艦底、すなわち大洗女子学園の船舶科がある薄暗い一角に、その店はあった。
BAR「どん底」。
海の底のような静けさの中で、今日もまた、営業中だ。
もっとも——
「うほ〜……今日も暇ねぇ〜」
酒瓶を指の間でくるくると回すラムのつぶやきに、店の空気がますます弛緩する。
「お客、ゼロ……三日連続だぞ」
ムラカミがカウンターにもたれながら、眉間に皺を寄せる。
「こちとら、マイク持ってるだけで退屈すぎて腕が痺れてきたわ……」
フリントが半分ふてくされ気味に言いながら、マイクのコードで指遊びをしていた。
カトラスはといえば、静かにグラスを磨いている。無言だが、その手元はどこか力強い。
「……看板でも『潜水酒場』に変える? 海底バーって感じで……」
お銀が冗談めかして笑うと、店内にうっすら笑いが広がった。
と、その時。
店の扉がギィ……と鈍い音を立てて開き、あの金属の来訪者が姿を見せた。
槍のような手足、副腕に備えられた金属の鋭い指、そして無機質なヘルメットに赤いレンズ。
BAR「どん底」自慢の番犬こと、ギーコ——いや、武器人間“モスキート”だった。
副腕の一本には、何やら薄いフィルム缶のようなものがぶら下がっている。もう片方の副腕は、古びた映写機を軽々と持ち上げていた。
「ん? それ何よ、映画?」
お銀が目を細める。
ギーコはドリルの口から音もなく、小さな紙を掲げた。
『ゾンビ・スクール!』
筆記は、もちろんドイツ語だったが、何度か経験しているお銀たちは慣れた様子で頷いた。
「ゾンビ……スクール? また妙なセンスの映画ね……」
ギーコはさっそく準備に取り掛かる。スクリーン代わりの白いシーツを天井に張り、映写機をセッティング。電源コードは床に這わせ、艦底の非常用電源に接続した。
「えっ、ちゃんと映るの? それ」
フリントが驚きつつ、興味津々で見守る。
「ま、どうせ暇だし、観てみましょ。爆笑モノだったらアンタ、うちの宣伝係に任命ね」
お銀がギーコに笑いかけると、彼はヘルメットを少しだけ傾けて応じた。
そして、上映開始。
映し出されたのは、チキンナゲットを口にした小学生が突如ゾンビ化し、教師たちが必死に脱出を試みるという、狂騒のホラーコメディ。
「うわっ、チビども暴れすぎでしょ!」
ムラカミがカウンターから乗り出す。
「うほっ、この教師たちパニック芸人? なんかテンパりすぎ〜」
ラムは酒瓶を抱えながらケラケラ笑う。
「……給食が原因なのね。覚えておくわ」
カトラスが静かに呟くと、お銀が吹き出しそうになった。
「ギーコ、これ……ホラーなの? それとも……コメディ?」
お銀の問いに、ギーコは小さな紙を差し出す。
「Beides.」(両方)
サメさんチームの面々が「うわぁ……」と揃って顔をしかめたその時。
ギーコが、突然「ギィィ……」と軋むような金属音を鳴らした。
「……今、笑った?」
フリントがマイク片手に詰め寄る。
ギーコはそっと首を傾げ、副腕でまた紙を差し出した。
「Ich habe es lustig gefunden.」
(ちょっと面白かっただけだ)
「……その笑い方、ホラーの効果音と区別つかないわよ」
カトラスがボソリと突っ込むと、店内はどっと笑いに包まれた。
そして——
映画が終わる頃には、BAR「どん底」の雰囲気はすっかり和んでいた。
「ま、こういう夜も悪くないわね……暇だけど」
お銀が小さくつぶやき、ギーコはそっと紙を掲げる。
「Noch einen Film?」(もう一本どう?)
ラムが爆笑した。
「ギーコ、アンタほんとに番犬っていうより映画係だわ! うほっ!」
それから暫くして・・・・
映画『ゾンビ・スクール!』の上映が終わった後も、店内にはまだ笑い声が響いていた。
「いや〜、ギーコの映画セレクト、最高ね!」
お銀が笑いながら言う。
「うほっ、みんな楽しそうだし、またお客さんも増えるかもね!」
ラムが酒瓶を片手に興奮気味だ。
そこへムラカミが背筋を伸ばし、腕組みして真剣な表情に。
「……でも、正直、店がもっと面白ければ、暇も少しは減ると思うぜ」
ムラカミの一言に、みんながハッとした。
「つまり、店の雰囲気を映画みたいにホラーコメディ風に変えちゃうってこと?」
フリントが目を輝かせながら尋ねる。
「そうよ。店が変わればお客も呼べるかもしれないわ」
お銀がパイプ代わりの飴をクイッと口に含む。
ギーコは副腕の紙に筆記で提案を書いた。
「Thema ändern? Horror und Spaß kombinieren.」(テーマ変えない?ホラーと笑いの組み合わせ)
カトラスがジト目で冷静に言った。
「面白そうだけど、落ち着いた雰囲気も捨てがたい……どうしよう?」
ラムが笑いながら答える。
「だって、『ゾンビ・スクール!』みたいなノリはみんな好きでしょ?うほっ」
みんなで相談の末、改装は決定。翌日から店は大忙しの模様だ。
壁にはお手製のゾンビ絵や、ホラー映画のポスター風の手描き看板が飾られ、カウンター横には赤い照明と人工血の小瓶がずらり。
ギーコは店の守り神として「ゾンビ番犬」の名札を首からぶら下げられ、ちょっとだけ嬉しそうだ。
こうして、BAR「どん底」はただの暇つぶしの酒場から、艦底で唯一のホラー×コメディ酒場へと生まれ変わったのだった。
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