コックピット開けたら中身ガキだったとき気まずい   作:九条空

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やりたいことがなくて気まずい

 俺の経過はあまりよくないらしい。

 

 診察を終えた後のユリウスはいつも憂鬱そうだ。

 単に過労からそう見えるだけかもしれないが、しかし予知でも俺はまだしばらくベッドの住民のようだ。

 

「元気になったらやりたいことはありますか?」

「げんきになっても、やりたくないことなら、すぐおもいつくけどなあ」

「聞いたら僕の具合が悪くなりそうなんで、聞かないでおきますね」

 

 俺もわざわざ話さない。

 ユリウスは育ちがいいので、A07での泥水をすする過酷な生活の話をしたら、神経がやられてしまうだろう。

 

 やりたいことか。少し考える。

 俺にとっての贅沢とは。日本人だった頃を、なんとか思い出す。

 

「めしをくいたいけど」

「飯も食えねえ状態はまだ元気になってねえってことなんだよ」

「うーん? ユリウスはむずかしいことをいうね」

「どこがだよ。どこがむずかしかったのか言ってみろ」

 

 今日はユリウスが二言目まで敬語を維持できたので、長い方だった。

 最近はすっかりこの口の悪い状態が馴染んでいる。

 俺はいいけど、他の患者はびっくりしないのかな。

 ここは傭兵団だから、患者もクソ度胸持ちばかりなのかな。

 

「めしもくえないじょうたいで、けっこうながいこといきてきた」

「……本当にどうやって生きてたんだ?」

「んー。てんてきみたいなのとか。あとたぶんやばいくすり」

「やばい自覚あってやってたんだな、一応」

「おもしろいことをいう。おれがげんきだったらわらってたよ」

「はははは」

 

 ユリウスが代わりに笑ってくれたので良しとする。

 目が死んでいるのが減点ポイントだが、俺のために無理して笑ってくれたのなら逆にプラスだ。

 

「つねにギリギリだって、ちゃんとわかってた。だが、そこからだっきゃくするほうほうを、おれはしらなかった」

 

 薬に頼らなければならない時点で、もう終わりだという自覚は当然あった。

 だが、終わらせるわけにはいかなかった。

 数秒、数時間、数日だって、ちょっとでも長く、きょうだいを守らなければならない。

 

「おれがもっとゆうしゅうだったら、よかったんだけど。きたいつくってのるくらいしか、とりえがなくて……」

「はははは」

 

 俺は真剣に落ち込んでいたのに、ユリウスは乾いた笑いをこぼした。

 今のは代わりに笑わんでもいいシーンだったぞ。

 

「異常に丈夫な体もあるだろ」

「そうなんだ」

「そうなんだじゃねえよ。自覚しとけ。人間がみんな自分くらいの強度だと思ってると、うっかりで人殺すぞ」

「そのレベル?」

 

 触れるもの皆傷つける化け物だ、という自認はなかったな。

 それはどちらかといえばマルコの方の特技だ。

 マルコは心優しいので、当然そんなことはしない。

 うっかりぶつかって鉄をへこますくらいはする。

 

 そんなに強かったら、俺はもっといろんなものを守れたのではないだろうか。

 襲い来る敵をすべて排除し、きょうだいをみんな幸せにできたんじゃないのか。

 

「もうやりかけてんだろうが」

「……いつ?」

「こ、こいつ……!」

 

 絶句したあと、ユリウスは、こないだ俺の病室に侵入して首を絞めてきた男の容態を話した。

 両目は潰れたので、借金して片目に義眼を入れ視界を確保、要観察のままヴォルフ傭兵団でこき使われているという。

 治療費は俺に請求されないらしい。

 それは良かった。一応正当防衛が認められたんだな。やりすぎたと思ったのだが。

 

 なんで今その話したんだろう、と思って聞いていれば、ユリウスは最後にこう言った。

 

「眼球えぐる勢いがもうちょっと強かったら、脳みそ貫いて即死させてたぞ」

「え……! グロ……!」

「お前がやったんだよ」

「おれのゆびって、そんなにながかったんだ」

「そういう話じゃねえんだよ」

 

 お前は自分の体のことを理解していない、という論調だと思ったのだが違っていたらしい。

 たしかに俺は自分の身長も知らないし指の長さもわからないなあ、と納得しかけたのに。

 

「お前はいつもきょうだいのことばっかだろ。たまには自分のことも考えてやったらどうだ」

「おおー。いしゃはいうことがちがうな」

「はっはっは」

 

 この笑いは褒められて喜んでいるということでいいのだろうか。

 俺もマルコみたいなテレパスがほしいな。

 機体に乗ってないと、未来予知ってそれほどアドがない。

 予知で見た視界は確実に幻覚ではないことがわかって便利、くらいだ。

 逆に今がいつなのか混乱しやすいし、体への負担がでかい。

 

 しかし、自分のことを考えろ、か。

 やりたいこと。贅沢。

 食事以外の、日本人の娯楽といえば。

 

「……よのなかには、おゆというものがあるらしい。あたたかいみずだ」

「おい。改めてお前の教育レベルが心配になってきたんだが」

「むっ。あるのはしってるって、いってるだろ。……あるんだよな?」

「……あるよ」

 

 良かった。ユリウスがそんな言い方をするから一瞬心配になってしまっただろうが。

 この世界は俺の常識が通用しないことも結構あるが、流石に水についての常識は変わらないらしい。

 

「お前にも使ってたよ。体拭いてやるときとかお湯だったろ」

「えっ! あれおゆだったのか!」

 

 衝撃の事実。

 俺はまだこの世界でお湯に出会っていないと思ってきたが、すでに邂逅済みだったらしい。

 

「そうか……」

「お湯ってもんを何だと思ってたんだ」

「よのなかには、おゆをあびたり、おゆにつかったりする、ふろというぶんかが……」

「あるよ」

「よかった。それにあこがれてた」

「そうか。まあ元気になったらシャワーくらい浴びられるわな」

「そうか……」

「あんま嬉しくなさそうだな?」

「うん……」

 

 俺は自分の腹にケーブルがぶっ刺さったときのことを思い出していた。

 あのときケーブルは熱を持って、俺の腹を焼いた。だから出血はほとんどなかった。

 おかげで体液はさほど失われず、生命活動を維持するのに役立った、としか思ってなかった。

 

 そういや俺はあれを、「熱い」とは思わなかったなあ。

 焼けている、という客観視しかなかった。

 フライパンの上の肉を眺めるのと似たような感覚。

 

「おんどというものが、わからないらしい。たしかに、あつさとか、さむさとか、いしきしたことなかった。なら、おゆでもみずでもかわらない。がっかりだ」

「……お前が元気になるまでには、もっとかかりそうだ」

 

 ユリウスがなんでそう言ったのか、医者ではない俺にはわからなかった。

 

「これまでに火傷とかしなかったのか」

「? してただろ、ケーブルで、はらのとこ」

「あれは火傷とかいう次元の話じゃねえから」

 

 じゃあ何次元の話だったんだ。四次元?

 てっきり火傷という大枠の傷だと思っていたが、ユリウス的には違ったらしい。

 貫通属性の傷だったのかな。まあそれはあってる。

 

 火傷か。昔を思い出す。

 

「きたいの、うごかしすぎによる、オーバーヒートで、せなかが、こげたことなら、あるよ。だからコックピットには、だんねつざいをしいてたんだ」

「はー……背中のケロイドはそれか……」

「へえ。じぶんのせなかは、みられないからな」

 

 特に見る必要がない、の方が正しいか。

 

 あの頃から既に痛覚は鈍っていたが――鈍らせていたんだけど――嗅覚はそれほど狂っていなかったので、肉が焼ける匂いがしてお腹空いたな~と思って気づいた。

 やはり鉄屑を組み合わせただけの機体では、乗り心地が悪いということなのである。

 

 いいパソコンっていうのは排熱機能がしっかりしてるからな。

 それから俺は冷却機能を研究し、ついでにきょうだいたちの居住区にエアコンをつけた。

 熱中症とヒートショックは死因に多いからな。

 

「オーバーヒートしたあのときは、そうていいじょうに、うごかされたからな。……ああ、ユリウスじゃないか? うでのいいそげきしゅがいて、きんせつと、えんきょり、りょうほうどうじに、やらされた」

「あーっ! うわーっ! ぐあーっ!」

 

 ユリウスは三段階で、変な叫びをあげた。……過労かなあ。

 俺の傷見て叫んでたし、医者とかあんまり向いてないんじゃないのか。

 

「しょうじき、しんだとおもわされた、かいすうは、だんちょうや、エレナよりも、ユリウスのがおおいよ。いしゃがしんどいなら、スナイパーいっぽんでも、くってけるとおもう」

 

 しばらく呆然と立ち尽くしたあと、ユリウスは言った。

 

「……早退するわ」

「うん。おつかれ。ねたほうがいいよ」

 

 よろよろといろんなものにぶつかりながら、ユリウスは帰っていった。

 心配だ。団長に報告しておくべきだろうか。

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