BARどん底の番犬   作:赤部二郎

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ギーコの初カラオケ ~無言の夜に歌が舞う~

艦底にあるBAR「どん底」は、今夜も相変わらず奇妙な活気に包まれていた。常連たちが顔をそろえ、カラオケ機材の前に立っているのは、長身でスリットスカートが目を引く――フリントだ。

 

「よーし、今夜はカラオケ大会ってことで!ギーコももちろん参加ね!」

 

「いやいやいや、ギーコは喋れないでしょ!」

お銀が笑いながら飴をくわえ直す。

 

「喋れなくても魂で歌えばいいのさ、ねぇ?ギーコ?」

フリントはカラオケマイクをギーコに向ける。槍のような腕をそっと上げて断ろうとするギーコだったが、皆の視線が集まってしまい、逃げるに逃げられなくなっていた。

 

「……まあ、見てみたい気はするわよね。どうやって歌うのか」

カウンターでグラスを磨いていたカトラスも、ジト目のまま冷静に頷く。

 

「それじゃあ、トップバッターはラム!」

フリントの声で、店内のスクリーンに陽気なディスコナンバーが表示された。ラムは軽やかに酒瓶を振りながら、片手でタンバリンを叩き、歌い踊る。会場はすぐに笑い声と拍手に包まれた。

 

「お次は……お銀、いく?」

「飴が口から落ちるからパス」

 

「カトラスは?」

「……新しいグラスが届くまでは、無理ね」

 

「ムラカミは?」

「俺は……いや、流石に俺のキャラじゃないな!」

 

結局、しばし空気が停滞し、皆の目がギーコに向けられる。ギーコは背筋を伸ばし、メモ帳を取り出して一言――

 

「歌えません」

 

だが、フリントはニヤリと笑ってマイクを押しつけた。

 

「じゃあ、歌わなきゃいいのよ!パフォーマンスで勝負!“無言カラオケ”ってのもアリでしょ?」

 

ギーコはしばらく動かずにいたが、やがてスクリーンに映るイントロが流れるのを合図に、ゆっくりと立ち上がった。

 

流れるのは、誰もが知る名曲――だが、歌詞が始まってもギーコの口は動かない。代わりに、鋭利な副腕の金属指を使ってリズムに合わせて空中をスイングし、時折、槍のような足でステップを踏んだ。

 

チューブからは蒸気がフッと吹き出し、光が反射してまるで演出のように見える。

 

「……なんか、すごくない?」

「踊ってるっていうか……踊れてる……?」

 

その異様でキレのいい“無言カラオケ”に、場は徐々に引き込まれていく。ギーコのパフォーマンスは、歌詞の内容をまるで身体全体で表現しているようで、終盤にはラムが「うほっ!ダンスバトルじゃん!」とタンバリンを持って乱入しそうになるほどだった。

 

そして、曲が終わると同時に、ギーコはお辞儀をするように深くうなだれた。

 

「Entschuldigung(すみません)」

と筆記し、副腕でちょこんと頭を下げる。

 

沈黙。

 

だが、次の瞬間――

 

「すごいぞギーコォォォ!あたい負けたァ!」

フリントがどかんと椅子から立ち上がって大拍手。

 

「……カラオケで喋らないって、逆に新しい」

「チューブがいい演出になってたな……」

「無言だけど、妙に伝わってきたわ」

 

艦底の奇妙な夜、BAR「どん底」では“声なき歌い手”が誕生した瞬間だった。

 

そしてカラオケ大会の最後、全員で合唱するという流れになり、ギーコもその場でリズムに合わせて床を軽く叩いていた。

 

「またやろうぜ、ギーコ!」

「次はもっと派手にやろうな!」

 

ギーコは小さく頷き、そっと「Ja(はい)」と書かれたメモを見せた。

 

こうして、“無言カラオケ”は艦底の新名物となった――。

次の番外編ではどの映画にしますか?

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