アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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五話/真昼に覗いた夜の眸子

 

 

 

「『探知』系統は苦手なんだけど……」

 

 

 魔力探知はマナ学の分野だ。『強化』などと同じく基礎的なもの。時計塔においても第一科(ミスティール)にて学ぶのだが────。

 

 本当にさわりだけだからな。それこそ初等教育同然の数年間だけ。

 

 俺の専門──というか俺の所属する学部が専攻するのは"オド学"だ。

 

 ヘルツ家の魔術がその系統というわけではないが、腑海林(アインナッシュ)内部では大源(マナ)は十全に扱えない。如何なる魔術を学ぼうとも小源(オド)の操作に精通していなければ意味がない。

 

 とにかく、この周辺にはもういないか……。

 

 家の中に入って探したが魔力の痕跡は残っていなかった。家具などが荒らされている形跡もなく、あるとしたら不自然な壊れ方をしているいくつかの鍵だけだった。

 

 三人いた駐在員はすべてが意識を失っており、揃って倉庫に転がされていた。全員生体反応に異常はなく、件のデュナミア家当主のように"殺された部位"もなかった。

 

 やはり少女──カノンに魔術の知識はない。

 

 即ち、これらはすべて素でやったということだ。鍵は『死の天使』の力だとして、魔術師ではないとはいえ三人の男を一切の抵抗もなく倒すとなると肉体のスペックはかなりのものだ。

 

 

「イヤな予感的中といったとこか?」

 

 

 間違いなく高位の天使。

 

 ステータスはサーヴァントをはるかに凌駕するだろう。兵器と称するのにも納得がいく。例え頭脳がただの村娘だとしても決して油断はできない。

 

 まあ、とはいえ、まずは見つけないことには始まらない。

 

 

Anfang(セット)

 

 

 魔術回路を励起(れいき)させる。

 

 イメージするのは何も見えない昏い淵。何も聞こえない暗い宙。そのはずなのに、"何もない"のに"ある"床に、落ちる一滴の雫の音が────。

 

 

「──Meine Idee(星を廻せ), Holzgeschnitzte Ratten(我が隷属たちよ)

 

 

 握りしめた掌から血が滴り落ちる。

 

 それが地面に触れて、そこから小さな若葉が芽生えた。血が与えられるたびに成長していき、じきに俺自身の背丈をも超える樹木へと成長する。

 

 が、それ以上大きくなることはなく、次第に枯れていった。急速に、迅速に、駈け抜ける風のような早さで。

 

 ボロボロになって朽ちていく。葉はすべてが抜け落ち、それらはすでに極小に分解されていた。枝は音を立てて折れていき、太かった幹も木屑へと姿を変えていった。

 

 すべてが塵も同然になった。

 

 その残り滓から、複数のネズミが飛び出してくる。

 

 普通のネズミではない。木製である。木彫りのような見た目をした──いや反対か。ネズミの見た目をした動く木彫りの像だ。

 

 

Los(行け)──!」

 

 

 その一言でネズミたちは散開していく。今いる家を中心にして360度すべて。計36匹の木彫りのネズミを放つ。

 

 なお、全頭の左目を拝借させてもらっている。俺の魔眼だ。俺の使い魔なのだから許可は当然下りる。

 

 一匹ずつ、数秒ごとに視界をローテーションさせる。同時に視ることも出来るが、それは理論的には可能という話であって、実際にやれば多過ぎる視覚情報を脳が処理しきれずショートしてしまう。

 

 さて、ネズミたちを見送り、後のことはあれらに任せて──とはいかない。ネズミたちは精々が時速20キロがいいところ。数がいるとはいえ捜索範囲は広大だ。

 

 俺は俺でやることはある。

 

 向かうのは二階のある一室。カノンの私室だ。目当ては彼女の髪の毛、あるいは羽毛である。

 

 俺が一般人であれば変態としての意味合いしかない行動だが、生憎とこちらは魔術師。有効的な使い方があるのだ。

 

 感染魔術。

 

 対象が一度触れたものや対象の一部分は、たとえ遠く離れたとしても相互に影響し合うというものだ。髪の毛などはその最たるものである。

 

 彼女の場所は、彼女自身が教えてくれるというわけだ。もっとも、魔術的なプロテクトを纏っていた場合は無駄に終わるが。

 

 それはそれとして試す価値はある。

 

 

「……────お、見つけた」

 

 

 床に落ちていた髪の毛を見つけ、拾い上げようとしていた時だった。同じくして、一匹のネズミの視界が翼ある少女の影を捉えたのだ。

 

 脱走後、それなりの時間が経っているものと思っていたが、あまり遠くへは行っていなかったようだ。

 

 視界のローテーションをやめ、見つけたネズミに固定させる。

 

 カノンはひどく疲弊しているように見えた。膝をついて丸まるように草むらにうずくまっている。両目を手で押さえ、荒い息を零している。まるで病人だ。

 

 

「直線距離で3キロ。……さっさと回収するか」

 

 

 家を飛び出し車に乗り込む。

 

 中天へ向かう太陽を尻目に、西へ向けて目一杯にアクセルを踏む。中途半端に舗装された道路を法定速度なんか無視して駆け抜ける。

 

 市街地からどんどんと離れて草原へ。

 

 草原と一言でいってもティンタジェルの西は起伏が激しい。険しい山々が屹立(きつりつ)しているわけじゃない。幾つもの丘が連なっているというべきか。

 

 数分でその場所にはたどり着いた。

 

 一面の麦藁色(ストローイエロー)。枯れた草木に囲まれて、空き地には一本の寒樹だけ淋しげに佇んでいる。

 

 その木に寄りかかるように座り込んだ一人の少女の姿がそこにはあった。

 

 真っ白を通り越して真っ青にも見えるエーテルの翼。心臓のあたりで渦を巻く膨大な魔力。それと、手で隠していてよく見えないが人相はメールに添付されていた顔写真と一致する。

 

 カノン・トレベナス。その人である。

 

 車から降りて、堂々と近付いていく。

 

 そして、ぐったりとしたままの彼女に声をかけた。

 

 

「こんにちは、お嬢さん。体調が優れないのかな?」

 

「……誰、あんた……?」

 

 

 車のエンジン音で既に誰かが近付いてきていたことには気付いていたのだろう。突然話しかけた俺に驚いた様子もなく、またこちらへ視線を寄越すこともなく返答をした。

 

 

「俺はクシロンという。──うん。端的にいうと、君を捕まえに来た」

 

「そう……。アラートさんが言ってたロンドンの魔法使いが、あんたってわけね?」

 

「アラートさんが誰かは知らないけど、まあ合ってるよ。"魔法使い"じゃなくて"魔術師"だけど」

 

 

 会話を交わしながら、ゆっくりとカノンへと歩いていく。

 

 間合いを見誤ることはしない。疲労困憊の状態だとしても──そもそもなんでそうなっているのかは知らないが──彼女の身体能力は警戒に値するものだ。

 

 

「なにそれ。違いがあるっての?」

 

「うーん、魔術師が進化して魔法使いになる、みたいな感じかな。ポケモン知ってる? ニッポンのゲームなんだけど。大雑把なイメージとしてはそいつでいいよ」

 

「へえ、じゃああんたは進化前の雑魚ってこと」

 

「さあ、どうだろう。試してみるかい? もともと嫌がる君を叩きのめして無理矢理連れていくのが役割だからね。対話フェーズが省略されるだけさ」

 

 

 2メートル。

 

 互いに、一息のあいだに触れることが叶う距離。

 

 ここまでいくと、彼女も手をどけてしっかりと両目でこちらを見つめてきている。

 

 夜を仰いだかのような紺碧の瞳。しかし陽光によって七色の遊色が揺らめいている。暗い地色に虹のような煌めきが差すそのさまは黒蛋白石(ブラックオパール)のようだった。

 

 その眼を、長いこと眺めていたように思う。

 

 アメのように引き伸ばされた一瞬の刻。

 

 先に動いたのカノンの方だった。

 

 

「────ッ!」

 

 

 ギリと歯を噛み締めて、飛び掛かるようにこちらへ手を伸ばす。

 

 しかしそれはあまりに緩慢な動きだった。主の伝令たる『天使』などではなく、戦いなど知らない14歳の少女そのものだった。

 

 攻撃を防ぐべく魔術にて展開していた物体(モノ)に触れさせることもなく、いとも簡単に躱すことができた。いささか拍子抜けといったところだ。

 

 疲弊しているとはいえあまりに弱い。

 

 これでは俺の出番など必要ない。それ以前に魔術師の出番すらもない。それなりの訓練をした成人男性であれば簡単に捕らえられる。

 

 見立てが間違っていたのか。サーヴァントにも匹敵するスペックだという見積もりが誤っていたのか。

 

 

「────ああッ!」

 

「…………」

 

 

 少女は精一杯、何度も手を伸ばす。十分な距離を保つように何度も避ける。それらは滑稽な踊りにも思えた。

 

 ……潮時だ。

 

 冷めた心で魔術回路を駆動させる。

 

 周囲に展開していた"物体(モノ)"。俺にも彼女にも見えていない、誰からの観測も拒む『無』の物質。

 

 "なにもない" のに "ある" ソレに魔力を通す。

 

 縄状に変形──観測できないので感覚だが──させて彼女の四肢に絡みつかせた。

 

 

「はい、おしまい」

 

「ぐっ!」

 

 

 彼女はなぜ自分が身動きが取れなくなっているのか理解できないだろう。

 

 魔術師であってもこれを防ぐことは難しい。不意打ち、初見殺し、その類いだ。魔力操作に精通している魔術師であれば、変形の折に通した俺の僅かな魔力によって感知するかもしれないが、さて────。

 

 

「今のが"縄"じゃなくて"刃"だったら君は死んでいた。君を狙う者は、今は多くないがこれから増えていくことだろう。その中には"刃"を放つ者もきっといる。

 ……これは君をそういった連中から守るための措置でもあるんだ。受け入れてくれとは言わないが理解はしてくれ。多少不自由にはなるが────」

 

 

 言葉に詰まった。

 

 なんて言おうか迷ったわけじゃない。ただ、その光景があまりにもあり得なくて、出しかけた言葉を呑み込んでしまったのだ。

 

 羽だ。

 

 翼である。その風切羽。

 

 撫でるかのような動きだった。

 

 力なんて少しも篭っていない。優しく包み込むように"縄"に触れてきた。

 

 サク、と音がしたかに錯覚した。それほどまでに自然で当然で、堂々としたものだった。発泡スチロールにカッターナイフを滑らすみたいに、彼女の羽が"縄"に食い込んでいた。

 

 そして──バツン、と音を立てて、不可視の"縄"は切断された。

 

 ある夏の日を思い出す。庭にある霊草を鎌で刈り取った記憶。これはそれとなにも変わらない。

 

 

「…………ああ──そうか」

 

 

 理解した。

 

 デュナミア家当主の不治の傷。

 

 それをやったのがコレか。

 

 真夜中のステンドグラスを思わせるその(まなこ)と視線が合う。すべてに正しく意図が合う。

 

 姿形は違えども、彼女の『眼』こそは死神の持つ鎌と同じものであった。

 

 其は────、

 

 

「『直死の魔眼』」

 

 

 死神の瞳は、ただまっすぐに俺の『死』を見つめていた。

 

 

Meine Idee(星を廻せ). ……参ったな、スペランカーは得意じゃないんだけど」

 

 

 絶対不可視の"物体(モノ)"を再度展開する。

 

 しかし、彼女には視えているのだろう。

 

 いかなる物質にも終わりは必ず存在する。俺の『無』も例外ではない。俺が設計し、俺が創造した。俺という有限の存在が作り上げた以上、どこかに必ず綻びはある。

 

 彼女の視界には、なにもない空間に『死』が浮かび上がっているに違いない。

 

 

「……あいつらも、これを見てからわたしにはなにもしなくなったよ。あんたもそうしたら? まだ死にたくないでしょ?」

 

 

 カノンは青褪めた顔で生意気な口を叩く。

 

 下手な脅し文句だ。たしかに俺の腕の一本や二本を"殺す"つもりはあるんだろうが、俺自身を完全に殺害する勇気などないだろう。

 

 その証拠に、さっきまでのヌルい攻撃も顔や胴への時だけは殊更に緩慢だった。

 

 

「やはり君は神秘に携わるヒトの恐ろしさを理解していない。『死』が見えるくせに──いや見えるから、理解しているからこそか? 君は決定的に誤解している。魔術師は、代行者は、そんなただの人間のように『死』を恐れたりはしないんだ」

 

 

 全面に複数の不可視の壁を張り、周囲には複数の不可視の剣を浮かべる。この数だ。視えていても意味はない。

 

 なにもさせない。なにもできない。一挙手一投足を支配する。バスケットの試合でプレスをかける時のように。

 

 一歩。

 

 二歩。

 

 ゆっくりと距離を詰めていく。

 

 

「奴らにとって自身の命とは当然のように勘定に入れるものだ。魔道の躍進のため、霊長の世界のため、奴らはこぞって君を狙う。君だけではない。君の家族、親戚、友人、僅かでも接触のあった人間、すべてを狙う」

 

「…………」

 

「一度だけ言うよ。──大人しく投降しろ。悪いようにはしない」

 

 

 本当に、大人しくしてくれよ。

 

 ヤケクソになって突っ込んでこられたら流石に困る。これは殺し合いじゃないんだ。折るべきは首の骨ではなく心。

 

 この子がなんでここまで反発するのか。まあ、これは少し考えればわかる。彼女はまだ14歳の小娘だ。それが突然家族と離ればなれになるとなっては拒否するだろう。正月という家族で過ごす日にも一人孤独に部屋の中だったようだし。

 

 だから突くべきはそこ。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………ロンドンには」

 

 

 黙って顔を伏せて考え込んでいたカノンが口を開いた。あと数秒で彼女の腕に剣の切先が触れるかというところだった。

 

 

「ロンドンには……お母さんたちは、連れて行けないの?」

 

「君の家族が君の変貌に関わっていないのであれば連れては行けない。それは時計塔の第一原則たる『神秘の隠匿』に反する行いだ」

 

「よくわかんないけど、とにかく決まり事ってことね……。じゃあせめて! ……せめて、一言挨拶くらいさせて」

 

「ダメだ。いまの君の姿を見せるわけにはいかない」

 

 

 カノンはキッとこちらを睨めつける。彼女の場合シャレにならない。眼力で人を殺せてしまいそうなくらいだ。

 

 

「いまの君では、だ。その無駄に目立つ翼を隠せるようになったら、まあ考えてやらんでもないよ」

 

「……隠せるものなの?」

 

「その翼はエーテルで作られて……って魔術師じゃない君に言ったところで、だな。ああ、ともかくとして──出来るよ。うん、出来る」

 

「そう……。良かった」

 

 

 さて、本当に良かったのかどうか。

 

 会えるとしても当分後のことになる。

 

 それに、彼女の家族はいま暗示に掛けられている。

 

 カノンは飛び級でロンドンの大学に行っていることになっているはずだ。だから彼女がもし家族と話す機会があったとしても、それは帰省してきた娘との会話になる。彼女の本心をありのままに受け止めてくれることはないのだ。

 

 それを虚しいと思うものもいるだろう。

 

 俺はそうだが、彼女は違ったらしい。

 

 たとえ偽物であったとしても、その時に交わした言葉の源泉──家族を慈しむ感情は、きっと本物だから。カノンはそういうふうに考えるようだ。

 

 彼女の纏う気配が変わったのを察してこちらも武装を解く。

 

 結果として、『天使』の概念武装たるカノンの回収は比較的穏便に済んだ。

 

 戦闘訓練という本来の目的は叶わなかったが、まあ『かすり傷でも喰らえばアウトのデスゲーム』を望んでいたわけではないので良しとしよう。

 

 

「じゃ、ロンドンへ行こうか」

 

「……うん」

 

 

 まあ、その前にデュナミア家の方へ挨拶に伺わなくちゃいけないけど。彼らも疫病神がいなくなってせいせいすることだろう。

 

 というか、もともと日帰りのつもりではあったけど、思ったより早く済んでしまった。とんぼ返りもいいところ。

 

 だからなんだという話ではあるが──。

 

 

 

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