて裏社会でも排斥(ハブ)られかけてた。実は法政科の一部にも睨まれてたんだが、俺が(ナシ)つけてやった。今じゃ良いビジネスパートナーよ」

 

 

 言って、彼は男に目配せをする。男はまた一歩前に出て、ずっと閉じていた口をようやく開いた。

 

 

「よう、初めましてだな。聞いた話じゃあ元封印指定執行者なんだってな、アンタ。いやぁ、若いのにスゲェなぁ! 時計塔でもそういないぜ、その歳で立派な人殺しなんざ」

 

「…………」

 

 

 正直、得体が知れない。

 話の内容こそ挑発的だが、ここまでフレンドリーに話しかけてくるとは。却って不気味だ。

 

 

「どうだ? やれそうか?」

 

「あの二つの杯がオークションに出るまであと二時間ってトコだろ? ちとキビしそうってのが本音だが……ま、やれなくもない!」

 

 

 雨の日に、"多分傘は要らないだろう"くらいのテンションで、その男はグートマンの問いに答える。

 

 随分と舐められたものだ。()()ところ、なんらかの混血のようだが生命体としての強度はさほどでもない。多少ニンゲンより魔術回路が優れている程度。異界常識を押し付けてくるような神秘はない。

 

 それとも、すべて承知の上での態度か。

 

 こちらの経歴は洗ってあるみたいだし、戦い方もある程度は知っていることだろう。まあ、魔術師同士の戦いなんて所詮はちょっと複雑なジャンケンみたいなものだ。マクレミッツがコトミネに負けたように、先代ロード・エルメロイが魔術師殺しに負けたように、対策されればコロっとやられることもある。

 

 さて、今度は俺の番か……?

 そうならないためにも、こちらは油断しない。毛程も侮ることはしない。全能力を費やして殺す。ただそれだけだ。

 

 

Anfang(セット)───」

 

 

 ゆっくりと立ち上がり、その伊達男と相対する。

 

 

「おっと思ったより隙がねえな。どうすっかねえ……師匠(フォルテ)ゆずりの風の刃、不可視の斬撃。距離取られると不利だから近接で攻めようと思ったんだが、そっちもイケる口かよ!」

 

「どうした? 近づいてこないならお望み通り切り刻んでやろうか?」

 

「はは! 最近のガキはおっかねぇなあ! でも斬撃(ナイフ)じゃダメだ。オレを殺すなら、フォークと希望(ホープ)を持ってなきゃなあ」

 

 

 かつん、と靴の音。

 

 男が近づいてくる。

 隙だらけ……に見える。『無』を飛ばせば一撃で殺せてしまえそうだ。そうでなくとも、望み通りの近接戦闘でも危なげなく勝てそうに思える。

 

 そんな筈はないのに。

 

 

「そういえば、おまえさん、名前はなんていうんだ?」

 

「グートマンから聞いてないのか?」

 

「もしかしたら聞いたかもしれないが覚えてねえな」

 

 

 へらへらと笑いながら言う。

 歩みは止まらない。一歩、また一歩と。もうすぐで間合いに入る。

 

 

「……アインナッシュだ。アインナッシュ・クシロン・ヘルツ」

 

「へえ、かっこいいじゃんか。……ん? E・X・H、だろ? あっちゃあ、Bが入ってないじゃねえか。でもいいか。大事なのは役割さ。おまえさんに合ってるのはButcher(殺戮者)か? でもここで消えるんだから、やっぱりBaker(パン屋)だな」

 

Rub-a-dub-dub(ナーサリーライム)か? ナンセンスだな」

 

「そっちじゃないんだが……。いやまあ、そっちでもいいか!」

 

 

 かつん。

 最後の境界を踏み越える。

 

 間合いだ。魔術回路が熱を帯びる。全身を魔力が巡って、ありえざる架空元素が具現化する。不可視のエーテルが刃となって空中に浮かぶ。

 

 

Meine Idee(星を廻せ)

 

 

 分かっているのかいないのか、男はなおも薄ら笑いを浮かべたままだ。

 

 

「こっちの名前は言ったんだ。死ぬ前にそっちも名前を教えてくれよ」

 

「死ぬ前にって、おまえが?」

 

「お前が」

 

 

 男はそこでようやく立ち止まった。依然、俺の間合い。名乗った瞬間に殺せる位置にいる。

 

 余裕ぶった笑みをほんの少しだけ真剣なものにして、猟犬のごとき目でこちらを射抜きながら男は名乗る。騎士が真剣勝負の前に告げるのではなく、単なる会話としての名乗り。

 

 

「ベリル・ガット」

 

 

 俺もこの男も、この戦いに誇りなんて持ち合わせていない。

 

 

 

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