FAIRY TAIL 七年間のゼーラ   作:もちごめさん

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おまけ

「――どうすればいい……」

 

 

 プレヒトは、唸るように呟いた。

 その腕の中には生まれたばかりの赤子が抱えられている。泣きもせずに大人しく、ただじっとプレヒトを見つめる無垢なる瞳はいかにも賢そうではあるが、しかしもちろん、プレヒトの煩悶はまだ言葉もわからぬ赤子に向けて言ったものではない。

 

 プレヒトが言葉を零した先は、小さな石碑。――マグノリアの街と妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドハウスを一望できる丘に建てられた、ゼーラの墓碑だった。

 

 ――ゼーラとの別れから、もう十年以上の時が過ぎていた。

 

 その間、様々なことがあった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の創設に始まり、戦争の勃発や、その戦争の武勲によってメイビスの軍師としての才が認められたこと。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に多くの仲間が加わって、ユーリなどは結婚までこぎつけた。

 

 そして何より大きかったのが――妖精の尻尾(フェアリーテイル)ギルドマスター、メイビスの死だった。

 

 ただし、その死はある意味で他のギルドメンバーたちへの欺瞞だ。実際にはメイビスは死んでいない。

 もっとも、同時に生きているとは言い難いような状態でもある。生と死が彼女の中で渦を巻いているような、奇妙な矛盾がメイビスを捕えてしまっていた。

 

 つまり、メイビスが当時使った超古代魔法、【ロウ】の“代償”が、実際には『身体の成長が止まってしまう』だけでは済まなかったのだ。

 決して死ねず、周囲に死のエネルギーを振りまく『アンクセラムの黒魔術』。アンクセラムの髪の怒りに触れたがために身に受けた“矛盾の呪い”がどうしてかメイビスを仮死状態のような形に押し込めて、この実に厄介な状況を作り出している。

 

 腕の中の赤子は、まさにその結実だった。

 誰にも言えない。メイビスの“死”の真相もまた、他の誰にも知られてはならない。己の中に押し込めるしかなかった状況が、プレヒトの精神を蝕んでいた。

 零せる先は、何も語らないゼーラの墓碑くらいしかなかったのだ。

 

 

「……この、子を……」

 

 

 生かすべきか、殺すべきか。それとも捨てるべきか。

 

 そんなプレヒトの渋面を、赤子はただじっと見つめ続ける。そんなわけがないというのに、その賢そうな眼はプレヒトの苦悩を理解しているかのようで、いささかならぬ気味の悪さに眉根が寄った。

 そのせいで、やはり……とそこまで傾き、プレヒトはゼーラの墓碑に踵を返す。背を向けて――しかしその時。

 

 

「そこにいるのはプレヒトか……? 奇遇だな。お前もゼーラの墓参りか?」

 

 

 丘を上って来たウォーロッドと眼が合った。足が止まり、そしてさらにウォーロッドの背に続いて現れたその姿に、思わず赤子を隠すように抱え直した。

 

 

「……ウォーロッド、ユーリを連れだしてきたのか」

 

「ああ。たまには外に出んと、本当に腐ってしまいそうだからな。なあ、ユーリ」

 

「………」

 

 

 ユーリだった。しかしウォーロッドに肩を叩かれても、当人は特別反応を示さない。

 

 その表情は陰鬱に沈み、かつての快活さはどこにもない。妻を亡くしてから、ユーリはずっとこう(・・)だった。

 一年前、その手に抱かれた息子、マカロフが産まれたその日に死に別れてしまったことを、ユーリはまだ乗り越えられていないのだ。

同時期にメイビスが失踪し、やがて死んだという報告を受けたことも無関係ではないだろう。あまりに大きな二つのショックが、ユーリから力を奪ってしまっていた。

 が、

 

 

「そうか……。私は、もう戻る。気が済むまでゼーラと語るといい」

 

 

 プレヒトはそんな傷心のユーリにそっけなく、止めた足を再び動かした。

 

 

「そう言うな、プレヒト。せっかく皆、揃ったんだ。少し話していかないか?」

 

「すまないが、ギルドマスターとしての仕事が忙しいのでな」

 

 

 そんな建前も以ってして、プレヒトはこの場を後にする。今は、特にユーリに近付くことはできなかった。

 

 なぜなら、ユーリの妻の死はメイビスの“呪い”に起因するものであるからだ。

 

 ユーリの妻を殺したのは、言ってしまえばメイビスだ。だがそんなことを明かせるはずもない。

メイビスの死の偽装はそれ故のことでもあり、それ自体に後悔はなかったが――しかし、そのような重大な真実に口をつぐんでいることに負い目を感じないわけもない。

 

 こんな自分が、どうして傷心のユーリに寄り添ってやれるのだろう。そういう思いが、プレヒトのユーリに対する態度を突き放すようなものへと変えてしまっていた。

 そして、なおかつ今はそこに加えて、腕の中にさらなる理由(赤子)までもが増えている。

 

 

「……仕事、か。そいつは、その赤ん坊に関わることかね?」

 

「………」

 

 

 プレヒトの腕の赤子は変わらずずっと大人しかったが、それでもウォーロッドの眼を誤魔化すことは叶わなかったようだった。責めるようなその調子に、プレヒトは唸るように息を吐き、懐に隠した赤子を表に出した。

 

 金の和毛とプレヒトをじっと見つめる垂れ目がちな目が、興味深そうにウォーロッドを見やった。

 ウォーロッドはそんな赤子に僅かに頬を緩め、プレヒトに尋ねる。

 

 

「賢そうな子だな。……親は?」

 

「……さてな」

 

 

 プレヒトは嘘をついた。赤子の親が誰なのか――少なくともその母親は、わかっている。

 メイビスだ。生と死の狭間にある彼女から、他でもないプレヒト自身が取り上げた。

 故に同じように、故も知らぬ孤児だと言い張るしかなかったのだ。

 

 ――隠し事ばかりが増えていく。度重なる心労は、うまく嘘をつけているかと心配になるほどだった。

 が、戦争が終結したばかりの荒れた世情で、孤児というのはそう珍しいものでもない。

 ウォーロッドも疑いなくそれを信じ、頷いた。

 

 

「そりゃあ、かわいそうに……。それで……どうする気なんだ、その子を」

 

「………」

 

 

 またもプレヒトは黙り込む。口は重くなるばかりであり、またも嘘で彩ろうかと考えたが――しかし、これ以上彼らとの距離が離れることを、プレヒトの友情はよしとしなかった。

 迷った末に、言葉はぽつぽつと雫が滴るように零れていった。

 

 

「……私たち三人に、子育てをする余裕はないだろう。ただでさえ、ユーリにはマカロフがいるのだから」

 

「……まあ、確かに否定はできないがね。なら、どこかの孤児院を頼るのかい?」

 

「いや……。そのような環境は、恐らくこの子を持て余す。……わからないか、ウォーロッド。この子が宿す、強大な力を」

 

 

 メイビスの“呪い”から生まれたためか、赤子は並みでない力を――光と闇、相反する力を持って生まれていた。

 人の身には、あまりにも過ぎたる力だ。それはいずれ必ず、赤子自身の身を亡ぼすだろう。孤児院などという環境では、尚のことだ。

 道理である。故にそれで以ってメイビスの真実を押し隠し、そしてプレヒトは長い煩悶の末に下した決断を、口にした。

 

 

「この子の人生は短く、そして辛いものにしかならんだろう。ならば、そうなるくらいなら……いっそ今、楽にしてやったほうがいい」

 

「ッ!! お前、それは――」

 

 

 意味するところを察したウォーロッドが、プレヒトの胸倉に勢いよく掴みかかる。

 その後に出てくる言葉は容易く想像がついた、が、彼に何を言われようとウォーロッドの決断はもはや変わりようがない。

 

 ユーリのために、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のために――そして何よりメイビスのために。制御の叶わない不確定要素を、少なくとも懐に置いておくことはできないのだ。

 そう、目を閉じた時だった。

 

 

 ――ダメっ!

 

 

「「ッ!?」」

 

 

 声が、響いた。

 音はない。しかし確かに、プレヒトにもウォーロッドにも伝わった。

 そして、ユーリにも。茫洋とした眼に光が宿り、なにもいないはずの宙を見つめ、その名前を呟いた。

 

 

「……ゼーラ(・・・)……?」

 

 

 三人の間に鎮座する墓標の主たる、愛に溢れたあの少女。

 誰もが確信する。それは彼女の声だった。

 

 

 ――赤ちゃんを、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に……

 

 

 ただ、聞こえた声はそこで途切れ、消えてしまう。数秒、あるいは数分、三人はしんと静まり返ったが、しかしそれ以上の応えはなかった。

 だがそれでも、聞こえたその声は気のせいでも勘違いでもない。十年の月日が過ぎようと、皆ゼーラを忘れるはずがなかった。

 

 その中で、プレヒトは特に強く、彼女のその想いを感じ取った。なにせ腕の中の赤子は、ゼーラがその絶大なる愛をささげたメイビスの実子なのだ。この子もまた、彼女にとっては愛しくてたまらないに違いない。

 

 ――ウォーロッドやユーリの言葉なら、プレヒトが赤子を排除する決断を変えることはなかっただろう。

 だが、ゼーラならば。メイビスを誰よりも愛した彼女の言葉なら、メイビスのために全ての真実を呑み込んだプレヒトが、聞かないわけにはいかなかった。

 

 何より――助けを求めたプレヒトに救いの手を差し伸べてくれたゼーラもまた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間であるのだから。

 

 

「……妖精の尻尾(フェアリーテイル)は、オレたちの帰る場所……オレたちの家……。……そうか、そうだったな……」

 

「ユーリ……!」

 

 

 やつれた顔で、ユーリが笑った。安らかに眠っているマカロフを見つめる眼は未だ痛まし気ではあるものの、それでも確かに前を見据え、笑っていた。

 

 

「ハハハ……バカだなぁ、オレは。みんな無くしちまったつもりだったけど……そうだ、まだ仲間が残ってるじゃねぇか」

 

「ユーリ……ああ、そうだったな。(ワッシ)も忘れかけていた。メイビスもゼーラも、消え失せてしまったわけじゃない。彼女らの意思は、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に宿っている」

 

 

 二人が丘の下、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドハウスを見つめ、息を吐く。プレヒトもまた眼を向けた。

 

 十年前、共に作り上げたその家は、戦火の余韻で淀む街の中で一際同道そびえたっている。これほど頼りがいのあるものが、プレヒトたちは今まで見えていなかったのだ。

 

 

「なあ、プレヒト。その赤子はやはり、妖精の尻尾(フェアリーテイル)で引き取ろう。なに、(ワッシ)たちが頼りなくとも、メイビスとゼーラの妖精の尻尾(フェアリーテイル)が健やかに育ててくれるだろうよ」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 気付いてしまえば、プレヒトが当初思い描いた懸念は掻き消えた。捨てるも殺すも、もはやそんなことをする必要性はどこにもない。

 ゼーラを、メイビスを――仲間を、頼ればいいだけのことだ。

 

 

「歳も近そうだし、マカロフのいい遊び相手になってくれるかもな。……そういえば、その子は名前、あるのか?」

 

「いいや。だが……そうだな、オーガスト、というのはどうだろう」

 

「オーガスト? 八月ってことか? ……お前のネーミングセンスのなさはわかっているが、さすがに適当過ぎるだろう、プレヒト」

 

 

 今が夏だからか? と、ウォーロッドとユーリも呆れたふうに肩を竦める。ネーミングセンス云々はともかくとして、プレヒトにもその名付けが安直である自覚はあった。

 だが、それでいいのだ。

 

 

「適当な名前なら、捨てるのに躊躇いもないだろう? ……本当の名前は、本当の親に改めてつけてもらえばいい」

 

「……プレヒトのくせに、なかなか粋じゃねぇか。見直したぜ、この野郎!」

 

「『くせに』とは何だ。復帰するなら礼儀をわきまえろよ、ユーリ。今の私はギルドマスターなんだぞ」

 

「わっはっは!」

 

 

 生意気なユーリに釘を刺し、ウォーロッドが笑う中、プレヒトは視線を下に――ゼーラの墓碑へと戻す。

 そこで眠り、あるいは今も見守ってくれているゼーラへと。

 

 (……俺も、頑張らねぇとな)

 

 決意を新たにし、そして腕の中のオーガストと共に、プレヒトは再び前へと踏み出した。

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