BARどん底の番犬   作:赤部二郎

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鋼鉄のさなぎ、目覚める場所

金属がこすれる音で目を覚ました。

 

ギィ……ギィ……。

 

反響するのは機械の軋み。闇。鉄のにおい。冷たい床。

 

——視界は赤黒く歪んでいる。レンズ越しのように、周囲が丸くゆがんで見える。

 

(……ここは?)

 

起き上がろうとしたが、身体が異様に重い。腕を突こうとする——が、その瞬間、ゴンッと鋭い音が鳴った。

 

自分の手は、鋭くとがった金属の「槍」だった。

 

(なに……?)

 

よろめきながら立ち上がる。天井から吊られたパイプ、むき出しの配線、腐食した鉄骨。ここがどこかはわからない。だが、自分が「人間ではない」ことだけは、確かな実感として刻まれていた。

 

右足を踏み出すたび、ギィ……ギィ……と軋む。細く長い身体。背中には何本かのチューブが這い、呼吸に似た圧力音が微かに鳴っている。

 

視線を落とすと、胸部に埋め込まれた何かが点滅していた。薄暗い赤い光が、低く脈打つように明滅している。

 

(どうして……こんな姿に……)

 

自分が誰だったかも思い出せない。ただ、確かに「死んだ」という感覚だけがある。

 

喉を鳴らそうとした。だが、口の位置には金属のドリルが埋まっており、声が出せない。

 

(喋れない……!?)

 

焦燥が全身を走った。だが同時に、心の奥から冷静な囁きが返ってくる。

 

《落ち着け。無闇に動くな。観察しろ。自分がどう動くか、周囲がどう反応するか——》

 

その内なる声に従うように、ゆっくりと歩き出した。

 

場所はどうやら、巨大な船の内部のようだった。鉄骨がむき出しの艦底区画、冷たい海風が微かに通り抜ける通路。薄暗い照明の下、配電盤の赤い警告灯が時折ちらついている。

 

通りの先で、ドアがひとつ見えた。

 

【BAR どん底】と、ひしゃげたプレートに文字がある。

 

(BAR……?)

 

近づこうとしたとき、頭の中に不意にノイズが走る。

 

——ガリガリガリガリッ!!

 

ドリルが回転しかけた。無意識に。反射的に、金属の副腕で自らの顎を押さえ込む。

 

(まずい……なにか……暴走しそうになる……)

 

震える指先で、ようやくドリルを止める。圧力弁の音が「プシュウ」と弱まり、安定を取り戻す。

 

その時——。

 

「おい、なんか今、外で変な音しなかったか?」

 

ギィ……と扉が開いた。赤毛のチリチリパーマ、酒瓶を片手にした少女——ラムだった。

 

「……うほっ!? ナニアレ!? ヒト……いや、カナブン!? 槍!? ドリル!?」

 

まさに混乱そのものの反応だった。

 

モスキートは慌てて後退しようとしたが、背中のチューブが配管に引っかかり、またもや派手な音を立てて転倒する。

 

「うほほっ!? 大丈夫!? ていうか大丈夫じゃなさそうだけど!」

 

後ろからスラリとした長身の少女——フリントが顔を出した。マイクを手にしたまま。

 

「ラム〜、また変なの拾ってきて……って、うっわ、これは新種じゃん!?」

 

「なにかのコスプレか? それとも……事故か?」

 

ごつい体格のムラカミが肩をいからせて現れる。慎重だが、敵意はない。

 

最後に、帽子を斜めにかぶったリーダーらしき女性が現れた。竜巻のお銀。

 

「……あんた、喋れないの?」

 

モスキートはこくりと頷く。

 

「……筆談は?」

 

副腕を動かし、ゆっくりと頷く。

 

カトラスが無言でメモ帳とペンを差し出した。

 

金属の指でそっとペンを握り、ページに書きつける。

 

《Ich weiß nicht, was ich bin. Ich bin einfach aufgewacht.》

(自分が何者か分からない。目が覚めたらこの姿だった)

 

「ドイツ語……なるほど、しかも筆跡がしっかりしてる。酔っ払いの落書きじゃないわね」とお銀。

 

「異形だけど、知性はあるわ。……これは拾いものかも」

 

ラムがにやにやと笑って、酒瓶を振る。

 

「ようこそ、どん底へ。ドリルくん!」

 

「いや、それが仮名になるの!?」

 

フリントが突っ込む中、ムラカミがぽつりと。

 

「……でも、ちょっと……寂しそうだな。こいつ」

 

その一言に、誰もが沈黙した。

 

ギィ……ギィ……。

 

静かに動いたモスキートの足音は、BARどん底の床に、初めて刻まれた異邦の証だった。

次の番外編ではどの映画にしますか?

  • ジュラシック・シリーズ
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