FAIRY TAIL 七年間のゼーラ   作:もちごめさん

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第五話

 ボクが港の宿屋でうんうん言っている間に、メイビスはプレヒトと一緒に青い髑髏(ブルースカル)の情報を手に入れてしまっていた。

 曰く、ボクたちが上陸した港町から何日か歩いたところにあるという、マグノリアなる大きな町にその居城があるそうだ。

 情報を求めて乗り込んだとある酒場で、たまたまそこに潜伏していた青い髑髏(ブルースカル)の下っ端と出会い、魔法陣で爆破されそうになりながらも見事に切り抜け情報を入手してきたのだそう。

 さすがはメイビスだ。となればボクも、呑気にベッドに寝転がっているわけにもいかない。メイビスお手製のすさまじく苦い薬も我慢して呑み込んで、さっそく町へと出発することになった。

 

 とはいえしかし、道中も中々に大変だった。船旅のように気持ち悪くなったりはしなかったけれど、慣れない道を歩きっぱなしは結構ボクの身体にキくようで、端的に言ってすごく疲れた。

 ぜえぜえひいひい言いながら皆についていくのがやっとなくらいで、日が沈むころの野営の準備には全くの役立たず。ばったり倒れて身体はピクリとも動かせず、メイビスにご飯を食べさせてもらわなければならない醜態まで晒してしまうことになったのだ。

 

 ……それはそれで恥ずかしいながらも充実した時間だったけれども、心配してくれるメイビスはすごくよかったけれども。

 ともかく、そんな思いをしながらも、ボクはみんなと旅をした。見知らぬ森や山、途中立ち寄った小さな町での人の営み、初めて眼にする魔法で動く汽車や自動車、それに寝物語にプレヒトたちのトレジャーハンターとしての冒険譚なんかを聞きながら、大変ながらも楽しい旅路をみんなと歩くこと、数日。

 ボクたちは目的地であるマグノリアへたどり着いた。

 

 プレヒト曰く、カルディア大聖堂という大きな建物が有名な街らしい。博識に知識を語る彼の声を疲れ切った頭と身体で聴きながら、それでもウキウキ気分で見知らぬ驚きを、ボクは楽しみにしていた――のだが、

 

 それまで報われ続けてきた期待は、その時初めて裏切られた。マグノリアは、ひどく荒れ果ててしまっていたのだ。

 立ち並ぶ家はどれも穴が開いたり崩れかけたりとボロボロ。石畳の道も荒れ果て、目抜き通りにも人の気配はまるでない。さらには楽しみにしていた件のカルディア大聖堂も、その上に鎮座する青いドラゴンの骨の石像が見事に台無しにしてしまっていた。

 

 

「……これは、どうなっている……」

 

 

 目の前に広がる光景にみんな思わず足が止まる。そんな中で、プレヒトが呆然と呟いた。

 聞かれてもいないのにぺらぺらとうんちくを語り出すくらいなのだから、きっと彼もボクに負けず劣らずカルディア大聖堂を見物するのを楽しみにしていたんだろう。だというのに、この有様。呆けてしまうのも無理はない。

 

 ……というか実際、さっぱり訳が分からない。どうして街はこうも荒れ果てているんだろう?

 善悪はともかく有力な魔導士ギルドである青い髑髏(ブルースカル)のお膝元なのだから、普通はもっと活気があるはずなのだ。現に“ゼーラ”の父親がマスターをしていた赤い蜥蜴(レッドリザード)が健在だったころの天狼島は、ギルドも村も賑わっていた。

 寂れてしまったのは、ボクとメイビス以外が全滅してしまったからだ。

 

 だからつまり……この街でも同じようなことが起きたんじゃ?

 

 

「もしかして、青い髑髏(ブルースカル)もどこか別のギルドにやられちゃった、とか……?」

 

「どうでしょう。酒場で聞いた話ではそんな感じはしなかったのですけど……いずれにせよ、街の人に話を聞くのがよさそうですね」

 

「うん、でも……」

 

 

 その町の人が、見る限りどこにもいないのが問題だ。

 まるで天罰みたいだ、というのが都合のいい妄想だとしても、現実としてボロボロの目抜き通りは人っ子一人いやしない。これではなんにせよ、確かめようがないだろう。

 ならばはてさて、どうするべきか。そう首をひねりかけ――その時だった。

 

 

「……おい、何か聞こえなかったか?」

 

「え……?」

 

 

 ユーリがふと呟いた。通りの角、路地の方をじっと見やっている彼の視線を追いかけて、ついでに耳を澄ませてみると……なるほど、確かに何か聞こえてくる。

 小さいけれど、どこか逼迫したような声だ。それも一つではなくいくつも、何人もの懇願が重ねて響き、そしてそれを、さらに上から響く怒声が無理矢理に押さえつけている。

 

 これは……うん、お目当ての人々みたいだけれど、同時に少々不穏な気配だ。

 ユーリや他のみんなも、顔を見る限り同意見。頷き合って、声がする路地へと駆け寄ると――案の定、というか想像以上に物騒なガラの悪い台詞が、人を甚振るような怒声と共に飛び出してきた。

 

 

「――おうおう、お前ら、俺たち青い髑髏(ブルースカル)にたてつく気かぁ? 俺たちが『払え』つってんだから、おとなしく払いやがれよ今月分をよぉ!」

 

「だ、だからそれは、先週に払ったじゃないか!」

 

「そうだ! ここの地区の奴らの分、確かにまとめて支払ったはずだぞ……!?」

 

「いーや、そいつはお前らの気のせいだ。なんてったって……記録は残ってねぇんだからよ!」

 

「わかったら観念して、さっさと金を出しやがれ! 俺たちはこの後、お前らの税金でかわいい女買って飲み明かす予定なんだからよォ!」

 

 

 うーん、いっそ清々しいくらいに恫喝だ。ボクはずっとメイビスと島にいたからあんまり縁がなかったのだけれど、どうやら話の主はとにかくお金が欲しいらしい。

 お金に関してはボクたちも今後のために考えないといけないことであるし、その執着心も少しくらいは見習ったほうがいいのかもしれないけれど――まあそれはともかくとして。

 

 肝心なのは、声の主がどうやら青い髑髏(ブルースカル)の一員であるらしいということ。とうとう敵の登場だ。

 ドキドキと心臓が緊張になり始め、それを抑え付けながらボクたちは目的の路地へと飛び込むように足を踏み入れることとなり――

 その直後、

 

 

「ッ!!」

 

 

 プレヒトが突然、腕を振った。

 

 いや、腕というか、袖に仕込んである刃の方か。湖では怯えてしまったその輝きが一閃を描き、そしてガキンっと何かとぶつかり、火花と甲高い音を響かせた。

 で、次いでじゅっと。突然急停止したみんなの背中にぶつかったボクの足元、崩れかけの石畳が、何かによって焼け焦げる。

 その何かとは、ボクには認識できなかったけれど――プレヒトが弾き飛ばした、青い髑髏(ブルースカル)の三人が放った魔力の弾の小さな破片だ。

 

 つまり青い髑髏(ブルースカル)の三人は、ボクたちを攻撃してきたのだ。――通りから現れて、まだ何者かもわかっていないはずのボクたちへ、躊躇なく命を奪うための攻撃を。

 さすがにゾワっと背中が粟立った。

 

 

「……おい、いきなり何すんだお前ら……!」

 

「お前らこそ、いきなり出てきてどこの誰だよ。俺たちの魔法を弾くなんざ、生意気な奴らだな……!」

 

 

 たちまちボクたちと、青い髑髏(ブルースカル)らしい青い髑髏柄のローブを着ている三人組の男との間に緊張が走る。プレヒトたちはそれぞれ身構えて、三人も魔法の杖をこっちに向けた。

 

 あっという間に一触即発。彼らの向こうの住民たちも空気を察して青い顔で後退っている。母親らしき女の人に抱きかかえられた女の子なんてもう、泣きだす寸前だ。

 ギリギリで泣かずに堪えているのは、きっとそれだけこの状況が恐ろしいから。ボクも当然、今にも血を見る騒ぎになってしまいそうなこの空気感は恐ろしい。

 できることなら一刻も早く、メイビスやみんなと一緒に逃げ出してしまいたいくらいだけれど……うん、わかってる。それじゃあダメだ。

 

 船の上でプレヒトが言っていたように、力がないボクは暴力の戦いじゃあ役に立てない。だからこそ、暴力じゃない戦い――つまり話し合いで、ボクは頑張らねばならいのだ!

 口は剣よりも強し……とかなんとか、そんな感じの格言もどこかで聞いたことがあるような気がしないこともなくはないし、ボクも上手くできるはず。

 船上で改めて固めた、そんな決意。あるいは我が儘を以ってして、ボクは勇気を振り絞り両者の前に躍り出た。

 

 

「ま、待って待って! ボクたち、青い髑髏(ブルースカル)のみんなに聞きたいことがあって来たんだよ! 別に喧嘩する気はないってば!」

 

 

 今のところは、とは胸の中だけで付け加えておく。できれば最後まで暴力ナシがいいけれど、こればっかりはメイビス次第だ。

 故にそこで言葉を区切り、突然出てきたボクに揃って怪訝な顔をした青い髑髏(ブルースカル)の三人を見届けると――次いで、大慌てのプレヒトがボクの肩に手をかけてきた。

 

 

「おい、何をやっているゼーラ……! お前の出る幕じゃない、下がっていろ……!」

 

 

 ユーリにウォーロッドも。引き戻して守ろうとしてくれているその意思は、もちろん嬉しい。けれど、そんな心配を無下にするようで悪いとは思うけれども……ボクとてここで引けはしない。

 手を振り切って、さらにもう一歩踏み出した。

 

 

「ボクたち、天狼島ってとこから来たんだ! そこにあった天狼玉ってお宝を探してるんだけど……ねえ、何か知らない?」

 

「っ……!」

 

 

 背後の皆に走る、また別種の緊張感。そりゃそうだ。天狼玉の話なんて切り出せば、相手が警戒するに決まってる。

 でも、これは必要だ。なぜなら会話は話題がなければ続かない。

 それに……十中八九そうだろうとわかってはいるけれど、天狼玉が青い髑髏(ブルースカル)の下にあるかどうか、まだ確証は取れていないのだ。一応、一番の目的は天狼玉を取り返すことなのだから、そこははっきりさせておくべきだろう。

 

 と、思ったのだけど。

 

 

「あぁ? お宝だぁ? ……ハハハ! 知らねぇなぁ、そんなもん!」

 

「え……?」

 

 

 人を小ばかにするような笑いと、『知らない』というその言葉。その、青い髑髏(ブルースカル)の一人が返した鼻で笑うような返答は、正直に言って予想外だった。

 

 彼らに天狼玉なるお宝の心当たりはないらしい。つまり……十中八九の一か二のハズレを引き当ててしまったということ?

 ……いやいや、あるいは彼ら三人が青い髑髏(ブルースカル)の下っ端の下っ端、末端過ぎて知らないか、あるいはもうすでに売り払ってしまった後だったりするのかもしれない。早合点は禁物だ。

 

 しかし――『知らない』にしては、なんだかどこか変な気が……

 するけども、どこが変なのかはいまいちよくわからない。彼ら三人がボクを嘲る笑い声だけが響き渡り――そしてやがて、それは僅かながらの興味となってボクへと向いた。

 

 

「そんな戯言で俺たちの気を引こうなんて、随分と健気だなァ! ……だが、この場を収めたいってんなら、差し出すのはそんなもんじゃねぇだろう?」

 

「そうさ、金さ! ごちゃごちゃと抜かす前に、まず金を持ってこい! こいつら住民の税金を肩代わりするって話なら、ちゃあんと聞いてやるからよぉ!」

 

「ぜ、税金を……?」

 

 

 天狼玉の話が、どうしてボクたちがそれを肩代わりするなんて話になってしまったんだろう。やっぱりわからないけれど、ともかくこれは途切れてしまった会話の続き。

 ならば舌戦だ。そう気を引き締め直して、かぶりを振ってその只中に舞い戻る。

 

 

「えっと……ボクたち、あんまりお金は持ってないんだ。だからそういう話は――」

 

「ならいい仕事を紹介してやるよ! なあに、ガキでもできる簡単な仕事さ! ……ちょっといかがわしい(・・・・・・)カッコして、俺たち青い髑髏(ブルースカル)のメンバー相手に給仕するだけだからよ……!」

 

「そうそう! ネコ耳メイドとかきわどいミニドレスとか、マニアックなのだとスクール水着とか着てさぁ! 嬢ちゃん二人で働きゃ、それなりに稼げるだろうよ!」

 

「ネコ耳メイドにミニドレスに……スクール水着?」

 

 

 ふむ……と想像する。給仕、つまりお客さんに食べ物や飲み物を運ぶ仕事のことだ。ここに来るまでに立ち寄った街でそんな仕事をしている女の人を何人か見た。

 少なくとも、赤い蜥蜴(レッドリザード)時代にメイビスがやらされていた雑用なんかよりはずっとマトモなお仕事だ。ボクの感想としてはそんな感じだったのだけれども、

 

 

「っ……こいつら……!」

 

「ゲスめ……何も知らぬ少女に身売りをさせることのどこが親切だ……!」

 

「全くだ! 冗談にもなっておらん! その戯言を吐く口は、今すぐに閉じてもらおう!」

 

 

 ユーリたちはあんまり気に入らないみたい。メイビスも、ちらりと見やった表情はどこか怯える風だ。

 

 そりゃあまあ、青い髑髏(ブルースカル)は敵で仇で恐ろしい思いもさせられたけど……。

 うーん、ネコ耳メイドにミニドレスにスクール水着のメイビスかぁ……。

 

 

「……うん、すっごく素敵なお仕事じゃない? だってメイビスがそんな恰好したら、絶対にかわいいもん!」

 

「え……?」

 

 

 ポカンと、一瞬のうちにユーリたちが唖然とした顔になる。だがそんなものはもうボクの頭には入らない。脳内は、メイビスの妄想でいっぱいだ。

 

 にゃんにゃん猫のマネをするメイビスにミニドレスで全力でかわい子ぶるメイビス、さらにはぴっちりと線に沿った水着で身体を伸ばすメイビス。ぽわぽわぽわんと次々に浮かんでくる想像上のメイビスは、どれも激烈にかわいらしい!

 そんなイメージを――メイビスの可愛さを共有できた者同士なのだ。親近感を抱いてしまうことも、何らおかしくはないだろう。

 

 

「敵だけど、ボク、青い髑髏(ブルースカル)の人たちと仲良くなれそうな気がしてきたよ! メイビスの魅力を引き立てる、いいセンスだね!」

 

「お、おう……? そいつはどうも……?」

 

「うんうん! あ、そうだ! 格好だけじゃなくってさ、それに合わせて髪型とか変えてみたりしたらもっとかわいいと思うんだよね! ネコ耳メイドだったらいっそ髪の毛でネコ耳作ってみたり、ドレスだったらおしとやかなイメージだけど、でもミニなんだから活発な感じに二つ結びとか! スクール水着はスポーティーにポニーテール? でもそれじゃあ普通過ぎるかなぁ。マニアックていうくらいなんだから、せっかくだしもうちょっと普段じゃできないような髪型もいいと思うんだけど……。

 ねえ、メイビスはどう思う?」

 

「……どうもこうも、いつものゼーラだなーって。おかげで落ち着きました」

 

「……? そう?」

 

 

 当人のメイビスに意見を求めたはずが、なぜだかなんとも微妙な感じの眼で感謝されてしまった。よくわからないけれど、メイビスの役に立てたのならば何よりだ。

 

 ……ということは、これは一応舌戦の勝利になるのかも? ああいや別に青い髑髏(ブルースカル)の人たちを言い負かしたわけではないのか……。

 と見やってみれば、ユーリたちのみならず青い髑髏(ブルースカル)の三人と、さらにはその向こうで事態を見守っていた街の人たちすらも、なぜだかポカンと呆け顔だった。

 

 ……なんで?

 疑問符に首をかしげていると、メイビスがコホンと咳払いを一つした。

 

 

「それと、彼らが言うお仕事ですけど――私、やりたくありません。だからこの話はなしです。いいですね」

 

「そっか、なら仕方ないね!」

 

 

 青い髑髏(ブルースカル)での給仕のお仕事。ボク的にはぜひともやってみたくはあったけれど、メイビスが嫌だというのであれば是非もなしだ。キッと表情を引き締め直し、ボクと並んで前に出るその姿を前にして、ボクは頷く以外にあり得ない。

 

 

「……ネコ耳メイドとかはともかく、ミニドレスくらいなら後でいくらでも着てあげますから」

 

「ほんと!?」

 

 

 への字の口でポッとほのかに頬を染め、照れ隠ししながらそう言ってくれるのであれば尚のこと、もう一かけらだって文句はなかった。

 それに何はともあれメイビスの役に立てたのだから……まあ、当初の目的は達成したとも言えるわけだし。

 

 満足だ。となれば次はメイビスの出番。頬の赤みを拭い去り、たちまち堂々たる気迫をその身に纏ってみせたメイビスはボクに代わって前に出る。

 そしてその時ちょうど唖然から立ち直った青い髑髏(ブルースカル)の三人へ、改めてきっぱり決別の言葉を叩きつけた。

 

 

「そういうわけです。私もゼーラも、これ以上あなた方の甘言に耳を貸す気はありません。……あなた方がいかに悪辣であるかは、もう十分にわかりました。税金だなどと言って住民を攻撃するような振る舞いも、到底看過できません……!」

 

「っ……へぇ、看過できない? それで? 俺たちを許せねぇって、だからどうすんだよ?」

 

「そんなもん、決まってるだろ……!」

 

 

 応じて強気な態度を返す青い髑髏(ブルースカル)の三人に、こちらも正気に返ったユーリたちが拳を鳴らした。

 つまり暴力だ。相手は魔法使いだけれど、ユーリたちだって負けてはいないはず。実際、プレヒトなんかは相手の魔法を弾き返してしまっているし。

 だからもちろん、そんな未来に青い髑髏(ブルースカル)の三人は怯むはず。――そのはずだったのだけど、

 

 

「へっ! 考えてることはわかるが……甘いなぁ! お前らが顔を見せてから、俺たちが何もしてないと思うのか?」

 

 

 青い髑髏(ブルースカル)の三人はあくまで強気なままだ。人差し指と中指をくっつけて、こめかみに当てて見せながら胸を張る。

 

 

「残念だったな! とっくに援軍を呼んであるんだよ! もう少ししたら、仲間が大群率いてお前らのためにやって来るぜ!」

 

「く……!」

 

 

 知らぬ間に連絡を取っていたらしい。それらしい人はいなかったように思うけど……そういう魔法でもあるのかな?

 魔法の知識がないせいで嘘かホントかもわからないけれど、であればとにかく、のんびりしていたらマズいという前提でボクたちは動くしかない。

 

 

「……こいつらを手早く片付けて、一度退こう。天狼玉のこと然り、一度体勢を立て直すべきだ」

 

「ああ、そうだな……!」

 

「やむを得まい。住民を巻き込むわけにもいかんからな……!」

 

 

 プレヒトたちもそう結論付けたみたいだ。ウォーロッドはちらりと向こうの街の人たちへ目配せをして、援軍が来ると聞いて顔を真っ青にしていた彼ら彼女らは慌てた様子で逃げ出していく。

 

 ……まあ、色々と当てが外れてしまったけれど、きっとプレヒトたちなら大丈夫だろう。必勝だと思っていた状況が大分不利になって、なのに見ていることしかできないというのがだいぶもどかしいけれど……それでも、きっと大丈夫。

 そうしてボクは呑み込み、そしてプレヒトたちを信じて隣のメイビスと一緒に身を引いて――

 その時だった。

 

 

「ッ!!」

 

 

 突然心臓が跳ね上がった。氷の槍に身体を突きさされたような戦慄で、背中とお腹の奥辺りがさぁっと冷たく冷えていく。

 

 他のみんなも同じようになっているはずだ。見なくてもわかる。それほどの……たぶん、魔力の圧力。

 恐る恐るに振り向いて――そして同じくその魔力に当てられたらしい青い髑髏(ブルースカル)の三人までもが、怯えながらその名を叫んだ。

 

 

「「「ま、マスター・ジョフリ―!!? どうしてここに!!?」」」

 

「っ……青い髑髏(ブルースカル)の、マスター……!」

 

 

 その名の通り青い髑髏のような顔の男の人が、ボクたちの背後、通り真ん中に立っていた。

 

 あの三人が言っていた援軍……というわけではないんだろう。そこにいるのは大群ではなく、彼一人だ。

 けれどそんな彼一人が放つ威圧感は、きっと兵隊百人よりもずっと強い。そんな魔力の波動をこれ見よがしに放ちながら、彼はこっちへ足を向けつつ、口にした。

 

 

「お前たちの通信魔法が耳に入ったものでね。……なんでも、天狼島からの来訪者だとか?」

 

 

 そしてその眼が、ボクたちへと向けられる。

 当然、その眼を伝って恐怖がボクへと突きつけられた。思わずメイビスの手を強く握ってしまう。

 それに応えたわけじゃない……とは、思う。メイビスはボクに手を握られたまま、ジョフリーの前へと踏み出した。

 

 

「ええ、そうです。……七年前、あなた方が天狼島から盗んだ秘宝、天狼玉を返してもらいに来ました」

 

「ほう、天狼玉を。つまり天狼島の生き残りというわけか」

 

 

 眉をひそめたメイビスにジョフリーが足を止める。興味を引けたようだけれど、正直ボクはもう冷や汗ダラダラだ。こんな魔力の持ち主にいきなり啖呵を切れるなんて、頭がいいだけじゃなく肝まで太い。

 

 けれど……反応を示したジョフリーが醸し出すその雰囲気は、なんだか妙に不穏な感じだ。嫌な予感。ボクの中の第六感を刺激してくる。

 平時はあんまり当てにならないのだけれど――しかし、今回ばかりはそれが的中した。

 

 

「……もしや、かの赤い蜥蜴(レッドリザード)マスターの縁者だったりするのかね?」

 

「……いいえ、私は違います」

 

「あ、ええっと……一応ボクが、マスターの娘だけど……」

 

 

 なんて、いたたまれなさの余韻もあってつい顔を出してしまったのが致命的だった。

 うッと喉が慌てて言葉を詰まらせた時にはもう遅く、ジョフリーの口角が、一瞬ぴくりと反応した。それはいったいどういう意味だったのか、彼はそれを誤魔化すように「なるほど、なるほど」と顎を撫ぜる。

 そして、縮こまっていた青い髑髏(ブルースカル)の三人に、冷たい声で指示を出した。

 

 

「お前たち、この少女を捕まえなさい。大聖堂までお連れするのです」

 

「え……?」

 

 

 突然の命令にキョトンとする三人。メイビスたちも、そのあまりに脈絡のない言葉に虚を突かれてしまう。

 もちろん、ボクもびっくりだ。怖いよりも先にむしろ疑問が勝ってしまう。いったいボクに何用が? しかも大聖堂って、あのカルディア大聖堂のこと?

 そんなところで、果たしてボクに――というか赤い蜥蜴(レッドリザード)のマスターの娘という肩書に、何の用事があるんだろう。思い当たる節は当然何一つないけれど……まあ、ろくでもないことなのはなんとなく想像が付く。

 だから一瞬呆けた後、メイビスはボクを渡さないというようにぎゅっと抱きしめてくれた。プレヒトたちも前後から、ボクたちを囲むように立ちふさがる。

 

 

「ゼーラは、渡しません……!!」

 

「メイビス……!」

 

 

 ……こんな状況だけど頬がにやけちゃう。しかしもちろん真剣なメイビスはふにゃっとなったボクの顔になんて気付かずに、キッとジョフリーを睨みつけた。

 ただ、ジョフリーはそんな視線には動じない。プレヒトたちすらまるで意に返していないのだから、小娘一人に睨まれたところで何ともなるはずもないのだ。

 

 がしかし、メイビスはただの小娘なんかじゃない。

 

 

「あなたがゼーラを手にかけるというのなら、もう容赦はしませんよ……!!」

 

「ほう? それで、どうするというのかね?」

 

「……こうします」

 

 

 (おさ)の威を借り杖を構える青い髑髏(ブルースカル)の三人を一瞥してから、メイビスは両腕を掲げ、謳うようにそれを唱えた。

 

 

「いでよ、天の(きざはし)から舞い降りし守護聖獣――【天狼(テンロウ)】!!」

 

「「「――!!!??」」」

 

 

 樹木を宿した巨大な狼が、パッと突然、頭上へと現れた。

 剥き出しにした牙と爪、それと生暖かい吐息が、屋根の上から青い髑髏(ブルースカル)の三人の顔を撫でる。たちまち彼らはせっかく取り戻したばかりのその血気盛んな顔色を取り落とし、真っ青になってガクガクと震え始めた。

 

 それほどの、大迫力の大狼だった。

 元よりその風体からメイビスを軽んじていた三人なのだから、きっとその驚きは相当なものなんだろう。まさかこんな小娘がこれほど強そうな聖獣を召喚できるだなんて、と、それまでの言葉を後悔しているに違いない。

 

 けれど、当然彼らは気付かない。一見今にも襲い掛かって来そうな天狼は、しかし本物ではない。メイビスの幻魔法によって生み出された、ただの幻の狼なのだ。

 実体がないから、本当は天狼は彼らにとって脅威でも何でもない。けれどそうと知らなければこの通り、メイビスは凄腕の召喚魔法の使い手にしか見えないだろう。

 

 ともかく、その幻の威容の前には、さしもの青い髑髏(ブルースカル)でも恐れ戦かざるを得ない。……ボクも正直に言って、こんな人間以上に大きな幻を生み出せるなんて思わなくて、ちょっと内心ドキドキしているくらいだし。

 だから続いて放たれるメイビスのトドメの言葉にも、彼らは首を縦に振る以外になかった。

 

 

「……私たちの目的は、先ほども言った通りに天狼玉です。おとなしく返還するのであれば、この大狼もあなた方に慈悲をかけるでしょう。……さあ、決断を……!」

 

「ひっ……わ、わかった――」

 

 

 だが、しかし。

 

 

「何を言っている。私は彼女を捕えろと、そう命じたはずだが?」

 

「……!」

 

 

 ジョフリーは、尚もただ一人、平然としたままだった。

 メイビスが息を呑む。握った手にじっとり滲んだ冷や汗が、その不安と怖れをボクにまで伝えてくる。

 

 ……だって、普通こんな大狼を前にすれば誰でも怯む。牙をむかれては尚のこと、恐怖を抱かずにはいられないはずなのだ。

 そのはずなのに、それがジョフリーにはまるでない。それは、つまり……それが意味することとは、

 

 

「ま、マスター・ジョフリー……! し、しかしあんな巨大な聖獣、我々では……!」

 

「そ、そうか! マスターがお力をお貸しくださるということですね!」

 

「違う」

 

 

 ため息を吐くように切って捨てる。そしてその手が天狼を、人差し指で指さして――

 

 

「あれは、ただの幻だ」

 

 

 ピン、と弾くように、天狼の幻を吹き消してしまった。

 

 あっけなく、天狼は消えていく。メイビスの動揺と、そして焦りは、プレヒトたちにも間違いなく伝わったことだろう。

 場の均衡は傾いた。欺かれたことを悟り、眉間に怒りを刻んだ青い髑髏(ブルースカル)の三人は、たちまち手の中の魔法の杖を握り締める。

 

 

「やれ」

 

 

 そしてジョフリーのそんな短い号令で、一斉にボクたちへと襲い掛かってきた。

 

 

「ッ!! 退くぞ!! 走れッ!!」

 

 

 プレヒトの声。けど言われるまでもない。三人はともかくとして、ジョフリーなんかと正面切っては戦えない。

 

 

「メイビスッ!!」

 

「え、ええ……」

 

 

 衝撃が抜けきれないらしく呆けるメイビスの手を無理矢理引っぱって、みんなと一緒に駆けだした。

 

 

 ……その後のことは、はっきり言ってあんまりよくは覚えていない。

 

 立ちはだかる三人を無理矢理薙ぎ倒し、逃げた先で彼らが呼んだという本来の援軍とぶつかったことは覚えている。……その中で、プレヒトとユーリが大怪我を負ってしまった瞬間も、はっきり記憶に残っていた。

 けれどその直後、何かに気付いたメイビスの必死にボクを呼ぶ声と、そして青い髑髏(ブルースカル)の一人のニヤリと笑った眼が振り向いた先に映っていて――

 

 それを認識したのとほとんど同時に、身体に熱い衝撃が爆ぜて、ボクの意識はなくなってしまったのだった。

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