レンジャーの朝は早い。
通報が入った日は特に。
ホウエン地方ヒワマキシティのレンジャー支部に待機していたヨモギは、早朝5時40分ごろ、ヒワマキ在住のトメさん(86)から妙な電話を受けた。
「変なものが落ちてきたぁ?」
あと80分ほどで交代だと眠い目を擦っていたヨモギは、要領を得ない話に首をひねった。
トメさん曰く、ヒワマキ北方に広がる大森林に、煙を噴く
それを聞いてヨモギの眠気が吹き飛んだ。
飛行機かヘリコプターの墜落事故だとすれば、搭乗者は勿論現場付近のポケモンたちもタダでは済まない。
最悪の場合、森林火災も有り得る。
「何が落ちたか分かりませんか?」
『ごめんなさい、それが分からないのよ』
トメさんは困り果てた声をあげた。
彼女はかつて、ホウエン中に《美人すぎるジョーイ》として名を馳せた女性で、米寿まであと2年とは思えないほど
適当なことを言う人ではない。
よく分からないということは、一般人が目にするような代物ではないということだろう。
『なんかねえ、丸っこくて長くて、なんだっけ、トクサネが飛ばしてるやつのちっちゃいやつみたいな感じだったわ』
丸くて長くてトクサネが飛ばしてるやつ。
トクサネといえば宇宙センター。
宇宙センターといえば。
「…………ロケットですか?」
電話の向こうでトメさんが手を打ち鳴らすのが聞こえた。
『あー! それだわ! それに似てるわ!』
「ロケットが墜ちたってことですか?」
まさか、打ち上げ失敗した機体がここまで飛んできた?
だとしたら大問題だ。
『ううん……それにしては随分ちっちゃかった気がするけどねえ……でもロケットみたいな形してたわよ』
「了解です。確認してきます」
詳しい場所を聞き取り、レンジャー専用ジャケットに袖を通した。
○○○
ヒワマキの森は深い。
陽当たりが良すぎるからか、どの樹木も恐ろしく高く長く伸びるうえに、下生えも膝あたりまで生えてくる。
慣れない者が踏みこめば、半時も経たずに遭難すること請け合いだ。
レンジャーとして20年。
勝手知ったる土地といえど、森に入る時はいつも気を引き締めてかかる。
トランシーバーのスイッチを入れ、支部に連絡を入れた。
「こちらヨモギ。現刻よりヒワマキの森に入る。
現着予定時刻は0800。オーバー」
返答はすぐに返ってきた。
昨年入隊したばかりの新人・ハトムギ隊員が溌剌とした声を送ってくる。
『こちらヒワマキ支部。現着予定時刻0800了解!
気をつけてくださいね、ヨモギさん』
「おう」
シーバーを腰に差し込み、代わりにモンスターボールを手に取る。
8歳の頃、トレーナーズスクールのテストで満点をとった記念に両親から贈られた相棒の名を呼んだ。
「行くぞ、ハブネーク」
ハブネークは細い舌をちろりと覗かせてから、
○○○
────目が回る。
ヘルメットを取り、こめかみに手を当てた。
ぬるぬるしたものが指を濡らす。どうやら頭から血が出ているらしい。
頭部の傷は浅くとも派手に出血する。
願わくば
何処とも知れぬ場所に不時着した身だ、医療キットは大事に残しておきたい。
よろめく足で壁に辿り着き、丸い船窓を覗き込んだ。
窓の外には豊かな自然が広がっていた。
大きな樹、きらめく木漏れ日。
実に美しい光景だ。
コンソールを操作し、周囲の酸素濃度を計測する。
いくらも待たずに結果が出た。
現れた数字は、酸素マスクなど必要ないことを保証してくれている。
酸素ボンベの残量を気にせず探検ができるのはこの上なく有難い情報だ。
これだけ草木が繁っているなら餓死する心配も無い。
ひとまず、胸を撫で下ろした。
次に持ち物の確認を行う。
胸から下げたホイッスルの状態……問題なし。
背中の生命維持装置……これも問題なし。
全身を覆う適応スーツ……異常なし。
破れぐらいは覚悟していたが、奮発して最新型を買った甲斐があった。
ホコタテ星に帰ったらメーカーに「君たちの仕事は最高だ」とメールを送ろう。
しかし油断はできないぞ。
ドルフィン号が故障していたら大変だ。
コンソールの中央にある一際大きなボタンを押す。
これは宇宙船ドルフィン号に搭載されたAIが、船の状態を確認し、修理や補給が必要な箇所を瞬時に割り出す優れたボタンなのである。
スクリーンに次々と船の画像が映し出されていく。
動力部──正常。
電子制御系──正常。
燃料系──正常。
問題なしを示すグリーンランプが灯る中で、1箇所だけ赤く光る場所があった。
どうやら外装の一部が、墜落の衝撃で壊れたらしい。
どれどれ、早速確認してこよう。
ハッチを開いて外に飛び出す。
ドルフィン号の梯子に手をかけた、その時だった。
背筋を悪寒が駆け上がり、指先まで痺れたように動かなくなってしまったのは。
「──!?」
とても立っていられず、その場にへたりこんだ。
目の前の茂みから、がさり、と不穏な音がする。
目をやれば、黒紫の鱗に鎧われた大きな生き物が現れた。くねくねと長い躰をしている。
手足は無い。爬虫類の一種であろう。
よもやこの星の原生生物か。
生憎武器など持っていない。
奇跡的に取れた有給休暇の旅路に物騒なものは持ちたくなかった。
ホイッスルの音に怯えて逃げてくれないだろうか。
一か八か、胸元に震える手を伸ばす。
すると、もう一体原生生物が登場した。
こちらは己とよく似た直立二足歩行型生物だ。
ただし、向こうの方が何倍も大きいけれど。
「СМРФОЦЙИИШ!」
何か言っている。
無論一語たりとも聞き取れない。
だが敵意はなさそうだ。
こちらに攻撃を仕掛ける素振りもなく、むしろ黒紫生物の方を窘め、下がらせている。
「βαεη?」
手を差し伸べてきた。
大きな手だ。
掌を上に向けているのは、案ずるなというサインであろうか。
体の痺れはまだ取れない。
ここは、相手の厚意に身を委ねるのが賢明か。
私はゆっくりと、己の手を重ねた。
○○○
ヨモギは驚くべき光景に出くわした。
予定時刻通りに現着してみると、そこには非常に良くできたお子様サイズの宇宙船と、3歳ぐらいの男の子がちょこなんと座りこんでいるではないか。
木の枝ででも切ったのか、頭から血を流している。
「下がれハブネーク!」
慌てて《へびにらみ》を発動させているハブネークを下がらせた。
不審者を見かけたらまず睨めと躾ていたが、まさかこんな子供にまでやるとは。
トレーニング法を見直す必要がありそうだ。
宇宙船からは薄い煙が出ている。
外側も壊れているし、どうやらこれが、トメさんの言っていた「ヒワマキの森に落ちてきたよく分からない物体」で間違いなさそうだ。
だがこの男の子はどうしたことだろう。
ツルツルの頭に三本だけ生えた前髪、宇宙服に見えなくもない黄色いスーツ。
ここだけ書き出せば宇宙飛行士ゴッコ中の幼児といえなくもないが、場所が場所である。
レンジャーすら迷いかねない森の中にこんな小さな子をほっぽりだして、親は何をしているのだろうか。
まさか、捨て子?
「大丈夫か?」
手を差し伸べると、幼児はおずおずと片手を重ねてきた。あまりに小さな掌に胸が痛くなる。
「家はどこだい? 君の名前は?」
問いかけると、幼児はこてんと首を傾げた。
こちらの言葉が理解出来てないようだ。
ヨモギは自分の胸を指さし、「ヨモギ」と連呼した。続けて幼児を指さす。
それで意図が伝わったらしい。
幼児は存外低い声で告げた。
「オリマー」──と。
ポケモン×ピクミンのクロスオーバーもの。
ニンテンドーショップに並んでいたオリマー人形に一目惚れ。