FAIRY TAIL 七年間のゼーラ   作:もちごめさん

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第一話

「あのさ……私たち、友達に……なれる、かな……」

 

「……っ! うん!」

 

「――――――ゼーラ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ………………

 

 ………?

 

 ……何かが変だ。

 

 身体が……そう、身体が重い。重すぎて手足も碌に動かせないくらいに、今まで感じたことがない“重さ”が、のしかかっている。

 抗って身体を動かそうとしてみるも、途端に全身を駆け巡る熱い痺れ――鋭い“痛み”のせいで全くそれもままならなかった。

 

 そしてついでに何も見えない。目の前は、まっくらだ。

 

 ……いやほんと、なにこの状況? いったい何があったんだっけ?

 

 痛いのとダルいのとで全く頭が回らない。それでも霞む気力をどうにかかき集めて、もう一度身体を動かそうと試みる。

 やっぱり腕も足も、全く動かすことはできないけれど、瞼くらいはどうにかなった。ピッタリ張り付いた瞼を緩ませて、痺れる気怠さをなんとか追いやり、こじ開ける。

 そうして真っ暗闇の視界の中に、黄金色に煌めく光が入り込んで――

 

 ボクは、その子を見つけた。

 

 

「メイビス……?」

 

「ッ――!! ゼーラ、い……生きて……っ!」

 

 

 うつぶせに倒れているボクを赤く腫らした目でのぞき込む、汚れてくすんだ金髪の女の子。

 メイビスが、きれいなその髪の奥で驚愕と、次いで歓喜で悲哀の涙を塗り替えて、ボクに覆いかぶさるように抱き着いてきた。

 

 

「ゼーラ……ゼーラっ! し、死んじゃったかと……っ! よかった……よかったよぉ……っ!」

 

「メイビス……」

 

 

 そう、この子はメイビスだ。魔導士ギルド、赤い蜥蜴(レッドリザード)で雑用としてこき使われていた幼い女の子。それはいい。

 だけど……ゼーラ?

 

 ゼーラはその赤い蜥蜴(レッドリザード)のギルドマスターの娘で、同い年のメイビスによく意地悪をしていた子だ。ついさっき、仲直りして友達になったのだけれど――それはともかく。

 

 問題は、ボクはゼーラじゃないことだ。

 

 メイビスのこともゼーラのことも知っているけれど、決して当人じゃない。そんなボクを、どうしてメイビスはゼーラだなんて呼ぶんだろう?

 混乱しちゃっているんだろうか。

 

 

「ねぇ……メイビス、ボクは……!?」

 

 

 ……いや、違う。違わないけど、違う。

 図らずも困惑で頭が巡ってはっきりしてきて、おかげで気付いた。ボクの喉から、ゼーラの声が鳴っている。

 

 声だけじゃない。視界の下のほう、身体に纏った制服も靴も見覚えのあるゼーラのものだ。ちらりと視界の端に映り込む自分の髪もゼーラの茶色。

 つまり――どうやらボクはゼーラになっているみたいだ。

 

 ……どういうこと?

 

 

「メイビス……これ、いったい、何が――」

 

 

 訳が分からない状況。おかげで疑問は頭を通過することなくゼーラの声で呟いて――そしてその瞬間だった。

 

 どごぉっと、すぐ傍で爆発音が轟いた。メイビスの金髪が炎の赤に汚されて、パッと振り向くその顔が恐怖と焦燥を思い出す。

 次いで遠くに人の悲鳴も響き渡って、それにボクも思い出した。そうだ、今ボクたちが住むこの島、天狼島は、赤い蜥蜴(レッドリザード)と敵対する魔導士ギルド、青い髑髏(ブルースカル)の襲撃を受けているのだ。

 魔法使い同士の戦いは、村人たちも巻き込んで辺りを火の海に変えてしまっている。このままこの場に留まれば、ボクもメイビスも焼け死ぬだけだ。

 

 

「ゼーラ……今はとにかく、早くこの場を離れよう……! 立てる?」

 

 

 もちろん立てない。混乱の最中、ゆるゆると首を振る。

 言葉もなかったけれどそれでもメイビスには伝わった。彼女はキュッと表情を決意に引き締めると、ボクの頭の後ろに回って背中側から抱きしめ直す。小さな身体で必死に踏ん張り、ボクの身体を抱き上げた。

 

 このまま引きずって、ボクを運んでくれる気なのだろう。もちろん文句なんてあるはずもない。メイビスの子供の力ではずるずると引っぱるので精一杯であるし、なにより非常時だ。

 だから当然、痛む身体をぎゅっと締め上げてくるメイビスの腕も、密着するあまりに服越しに擦られる傷口の感覚にも、ボクは口をつぐんで我慢をすることになった。

 

 その甲斐あって、痛みに悶えるうめき声をボクは漏らさなかった。どうにか気力で抑え込むことが叶った――のだけれど。

 代わりにというかなんというか、こっち(・・・)の衝動はちょっと我慢ができなかった。

 

 

「……ねぇ、メイビス」

 

「ハァ、ハァ……何、ですか……?」

 

「ちゅー、してもいい?」

 

「……ふぇ!?」

 

 

 密着して触れ合う身体。耳をくすぐる吐息の音。それに何より――頬に触れるメイビスの黄金色の髪の毛!

 間近でこうも見せつけられて……なんだか気持ちが溢れ出してしまったのだ。

 

 

「きゅ、急にどうしたの、ゼーラ!?」

 

「わかんないけど……でもこうなんか、胸がきゅーってなるんだよ! こうしてると幸せで、もっとくっつきたくなっちゃうっていうか……」

 

「それで『ちゅー』!? なんで!?」

 

 

 それはよくわからない。自分でもどうしてこうも心惹かれるのかさっぱりだ。

 目覚めてから訳が分からないことばっかりだ。けれどもしかし、突如として胸の内から噴き出してきたこの衝動は間違いなく本物だった。

 

 

「ねえメイビス……笑って? メイビスの金髪に笑顔が合わさったら、すごい最強だと思うんだ……」

 

「何を言ってるんですか! ……え、笑顔くらい後でいっぱい見せてあげるから、今は早く行こう……!」

 

「やった! ……約束だよ、メイビス……」

 

 

 と、言質を取ったところで身体に限界が来た。元より疲労困憊だったところに湧き出た衝動が想いを遂げて、まるでスイッチが切れたみたいに意識がどんどん遠ざかる。

 あっという間に瞼が再び落ちていき、

 

 

「――絶対、だよ……」

 

 

 最後に零れて、そしてボクはメイビスの腕の中ですうっと意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――というのが、もう七年も前の出来事だ。

 

 あの日から今日まで、中々せわしない日々だった。

 メイビスに看病されながら約束通りにメイビスの笑顔を堪能したり、身体が治ってからは青い髑髏(ブルースカル)にやられて全滅してしまっていた村民やギルドの人たちを弔ったり、ボクたち子供二人で生活していくために色々と頑張ったりと、あったイベントは数知れず。しかしそのどれもが楽しい思い出となって過ぎ去った。

 そして今日も、ボクはメイビスと二人、この島で幸せな毎日を満喫しているのである――のだけれど。

 

 一方、ボク自身の訳の分からない状況に関しては、七年経っても何もわからないままだった。

 

 ボクは相変わらずゼーラの身体のままであるし、どうしてそんなことになっているのかもわからない。そもそも、ゼーラじゃなければボクは誰なのかという当然の疑問にも、答えが出てきはしなかった。

 

 だから、これはあくまでボクの頭で七年間こねくり回した想像力の賜物に過ぎない。

 ボクはたぶん、ゼーラの中に生まれたもう一人の人格なのだ。青い髑髏(ブルースカル)の襲撃のせいでなんやかんやとあってゼーラの人格が眠りにつき、その代わりとしてボクが生まれた。そう考えると、自分のことがわからないのにメイビスやゼーラのことを知っている理由にも説明がつく。

 

 あるいはゼーラは本当は助からずに死んでしまって、ボクはその亡骸に取り憑いた地縛霊とかなのかもしれないけれど、とにかくそういう奇想天外な妄想で、ボクはボクの訳の分からなさに決着をつけることになったのだった。

 

 そして。そう定めた事実を、ボクはメイビスに話していない。

 

 だって、メイビスにとってボクは“ゼーラ”だ。メイビスがあの時友達になった、“あのゼーラ”なのだ。

 なのにその子が別人にすり替わってしまったなんて、どうしてそんなことが言えるだろう。メイビスを傷つけないためにも、ボクは“ゼーラ”であるしかない。

 少し後ろめたさはあるけれど、まあボクがゼーラであることは見た通りに紛れもない事実であるのだ。だからこれでいい。そう思うようにしている。

 

 それに……うん、これは不幸な話ではないのだ。

 ボクが“ゼーラ”であるということは、メイビスにとってボクは唯一無二の親友であるということ。最も気を許した存在であるということに他ならない。

 つまり――ボクはゼーラである限り、大好きなメイビスとずっと仲良くすることができるのである! 合法的に!

 ……仲良くすることに合法も違法もないのだけれど。

 

 ともかく、七年前に芽生えたメイビスに対する好意は未だ健在だ。それどころか歳を重ねるごとに強くなっている。

 なにせ七年で成長したメイビスは、もはや天使の如き愛らしさだ。

 長くなり、汚れが落ちてより輝くようになった金髪の素晴らしさはもちろんのこと、ウェーブがかかってモフモフになったそれは気付けば気付けば顔からダイブしたくなってしまうほどの魅力にあふれてとめどない。背も伸び、身体も女児から女の子らしくなって、まさにつぼみが花開くかの如く。

 本当に、マジ天使って感じなのである。そこにもし弾けるような笑みまで加わったなら、ボクはきっとそのまま天国まで連れていかれてしまうことだろう。

 

 ――だから、ボクの現状はやっぱり幸せだ。一緒に毎日を過ごし、お昼寝したり水浴びしたりする日々は、幸福であることに疑いの余地もない。

 今も、こうしてメイビスと遊んでいるだけで、ボクの中の細かな悩みは立ちどころに吹き消されてしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うーん、ここにもいませんか。……おーい、ゼーラ? いったいどこに隠れているんですかーーーっ」

 

 

 茂みに顔を突っ込んでいたメイビスが、肩を落として今度は辺りの岩陰や木の裏に声を放つ。困り果てたその表情は、笑顔とはまた違うベクトルに愛らしい。

 そしてボクはそんなメイビスを、彼女のすぐ傍の樹上で枝葉に紛れ、息を殺して眺めていた。

 

 ボクたちが何をしているかは一目瞭然だろう。そう、かくれんぼだ。

 メイビスが鬼で、ボクが隠れる側。始まってもう一時間以上が経つけれど、まだボクは一度も見つかっていない。おかげでメイビスはちょっと心が折れ始めているという、つまりそんな状況だった。

 

 そしてそんな、メイビスがかわいそうな状況で思うべきではないかもしれないけれど――ボクはかくれんぼが、数ある遊びの中で一番のお気に入りだ。

 なにせ、困ったメイビスが愛らしい。普段は見れないその顔を、しかも隠れて見守ることができるのだ。ボクの視線を意識しないメイビスの困り顔というのは、もうそれだけでレア中のレアだった。

 それに、隠れるボクを眉尻を下げながら探し続けているメイビスというこの状況そのものに関しても……なんというか、なんとも言えない良さ(・・)がある。

 によによと、あんまりよろしくない喜びだけど、悪いことほど燃え上がるのが常というもの。わかっていてもやめられず、ボクはやはりそのままその幸せを堪能していたのだった。

 

 

「……あっ、ゼーラ! やっと見つけた! そんなところにいたんですね」

 

「!」

 

 

 ――堪能していたのだけど、その時、メイビスから声が上がった。ボンヤリ幸せに浸っていた頭が我に返って、同時にその声の意味するところを悟る。

 残念ながら、メイビス観察という幸せな時間はこれで終わりみたいだ。名残惜しくはあるけれど、これがかくれんぼである以上、見つけられてしまえばそこで終わりだ。

 

 しかし……正直に言って、ボクがメイビスに見つけられてしまうだなんて驚きだ。

 なにせ今まで、メイビスに見つけられたことなんてほとんどない。かくれんぼに限らず日常生活でもそう。どうやらボクは、いわゆる影が薄い系の人間であるらしいのだ。

 

 ……自分で言っててちょっと悲しくなるけれど、とにかく見つけられてしまったことは意外で、そして同時にちょっとだけ嬉しくもある。

 そんな複雑な心境を呑み込んで、ボクは隠れていた木の上から飛び下りたのだ。

 

 ――もとい。飛び下りる、その直前。「わぁ、びっくり! 見つかるなんて思ってなかったよ」なんて賞賛の台詞も、頭の中に用意していたのだけれど、

 

 

「あーあ、見つかっちゃった。ここならバレないと思ったのに」

 

 

 ゼーラ(ボク)の声が、ボクに先んじてそう応えた。

 

 ……ボクじゃないゼーラが、少し離れた大岩の後ろからひょっこり顔を出したのだ。

 そんなの、唖然だ。頭が回るわけもない。

 

 

「なんでわかったのよ? ちゃんと隠れてたはずなのに」

 

「残念ながら、髪の毛が少し見えてましたよ。茶色のおさげがちょろっと」

 

「えっ嘘!? 全然気付かなかったんだけど!」

 

「本当です。……ふふふ、『頭隠して尻隠さず』ならぬ、『お尻隠して頭隠さず』。かわいい失敗でしたね、ゼーラ」

 

「むぅ……何がかわいいよ! メイビスの方がかわいいから!」

 

「じゃあそういうゼーラはもっとかわいいですね!」

 

 

 なんてきゃあきゃあ言いながら、二人はとても楽しそうだ。

 おまけに、傍から眺めるその光景は、なんだか胸にキュンキュンくる。メイビスがかわいいのはその通りだし、ゼーラももちろんかわいらしい。そんな二人がお互い楽しそうにもみ合っている姿はかわいいの足し算で、当然の如く眼福なのだ。

 こういうのを『てぇてぇ』って言うんだろう。そこにはボクがいないというのに、零れるため息は無念とは真逆の満足感で満ちているくらい。それはそれは素晴らしい光景で――

 

 って、そうではなくて!

 

 

「メ、メイビス待った!」

 

 

 てぇてぇとか言って拝んでいる場合じゃない! ボクじゃないゼーラがいるなんて、どう考えても異常事態だ!

 

 だからこそ、我に返ったその瞬間に、ボクは衝動的に木の上から飛び下りた。二人の間に割って入っててぇてぇを終わらせて、代わりにようやく追いついた危機感のまま偽物ゼーラへ対峙する。

 

 

「ど、どこの誰だか知らないけど、メイビスに変なことはさせないぞ! ボクまで騙そうったって、そうはいかないからな……!」

 

 

 そう、メイビスは判断がつかなくても無理はないかもしれないけれど、ボクからすれば彼女が偽物であることは明白。なにせ本物のゼーラはボク自身だ。

 彼女が何者なのか、どうしてボクに化けているのか、その他何一つわからなくても――その目的は十中八九ろくでもないことに違いない。ならばメイビスを背に庇い、ボクは引くわけにはいかなかった。

 

 

「メイビスは、ボクが守る……っ!」

 

 

 それができるのは、ボクだけなのだ。

 

 決死の思いで拳を握って、偽物ゼーラへと向ける。喧嘩も何もしたことはないけれど、覚悟を決めた。

 が、しかし。

 

 

「ゼーラが二人……? い、いったいどっちが本物なんでしょう……?」

 

「え……!?」

 

 

 何言ってるの……? どっちも何も、ボクが本物に決まってる――と、いかにも困惑したふうなメイビスの言葉に驚いて、そしてやっと気が付いた。メイビスの視点では、ボクが本物のゼーラかどうかなんてわかりようがないのだ。

 むしろ後から出てきたボクの方が怪しく見えるかもしれない。……ああ、まずい。これは本当に由々しき事態だ。

 

 

「……ぼ、ボクが本物だよ!? だって、えっと……そうだ! この前、水浴びしてたらくすぐりあいっこになったでしょ!? 二人一緒に息も絶え絶えになっちゃったやつ! 偽物なら、こんなこと知らないはずだよ!」

 

「なら、その時にした約束のことも覚えてますよね? ほら、私の前で『にゃーん』って、ネコちゃんのマネしてくれるっていう」

 

「えっ……えっと……」

 

 

 そんな約束したっけ!? 全く覚えがないけれど、でも覚えてないなんて言えるはずもない。

 

 

「にゃ……にゃーん……?」

 

 

 手首をくたっと倒して言われた通りにマネしてみた。……ちょっと恥ずかしい。

 

 でもこれで、メイビスもボクが本物だってわかってくれたはずだ。敵は最初にメイビスといた方。すぐにボクが抱いた危機感も伝わるはずで、今こそその正体を暴いてやるべし――

 と、意気込んで、その時。

 

 

「ぷっ……あははは! 嘘ですよ、ゼーラ。ネコちゃんのマネなんて、そんな約束してません」

 

「……えぇ?」

 

 

 メイビスが笑いながらそんなことを言ってきた。加えて偽物ゼーラの方もけらけら笑って、次いでぱちんと、一息ついて爆笑に区切りをつけたメイビスが指を鳴らしてみせた。

 

 するとたちまち偽物ゼーラの姿が掻き消えた。空気に溶けるようにしてあっという間に――まるで幻かのように、跡形もなくいなくなる。

 

 

「………」

 

 

 しばしの間、現実を読み込むためにフリーズするボクの脳味噌。メイビスが再び呆れため息を零す頃、ようやく今何が起こったのか――つまり偽物ゼーラ改め幻ゼーラが誰によって、どうやって生み出されたのかに考えが巡る。

 そしてそこから連なりその意図にもボクの思考はたどり着き、

 

 

「――め、メイビス……まさか、幻の魔法使ったの……!? ボクをおびき出すために!?」

 

「はい、そうですよ?」

 

 

 幻魔法。メイビスがこの七年で習得した魔法だ。それでゼーラの幻を作り出し、隠れていたボクを引きずり出した。それが今の出来事の真相だ。

 

 

「というか、どうしてまず私の魔法が思いつかないんです? 人は初めてでしたけど、動物の幻ならゼーラも何度も見てるじゃないですか」

 

「うぐ……」

 

 

 そこに関してはちょっとぐうの音も出ない。言われてみればその通りだ。

 けれどもしかし、ボクとしても言いたいことはある。

 

 

「でも……ずるいよメイビス! これってかくれんぼなんだよ!? 魔法使うのはずるっこだ!」

 

「ええ、ええ。もちろん、何も問題がなかったのなら、私だってこんな無粋なことはしませんでしたよ」

 

「なにさ、『何も問題がなかったら』って!」

 

 

 それじゃあまるで、何か問題があったみたいな言い草だ。

 今度のかくれんぼはメイビスが探す側で、ボクは始まってからずっと同じ木の上に隠れていた。それだけだ。おかしなことは何もしていない。

 それとももしや、ボクがかくれんぼが上手すぎてせいでとうとう不正を疑われたんじゃなかろうか。

 だとしたら心外だ。ボクの影の薄さは元来のものなのである。

 

 

「……はぁ。やっぱり、ゼーラったら忘れちゃってるんですね」

 

「……?」

 

 

 恥を忍んでそれ(影の薄さ)を主張するのもやむなしか――なんて悲壮感を出していたところ、メイビスから深いため息がボクに届いた。

 もちろん、その吐息に心当たりなんてない。眉をひそめて首を傾げる以外になく、そしてそんなボクに、メイビスはさらに呆れかえって頭痛を堪えるような顔をする。

 謎だ。確かにボクはメイビスと違って頭もよくはなく記憶力にもあんまり自信はないけれど、それでもメイビスにそんな顔をさせるような、重要なことが何かあっただろうか?

 

 

「ネコちゃんの約束は嘘ですが……今日は二時間だけ遊んで、その後は図書館でお勉強する約束はしたはずでしょう? なのにもう三時間も経ってます! いくら呼んでも出てこないんだから、魔法の一つくらい使いますとも!」

 

「………」

 

 

 ――あー……

 

 

「……そういえば、図書館といえばまだみんな生きてた頃、メイビスがお昼のお弁当届けてくれたこともあったよね! あの時はメイビスに酷いこと言っちゃったし、それに靴のことも! メイビスが今も裸足なのって、もしかしてあのせいだったりするのかなぁ? だったらごめんね? 何ならボクの靴使う? あっもちろんおさがりが嫌なら無理にとは――」

 

「ゼーラ、誤魔化されませんよ」

 

「うぐ……」

 

 

 鋭い一言。ボクの考えなどメイビスにはお見通しだったようだ。

 ジトッと詰るような眼で、メイビスは一歩ボクに詰め寄る。かわいいお顔に迫られたボクは途端に言葉を失って、そんなボクに追い打ちをかけんとピンと人差し指を立ててみせた。

 

 

「数学、言語学、歴史に……それに魔法も! 勉強しないといけないことは山ほどあるんです。今まではなんやかんやと理由をつけて後回しにされてきましたが、今日という今日は逃がしませんよ! 遅れた分を取り戻すために、今日は絶対に机の前に座ってもらいます! 付きっ切りで見ててあげますから!」

 

「うぐぅ……!」

 

 

 メイビスが付きっ切り。それは実に魅力的な誘惑だ。片時も離れず見守られるだなんて、想像するだけで胸がドキドキしちゃうけれども――しかし、

 

 

「お、お勉強だけは本当にダメなんだよぅ……!」

 

 

 それだけはメイビスの愛らしさを以ってしてもどうにもならないのだ。

 だって数字も文字も、見ているだけでズキズキ頭が痛くなってくる。数分経てば頭の中が外遊びの妄想でいっぱいになり、十分後には身体が勝手に外に飛び出してしまっているくらい、ボクはいわばお勉強アレルギーだった。

 

 なんなら今、こうして想像してみただけでもうちょっと頭痛がしてきたくらい。

 だから今までも何かに理由をつけて逃げてきたし、ボクにとってはこれからもずっと縁なんて持ちたくない事柄なのだけれど……

 

 

「ねぇ、せっかく天気もいいんだしさ、部屋になんてこもらないで外で遊ぼうよメイビス。こんなに木漏れ日が気持ちいいのに」

 

「ダメです。次こそは絶対勉強するって、ゼーラが言い出した事なんですからね!」

 

「……ていうかそもそも、数字も文字も必要なくない? ボクたち二人で暮らしてるんだから、覚えなくたって不都合ないよ。歴史なんてなおさらだ」

 

「そんなことないのですよ、ゼーラ。この島で生きていくにもお勉強は必要です。それに……いえ、とにかく今日は絶対お勉強するんです! もう譲りませんよ!」

 

 

 メイビスは頑なだ。一瞬何か言い淀んだようだけれど、その点は疑いようがない。

 

 まあ、無理からぬことではある。そうなるまでに何度も駄々をこね続けてきたのはこのボクだ。

 現に今も頭痛と共に、やる気ではなく屁理屈ばっかりが溢れてくるのだから、我ながら筋金入りだと思うのだけれど……それを以ってしても、メイビスの意志は変わらない。

 だから……うん。年貢の納め時というやつなのだろう。

 

 

「全く……ゼーラったら、前は学校でも成績は良かったんでしょう? どうしてこんなにダメな子になっちゃったのかしら……」

 

「むぐぅ……」

 

 

 ゼーラは確かに頭のいい子だったのかもしれないけれど、その身体は継いでも頭の出来は受け継げなかったボクには、こうなったメイビスを納得させられるような屁理屈はもう捻り出せそうもない。

 ボクは今日、この頭痛で頭を爆発させる未来から逃れることはできないのだろう。その現実をおとなしく受け入れる以外、道はないのだ。

 

 

「……じゃあ! じゃあせめて、お昼からにしよう!? 釣りでお魚釣ってお昼にしたら、午後は絶対お勉強するから!」

 

 

 が、わかっていながら、ボクの口からは承諾ではなく猶予の懇願が飛び出した。

 せめて、覚悟を決められるだけの猶予を。結局、条件反射的にいつものように未来の自分に苦労を被せてしまう自分自身がちょっとだけ情けない。

 

 しかも第一、何度も逃げたボクにはもう執行猶予だってつくはずもないのだ。だからこれも無為な悪あがき。叶うことはなく、ボクの中の情けなさを増大させるだけだった。

 そのはずだった――のだが、

 

 

「……はぁ、仕方ないですねぇ」

 

「えっ、じゃあ……」

 

「お昼からですよ? 約束、守ってくださいね」

 

 

 なんと驚くべきことに、悪あがきが成功してしまった。

 どうやらボクの固い意志()が伝わったらしい。何でも言ってみるものだ。

 

 

「じゃあ、メイビス……!」

 

 

 そうと決まれば、だ。大物が釣れることを祈りつつ、やっぱり場所はいつも釣りをしているあの小さな湖がいいだろうと、メイビスに手を差し出す。

 

 ……ボクの中では、それが当然だったのだ。

 

 遊ぶなら、二人一緒。それが七年前から続く“当たり前”。メイビスも了承してくれたのだから、差し出したその手は当然取ってもらえるはずだった。

 が、ボクの手はメイビスのすべすべもちもちした手ではなく、何もない空を掴んでしまう。怪訝が湖へと向いていたボクの意識を振り向かせ、メイビスの様子を見やると――

 

 

「私は行きませんよ? ゼーラと違って偉いので、お勉強しています」

 

 

 なんだか意地悪っぽい笑顔で、メイビスが小首をかしげていた。

 

 

「かわいい……じゃなくて……」

 

 

 じゃあボク、一人……?

 目をぱちくりと、そうするだけで心の声はメイビスに筒抜けで、

 

 

「はい、心ゆくまで魚釣りを楽しんでください。……満足したら、いつでもこっちに来ていいですからね」

 

 

 と。行き場をなくした手をにぎにぎさせるボクを置いて、メイビスはそのまま森の奥、図書館の方へと歩いて行った。

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