コックピット開けたら中身ガキだったとき気まずい   作:九条空

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うっかり食事拒否してて気まずい

 俺を診察したユリウスの顔は浮かない。

 

 回復がうまく進んでいないということなのだろう。

 俺はふと思い当たることがあり、ユリウスに尋ねた。

 

「しょくじをすると、はいせつがひつようになる。ふべんだ。だからしょうかきかんを、ほとんどていしさせてた。そういえば、エレナがくわないとしぬ、といっていたのをおもいだした。くえるようにしといたほうが、いいのか?」

「こいつ……! こいつは……!」

 

 ユリウスは頭をかきむしった。

 そんなことするとハゲるぞ。

 ここはSF世界だから、育毛剤の性能もバツグンなのだろうか。

 

 しばらくして呼吸を落ち着けたユリウスは、げっそりした顔で言った。

 

「常識を教える努力を怠った僕の落ち度です。回復を遠ざけて申し訳ない」

「いえ、こちらこそ。たいわはだいじだな、ユリウス」

「そうだなァ……!」

 

 なんでブチギレ寸前なのだろう。

 会話大事だね、で珍しくお互いの意見が一致したのではなかったのか。

 

「ベッドから出られるようになったら、まず何がしてえ?」

 

 ユリウスはよくそれを俺に聞く。

 以前は、飯と風呂、と回答した。

 少し時と対話を経て、俺はユリウスとの間に認識の齟齬があることに気づいた。

 

 俺の思う最低限の健康的生活に、飯と風呂は含まれていない。

 ユリウスの思う最低限の健康的生活には、飯と風呂が含まれているらしい。

 彼にとってそれらは「あったらいいな~」ではなく、「なくてはならない」ものなのだ。

 

 ヴォルフ傭兵団ってすげ~。福利厚生がちゃんとしている。

 

 飯と風呂の他に必要なものを考える。

 

「かねかせぎ」

「それはやらなくちゃならねえことだろ。やりてえことだよ」

「はかまいり」

「……誰の墓だ?」

「きょうだい。あるいはそうなれなかったこたち」

 

 A07から離れたから、今までのように毎日会いに行くことはできない。

 マルコはすでに何度か花を供えに行っているようだが、俺がそれについていけるようになるまで、どれだけかかることやら。

 

「おれはみんなすくえたわけじゃない。つよいこしか、いきのこれなかった」

「……だからかわいがってんのか」

「うん。かわいくてしかたがない。おれのじゅみょうをわけられるなら、あげたいくらいだ」

「やるなよ。絶対にやるなよ」

「ほうほうを、しらない。あるのか?」

「ねえよ! ねえからな!」

 

 2回言われるとあるんじゃないか? と疑ってしまうだろうが。

 俺がうっかり探そうとしたらどう責任を取るつもりなんだ。

 

「マルコがなくから、やらないよ」

「団長も泣くからな」

「だんちょうは、いつもないてるだろ」

「風評被害だろ……」

 

 俺の予知でもしょっちゅう泣いているから、団長は泣き虫のはずだ。

 そういう大人がいてもいい。世の中は多様性だからな。

 人情派だからこそ、こうして人を率いる才能があるのかもしれない。

 

 ちょっと情けないくらいのやつが、トップにいるのがちょうどいいってことなのかもな。

 俺と同じだ。きょうだいの中で、俺はあまり頼りになる方ではない。

 

 ここは居心地がいいから、俺もついついのんびりしてしまった。

 こないだもさすがにそろそろベッドから出ないと、と焦りを覚えたのに、結局こうしてだらだらしている。

 きょうだいに胸を張れなくなるな。

 

 本気を出して体を治すか。

 もちろん、今までだって本気だったが、ユリウスの思う健康に、ちゃんと近づけようという意味での本気だ。

 俺の思う理想形と、ユリウスの思う理想形が、たぶんめちゃくちゃ遠いから俺はなかなかベッドから出られないのである。

 

「ほかにひつようなきのうは? じゃまだから、ていししてるぞうき、けっこうあるけど」

「てめえーっ!」

 

 やっぱり。ユリウスは怒鳴った。

 俺にだって言い分はあるが、彼は医者で、ここは彼の管理する病室だ。

 こっちのが立場は弱い。大人しく言う通りにしてやろう。

 

「人間ってのはなあ! お前が思ってるよりよく出来てんだよ! 全部必要なパーツだから体の中に入ってんだッ!」

「……でもじんぞうは、いっこでもしなないだろ?」

「2つあるから長持ちすんだよアホがァ!」

「おお。なるほど、じぞくかのうせいのはなしか。きょうみぶかい」

 

 俺は頭の中で計算した。

 

「うーん。ぜんぶのきのうを、さいかいするには、エネルギーがたりないな。てんてきのりょうを……」

「飯を食えーっ!」

「くったらしぬとエレナが」

「消化器官動かせーっ!」

「くうとなれば、そのつもりだったさ。でもいまはたべてないだろ」

「ぐああーっ!」

 

 ユリウスが苦しみ始めた。なんなんだ。

 病気なのか? 俺を心配させまいと黙っているのか?

 ……予知で見る限りそんなことはなさそうだな。疲労かストレスか。

 

「ベッドかすか?」

「黙って寝てろ!」

「……すいみんちゅうは、ぞうきってうごいてるものか?」

「任意で止めるもんじゃねえんだよなあーっ!」

「にんげんってむずかしいな、ユリウス」

「俺はもうお前を化け物ってことにしちまいてえよ」

「すきによんだらいいけど」

「ぐああーっ!」

 

 ユリウスは再び苦しみ始めた。なんなんだ。

 

「ふふ。すっかり仲良しになったのね、兄さん」

 

 食事のプレートを片手に、微笑みながら入室して来たのはリサだ。

 今日はリサの番だった。

 

 俺は仲良くなったつもりだが、ユリウスはどうだろう。

 ユリウスはリサの言葉に肯定も否定も返さず、ただよろよろと部屋を出て行った。

 やっぱただの患者だと思ってるってことか。

 

 リサは俺のそばで食事しながら、近況を報告した。

 

「商談はうまくいったわ。なんだかちょっと嫌になるくらいお金が手に入った。もうあんまり焦らなくてもいい……と言っても、兄さんには意味がないかしら?」

「いや、そんなことないよ。ありがとう、リサ」

 

 良い報告が聞けるのは嬉しいものだ。

 危険なく過ごしているというのならもっといい。

 ヴォルフ傭兵団で、リサは大活躍しているようだ。

 経理、交渉、俺には絶対出来なさそうな様々。

 なんかファンクラブみたいなのができてるという噂も聞くし、それはやっぱり心配だ。

 

 俺が眉を下げたのを見て、リサは誤解したらしい。

 

「大金を手にしたことで、私たちが危険になる可能性を考えているのね? 大丈夫よ、そのあたりは以前の経験を生かして、うまくやったつもり」

「……うん、たぶんだいじょうぶだとは、おもう」

「だからリソースを自分自身に使っていいのよ、兄さん」

 

 俺はもっと眉を下げた。

 リサの言う()()()()とは、未来予知のことだ。

 

 すべての未来を視ることなどできない。

 未来は分岐する。可能性の高いものから順に見ていくが、数は膨大だ。

 

 俺が視られる未来は、正直無限だ。

 

 自分視点じゃなくても見える。

 だからかつて、ヴォルフ団長とユリウスの会話を盗み聞きすることもできた。

 時間軸が未来でさえあれば、俺はどこへでも行ける。見える。聞こえる。

 何を見るかは、選ばなければならない。

 

「私たちのことばかり気にかけて、自分の回復を後回しにしないで」

 

 俺はきょうだいたちばかり視ていた。

 自分は後回しだ、そりゃそうに決まっている。兄だからだ。

 そのせいで、ユリウスとのコミュニケーションは色々と失敗した。

 未来さえ見ていれば、数々の失敗は事前に防げただろう。

 

 だがリソースが足りない。未来をすべては見られない。

 俺が最も防ぎたい未来は、きょうだいが不幸になる未来だ。

 自分の体調を逐一観察している暇は、ない。

 

「……もうずいぶん、おれもげんきになったと、おもわないか?」

「マルコならそう言うかもしれないわね。でももっと古い付き合いで、まだ()()だった兄さんを知っている私からしてみれば――全然だめ」

「ぜんぜんだめかあ」

 

 リサは厳しい。自分にも、他人にもだ。

 だからこそ生き延びた。

 俺はリサを信用している。正直、頼ってもいる。

 そんなリサからの頼みとあらば――しかたない、自分の治療に専念するか。

 

 そっちの方がサクッと金も稼げて、傭兵引退への道も近づきそうだしな。

 しばらくきょうだいたちは、何事もなく暮らせそうだ。

 そう言えるくらいには、何度も何度も未来を確認した。

 

「私、兄さんに泣いてほしいもの」

「ええ……」

「笑ってほしいの」

 

 そっちを最初に言ってほしい。サディスティックな発言に聞こえちゃうから。

 

「表情筋を動かすくらいなら、心臓を動かす……って言うんでしょう?」

「おれににてきたね、リサ」

 

 未来視の力でも手に入れたのか、という揶揄だ。

 リサはくすくす笑った。

 

「兄はスクラップです、って言うとみんなどんな顔をするか知ってる?」

「ああ。なんかいもみた」

「ふふ、そうよね」

 

 スクラップというのは、俺が使っていたボロボロの機体につけられたあだ名だ。

 

 つまり俺の二つ名――ダサくない!? もうすでに負けた後みたいな名前じゃん!

 決め台詞を「お前もスクラップにしてやろうか」とかにした方がいいだろうか。

 まず敵より先に俺がスクラップになってたらダメだろ。

 やっぱ俺は主人公に向いていないらしいな、と再認識した。

 

 俺はリサの未来を複数視ている。

 商談の最中、リサが何度かそう言うのも、当然見ている。

 

 相手は例外なく――恐怖に震えていた。

 

 なんか俺、都市伝説みたいな、妖怪みたいな感じになってるっぽい。

 戦場で出会ったが最後、絶対に無事では帰れない、みたいな化け物扱いである。

 主人公ではないどころか、実は悪役だったのかな……。

 

 リサは食事を食べ終えた去り際、こう言った。

 

「この言葉を、脅しじゃなくて、自慢として使えるようにしてほしいわ」

「……どりょくしよう」

 

 自慢に思ってもらえる兄になるためならば、なんでもできるような気がする。




しばらくこうしんはおやすみ
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