FAIRY TAIL 七年間のゼーラ   作:もちごめさん

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第七話

「――ふっふっふ……! やっと来たね、青い髑髏(ブルースカル)マスター、ジョフリー!」

 

 

 マグノリアの街の、とある広場。その高台に陣取って、ボクは息せき切ってこの場に姿を現した髑髏顔の男、ジョフリーを見下ろしていた。

 

 ……うん。彼をこの場に誘導する役目を負ったウォーロッドは、見事にそれを果たしてくれたみたいだ。言葉を弄して煽られたジョフリーの危機感は、そのこめかみに汗となって滴っている。

 だがしかし、その汗も広場に飛び込みボクたちの姿を眼にし、幾らかは胡乱へと転じてしまっていた。

 冷静さを取り戻されてしまうことはボクたちにとってあまり良いことではない。けれどしかし、その反応もまた想定通り。動じずに、ボクは続けて得意げな声を張った。

 

 

「待ちくたびれたよ! 森になんて行ってるからだよ? 遅かったから、もう勝手に始めちゃってるもんね!」

 

「……それは失礼。てっきり遠くに逃げてしまったと思い込んでいてね、趣味の狩りを楽しんでいたのだよ。それがまさか、這う這うの体で逃げ出したお前たちが街に舞い戻って来ているなどと、全く思いもしなかった。しかし……」

 

 

 と、ジョフリーが一息。広場をぐるりと見回して、ため息を吐くように口にした。

 

 

「それで、何をしているのかね?」

 

「見ればわかるでしょ? この前の……そして天狼島を滅茶苦茶にしたキミたちへの、復讐だよ!」

 

 

 ごるるぉっ、と、メイビスが生み出した【天狼】が、低い唸り声を轟かせた。

 その足元には気絶した青い髑髏(ブルースカル)の魔導士が何人も転がっている。さらに杖を捨てて降参とばかりに手を上げ震えている魔導士が数十名。戦う意志を残している者たちもいることにはいるけれど、しかし誰もが絶望感に腰が引けていた。

 

 言葉のまま、【天狼】による青い髑髏(ブルースカル)への復讐。何をしているのかと問われれば、まさにそれを実行している最中だった。

 だが、だからこそジョフリーは呆れと困惑が隠せないんだろう。

 

 

「なるほど、復讐。……その幻の狼で?」

 

 

 そう、【天狼】は以前、彼と遭遇した時にその正体を見破られてしまっている。

 この恐ろしげな大狼はメイビスの魔法による幻で、実体はないのだ。故に本来、恐れる必要はどこにもない。

 

 ――そのはずが、大狼の足元に何人か戦闘不能になった青い髑髏(ブルースカル)の魔導士が倒れているというその事実。それが呆れと共に、ジョフリーの顔に胡乱を生んでいるのだ。

 そしてそんな彼に、ボクは一際誇らしげなふうに胸を張って見せた。

 

 

「ふふん! キミたちにやられてから今日まで、ボクたちが何もしてなかったと思ってる? ……修行して、ボクも魔法を手に入れたんだ! その名も……【幻に実体を与える魔法】!」

 

「幻に、実体を」

 

 

 ジョフリーが繰り返す。震える青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちがうんうん必死に頷いて、それを証明するように、【天狼】が石畳の地面にズンと前足を振り下ろした。

 その大きな前足をどければ、数舜前にはなかった石畳の破壊痕。飛び散る細かな石片を浴びて魔導士たちが怯えるその様は、実体のない幻じゃ起こりえない。

 

 

「……理解しましたか? ゼーラのおかげで、私の魔法は真に力を得ました。もはやこけおどしなどではありません」

 

 

 と、メイビスがボクの背後から姿を現す。超然とした威厳ある物言いで、黙り込むジョフリーへと続けた。

 

 

「あなたは優れた魔導士なのでしょう。しかしその魔法は、私とゼーラの力には遠く及ばない。……今こそ、七年前に私たちが味わった痛みを思い知らせてあげましょう。その身を以って、償いなさい」

 

 

 メイビスが腕を掲げ、ボクもそれに倣う。そして同時に振り下ろし、広場と、そこにたむろする青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちを囲んで閉じ込めるように、大勢のそれが現れた。

 全身甲冑の兵士の幻、【天狼兵】。【天狼】と共に兵団をも背に率い、メイビスはジョフリーへと冷たく下す。

 

 

「潔く投降しなさい。あるいは力の差を認めず歯向かうのでも、構いません。どのみち同じことですから」

 

「キミとキミのギルドも潰して、ついでに街も焼き払ってやるもんね! ボクたちにしたのと同じように、全部奪ってやるんだから! ……あ、あと天狼玉も、ちゃんと返してもらうから!」

 

 

 メイビスに続けた言った物騒な台詞に、ついでにニヤリと悪そうな笑みも付けてやった。

 

 おかげで青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちはますます絶望的な顔になった。【天狼】に加えて自分たちの何倍の数もの【天狼兵】に包囲され、所々から情けない命乞いの声まで聞こえてくる。

 ジョフリーも、同じように無様を晒していてもおかしくはないはずだった。そうでなくても【天狼】と【天狼兵】数百人という戦力を前にして、たった一人で立ち向かうなど普通に考えて自殺行為。

 メイビスの言う通り、ジョフリーが優秀な魔導士だとしてもどうしようもない戦力差なのだ。

 

 ――だから、そんな状態でクツクツ笑い、挙句に天を仰いで大笑いし始めたとなれば、その心情は大きく分けて二通りだ。

 絶望のあまり笑うしかなくなったか――それとも、この魔法のタネを見破られてしまったか(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 そしてこの場合、正解は後者だった。

 

 

「ハハハハハッ!! 魔法!? これが魔法だと!? 実に面白い冗談だ! ペテンにペテンを重ねただけではないか!」

 

「ッ……」

 

「ま、マスタージョフリー……? それは、いったい……」

 

 

 やっぱり、バレてしまっているみたい。恐る恐るな困惑を零す青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちに、ジョフリーは吐き捨てるように言い放った。

 

 

「貴様ら全員、またこの小娘どもに謀れているということだ!」

 

 

 ジョフリーが無造作に腕を振るい、魔力の嵐が巻き起こる。前触れ無きその圧倒的な圧力に、もちろんボクたちは備える間もなかった。

 

 【天狼】と【天狼兵】たちが、みんなまとめて吹き飛んだ。煙のように一瞬にして掻き消えて、そしてその()から、彼ら(・・)が弾き出されるようにして飛び出した。

 

 

「えっ……こ、こいつら……」

 

「まさか、報告にあったこの小娘どもの仲間か!?」

 

 

 つまり、プレヒトとユーリだった。

 

 彼ら二人がこの場にいることは何もおかしくはない。なにせボクたちの仲間なのだから。

 けれど当然、この現れ方は青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちにとって困惑でしかないだろう。

 

 

「い、いつの間にこんなところに……?」

 

「こんなところっつーか、あの大狼が消えたところから、いきなりこいつら現れて……」

 

「っく……!」

 

 

 訳の分からない光景に目を瞬かせる魔導士たち。プレヒトもユーリも、そんな様子の彼らに対して「しまった」とでも言うように、あからさまに苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべていた。

 ジョフリーが、鼻を鳴らすと共にそのタネ明かしをする。

 

 

「なんということはない。【幻に実体を与える魔法】などというものは、端から存在してはいなかったというだけのことだ」

 

「で、ですがジョフリー様。実際にあの大狼はあの通り、石畳だけでなく俺たちの仲間も何人もその手で倒して――」

 

「バカ者共め。だからそれは、この者たちの仕業なのだよ。幻の内側から攻撃なり破壊なりをして、実体があるよう見せかけていた(・・・・・・・)。そんな、子供騙しのようなカラクリだ」

 

 

 メイビスの幻は、結局のところただの幻のままなのだ。そんなジョフリーの言に、青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちはぽかんと口を開けて呆けることとなった。

 

 それまでが絶望的だっただけに、その事実は吞み込み難い。けれど実力のほどは確かなマスターの言葉は、時間はかかれど確かに彼らの喉を降りてゆき、やがて魔導士たちの眼から、恐怖や絶望が須らく消え去った。

 あとに残るのは手玉に取られていたことへの怒りと、元々の嗜虐的な笑みだけだ。

 

 

「――め、メイビス!! どうなってんだ!? この作戦なら必ずうまくいくって、お前がそう言ったんじゃねぇか!!」

 

「っ……」

 

 

 ユーリが大声を上げた。唾を飛ばしながらメイビスを糾弾する。

 それに対してメイビスは顔に怯えの色を浮かべ、たじろぐのみだ。こうなった状況を挽回する手段などないことは見るからに明らかで、ユーリは歯噛みし、舌打ちを一つする。

 

 

「冗談じゃねぇ……打つ手なしってんなら、お前たちとの関係もここまでだ! オレは、逃げる!」

 

「ゆ、ユーリ! そんな! 一緒に天狼玉を取り返してくれるって約束だったじゃん!」

 

 

 ユーリに応えてボクも叫ぶ。けれどもうその時にはユーリはボクたちに背を向けて、一目散に走り去ってしまっていた。

 

 青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちを突き飛ばして路地に消えていくその姿を、ボクたちは呆然と見つめるだけだ。そして残っとプレヒトもまた、ボクたちへと離別の言葉を突き付けた。

 

 

「……元より私たちはトレジャーハンター。お前たちについていたのも、偏にS級秘宝たる天狼玉を手に入れて莫大な富を得るためだ。……まさか天狼玉を奪取した後、そのまま元通り島に納めてくれる、なんて思っていたわけではないだろう?」

 

「そ、それは……」

 

「こうなった以上、もう天狼玉は諦めた。富も名誉も己の命あればこそ。……そういうわけだ。ではな」

 

 

 言い捨てるように口にして、プレヒトもまたこの広場から駆け去って行ってしまった。

 

 急な造反劇。鮮やかな裏切りの場面を眼にして一瞬キョトンとしていた青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちも、我に返って慌てて二人を追いかけていく。

 

 全く、本当にあり得ないくらい酷い話だ。これまで一緒に頑張って来たのに、こんな土壇場になってボクたちを見捨てるだなんてあまりにひどい。

 人でなしの行いだ。二人のことはメイビスほどではないにせよ好きだったけれど、こんなことをするのであれば愛想は尽きた。ユーリもプレヒトも、青い髑髏(ブルースカル)に捕まってひどい目に遭ってしまえばいいのだ!

 

 ――なんて。

 もちろんそんなことは思っていない。というかそもそも、気持ちはこの事態に対して欠片も動いてはいなかった。

 それはメイビスも、そしてプレヒトとユーリも同じことだ。見限った方も見限られた方も、お互いなんとも思っていない。ウォーロッドももちろんのこと、ボクたちは未だ仲間のままだ。

 

 だってこれ、お芝居だもの。

 

 【幻に実体を与える魔法】を謳って、見破られ、ユーリとプレヒトがボクたちを見限るまで、全部メイビスの計算通り。これは青い髑髏(ブルースカル)を倒すための、メイビスの作戦なのだ。

 そしてこれからはその大締め。見事なまでにメイビスの手のひらの上で踊っているジョフリーにニヤニヤ笑いを零さないよう気をつけながら、ボクはどうすればいいかわからず固まっている――という演技――のメイビスの手を、必死の顔を作って引っ張った。

 

 

「メイビス、逃げよう! このままここにいたら、ボクたちジョフリーに殺されちゃう!」

 

「で、でも……私の魔法が……」

 

「幻作戦はもうバレちゃったんだってば! また【天狼】や【天狼兵】を出したって意味ないよ! ほら、早く!」

 

 

 メイビスの手を握り締め、そのままボクは駆け出した。プレヒトたちのように近くの路地に飛び込んで、すぐに広場からの視界を切ると直進と脇道の分かれ道に差し掛かる。

 そこでメイビスの手を放し、そして――

 

 

「ククク……この街は私の庭だ。逃げられんぞ」

 

「ッ……!! メイビス、早くッ!!」

 

 

 ――よしよし。ちゃんとジョフリーが追いかけて来た。まっすぐ直進していったメイビスを捉え、ニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべて路地を駆け抜けていく。

 

 そして、どうやら追いかけてきたのは彼一人だけみたいだ。

 ボクたちを捕まえるなんて自分一人だけで十分だ、ということなんだろうか。部下の魔導士たちはみんなプレヒトたちの方へと差し向けてしまったらしい。

 プレヒトたちは随分大変なことになっているのかもしれないけれど、しかしジョフリーが孤立してくれるのはボクからすれば好都合だ。これで随分、作戦(・・)がやりやすくなった。

 

 ただ、もちろんそれで気を緩めるわけにはいかない。バレてしまったら一巻の終わり。これまでの全てが水の泡になってしまうのだから。

 責任重大。その重さを以ってして緊張に弾む胸を宥めすかし、ひっそり息を殺しながら、ボクはジョフリーの口から嘲笑が放たれるのを見守った。

 

 

「いい加減に諦めたらどうかね。あのような小細工を思いつく程度にかしこいのなら、もう打つ手などないことはわかっているだろう? ん?」

 

「だからって白旗上げて投降したら、何されるかわかったものじゃないでしょ!! ……いかがわしい格好で青い髑髏(ブルースカル)相手に給仕させられるなんて、そんなのゴメンだから!!」

 

「……ふん。ならば約束してやろう。お前たちが大人しく捕まるのなら、そのようなマネはしない。元より私の目的は、部下共のそれのような矮小なものではないのでね」

 

「そんな口約束、いったい誰が信じると――」

 

「では誠意の証として、特別にそちらの金髪の娘は見逃してやろう」

 

「ッ!?」

 

 

 ジョフリーが、メイビスを示してそんなことを口走る。また反発の言葉が出る前に、彼はニヤニヤしたまま続けて言った。

 

 

「私の用事は、そっちの赤い蜥蜴(レッドリザード)のマスターの娘がいれば、ひとまずは事足りる。……マスターの娘というか、天狼の民の中心に近しい人間が、というべきか。金髪のほうはどうせ島の平民か、良くて下っ端魔導士の娘か何かだろう?」

 

 

 幻魔法などという陳腐な魔法を使うところからも、その出の卑しさが滲み出ている。そんな非道なことを言い、ジョフリーはほくそ笑んでいる。

 なんてやつだ。悪人なことはもうわかりきっていたけれど、どうやらその性根はボクの想像を超えて腐り果てていたらしい。

 つい拳に力がこもってしまった。潜めた意気まで乱れそうなほどだったけれど、幸いにも殺した気配が乱れる前にメイビスが声を上げた。

 

 

「あなたに私の出自をどう言われようと気になりません!! どのみち、あなたの提案なんてお断りです!! どんな理由があっても、私がゼーラを見捨てるなんてありえません!!」

 

「メイビス……!!」

 

 

 きっぱりとした拒絶。そして親愛。こんな状況でも、メイビスからの愛を受けたボクの頬はニマニマ緩まざるを得ない。

 憤りもたちまち吹き飛び、冷静を取り戻す。そしてやはり、ジョフリーはボクたちの作戦に気付かないままだ。メイビスの演技に騙されている彼は、そうとも知らずに嘲笑う。

 

 

「おっと、調子を取り戻したようだな金髪の少女よ。……お前たちはお互いに、実に仲がいいようだね。先ほどのトレジャーハンターの男どもとは大違いだ」

 

「当たり前でしょ!! メイビスとは……七年前からずっと親友なんだから!! これまでも、これからも……!!」

 

「そうか。微笑ましい限りだね」

 

 

 ジョフリーがその言葉とは裏腹に、バカバカしいと鼻を鳴らす。彼にとっては滑稽に見えるのだろうけど、しかしこっちからしても彼のそんな姿は滑稽だ。その反応もその態度も、全部メイビスがそう誘導した結果なのだから。

 

 闇雲に逃げ回っているわけではないのだ。メイビスを弄ることに夢中な彼は、実は自分がある地点に誘導されているなどと思ってもいないだろう。

 作戦の最終段階、つまりジョフリーを倒すのに最も最適だとメイビスが割り出した場所まで、もうあとわずか。

 それくらい、事はこっちの思い通り、順調に進んでいた。

 

 ――けれど、だった。

 その時、その一瞬。ふと、メイビスの計算に狂いが生じた。

 

 

「しかし七年前とは……我々の進行がお前たちの友情を育む一助になったのかな?」

 

「ッ……!!」

 

 

 ざわ、と肌でも感じるほどに、その瞬間、メイビスが纏う空気が変わった。

 

 ――七年前の出来事は、メイビスにとって決して良い思い出なんかではないはずだ。

 赤い蜥蜴(レッドリザード)は良い場所ではなかっただろうけれど、メイビスは彼らが殺されてしまったことにも胸を痛めるくらいにいい子なのだ。それにボクの――というかゼーラのこともある。ゼーラの悲しみの分もメイビスが背負ってくれていることは、ボクもずっと前から知っていた。

 

 だから、ジョフリーのその台詞にメイビスが怒りを抱くことは当然だった。船の上でプレヒトに語ってみせたように、わかっていたのだ。

 

 けれどそれが――憎悪(・・)であるなら話は違う。

 

 

「――あなた、が――ッ!!!」

 

メイビス(・・・・)!!」

 

 

 メイビスの瞳に淀んだ炎が燃え盛り、ジョフリーを射貫く。身体が強張るその姿に、ボクは思わず喉が詰まった(・・・・・・)

 衝撃と困惑がまぜこぜで、自分の感情すらもが知れない。――もとい、知りたくない。反射的に眼を逸らしてしまって――その、次の瞬間。

 

 

「っあ――!!」

 

「ふん……バカめ。これだからガキは。少し揺さぶってやれば簡単に心を乱す」

 

「ッ――!!」

 

 

 すぐに戻して見やったそこは、同時に走るボクの足をも止めた。

 メイビスがジョフリーに腕を捻り上げられていた。強張る身体と心、晒してしまった一瞬のその隙に、ジョフリーに追いつかれてしまったのだ。

 

 

「っ……メイビスを離して……!!」

 

「そうして欲しくば、お前も大人しく捕まることだ。……トレジャーハンターどもと違って、お前たちは互いを裏切らないのだろう?」

 

「くう……っ!」

 

「くっ……この、卑怯者……!」

 

 

 従わないのならメイビスがどうなってもいいのかと、苦悶に歪むメイビスの顔がジョフリーの脅しを代弁している。

 一瞬のうちにボクの身体からも血の気が引いた。今すぐメイビスを助けなきゃと、そんな思いが溢れるけれど――それでもなんとか、震える拳をぎゅっと胸に抱え込む。

 

 ……まだ、ダメだ。今動けば、それこそメイビスを助けられない。機会をうかがうんだ。

 静かに、息をひそめて息を吐き、滲む汗を拭い取った。

 

 

「……さあ、もう駆け引きは十分だろう。このまま睨み合いがしたいというのなら、まあそれでも構わん。代わりに私の質問に答えてもらおうか」

 

「質問……?」

 

「お前も察しがついているのではないかね? ……天狼玉についてだ」

 

 

 ……天狼玉? いかにもお前ならお見通しなんだろう、とでも言うようだけれど、もちろん訳が分からない。

 天狼玉の、いったい何が聞きたいんだろう。というか、メイビスに聞くならともかくなぜボクに?

 見たことも聞いたこともなかった天狼玉というお宝について、知りたいのはむしろボクの方だというのに。

 

 

「……この期に及んでしらばっくれるつもりか? いい加減にしないと、この小娘を縊り殺すぞ。お前の口さえ動くなら、金髪の小娘はどうなっても構わんのだからな……!」

 

「っや、やめて――」

 

「ならばさっさと答えろ!! あの宝珠の……天狼玉の、制御方法を!!」

 

 

 ……??

 

 声を荒げて迫るジョフリーの怒声に反し、ボクの頭の困惑は増していく一方だ。

 もう何の話かすらわからない。

 

 

「せ、制御方法って……どういう意味!? 確かに天狼玉は天狼の民に伝わる聖なる証だけど、でもただの宝石でしょ!?」

 

「とぼけるな!! こちらはもう七年もあれを手元に置いている!! あれが文献にあるような()などではないことは、とうにわかっているのだ!!」

 

「た、宝では、ない……? どういう、意味です……!?」

 

 

 メイビスも、腕を締め上げられている苦痛よりも困惑の方が勝ったらしい。一緒になってジョフリーへ返す。

 

 そこには明らかに他意などなかった。事実、今までにもメイビスはずっと天狼玉を宝と言っていたのだから、そもそも他意など生じるわけもないのだけれど。

 ともかく、おかげでジョフリーの方こそ、どうやら悟ったようだった。ボクたちはジョフリーが求めた情報を、どうやら本当に持ってはいないらしいと。

 

 

「……そうですか。天狼の民の生き残りならあるいはと思ったが……伝承されなかったのかそもそもそんなものは存在していないのか、ともかくそううまい話はない、ということか」

 

 

 大きなため息が吐き出された。だから何の話なのだ、と言葉が喉元まで込み上げて、その時。

 

 

「では、もう用済みだ」

 

「ッう……!!」

 

「メイビスッ!!」

 

 

 ジョフリーの眼の色が変わった。と同時にいきなり片手でメイビスの身体を持ちあげて、そしてもう片方の手に魔力の渦を迸らせる。

 

 メイビスを殺す気だ。いきなりのこと過ぎて、理解するのに半秒かかった。背中を駆け巡る戦慄にひっくり返りそうになってしまうも、幸いなことにジョフリーの嗜虐心が間を作った。

 

 

「や、やめてッ!! メイビスを殺すなら、先に私を……っ!!」

 

「だ、ダメ……っ、ゼーラ……!!」

 

「実に美しい友情だな。ならば敬意を表して……お前が血を流し、弱って死んでいくさまを、この小娘に見せつけてやるとしよう……!!」

 

 

 手に形作った人を殺すための魔法を、ジョフリーはゼーラ(・・・)へと向けて、

 

 

「さあ、泣き叫びながら死になさい!!」

 

「ゼーラぁッッ!!!」

 

 

 メイビスの悲鳴を高笑いで掻き消して、打ち放つ――その瞬間。

 

 

「――うりゃあっ!!」

 

「ふごっ――」

 

 

 嗜虐の喜びで隙だらけだったジョフリーに、傍に隠れていたボク(・・)の一撃がクリーンヒットした。

 

 そこいらに転がっていた、両手サイズの瓦礫が脳天に。おもいっきり振り下ろしたその物理攻撃は、優れた魔導士ではあるものの、その前に人間であるジョフリーにはもちろんのこと耐えられない。

 たちまち崩れ落ちるように倒れ、そのまま動かなくなってしまった。

 

 

「……はあぁ」

 

 

 ああよかった。うまくいった。ジョフリーを倒したのだ。

 数秒経ってようやく実感が追い付いて、安堵が漏れた。密かにドキドキ鳴りっぱなしだった心臓がようやく落ち着きを取り戻し――そしてボクの目の前のゼーラもまた(・・・・・・・・・・・・・)、ほっと胸をなでおろす。

 そしてそんな彼女とボクの目が合って、気付いた彼女がにこっとこっちに笑いかけると、そのまま空気に溶けるようにして消えていった。

 

 つまり今までメイビスと共に路地を走っていたゼーラは、メイビスが生み出した幻だったのだ。

 

 路地に入ってすぐ、ジョフリーの視界から外れた一瞬で入れ替わり、天狼島でのかくれんぼで培ったボクの潜伏能力を生かして身を隠す。そうしてメイビスと幻ゼーラに夢中になって油断したジョフリーの隙を突き、一撃をお見舞いする――というのが、メイビスが導き出した打倒ジョフリーの作戦だったというわけだ。

 とはいえ本来ならもう少し進んだ場所で決行する予定だったし、そもそもメイビスが捕まって危ない目にあうこともないはずだった。作戦通りとは到底言えない綱渡りで、正直、達成感なんてほとんどない勝利だけれど……まあ、終わり良ければすべて良しとも言うわけだし。

 

 

「……あ、そういえば、メイビス――」

 

 

 大丈夫だった? と一応確かめようとした。

 最後、ジョフリーの魔法が放たれる前にケリをつけられはしたけれど、それ以外はわからない。メイビスを捕まえたジョフリーはいかにも手荒だったことだし、どこか痛めていたら大変だ。

 だから、頽れるジョフリーと共に地面にへたり込んでしまったメイビスにそう声をかけようとして、

 

 

「――んぐぇっ!?」

 

 

 言葉の半ばで、それを遮られた。メイビスがボクの胸にタックルをかましてきたのだ。

 

 

「め、メイビス?」

 

「………」

 

 

 そしてボクの胸に顔を押し付けたまま、メイビスは何も言わない。無言のまま、背中に回した腕でただボクに抱き着いている。

 ……その間に身体のあちこちを見てみたけれど、幸い怪我の類はなさそうだ。だからきっと、メイビスは怖かったんだろう。

 

 

「……もう大丈夫だよ、メイビス」

 

 

 よしよーし、と頭を撫でてみる。普段はどっちかというとされる側だから、なんだかちょっと新鮮な感じだ。

 それに金のふわふわ髪を梳く手触りはこれ以上なく心地いい。いずれにしろ幸せな心地で、そしてそれが、きっとメイビスにも伝わったんだろう。ボクにしがみつく必死なその手から、少しだけこわばりが取れた気がした。

 そして、その時だった。

 

 

「――おっ、いたいた! メイビス、ゼーラ! 首尾よくいったようだな!」

 

 

 ウォーロッドの声だ。顔を上げると予想通りのウォーロッドと、さらにプレヒトもが路地の向こうからボクたちを見つけ、手を振っているのが眼に入った。

 

 

「あれ? 二人とも、青い髑髏(ブルースカル)の魔導士たちはどうしたの?」

 

 

 裏切りを演じてジョフリーを油断させる一助となってくれたプレヒトも、そもそもジョフリーをボクたちの下まで誘導してくれたウォーロッドも、その役目を果たした後は一転攻勢。協力して雑兵退治に移る作戦だったはずだ。

 そしてこの街に根を張る青い髑髏(ブルースカル)の魔導士の人数はあまりに膨大で、メイビスの計算ではうまく戦っても倒しきるにはずいぶん時間がかかるはず。だから今二人がここにいるのが不思議だったのだけど、

 

 

「街の住民たちが蜂起したんだ。……以前、青い髑髏(ブルースカル)が街で無茶な徴税をしていた件があっただろう? あの時私たちが住民を庇ったことが、いい方向に働いたらしい」

 

(ワッシ)たちと一緒に戦ってくれてな! そうしたら青い髑髏(ブルースカル)の魔導士ども、怖気付いて次々投降し始めたんだ! 今頃は住民たちに縛り上げられて、街の外に放り出されている頃合いかな! わっはっは!」

 

 

 そんな理由で手が空いてしまったらしい。とにかく問題が起きたとかじゃないなら何よりだ。

 

 

「それに……ふむ、メイビスはどうかしたのか? どうしてゼーラにくっついている」

 

「えっと、これは……」

 

「いえ、何でもないです。ね、ゼーラ」

 

「あ、うん」

 

 

 と、ウォーロッドがとうとうボクたちの下までたどり着き、ボクに抱き着くメイビスに気付いた。当然様子がおかしいことに気が付くけれど、ボクが答える前にメイビスはしれっと復活を果たしてしまった。

 ボクの胸から身を離し、何もなかったかのようにそう答える。言い含めるようなその微笑みは……たぶん、怖がってたことが恥ずかしいからなんだろう。そして言うなと言われれば、ボクも無暗に口を開く気なんてない。

 

 ただ……もうちょっとメイビスに抱き着かれていたい気持ちはあったけれど。

 なんて名残惜しさを感じつつ、ウォーロッドも空気を悟って肩を竦める。

 

 そしてちょうどその時に、足元からうめき声が立ち上ってきた。

 ジョフリーが目を覚ましたのだ。

 予想外に早い目覚めだ。……というか、拘束ってもうしてたっけ?

 ……してない。気絶させてそのままだ。思い出して一瞬背中が冷えてしまうも、しかし見やればギリギリセーフ。プレヒトがジョフリーを縛り上げてくれていた。

 

 危ない危ない。危うく全部が水の泡になるとこだった。

 そう安堵するボクとは対照的に、覚醒したジョフリーの顔は困惑の一色だった。縛れて動かせない手足と周囲のボクたちを驚いた様子で見まわして――それで頭の混乱も治まったんだろう。ハッとなって現状を思い出し、ボクたちが揃っている糸を察すると、憎々しげな渋面を浮かべて絞り出すように口にした。

 

 

「貴様ら……そうか、全て演技だったというわけか……!!」

 

「ああ、そういうわけだ。確かに私たちの目的は天狼玉だが、ゼーラとメイビスとの縁も、そうまで細いものではない」

 

「お前がそこを勘違いしてくれたおかげで、すべてうまくいった。マグノリアの街も解放されたよ、マスタージョフリー。……ま、年貢の納め時というやつだ。観念するんだな」

 

「……観念? バカめ。貴様らに首など垂れてやるものか……!! 私は諦めん!! この街も、天狼玉も! 貴様らなどには決して渡さん……!!」

 

「……残念ながら、お前の手勢はもうこの街にはいない。それに……天狼玉もな。今頃ユーリがカルディア大聖堂へたどり着いた頃だろう」

 

「ッ!!!」

 

 

 ジョフリーの捨て台詞に律儀にも応えるプレヒトとウォーロッド。和やか(・・・)に続いていたけれど、しかしその名前が出てきた時、ジョフリーが不意に息を詰めた。

 

 

「まさか……あの男、今大聖堂にいるのか!?」

 

「ああ。下っ端魔導士が天狼玉はそこにあると吐いてくれたもんでな。ユーリが我慢できなくなって、そのまま突っ込んでいったよ」

 

 

 カルディア大聖堂。このマグノリアの街に立つ有名な聖堂で、ボクたちが街にやってきた時にも眼にした、巨大な青いドラゴンの骨に覆いかぶさられたあの建物だ。

 どうやらあそこに天狼玉はあったらしい。ユーリは一足早くそれをゲットしに行ったようだけれど……まあ、別に問題はない。どのみちお宝は彼らにあげる約束なのだから、先走られても言うことは特になしだ。

 

 ただ、ジョフリーにとっては到底見過ごせない話だったみたい。

 

 

「おいっ!! 今すぐその男を止めろ!! 天狼玉が目当てなのだろう!? 奴に手を触れさせるなッ!!」

 

「……なんだ、全く往生際の悪い奴だな」

 

 

 恨み節ではなく、どこか必死に喚くジョフリー。ウォーロッドが僅かに首を傾げながら呆れを見せて、

 

 

「待ってください、ウォーロッド。……そういえば、ジョフリー。あなたはさっき天狼玉について妙なことを言っていましたよね? ……まるで天狼玉がただのお宝ではないとでもいうふうに」

 

 

 メイビスが、それをふと思い出す。

 つられてボクも思い出した。メイビスを人質に取った彼は、確か『天狼玉は文献にあるような宝ではない』とか、そんな事を言っていた。

 ついでに言えば、『制御方法』の話もそうだ。結局あれは何だったのか。

 答えはすぐに、ジョフリーの口から飛び出した。

 

 

「そうだ!! あれは宝ではない!! ……邪悪な力を封じ、やがてそれそのものと化した呪いの石だ!! 僅かでも触れてみろ!! 邪念に呑まれ、暴走するぞッ!!」

 

 

 その言葉に唖然とし、みんなが声を失った、その直後。

 

 

『グルアアアアアァァァァッッ!!!』

 

 

 轟く髑髏のドラゴンの雄叫びが、ジョフリの言葉が真実であることを証明した。

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