アインナッシュは鐘撞堂の夢を見るか?   作:木彫りの心臓

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九話/天使を運び終えて

 

 

 

「随分と──お早いご帰還じゃあないか。数日はかかるものと思っていたよ」

 

 

 石造りの暗室。怪しげに揺らめく蝋燭の火。鼻の奥を突くハッカ香と、腐った桃のような不快感を煽る甘い匂い。

 

 暗がりの中、ヴィンテージのロッキングチェアと共に彼/彼女は居た。

 

 真っ直ぐに伸ばされた濡鴉(ぬれがらす)の髪。毛先は地面に横たわっている。隙間から覗く真っ黒の瞳は、宇宙空間を切り抜いて嵌め込んだかのようだった。

 

 アイテール・エッジワース・ガルガリン。

 

 次期個体基礎科学部長。現ロード・ソロネアの愛息子/娘である。そして、今回俺を『天使』の回収任務に就かせた張本人だ。

 

 

「ブリテンの外に出るわけでもない──車で数時間の場所ですよ? 何日もかけるようなコトじゃないでしょう」

 

「行き来の時間はそうかもしれないけれどね。ボクとしては『天使』の少女の攻略に苦労すると思っていたんだ。ほら、キミとは相性が悪い方だろう? 今日は様子見、本命は明日以降……かと思ったらコレだ。とんだスケコマシだな、キミは」

 

「別にそういうのではないですけど」

 

 

 比較的平和な解決ではあったが、彼/彼女が想像するようなことはなかった。むしろ内容としてはカノンの家族を人質に取ったようなものだし、トキメキなんておよそ発生し得ない状況だったと思う。

 

 小脇に抱えたままのカノンも「うんうん」と頷いている。ほら、プラスマイナスでいえば印象はマイナスみたいだ。

 

 

「……で、ソレが『天使』の概念武装か。ポールスから聞いていた話とは印象が違うな。確かに尋常ならざる魔力を秘めてはいるみたいだが、言ってしまえばそれだけだ。迫力に欠けるな。これではまだ父上の方が威圧感があるな」

 

「そうだな。俺も魔力量には驚いた。そして身体能力にも別の意味で驚いた」

 

 

 そう。てんでチグハグなのだ、カノンは。

 

 魔力量はそれこそ現代に生きる生命としては最高峰のものだ。時計塔に彼女に勝るものが果たして何人いることか。きっと数えるほど──あるいは、誰一人としていないということもあり得る。

 

 対して、その身体能力は年相応の少女のものと大差ない。同年代の中では上位の方ではあるのだろうが、魔術師にとってみればどんぐりの背比べもいいところ。『天使』とはとても思えないくらい弱い。

 

 かと思えば、その瞳に宿る絶巓(ぜってん)の神秘よ。

 

 万物の『終わり』を観測する眼眸(がんぼう)。誰が呼んだか直死(ちょくし)の魔眼。遥か極東にて似たような魔眼の持ち主が確認されたとは聞くが、さて。こんな代物が同じ時代に複数あるものなのか。

 

 

「ねえ」

 

 

 そんな風にカノンの能力について思考していると、そのカノンが小さく、しかし力強く声を上げた。同時に翼が俺の背中を叩く。

 

 

「そろそろ下ろしてほしいんだけど」

 

「ん、ああ。そうだな」

 

 

 この家の一階は足の踏み場もないほど物に溢れている。そのくせ踏んで壊したりするとアイテールは怒るのだ。だからこの地下室までは俺が小脇に抱えて一緒に『軽量化』して移動してきたのである。

 

 ここは一応の整理整頓が行き届いているようなので、普通にしているぶんには何かを壊すようなことはない。

 

 確かにずっと抱えているのも変だったな。

 

 カノンを降ろす。と、同時。アイテールがこちらへ向けて何か黒い物体を投げてきた。キャッチしてみれば、それは15センチほどの長さの箱だった。

 

 

「ずっと目隠しで生活するというのも大変だろうと思ってね。取り寄せておいたんだ。もっとも、虹の輝きを抑え込むことが出来るかどうかまでは分からないけどね」

 

 

 開けてみれば、中に入ってたのはメガネだった。

 

 彼/彼女の言葉からしておそらくは『魔眼殺し』の魔術礼装。カノンへのプレゼントだ。

 

 

「そういえば自己紹介がまだだったね。初めまして、カノンくん。ボクはアイテール。アイテール・エッジワース・ガルガリン。この学術都市ベールナルを任されているモノだ」

 

「は、はい。初めまして、カノン・トレベナスです。えっと、よろしくお願いします……?」

 

「早速かけてみたまえ。度は入っていないが、魔眼の機能を抑制する過程で視界がボヤけてしまうこともある。その場合は遠慮なく言ってくれていい。ボクがチューニングを行おう」

 

「あ、はい!」

 

 

 スルリと目隠しの布が床に落ちる。

 

 静かに開かれたカノンの瞼の下には、深海のような昏い瞳。けれども蝋燭の灯りによって輝く斑状遊色(ハーレクイン)が、そんな昏い色を塗り替えていた。

 

 あまりこういう感想はよろしくないのだろうが、なんというか、艶やかで、実に扇情的だった。

 

 

「おお……!」

 

 

 耐えかねてか、アイテールが感嘆の声を洩らす。

 

 注目されているのを恥じてか、カノンは少し顔を赤くした。そんな内心を表すように素早くメガネを装着する。

 

 レンズ越しには菫青石(アイオライト)のような瞳。綺麗ではあるけれど、先ほどのような遊色効果は見られない。

 

 

「あ」

 

 

 と、カノンが息を吐く。

 

 美しい瞳は一層ハイライトを強くして、頬には一筋の涙が伝った。

 

 

「ちゃんと……見える……!」

 

 

 少女の嗚咽が狭い工房内に響く。

 

 

「……」

 

 

 それを、俺はただ黙って見ていた。

 

 良かったな、とか。

 

 違和感はないか、とか。

 

 口に出そうとしたけれど、やめた。

 

 それはアイテールの役割だ。俺の仕事はティンタジェルからカノンをここまで連れてくること。受け渡しが終わった以上、彼女とは赤の他人だ。

 

 ほら行って寄り添ってやれよ、とアイテールに視線を向ければ、向こうも同じように俺に視線を向けていた。考えることは同じらしい。

 

 しかし立場が違う。俺はあくまで運び屋。対してアナタは彼女の保護者。その涙を拭ってあげるのは俺ではなくアナタの役目です。

 

 

「────」

 

「────」

 

 

 顎でカノンを指しては向こうが首を振る。逆もまた然り。そんなやり取りを何回か繰り返した。

 

 根負けして俺がポケットからハンカチを取り出した時にはカノンはとっくに泣き止んでいて、不思議そうに俺たちの無言の会話を眺めていた。

 

 そしてそのことに気づき硬直した俺を見て、

 

 

「……なにやってんの、あんた?」

 

 

 と、ちょっと引いていた。

 

 この娘、やはり切り替えが早すぎる。

 

 

「君の涙を拭おうとしてた」

 

「キモ。別にいいから、そういうの」

 

「…………」

 

 

 未使用のハンカチはそのままポケットへとUターン。

 

 言われたのがまだ俺で良かった。アイテールだったら……最悪あの人泣くからな。ハンカチの使い途が新たにできるところだった。

 

 

「……さて、と。渡す物も渡したし、今日のところは解散としようか。クシロンはともかくとしてカノンくんは疲れているだろう? ゆっくりと身体を休めたまえ。神秘を学ぶのは明日以降でも構うまいよ」

 

「えっと、はい。今日はありがとうございました!」

 

「よいよい」

 

 

 アイテールはひらひらと手を振って解散ムードだが、ここで終わってしまっては困る。俺ではなく、カノンが。

 

 というのも、ひとつ大事な確認をしなくてはならないからだ。

 

 

「因みにカノンの寝床はどこですか? もちろんどこかに借りているんですよね?」

 

「ん? いや、当分は此処でいいだろう?」

 

「いいわけないでしょ」

 

 

 この家の床は一面ガラクタで埋め尽くされている。それこそネズミ一匹の通り道すらない。通りたいなら『浮く』か『軽くなる』しか方法はない。

 

 けれどカノンは素人だ。軽量化の魔術なんて扱えない。

 

 もしかしたらその翼で飛べるのかもしれないが、室内で満足に羽ばたくことは出来ない。無理に飛べば怪我をする可能性だってある。ただでさえ年々天井が低くなってきてるのに。

 

 

「──ヨーガの行法に捨行(しゃぎょう)というものがあるらしいですね。"捨てる行い"と書くそうで。いい機会です。ひとつやってみますか?」

 

 

 嫌味と呼ぶには軽く、しかし俺としては本気の提案だった。いつの日かパンクするのは目に見えている。いっそこの機会に綺麗にしてしまった方がいい。

 

 けれど、アイテールはそれに過敏に反応した。

 

 

「おいおいおいおい、待ちたまえよキミ。……"(ギョウ)"を単に"行う"とするのは実に短絡的じゃないか。ヨーガとは身体及び精神を鍛錬によって制御し、解脱(ヴィモークシャ)へ至るためのものだ。古代インドにおけるバラモンの教え──今のヒンドゥー教や仏教の源流──を元にしたものであり、瞑想を主体とした宗教的行法のひとつと云える。もっともポピュラーなもので云えば、昨今アメリカで流行なフィットネスを目的としたヨーガか。あれは坐行(アーサナ)を参考にしたもので……とはいえ、いささか本来の在り方とはかけ離れ過ぎているとボク個人としては思うがね。実際のヨーガにエクササイズの要素はない。あれはあくまで瞑想のための(すわ)り方だ。結果として神秘は漏洩せず(かつ)普遍的となったのは喜ばしいが──実際螺旋館(らせんかん)の連中は歓迎しているし──ボクとしてはいい加減な知識が蔓延するのもどうかと思うけどね。……いや話を戻そうか。捨行のことだったね。この言葉をインドにこの思想が根付いたのは遥か昔のこと。とある一人の英雄──いや化身(アヴァダーラ)とはいえ彼は(れっき)とした神か──によるものだ。名をクリシュナ。大叙事詩『マハーバーラタ』にて語られるパーンダヴァ派の人物。アルジュナとの問答である『バガヴァッド・ギーター』は有名だね。その中で彼は"放棄(サンニャーサ)"を唱えている。あらゆる執着を捨てよ、ということだね。こうありたい、こうであってほしい、こうであるに違いない。そういった己の中の固定観念、ある意味でのエゴを捨てるべし、という考えだ。『マハーバーラタ』の執筆自体は紀元前五世紀頃だが、実際にあったのは現在の魔術世界においては紀元前三十一世紀頃──今から5000年も前のことだと云われている。"捨てる"とはこれほど前から語り紡がれてきた思想なんだ。そして、この"放棄(サンニャーサ)"とは物を捨てることではない、というのはさっきの説明で理解できたかな? 捨て去るのは思考・行為だ。欲望と言い換えてもいい。物を捨てるというのはあくまで結果に過ぎない。物欲を捨て去るからこそ、執着も消え、結果として捨てることを許容できるようになる。──いいかい? 物を捨てるのは結果なんだ。そして、それは()()()()()()()ということでしかない。捨ててもいいし、捨てなくてもいいんだ。執着を捨て去ることことが大事なわけだからね。……長くなったが何を言いたいかというと、別にキミの云う"捨てる行い"をする理由はないということさ。もちろんボクは"放棄(サンニャーサ)"──捨行というものを尊重するし、だからこそ不要なものを捨てるというのは歓迎する。けれども"全て捨てろ(サン・ニャーサ)"というのを文字通り受け取るのは間違っている。此処で云う"全て"とは"欲"のことであり、それさえしてしまえば実際に物品を放り棄てることはないわけだ。クリシュナだってアルジュナに「クシャトリヤとしての自分を捨てろ」なんて言っていない。むしろクシャトリヤとしての義務を遂行するよう促している。──つまるところだね、あれらは捨てないよ。捨てる意味がないからね。決してボク個人の物欲というわけではなく、事実として捨てなくてもいいから捨てないんだ。分かったかな?」

 

「………………。はいはい、分かりましたよ」

 

 

 アナタの「捨てたくない」って気持ちはよく分かったよ。グダグダとくだらない言説を並べやがって。というか捨てる理由はあるだろ。カノンにとって邪魔だ。

 

 しかしここで反論してもより面倒くさいことになるのは目に見えている。やり過ごした方が楽、というのはここ数年の付き合いで分かってきたことだ。

 

 

「けど実際カノンはどうするんですか。学生寮(カレッジ)になら部屋の空きもあるでしょうが、いくら個体基礎科(ソロネア)の領地だからってあんなところに彼女を置いてはおけませんよ」

 

「そうかい。じゃああとはキミんトコくらいか」

 

「いやいや、流石にそれはマズいでしょう」

 

「だったらボクは不味くないってことかい? けど何とは云わないがボクにだって付いてはいるんだよ?」

 

「それはそうですけど……」

 

 

 けれどアイテールに限って、そんな万が一などありはしないだろう。色々と困ったお方であり、凡人コンプレックスを抱えた変人ではあるが、結局のところ彼/彼女はお人好しの類いだ。

 

 時計塔における立場的にも、彼/彼女の下に居るのが一番安全なんだが……。しかし汚部屋がなぁ。

 

 そう考えるとアイテールの提案もナシではないように思えてくる。

 

 俺の家もベールナルの敷地内にある。ここから近くにあるから問題が発生すればすぐに向かえる。夜の間、俺は学生寮(カレッジ)の方で寝泊まりすればいいんだし、案外悪くないかも。

 

 

「結局、わたしはどこに住むことになるの?」

 

 

 工房のあちこちを見て回っていたカノンだが、自身のこととあって口を挟んできた。死活問題ではあるので致し方ない。

 

 

「……当分は俺の家貸すよ。客人用の部屋がある。長いこと使ってないから埃っぽいかもしれないけど」

 

「え。あんたン()……?」

 

「他にないんだ。諦めろ。一応俺は別のところで寝泊まりはするからさ」

 

 

 カノンはがっくりと肩を落としたが、特別強い拒絶を示すこともなく、結果的には「仕方ない」と了承してくれた。

 

 俺の家はここから歩いて5分もしないところにある。

 

 アイテールとは「明日は詳しい検査をするから朝早くから来てね」とだけ言われて解散となった。保護者としてカノンと触れ合おうとか、そういう気持ちはないらしい。あるいは、あったしてもそれを表には出していない。

 

 お見送りもなく、俺はまたカノンを担いでガラクタの山を越えて家を出た。

 

 出る瞬間、俺の『直感』によって3分ほど玄関前で待機したが、まあ、それはいい。単に外に人がいただけのこと。魔術師が引き篭もりだっていっても人の往来はそれなりにある。第二科ともなれば、こんな辺鄙(へんぴ)な区画だって人は通るものだ。

 

 気配が消えたら全力の『強化』で家まで疾走した。『直感』も万能ではない。頼り過ぎも良くない。

 

 

「ここがクシロンの家?」

 

「そうだけど?」

 

 

 現代建築というのか。我が家は至って普通の外観をした民家である。魔術師の居城などとは思えない見た目だ。まあ、ベールナルの建物は大体そうだが。

 

 カノンは家に入ってからずっとキョロキョロと辺りを見回している。何か気掛かりなことでもあるのだろうか。

 

 訊ねてみれば、カノンは「なんでもない」と曖昧に笑って言った。

 

 

「ただ、あんま人が住んでいる家っぽくなくて……」

 

 

 玄関のマットには泥の一つも付いていない。フローリングにも傷らしい傷はなく、微かに埃が降っている。カーテンも閉め切っていて、まだ太陽は空に輝いているというのに部屋の中は薄暗い。

 

 なるほど。確かに生活感はないな。

 

 

「一人暮らしの上に家を空けることの方が多かったからな」

 

「なんで? 魔術師って忙しいの?」

 

「それは人によるけど、引き篭もりが多いからここまで何もない家も珍しいとは思うよ、我ながら」

 

 

 仕事柄……というと語弊があるか。俺はどちらというと外に出る性質(タチ)だとは思う。外といってもこの家の外という意味で、魔術師らしく引き篭もりであること変わりはない。

 

 自身の工房でアレコレすることがなく、単に他所の魔術棟で世話になっているだけだ。あいにくと根源に興味もなく、ただ小源(オド)の上手い使い方と単純な戦闘技能にしか関心がないからな。

 

 俺は自身を『魔術師』と定義しているが、ある者にとっては『魔術使い』と大差はないと言う。

 

 俺の魔術属性は『無』だ。五大元素と架空元素は同じ場所に位置しない。必然的にヘルツ家の魔術のほとんどを俺は使えない。刻印に魔力を通せばゴリ押しでどうにかなるが、それでも効率は悪い。

 

 何代も重ねて増やされたこの魔術回路を除けば、俺は新世代(ニューエイジ)の奴らと大差ない位置にいる。

 

 引き篭もってひた隠すものも何もないのだ。

 

 

「俺は勉強熱心だったからね。家に帰る暇もないくらい励んでいたんだよ」

 

「えー……。わたしも学校は好きだったけど、そこまでするのはちょっと理解できないかなあ」

 

「引くなよ。ここは凄いねって褒めるところだぞ」

 

「これが素直な感想なんだからしょうがないじゃん」

 

 

 パチンと電気をつけて、奥の部屋へと案内する。

 

 小さい家だ。父の遺したものではなく、俺自身が買ったものである。当時はソロネアになんて本当になんの伝手もなく、なけなしの個人財産でなんとか買えたのだ。

 

 買った理由は……忘れてしまった。実家に居たくなくて、でも学生寮(カレッジ)で他の学生と共同生活というのも嫌で──という俺のわがままだったように思う、多分。

 

 

「ここだ。アイテールが目ぼしい物件を押さえるまでは、取り敢えずこの部屋を寝室に使ってくれ」

 

 

 小さな机と小さなベッドだけがある小さな部屋。

 

 客人用の部屋とはいったが、結局誰に使われることもなかった部屋だ。

 

 

「確かに埃っぽいね。あと狭いし……」

 

「悪かったって」

 

 

 俺が電気を付けるのを待たず、カノンは部屋の真ん中へと進んでいって、バレリーナのようにくるりと一周回ってみせた。

 

 

「──ねえ。この部屋、わたしの好きにしていいんだよね?」

 

 

 カノンの顔を窺えば、そこには意外な顔が浮かんでいた。

 

 前を見る目だった。進む意思というのか。この部屋を、この家を、この環境を、自分色に塗り替えてやろうという目。俗っぽい言い方をすれば、えらくワクワクしていた。

 

 

「ああ──いいとも。君の好きなようにしてくれ。ただ君は外に出れないんだから欲しいものがあったら俺かアイテールに言えよ」

 

「ええ、そうする!」

 

 

 彼女はニッと笑う。微笑む少女というより、元気いっぱいの女の子といった笑顔だ。

 

 カーテンの隙間から陽光が差し込む。

 

 死人の顔色のような青白い翼が、日光を背に煌めいている。透き通るような色をした羽だったが、事実として光を幾分か透過し、淡い色だけを残して揺れている。

 

 彼女の金色の髪も、その一本一本が薄暗い部屋の中で輝いている。陶器のような肌も、血潮の色が透けて命を謳っている。

 

 形容するまでもなく、彼女の姿は『天使』そのものだった。

 

 

「どうしたの? 急に呆けちゃって」

 

「……いや、なにも。じゃ、他の部屋の案内とかするから着いてきて」

 

 

 とてもじゃないが、見惚れていたとは言えない。

 

 その後は宣言通り家の中を案内した。

 

 特にこれといってイベントもなく──強いて言えば冷蔵庫の中身の無さに驚いていたくらい──全ての部屋を周り終えた。多分四半刻も経っていないと思う。

 

 夕食にはまだ時間がある。

 

 することもないので、カノンはソファにだらりと寝そべってテレビを見ている。知らないバラエティ番組だ。テレビなんてあんまり見ないから知らない番組しかないが。

 

 俺としてもすることが今日はない。なので、その後ろのキッチンで紅茶を淹れながら、俺もテレビを眺めていた。内輪ノリが多くてよく分からない内容だが、カノンは楽しんでいるようで時折笑い声が聞こえてくる。

 

 なんだか、普通の家の一月一日みたいだ。

 

 

「君も紅茶飲むか?」

 

「飲む!」

 

 

 なんとなく、今後の生活がどんなのか、イメージが浮かんできた。ペットを一匹飼った気分──はカノンに失礼か。同居人のいる生活と言い直そう。

 

 これまでとは違うが、まあ、悪くない気もする。

 

 

 




To be continued...


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