アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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八話/幕間にも似た寄り道

 

 

 

 山道を抜け、比較的綺麗な道路の上を走行する。

 

 三時間近く車を走らせていると徐々に車の数も増えてくる。対向車は相変わらずだが、横道から合流してくる車たちがあるのだ。俺と同じようなレンタカーがずらり。外国からの観光客たちであろう。

 

 この先のエイムズベリー──というかストーンヘンジ──へ行くのか。あるいは南へ下ってソールズベリーへ行くのか。はたまた俺たちと同じようにロンドンへ向かっているのか。

 

 そこは俺の預かり知るところではない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 車内は静かだ。

 

 なんだか少しきまずい。

 

 別に、単に静かなだけだったなら気にならない。むしろ大助かりだ。けれど──カノンの態度が妙なのだ。

 

 

「────、……」

 

 

 なんというか、そわそわしているというか。とにかく身じろぎをよくする。

 

 先ほどの追手のことを気にしているのだろうか。だが彼女は目隠しをして車の中で待機していた。凄惨な現場を見ることはなかったはずだ。

 

 俺も「終わった」とだけ言って詳細は話していない。

 

 まあ、しかし──だ。

 

 彼女とて14歳。無知で無垢な年齢とは言い難い。俺が追手の魔術師を殺したということくらい検討は付けていることだろう。実際"始末する"って言って車を出た訳だしな。

 

 人殺しと一緒の車内ってのも落ち着かないか。

 

 けれどこれでカノンも理解しただろう。魔術師という生き物のおぞましい生態を。

 

 別に"殺人鬼"ってわけでもない。俺たちにも人を悼む精神はあり、殺人行為なんて忌避するものだ。人を殺すなんて酷いことだ。やるかやらないかなら当然やらない方がいい。

 

 が、その上で、俺たちは目的のために人を殺せる。

 

 命とは特別なものである。だが、特別だからといって大切にする理由にはならない。魔術師にとってモノもヒトも変わらない。魔術の真奥──根源へ至る為の道具に過ぎない。

 

 そして、道具とは使って、使って、使って、使い潰すものだ。余すことなく。

 

 俺たちはこれからその魔術師たちの総本山へ向かうわけだ。カノンは一体どのような心境だろうか。憂鬱、が一番適しているか。あくまでこちらからの一方的な感傷だけれど。

 

 しかし同時に()に下れば先の追手のようなものが出てくる。彼女だってそこは理解しているだろう。ティンタジェルでも話したが、今回で実感が伴ったはずだ。

 

 もう、平和には生きられないのだと。

 

 

「──…………あの、さ」

 

 

 躊躇いがちにカノンの口が開かれた。ルームミラーで確認すれば、脚の間に手を挟んで一層もじもじしている。

 

 

「なに?」

 

「……その、んー……」

 

 

 大きめな目隠しのせいでわかりにくいが、若干紅潮しているようにも見える。

 

 何秒かそうして逡巡していたが、やがて観念したのか口をギュッと一文字に結んで、そして、

 

 

「おしっこ、行きたい……かも」

 

 

 ひどく小さい声で言った。

 

 

「…………。……お手洗い、な。別にお花摘みでも単にトイレでもいいけど、もう少し品のある言い方をしなさい」

 

 

 カノンは別にさっきの出来事に思うことはないらしい。いや、実際にはあって今はそれを隠しているだけということもあるが。

 

 立ち直りが早い、という俺の評価は間違ってないようだった。

 

 しかし、それにしても、なんというか……。

 

 

「もう少し恥じらいというか……慎みを持ってくれ。女の子だろう? 君は」

 

「恥じらいがあるからここまで言うの我慢してたんでしょ!? サービスエリアとか寄るのかなって思ってたら全然行かないし!」

 

 

 カノンは顔を真っ赤にして言う。そして、ガン! と運転席を蹴り飛ばした。危ないからやめろ。

 

 

「サービスエリアって……行くわけないだろ。君なあ、自分の背中に何ついてるか忘れたのか?」

 

「じゃあ漏らせって!? ここでおしっこ漏らせってわけ!?」

 

「だから明け透けに言うな! ……わかったって。寄るよ。まったく……」

 

 

 静かな車内のはずが一気にうるさくなってしまった。

 

 しかし彼女の言うようなサービスエリアに寄るわけにはいかない。もう少し前にあったところならいいが、ここら辺だと人の目がありすぎる。我慢しないでさっさと言ってくれれば良かったのに。……というのはこちらの都合か。

 

 もう少し子供だったり、あるいは男の子だったらその辺の茂みでさせてたんだがな。簡易的な結界なら俺でもすぐ張れるし。

 

 

「もう少しだけ我慢できそう? いま行けそうなとこ探すからさ」

 

「5分。……5分が限界だから……!」

 

「りょーかい」

 

 

 ここら辺の地理には疎いがなんとかするしかない。いい感じに人のいない店──最悪民家でもいい──を見つけるとしよう。

 

 四車線の道路から脇に逸れて横道に入る。

 

 本道より荒れた道路。道幅も些かばかり狭く、すれ違うのには確かな運転技術が求められそうだ。下手すれば側溝にタイヤが嵌ってしまう。

 

 道なりに進めば、ひとつの小さな橋があり、渡った先にはこれまた小さな村があった。煉瓦造りの古民家が点在している。

 

 木々に囲まれて視界の悪い細道を徐行していけば、開けた場所にポツンとひとつ店があった。いかにも雑貨屋というかんじ。コンビニエンスストアの下位互換と言ってしまってもいい。

 

 

「…………まあ、ここかなぁ」

 

 

 欲を言えばもう少し見通しの悪い場所が良かった。

 

 店の周りの木々は少なく、生垣のようなものもなく、枯れた(パンパス)に囲まれているだけだった。これではもし通行人がいたらカノンを視認されてしまうおそれがある。

 

 とはいえ、だ。

 

 チラリと後方を窺う。カノンは顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。決壊寸前である。

 

 仕方ない。ここで良いだろう。よほどの大事でなければ妥協というものは必要だ。

 

 ある程度周囲を観察して大丈夫そうなら……、

 

【 】

 

 いや──、ここに人はこない。誰ひとり通り掛かる人はおらず、誰ひとりとして彼女の姿を視認することはない。人払いの結界を張る必要もなく、確定された事実として誰も来ない。

 

 店主一人に暗示をかける。カノンをトイレまで連れていく。用を足し、車まで戻る。──この一連、なんの問題もなく。

 

 俺の『直感』はそう告げている。

 

 

「ここなら大丈夫みたいだ。行こうか」

 

「え、あ、うん!」

 

 

 店の傍に車を停め、後部(リア)ドアを開けてカノンの手を取る。彼女は少し戸惑ったような声をあげたがそれだけで、俺のエスコートに素直に従ってくれた。

 

 

Anfang(セット)

 

 

 店の扉をくぐると同時。魔術回路を励起させ、舌に刻まれたヘルツ家の魔術刻印に魔力を通す。

 

 カラン、と小洒落たベルの音がして、店主の男がこちらへ視線を向けてきた。視線がかち合う。男の瞳に、俺の琥珀色の瞳が映り込む。

 

 

「『やあ、ステファン。久しぶり!』」

 

「!?」

 

 

 爽やかな笑顔を浮かべ、まるで数年ぶりに会う友人かのように店主へ話しかける。

 

 そんな気さくな青年を思わせる俺の声に驚いたのか、カノンは信じられないものを聞いたとでも言わんばかりに勢いよくこちらへ顔を向けてきた。

 

 失礼だぞ、君。

 

 

「ん? ────。……ジャック? ジャックじゃないか! 久しぶりだなあ。小学校(プライマリースクール)を卒業して以来かい?」

 

「え……」

 

 

 店主は俺の言葉を数秒呑み込んで、そしてまるで数年ぶりに友人と会ったかのようなリアクションを取ってくれた。ついでにカノンもいいリアクションを取ってくれた。

 

 男のこれは演技ではない。かといって真実でもない。

 

 当然ながら、俺の魔術によるものだ。『暗示』である。一人前の魔術師であるのなら当然のようにこなせる魔術のひとつ。

 

 彼は今、自身の名前をステファンだと認識しているし、俺を幼い頃の友人であるジャックだと認識している。簡単に言ってしまえば、この現状こそが『暗示』の魔術の概要そのものだ。

 

 もっとも、発動にも色々条件はあるし、ここまですんなりと懐に入り込むほどの『暗示』はなかなかできるものではない。基礎中の基礎ではあるものの、だからこそ万能足り得ない。

 

 例えば俺の場合、単体ではまず成立しない。属性の関係上、四大元素を基盤とした魔術とは相性が悪いのだ。友人関係にまで深く潜るほどのものは素では無理も無理。我が家の魔術刻印あってのものなのである。

 

 

「ちょっとした帰省でね。せっかくだから寄ったんだ。この店、いまはステファンがやってるって聞いたからさ。なんか買おうと思って」

 

「別にお前なら冷やかしでも構わないぜ? でもまっ、売上に貢献してくれるってンなら歓迎だ。田舎らしい品揃えだが好きなの持ってけよ」

 

「じゃあ、いくつか日用品でも……。ああ、それと、ひとつお願いがあるんだけど、いいかな?」

 

「ん? なんだよ。女紹介しろってンなら、そいつぁ無理だぜ」

 

「そんなんじゃない。トイレ貸してくれないか? 実は結構限界なんだ」

 

「そんくらいお願いにも入らねェよ。便所は奥行って右だ」

 

「ありがとう、ステファン」

 

「おうよ」

 

「……。え、えー……?」

 

 

 そんなステファン(仮名)との会話を、カノンは怪訝そうに聞いていた。彼女は何故俺たちが意気投合しているのか理解できていないのだろう。ポカンと開けられた口元からは搾りカスのような声が漏れ出していた。

 

 そんなカノンを手を引いて会計カウンターの裏から入って廊下を進んでいく。彼女が段差に躓かないようにだけ気をつけながら。

 

 当たり前だが、こうして無事にトイレまで辿り着いたのだった。

 

 

「……ねえ。さっきのなに?」

 

 

 お手洗いから戻ってきたカノンに開口一番そう訊ねられた。

 

 彼女の額にはほんの少しだけ汗が滲んでいて、用を足す僅かな時間でも、目隠しを外すことがどれほどの負担になるのかを物語っていた。脱走時はよく平気だった──いや、平気ではなかったか。

 

 ともかくとして、余計な思考は置いておこう。目の前の少女からの質問を無視するのも忍びないし。

 

 

「魔術だよ、魔術」

 

 

 彼女は一般人であるので『暗示』だのなんだの詳しい話をするつもりはない。が、混乱のもとでもあるので魔術を使った際は「これは魔術によるものだ」くらいの説明はするとしよう。

 

 

「そっちじゃないわ。……たしかにそっちも驚いたけど……。わたしが言ってるのはここの店に入るって決めたとき!」

 

「え、俺なんか変なことしたか?」

 

 

 しかし彼女の関心は先ほどの会話ではなかったらしい。他となると、心当たりがまるでないが……。

 

 

「最初、ここのお店に入るの渋っていたけど、突然乗り気になってわたしの手を取ったじゃない? アレはどうして?」

 

「ああ、そういうこと」

 

 

 俺が自らの『直感』に従って行動した結果、側から見るぶんにはそれが如何にも変な動きだったわけだ。確かに突然意見が180度変わったようにも見えなくもないか。

 

 しかし、どう説明したものか。

 

 ただなんとなく、で納得してくれるとは思えない。かと言ってテキトーに誤魔化すのも信条にもとる。

 

 うーん……。

 

 

「言いたくないなら別にいいんですケド……」

 

 

 俺が黙っていると、カノンは分かりやすく口を尖らせて拗ねてみせた。顔の半分が隠れているというのに表情の読みやすい奴である。

 

 

「いや、そういうわけじゃなくて……。なんて言えば伝わるか考えていた」

 

「なにそれ。難しい話?」

 

「そうかもな。……君の羽、感覚はあるんだろう? 背中に翼が生えている感覚がどんなものか、説明できる?」

 

「え。うーん。あー、腕が追加で生えてるカンジ? いやちょっと違うなぁ。……確かに説明ムズいかも?」

 

「そういうこと。翼のない人間に翼の感覚を理解できないように、俺の『直感』を理解できるのは同じような第六感の持ち主だけだ。だから、まあ、君の質問にはこう答えるしかない────」

 

 

 廊下の途中で立ち止まり、布の奥に輝く虹の瞳を見透かすように彼女の目を見る。

 

 

「"行けると思ったから行った。理由はない"」

 

「……そ。じゃ、あんたは勘がいいってことで納得してあげる」

 

「どうも」

 

 

 きっと理解はできなかっただろう。それでも理解しようとはしてくれたらしい。納得とはそういうことである。やはり根は善良なのだ、この娘は。

 

 これから乗り込む魔術師たちの世界に於いては、それはあまり善いとは言えないかもしれない。しかし魔道と深く関わるわけではない。で、あるならば、ソレはきっと得難いものだ。

 

 少しだけ口角が上がっているのを自覚しながら、廊下を歩くのを再開する。

 

 それなりの広さとはいえ廊下はそこまで長くはない。少し話しているうちに照明の中へと帰ってきてしまった。

 

 

「ありがとう、ステファン。お礼と言っちゃなんだけどそれなりに買わせてもらうよ」

 

「へへ、いいってことよ」

 

 

 俺がステファンと名付けた男へ礼を言い、ついでにいくらかの食料品を買うことにする。車の中で食べられるようなやつ──パンとかビスケットとかをチョイス。飲み物も忘れずに。

 

 終始和やかな雰囲気のまま彼とは別れた。騙すのは申し訳ないが、別にこれで彼の人生がどうにかなるわけでもない。このあと一日が経ち、夜寝て朝起きて、その時にはすでに彼はジャックという存在しない友人を忘れているのだ。

 

 なんとなく、誰か懐かしい人にあったような気がする、という淡くぼやけた記憶だけを残して。

 

 車を発進させる。

 

 短い影がアスファルトに落ちていて、太陽は南に輝いていた。

 

 日差しはさほどきつくない。

 

 昼食代わりのビスケットを一枚食べ終える頃には、細い道を抜けて元の四車線道路へと帰ってきていた。

 

 如何にもな田舎の風景だったにも拘らず、すぐそばには都会へ繋がる長い道路があるということに、どうにも形容し難い気持ちが浮かんでくる。

 

 後ろの田舎娘はどのように思っているのだろうか、と考えて、彼女には外の風景が見えていないのだったと思い出す。いつか、彼女の里帰りの時に感想を聞かせてもらおう。

 

 きっと遠くない未来の出来事だろうから、俺が見ている景色とそう変わらないはずだ。

 

 

「……あと二時間も掛からずに着く予定だ」

 

 

 別に言う必要はないのだが、何故だか俺は後ろのカノンへと話しかけていた。一番話しやすいことが到着までの時間だっただけで、きっと話題はなんでも良かったんだと思う。

 

 カノンはクロワッサンを頬張りながら「ほぉーい」なんて返事をする。リスみたいに頬を膨らませているのが少しだけ面白かった。

 

 "海を挟んで対岸"みたいな距離が、"川を挟んで対岸"くらいには縮んだ気がする。

 

 幾分か柔んだ空気の中、車はロンドンへと向かう。

 

 

 

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