アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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六話/山中にて稲妻の哭く

 

 

 

 それは岬の手前にあった。

 

 海を臨む一等地。有名なティンタジェル城跡から北に少し離れた場所にある、剥き出しの岩肌の上に(そび)え立つ灰色の磯城(しき)

 

 その地を管理する魔術師の住処。

 

 デュナミアの屋敷である。

 

 

「どうする? ついてくるか?」

 

「いい。別に話すこととか、わたしにはないし……」

 

「そりゃそうか。わかった。車の中で待っててくれ。なに、そう時間は掛からないよ」

 

 

 カノンは車の中に置いていく。本人が行きたがらないんじゃ仕方ない。そもそも連れていっても何もないし。なによりいまの彼女は目隠しをしている状態だ。上手くエスコートできる自信はないのだ。

 

 一応、念のため、木彫りのネズミを一匹だけ車の中に安置しておく。カノンの監視役だ。ないとは思うが万が一再び逃げたとしてもすぐに捕まえられるように。

 

 エンジンはかけたままで行く。外はそこまで寒くないが、彼女は薄着だ。暖房はつけたままの方がいいだろう。

 

 正門の守衛に身分を明かして通してもらう。

 

 鉄製の門が重々しく開かれる。中に足を踏み入れた途端、マナの流れが変わったのを知覚する。ここから先は、デュナミアという魔術師の支配下だ。

 

 

「ようこそおいでくださいました、クシロン殿! 噂は予々(かねがね)伺っております。お会いできて光栄です」

 

 

 玄関に入るなり「承知していました」と言わんばかりに応接室へ通され、すぐさま現れたデュナミア家当主から歓迎の挨拶を受けた。

 

 

「恐縮です、ポールス殿」

 

 

 四十代ほどの男性であった。

 

 生成色(きなりいろ)のシックなスーツに身を包み、左手には宝石の埋め込まれた(ステッキ)を携えていた。

 

 ポールス・デュナミア。この小さな土地(ヴィレッジ)を治める魔術師である。

 

 

「碌な歓待も出来ず申し訳ありません。ですが、カノン・トレベナスの件はソロネア本家からも早急に対応するよう求められています。ご容赦ください」

 

「いえ、お気になさらず。こちらとしてもその方が好ましくあります。さっそく本題に参りましょう」

 

 

 召使いの一人が用意した紅茶を一口飲み、ポールスは苦々しく言葉を紡いでいった。額には脂汗が滲んでいるようにも見えた。

 

 

「……先ほど、カノンが脱走していたと部下より報告がございました。クシロン殿が捕らえてくださったとか……。ええ……して、その、目撃者などは……」

 

「幸いにもおりません。勝手ながら周囲を使い魔にて捜索させていただきましたが、それらしい影はありませんでした」

 

「おお! その言葉を聞けて安心しました。誠にありがとうございます」

 

 

 本当に心の底からホッとしましたって感じの表情だ。腹芸は得意ではないと見える。それもそのはず。彼は中央へ進出せずにこの僻地に留まることを選んだ人だ。

 

 権謀術数渦巻く只中に身を置くなどまっぴら! そんなことよりも魔術の研鑽に時間を使いたい!

 

 そんな典型的中立派の魔術師だ。

 

 

「いやあ、それにしても本当に良かった。『天使』など私の専門外ですから、一時はどうしようかと……! ロード・ソロネアに助力いただけて感謝しかありませんな!」

 

 

 ハハハ、と笑って彼はもう動かない右手を叩いてみせた。

 

 豪胆な人だ。彼の右手にもいくらの魔術回路が刻まれていたろうに。自身の魔術師としての性能を剥ぎ取られたにも(かかわ)らず、笑いながら「良かった」と言えるなんて。

 

 まあ、魔術刻印が棄損されなかったからこその態度だろうな。

 

 自分自身には執着しない。デュナミアという魔術師が積み重ねた歴史こそが大事ということだ。

 

 もし彼の家の刻印が右手にあったとしたら……ぞっとしないな。

 

 

「……それでは、ご報告は以上になりますので……」

 

「おお、そうですな。これ以上引き留めるのはよろしくないでしょう。重ね重ね感謝申し上げます、クシロン殿。では、()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ベールナルまで無事送り届けられますよう。

 ──君、お見送りの準備を」

 

 

 今回の入城はカノンを連れていくことを伝えるのが目的だ。社交界よろしく長々と話すものでもない。

 

 早々に切り上げる旨を伝えようとしたところ、向こうも察してくれたようで、彼は傍にいた使用人に俺の見送りを命じた。

 

 数名の使用人に頭を下げられながら城を出る。

 

 実家に帰れば似たようなシチュエーションを体験するが、ロンドンでの一人暮らしが長いのもあってなんだか落ち着かなかった。

 

 屋敷の外は潮風が強く吹いていて、コートの隙間をすり抜けて肌を刺してきた。

 

 太陽はまだ中天には遠い。

 

 車に戻れば、後部座席に寝そべったままのカノンと、その上を動き回る木彫りのネズミの姿があった。

 

 

「随分とご(くつろ)ぎだな」

 

 

 運転席に座り、シートベルトをつけながら後ろの席に声を投げる。

 

 

「疲れてるの! ……てか戻るの早いね」

 

「まあな。本来なら君の家まで一緒に行って受け渡して──って工程があったんだが、おかげさまで省かれたんでな。報告だけで終わりだ」

 

「ふーん。あっそ」

 

 

 そこから会話は途切れた。

 

 話すことも特にないから仕方ない。

 

 魔術世界のあれこれとか、これから向かう時計塔がどんなところだとか、そういったことは今ではなく行った先で話すことだ。それに俺はカノンの保護者になるわけでもない。それは彼/彼女の役目だ。

 

 

「……ねえ」

 

「ん?」

 

 

 屋敷から車を走らせてしばらく経った頃、背中をこちらへ向けるようにして寝転がっていたカノンから声が掛かった。

 

 

「わたし、これからどうなるの? ソロネアって人に預けられるんだよね? どんな人……? 変な実験とかされる……?」

 

「一度にたくさん質問しないでくれ。……そうだなぁ」

 

 

 彼/彼女の性格──というかあり方というか──を今一度考えてみる。俺自身、あの人に勝手に友人認定されているだけで詳しいパーソナリティを理解しているわけではない。

 

 だからこれは非常に浅い言葉になってしまって、ある意味で無責任なことを言うことになる。

 

 が、ひとつ確信をもって言えることはある。

 

 

「まあ、悪いヤツじゃないよ」

 

 

 良いヤツでもないけど……。

 

 性格はお世辞にも善いとは言えない。"イイ性格してる"ってやつだ。

 

 そうだな。魔術世界のイロハを教えるのは俺の仕事じゃないから黙ってるつもりだったけど、これから会う相手を紹介するくらいは請け負うか。仲介業者らしく、人間関係の仲介くらいはしよう。

 

 

「──アイテール・エッジワース・ガルガリン。君がこれから世話になる魔術師の名前だ」

 

「アイテール、エッジ……。あれ、ソロネアって人じゃないの?」

 

「ソロネアだよ。姓が違うのは……まあ、そういう家なんだ。魔術師らしいしがらみでね。当主になるまでは"ソロネア"を名乗れないんだ」

 

 

 似たようなのだと、確かユリフィスもそんな感じか。

 

 ただあそことは違って養子に入るとかそういう七面倒くさいやり方ではないけれど。どちらかと言うとアトラス院の院長のようなもの。つまりは称号だ。

 

 学科の別名にもなっている『ソロネア』の名は、個体基礎の化身たる君主(ロード)である証なのだ。

 

 

「実験とかは……ちょっとした検査とかはあるけど、モルモットのような扱いを受けるわけじゃない。魔術の世界においても君みたいな存在は稀なんだ。前にも言ったけど、君の存在が公になれば多くの人がこぞって君を狙うだろう。これはそうなる前の措置。つまりは"保護"だよ」

 

「保護……」

 

「絶滅危惧種とか、希少な動物なんかは人間の手で保護されるだろう? その生態系を調査するためにさまざまなデータを収集する。対象にストレスのかからない環境で、しかし人間の監視下で。……嫌な言い方にはなるがね」

 

 

 とは言ったものの、ロード・ソロネアがどの程度のデータを欲しがるかによる。

 

 なんせ『天使』だ。

 

 天使とは力の塊。英霊や神霊とはまったく別個の存在と言っていい。いや、そもそも"存在"などと呼べる代物かどうか。アレには人格なんてない。そう、やはり"概念"という言葉が相応しい。

 

 概念である以上、本来それは扱おうと思えば誰でも扱えるものだ。

 

 例えば、オファニム。

 

 座天使(スローンズ)のひとり。あるいはオファニムという言葉そのものが座天使を指す、とも。『ゾーハル』やミランドラが唱えた体系においては別の地位にもあるが、それは蛇足か。

 

 彼の名は"車輪"や"多眼"を意味する。

 

 もし彼の名前を詠唱に組み込むとすると、その性質が発動する魔術にも付与されるのだ。

 

 車輪とは流転するもの。運ぶもの。それに彼の名前は多くの目も意味する。遠くの映像を視るときに彼の名前はよく使われる。使用例としてあげるとすると、使い魔の眼球などに彼の名前を刻めばそれだけで自由な遠隔カメラの完成だ。

 

 多くの眼で見てそれを遠くの者へ運ぶ────。

 

 このように、天使とは単なる記号に過ぎない。魔術師にとって彼らの名前は便利な道具であり、概念的な力なのだ。

 

 だが、その概念が肉体を持ったとしたらどうだろうか。

 

 別に本来の意味での"肉"でなくともいい。杖や剣、指輪など、物質的な存在として『天使』があったとしたら。

 

 魔術に組み込むカタチの、言わば力の一端を借り受けるのではなく、『力そのもの』を扱うことができたのなら────。

 

 つまるところ、『天使』の概念武装だ。

 

 しかし悲しいことにそのようなものが確認されたことはない。天使はあまりに膨大な力を持っている。それを降ろすとなれば器にも相応の力が求められる。存在強度と言い換えてもいい。

 

 デミ・サーヴァントや死徒の孕み子(ダンピール)と同じだ。

 

 そんなものは存在しない。

 

 しないはずだった。

 

 しかし────、何事にも例外は存在する。

 

 カノン・トレベナス。稀有なる『天使』の適合者。肉ある概念。亜麗新種────。

 

 彼女はその例外なのだ。

 

 血液検査とかで済めばいいが……。さすがに体を開くような真似はしないと信じている。まあ、彼とて下手な反感を買うことはしたくないだろうから大丈夫だと思うけど……。

 

 ロード・ソロネアにとってカノンは貴重なサンプルではあるが、しかしソロネアの冠位指定(グランドオーダー)に天使は必要ない。彼が無理強いする理由はどこにもない。

 

 俺としては彼女が穏やかに過ごせることを願っているが、さて。

 

 

「あーあ、都会暮らしって憧れてたのになぁ。なのに住むのが動物園の檻の中なんて……。神さまってイジワルね」

 

 

 カノンは寝そべったまま、こちらは顔を向けないままでそう呟く。

 

 俺は「そうかもね」とだけ言って、青信号を尻目にアクセルを踏んだ。特に慰めの言葉は言わなかった。彼女の声がそこまで沈んでいなかったからだ。

 

 決して心が強い少女というわけでない。けれど、気持ちの切り替えだけはスッとこなすものだと感心する。それが良いことなのかは分からないが、クヨクヨするよりは何倍もいいと思う。

 

 車は山中に通り掛かる。

 

 もうティンタジェルからはすっかり離れていて、太陽も真上を通過した。比較的新しい道路を走る。場所も場所だけに対向車もあまりいない。

 

 木漏れ日の中、ふと違和感を覚えた。

 

 街中ではなく、こんな田舎道だからこその違和感だった。

 

 

「…………あの車」

 

 

 前にも、見なかったか……?

 

 道が直線になるとバックミラーに小さく映る黒い車。なんてことのないディスカバリー。けれど、あのナンバー、ティンタジェルのフォア・ストリートでも見た覚えがある。

 

 CRY 807T

 

 前半のCRYも目を引いたが、後ろもBOLTに読めることでなんとなく記憶に残っていた。

 

 ティンタジェルからは50キロ以上も離れている。

 

 たまたま方向が同じだった? いや、まあ、あるかもな。偶然ってやつも。しかし────。

 

 

「カノン、寝てないでシートベルトしろ。ちょっとトバす」

 

「羽がジャマで付けれない」

 

「じゃあしっかり捕まってな」

 

 

 尾行じゃないならそれで良し。

 

 下り坂。思いっきりアクセルを踏み抜く。

 

 信号はまだまだ先だ。曲がりくねった一本道を最高速度で突っ走る。

 

 バックミラーを確認すれば、同じように法定速度を無視して追ってくる黒いディスカバリーの姿があった。こちらにバレたからにはコソコソする必要もないってわけだ。

 

 相手の目的を少し考える。

 

 カノンだけが目的ならもっといい機会はあった。しかし、今狙うとなると理由は大体二つに絞られる。

 

 一つは、追手がカノンの情報を手に入れたのが本当についさっきだったという可能性。

 

 もう一つは、デュナミア家やソロネア本家とは敵対したくない可能性。

 

 俺が預かるまでカノンを庇護していたのはデュナミアだ。言ってしまえばカノンの所有権がデュナミアにあったということ。そこで手を出せば当然彼らと敵対することになる。

 

 ロンドンに着いてからも同じ。今度はより強大なソロネアと対立することになる。

 

 しかし、いまは別だ。いまカノンの身柄は俺という個人のものである。別に俺はソロネアという家の身内じゃないからな。身分的にはただの運び屋だ。

 

 それに、いまこの状況でカノンを攫ったとしたら、側から見る分には俺がトチってカノンに殺されて逃げられたのと区別がつかない。

 

 つまり、この追手はデュナミアやソロネアと敵対するのは御免被るが、俺ひとりを殺すくらいならわけないと考えているということだ。

 

 

「随分と舐められたもんだな」

 

 

 恐らく単独犯。

 

 いかにソロネアの分家とはいえ、魔術師としてはそこまで隆盛ではないデュナミアを恐れている点からして、他派閥の魔術師集団や聖堂協会などではない。

 

 どこかしらからカノンのことを知って、組織的な目的ではなく、あくまでそいつ個人がカノンを欲しがっている。

 

 フリーの魔術師あたりが候補か。

 

 

「ちょっと! いきなりシートベルトつけろだの、トバすだの言ってなんだと思ったら、もしかして追われてるの!?」

 

「気付くのおっそ。ああ、そうだよ」

 

 

 さて、どうしたもんか。

 

 こちらは免許取りたてホヤホヤの身分。車の運転にはそんなに自信はない。カーチェイスの経験なんてもちろんない。

 

 するとこのまま追われ続けるよりもいっそ打って出たほうがいいか。

 

 向こうだって俺がロンドンに着くまでにはどうにかしなくちゃならないんだ。いずれ仕掛けてくる。ならばむしろこっちから仕掛けた方が主導権を握れていいかもしれない。

 

 たしか、この先にある細道を行ったところに廃棄されたキャンプ場があったはずだ。

 

 少ないとはいえ対向車も通るこんな道路のど真ん中でやり合うわけにはいかない。一端そこへ向かう。

 

 

「いいね、実戦だ」

 

 

 戦闘狂ってわけじゃないが、自然と口の端が吊り上がる。

 

 イヴェットにも言われたが、正面きっての戦いこそが俺の唯一の長所なんでね。

 

 

 

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