コックピット開けたら中身ガキだったとき気まずい   作:九条空

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幻覚見てて気まずい

 ユリウスからのメモを読んだリサは、ひとまず俺に数字を教えてくれた。

 算用数字を置き換えて覚えればいいだけだったので、比較的すぐに記憶できた。

 

「やっぱり化け物って呼んでいいですか?」

 

 血圧やら心拍やら、モニターの数字をユリウスが求める数値に調整して、たぶんできてると思うけどどうかなと尋ねた時の、ユリウスのリアクションが以上である。

 

「すきによんだらいいけど」

「……ふー……落ち着け俺……アンガーマネジメントだ……」

 

 秒数を数え始めたユリウスを眺める。

 ベッドから降りられるようになったら、団長と話して、ユリウスに有給あげるよう言ってあげようかな。

 こんなに怒りっぽいのは、ストレスが限界に達しているからなのではないか。

 やっぱり医者って忙しいんだな。おつかれさまである。

 

「血液検査の結果を渡したら、全部規定値に合わせられるとか、言いませんよね?」

「そのすうちが、なにをいみするのか、おしえてもらわないと、むずかしい。りかいと、ちょうせいのじかんもいる。なんどかけんさを、くりかえせるなら、8かいいないでやってみせる」

「やれるもんならやってみろ、と言いたいところですが、本当にやりそうなんだよな」

 

 なぜ俺は虚言癖だと思われているんだろう。やれると言ったからにはやれるのだが。

 8回も血液検査を繰り返す無駄金と時間使えねえよってことだろうか。

 ちょっと多めに試行回数言ったんだけどな。実際やったらもうちょい少ない回数で行けると思う。

 

「常人なら狂ってる量の薬物体にぶちこんで平気なだけありますね」

「ん? いや、べつにへいきじゃない。いっぱいげんかくとかみてる」

「うおいッ! 言えーッ!」

「きかれなかった」

 

 痛み止めを多用している間にはそんなことなかったが、ユリウスから痛み止めを取り上げられてから幻覚をたびたび見ている。

 やっぱこういうのは止めると問題が発生するんだよな。

 薬物、ダメ、ゼッタイ。

 

「聞いてただろ。エレナが……定期的に……」

「もんだいないか、としかきかれてない。もんだいない」

「あるだろうがーッ!」

 

 あるんだ。

 

「ごめん。いがくは、しろうとだから、よくわからなかった」

「医学知らねえとかいう段階じゃねえだろ、人間を知らなさすぎだろ、常識も」

「うん。あんまりしらない。べんきょうしてるじかんはなかった」

 

 前世としての常識は持っているが、この世界では必ずしもそれが常識とは限らない。

 やっぱりSFな世界観だからな。俺の記憶よりいろいろ発展している。

 

「どんな幻覚ですか」

「はなすと、きぶんをがいするとおもう」

「もう害してんだよ!」

 

 なんてこと言うんだこの医者は。

 俺の涙腺が枯れ果ててなかったら、あまりのガン詰めに泣いちゃってたぞ。

 

「いろいろ。けしきがゆがんだり、いろかわったりはべつにいいんだけど」

「よくねえんだよ」

「むしとか、ひとのげんかくは、ちょっといやだな。げんじつと、くべつがつきにくい」

「だからお前眼球にハエ止まっても無視してたんか。あれはさすがに、死体になったと思った」

「ああ、ほんものだったときあったんだ」

 

 俺が気にしなければいいだけ、と思っていたが、これを聞くとそれだけではすまないな。

 幻覚だと思っていたが実は本物だった時に困る。今のままだとウジ虫に体食われても気づけない。

 

 一応、痛み止めを断ってから痛覚は戻りつつあるので、痛みがあったらわかるはずなのだが。

 でも目の中にハエ止まって気づけないならあんまりわかってないかもしれない。

 

「げんちょうもする。たまにむししてたらごめん」

「だからビンタするまで返事しねえときあったのか」

「ああ、だからよくビンタされてたのか。おれのせいだった、そっちのせいにしててごめん」

 

 ユリウスは、俺のベッドへ縋るように突っ伏した。

 急に眠気が来たんだろうか。全然仮眠とってってもらって構わないけど。

 体勢がきつそうだ、床に膝ついてるし。ベッド譲った方が良いかな。

 

「ユリウスがよくどなるのも、おれのみみが、とおいとおもってたからか。ごめん、きこえてはいる。げんちょうと、くべつがつかないだけで」

「だけじゃねえんだよ……だけじゃ……」

「そうか。きづいてないだけで、いろいろ、もんだいあったんだな。もうしわけない」

 

 ユリウスが最近疲れていたのは、俺が無駄に怒鳴らせて体力を消費させていたからかもしれない。

 申し訳ないな。医者は貴重なのに、俺という一個人にソースを割きすぎである。

 

「ひとりでなんとか、してきたじかんが、ながいから、もんだいを、ひとときょうゆうする、というこうていが、ぬけてた。はんせいして、つぎにいかそうと、おもう。みはなさないで、いてくれると、うれしいけど」

「なんなんだよこいつは本当に……」

 

 ベッドに顔を埋めながらユリウスはうめいた。

 

「ユリウスをこまらせたいわけじゃない。めいわくかけないよう、どりょくしてたつもりだった。たぶん、ぎゃくにそれでこまらせてた、か?」

「そうだな……」

「いしゃってたいへんだな」

「そうだな……」

「いちおう、しにたくないとおもってる。たすけてほしい」

「あたりまえだろ……」

「いしゃってすごいな」

 

 これほど疲れ切っていても、助けてと言われて当たり前だと返せるのは、尊敬しかない。

 

 ユリウスはしばらく俺のベッドに顔面を埋めたあと、ふらふらと立ち去っていった。

 おつかれさまである。俺はその背中に手を振っておいた。

 

 ユリウスとエレナが話しかけてこなければ、俺には相変わらずやることがない。

 ユリウスのメモを眺めて算用数字を改めて覚えたり、モニターの数字を眺めて、ちょっと気まぐれに血圧を101にしたり、100に戻したりして遊ぶくらいしかやることがない。

 

 夜が来て、俺は目を閉じた。

 睡眠は大切だ。寝なければ体力は戻ってこない。

 二度と目覚められないかもしれないという恐怖と隣り合わせだが、眠れなければより死が近づく。

 

 だから俺は無理矢理にでも寝るのだ。

 血圧の操作よりは難しいが、睡眠薬を使わなくても眠ることができる。

 

「殺してやる!」

 

 男の声が聞こえて目が覚めた。

 まるで目の前で怒鳴られているかのようだ。

 

「お前がいなければ! お前のせいで!」

 

 定番の幻聴だ。

 幻聴は半分は意味のわからない、ただうるさかったり気が逸れたりするようなもので、もう半分はこうして俺にとって嫌なことを言ってくる。

 潜在意識がそうさせるのだろうか。よくわからない罪の意識みたいな。

 

 喉に違和感があって、俺は目を開けた。

 目の前には怒り狂った男がいる。知らない顔だ。

 おお、幻聴と幻覚の傾向が一致しているのは、比較的珍しいことだ。

 声だけ聴こえるから幻聴とわかる。ありえないものが見えるから幻覚とわかる。

 

 そうでないのなら現実と区別がつかない。

 

「殺してやる、死ね、死ね!」

 

 男はそう叫びながら、俺の首を両手で締めた。

 なるほど、だから喉に違和感があったのだ。

 存在しない触覚も幻覚のひとつだ。皮膚の下をなにかが這いずり回るような感覚はしょっちゅうしている。

 

 だが、今は息ができない。

 男の指が食い込んでいる喉も、痛いような気がする。

 あまりにリアルな幻覚のため、そういう気分になっているだけかもしれない。

 

 ここまでリアルな幻覚なんだったら、一応本物かどうか確かめておいた方が良いか。

 

 俺は右手でピースを作りながら、徐に腕を持ち上げ、怒り狂う男の両目に突き刺した。

 

「ギャアアアアアアッ!」

 

 うわあ、すごい悲鳴だ。

 幻聴の中でも悲鳴はいちばんいやだ。

 普通に怖いし、音量がでかくて耳鳴りがする。

 

 男は両目を押さえて、床をころげ回った。

 すんごいリアルだ。やっぱりユリウスの言う通り、幻覚幻聴があると生活に支障出るな。

 

 なんか手がベタベタする気がするし。

 幻覚はすぐ触覚に作用するので、そういうこともあるかなあ。

 幻覚を攻撃してどうなるかで本物かどうか確かめようとしたのに、結局幻覚と全然区別ついてないぞ。

 

「わるいが、おれはまだしねない」

 

 フラッシュバックするトラウマを中断するには、こうして区切りをつける言葉を口にするのも効果的だ。

 もっと簡単に「ワッ!」とか「もうおしまい!」みたいな短い言葉で効果があると聞くが、もし本物の人間だったら申し訳ないので、意味のある言葉をかけておいた。

 

 すると、血相を変えたユリウスとエレナが病室に飛び込んできた。

 部屋の電気がつき、暗闇だった頃よりよく見える。

 

 俺の目の前で叫びながら転げまわる男は依然として見えており、俺の手も見てみると赤い。

 

 うーん、なんかたぶん、さすがにこれ現実だな。

 

 次に部屋へ飛び込んできたのはマルコだ。

 俺の顔や体をぺたぺた触り、無事を確かめている。

 大丈夫だったか、こうなる前に止められなくてごめん、うっかり寝てしまって警戒を怠った、などなど思っているが、マルコは何も悪くない。

 

 いつも迷惑かけてごめん、ひとりでもマルコが心配しなくても済むくらい立派な兄ちゃんじゃなくてごめんな、と思うと、マルコはへにゃりと眉を下げた。

 

 どっから現実だったんだろう。

 マルコのテレパシーだけは確実に幻覚でないとわかる。これは視覚や触覚を超越した感覚だからだ。

 それ以外はわからない。

 

 殺してやるという殺意を明確に向けられていたのは現実かな。なにか恨みを買ったか。

 エレナ以外の機体も、それなりに破壊してきた。

 やっぱり、ヴォルフやグレンが言うように「今までの戦績は不問」とはすんなりいかないものだ。

 それは強者の理論である。

 

 蹂躙され、搾取される側の気持ちなら、きっと俺の方がわかるはずだ。

 

 俺がつくってしまった怪我人を、エレナがずるずる引きずっていく。

 マルコに彼女を手伝ってやってくれ、と思うと、マルコは何度も心配そうに俺を振り返りながら、エレナについて行った。

 

 部屋に残り、顔面蒼白のまま立っているユリウスへ、俺は言った。

 

「なんだ、ほんもののにんげんだったのか。だったらごめん、やりすぎた」

「どっから、どっから何を言えばいいのかわからねえ」

「ころしたほうが、つごうよかったか? したいじゃなくて、けがにんだと、いしゃのしごとがふえるもんな」

「発狂しそう」

「しごとふやしてごめんね」

 

 こんな夜更けに呼び出してしまった。

 明らかに睡眠が足りてなさそうなユリウスには酷なことをした。

 眉を下げて謝罪する。

 

「でもおれ、ひところしたくなくて。だったらおれがしぬほうがマシだ」

 

 自分の手のひらを眺める。赤い。血がついている。

 指の間についた血は少し粘つき、僅かにしか付着しなかった部分の血液は少し乾いてパリパリしている。かなりリアルだ。

 

 それでも、これがさっきの男の血なのか、これもやっぱり幻覚なのかわからない。

 ユリウスが濡らした布で、俺が眺めていた手を拭き始めたので、たぶん幻覚じゃなかった。

 

「……ではなぜエレナのことは殺したんですか? 中に人がいると思っていたんでしょう」

「つよかった。てかげんできない、きたいは、あれがさいしょで、さいご」

 

 ヴォルフ団長の機体も同じかそれ以上に強かったが、ヴォルフ団長はもっと慎重だ。

 必要以上に突っ込んでこないので、逃走の隙をつくることもできる。

 

 だがエレナの機体はとにかく好戦的だった。

 自分の身はどうなってもいいと思っているかのような特攻も平気でやってくる。逃げるのも難しかった。

 だから攻撃を捌いて、向こうが自分の身はどうなってもいいと思っている、その()()をついて、機体を叩き壊す以外になかったのだ。

 

「ころしたとおもった。そのとき、だったらおれがしねばよかったなっておもった。だからもうやらない」

 

 俺だって死にたくはない。

 我が身がかわいいし、きょうだいはもっとかわいい。

 

 だが、殺したと思ったあとは酷かった。

 

 自分に生きている価値などあるのかという不安。

 きょうだいにもう二度と胸を張れないのではないかという恐怖。

 俺は二度目の人生なのに、一度目のやつらに譲ってやれなかった後悔。

 

「ほんとうは、きょうだいのために、なにをしたって、しぬわけにはいかない。でも、むししちゃいけない、じぶんのきもちってのも、たぶんある。ふできなあにで、もうしわけないけど」

 

 プライドとかアイデンティティとか、つける名前はあるのだろうが、別になんだっていい。

 俺が俺であり続けるには、超えちゃいけないラインというのがあるらしい。

 俺にとって、それは殺人だった。

 それをやるくらいなら、俺は俺であることをやめよう。

 

 ユリウスはしばらく、無言で俺の手を拭いた。

 俺の目からは充分綺麗になったように見えるが、ユリウスは目がいいらしいし、俺には見えないなにかが見えているのかもしれない。

 最後にタオルを置いて、ぽつりとユリウスは言った。

 

「……素直にすげえと思うよ」

「ありがとう。おれはいしゃのほうがすごいとおもうよ」

「ははっ。ありがとな」

 

 ユリウスは俺の手を拭き終わったのに、もう一度俺の手を握った。

 

 俺はそれが本物かよくわからなかったので、とりあえず握り返しておいた。

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