TS主人公。
目が覚めたら見知らぬ天井でした。
二、三度まばたきを繰り返しながら周囲を観察する。
星がたくさん描かれたカーペットに寝そべる、ハイクオリティなゴンベのぬいぐるみ。
きっちり揃えられたニンテンドーのゲームハード数種。もちろんSwitch2もある。
対象年齢10歳前後とおぼしき部屋のベッドの上で、そっと身を起こした。
布団から両手を抜き出す。
褐色の手をしていた。
小さくて、やわくて、頼りない。
頭に触れる。
およそ経験したことないほどしなやかでつややかな黒髪だ。
パジャマの襟を引っ張る。
胸板はまっっったいらだが、明らかに少女のそれだった。ていうか股間のブツがねぇ。
なるほど。うん、なるほど。
「転生してんな、ロリに」
慌てふためく余裕もないパニックの渦の中で、俺はそれだけ理解した。
〇〇〇
というわけで転生しました。
きっかけは不明です。
思い出せる限りでは交通事故も不治の病も大災害もなかった気がする。
死の間際に神様に語りかけられることもなければ、特典を貰えた覚えもない。
でも転生者だ。
なぜって、この世界ではありえない記憶がちゃんとあるから。
《元の俺》は社会人3年目になったばかりのサラリーマンで、まわりからは新人気分でいるなとせっつかれるけど、まだまだ新人扱いしてほしいお年頃だった。
よくコピー機詰まらせて怒られてました。
ペーパーレスとはなんなんだろうね。
趣味は休日にやるゲーム。
スマホゲーよりかはコンシューマー派。
最近はインディーズがアツくてSteamでばっか遊んでた。
あとSwitch2当たんなかったし。抽選5回目も落選したし。ゲリラ販売なんか行けるわけないし。
そんなんだからさ。
ここがどんな世界かを調べるよりも先にSwitch2の電源を入れた俺を、非難できる人は居ないと思うんだよね。
触るでしょ、そら。あったらさ。
ホームボタンを押し、持っているゲームタイトルをチェックしようとした俺の目に飛びこんできたのは、黒い画面に浮かぶ数行の白い文字だった。
おめでとう!
てんせいは せいこう しました
ポケットモンスターの せかいへ ようこそ!
「……あ?」
後ろを振り返る。
ぬいぐるみだと思っていたゴンベがちょうど寝返りをうち、尻をぼりぼり掻いているところだった。
おっさんかな?
いや、ていうかおい。本物じゃねーか。
パニックが加速度的に増していく。
画面に目を戻すと、文字がどろりと溶け、新たな文章が浮かび上がった。
すきな タイプは?
異性のことじゃねーよな。
ポケモンのタイプだよなコレ。
えっ急に聞かないでよ。
そんなんみんな好きだよ。
でもそうだな、強いて言うなら鋼かな。
メタグロスカッコよすぎだろ。
そんなことを考えていると文字が変わった。
ざんねん
はがねタイプは しなぎれ です
品切れってなに。
あんのかそんなん。
「……じゃあ、ドラゴン」
文字が変わる。
ドラゴンは つよすぎます
あなたには むりです
べつの タイプを えらんでね
ムカつく! こいつムカつく!
全部ひらがななのも煽りだろテメェ!
ていうかこれやってんのアルセウスだろ、なあ。
強すぎるからなんやねん手懐けてやるわそんなもん初代からやってんだぞ舐めんなよ。
それでは こちらで きめます
しょしんしゃに オススメの ポケモンです!
ぽん、と場違いに軽い音がして、目の前にモンスターボールが転がった。
おそるおそる手に取り、スイッチを押す。
現れたのは────
「ど、ドードー……?」
ふたごどりポケモンの、ドードーだった。
〇〇〇
ドードー。
ノーマル・飛行タイプのこのポケモンを、見たことのあるプレイヤーは多かろう。
なにせ、剣盾とアルセウスを除いた本編すべてでゲットできる鳥ポケなのだ。
しかし育てたことのあるプレイヤーとなると、その数はぐっと減るのじゃなかろうか。
理由は単純。
ステータスが半端な為である。
強い序盤鳥ならオオスバメやムクホークが、強いノーマルを使いたかったらポリゴンZやケッキングがいる。
ドードーないしはドードリオでなくば成しえない戦術は、ほぼないと言っていいだろう。
それがなんで、初心者向けのポケモンなんだ。
呆然とする俺を、2対の眼差しが見つめてきた。
つぶらな瞳ってのはこういうのを言うんだろうな。
純粋無垢な目つきに、おもわず頬が緩んだ。
可愛い。文句なく可愛い。
手を伸ばせば、一切の警戒心なく頭を擦りつけてくる。
可愛い。めちゃくちゃ可愛い。
世界一可愛いドードーだきっと。
これが転生特典か。
すると突然画面が賑やかになった。
見れば、円形のルーレット板が回転している。
スペシャル プレゼント!
このなかの とくせいを
どれかひとつ さしあげます
すきな タイミングで ボタンを おしてね
「は?」
特性……って、ドードーの特性って“千鳥足”と“早起き”だよな。あ、あと“逃げ足”もあったっけ。
ところがルーレットには“ばけのかわ”だの“プリズムアーマー”だの絶対にドードーが持ちえない特性がずらずらと名を連ねていた!
なるほどね、そのポケモンしか持ってない固有特性だけを集めたわけだ。
いやうっそだろこんなん最高すぎるやんけ俺だけのスペシャルドードー出来ちゃうじゃん!
なんか“スロースタート”とか見えたけど当てなきゃいいんだろヘーキヘーキ!
「ポチッとな!」
満願こめてボタンを押す。
わーSwitch2のボタン押しやすい!
ルーレットは徐々に回転を弱め、やがてぴたりと静止した。
興奮する俺の目が捉えたのは!
「ほ、“滅びのボディ”……?」
…………ってあれか。
サニゴーンの。
触られたら3ターン後に
ほーん。
なるほどね?
「スロースタートのほうがマシやんけぇ!」
頭抱えて突っ伏す俺を、ドードーの嘴がつついてきました。
ふふっ。痛ぇ。
〇〇〇
なにはともあれ朝飯だ。
ドードーをボールにしまい、リビングに降りてきた俺を、母親らしき女性がにこやかに迎えた。
「おはようアニス。今日は自分で起きれたのね」
「あーす」
アニス、俺アニスっていうのね。
ていうかママ美人だわ。エキゾチックな雰囲気がある。スペインの美人って感じ。
「なにかお部屋で叫んでたけど、何かあったの?」
こんがり焼いたベーコンを俺の皿に載せながら、心配そうに訊いてくる。
俺は努めて明るく答えた。
「いや。ちょっと変な夢みただけ。心配ないンゴ」
「そう? にしてはなんか変よ。言葉遣いとか……」
「そんなことないわよ」
あっぶねーそうだ俺いまロリガールやん。
ついいつもどおり喋ってたわ。
とりま語尾に「わよ」つけとこう。ンゴよりマシだ。
「そう?」
「そうわよ」
「……やっぱり変よ。ねえ、今日旅に出るの辞めたら? 明日にしましょうよ」
「旅?」
「ママね、あなたの選んだ道は応援したいけど、やっぱり少し無理があると思うの。
あなたまだ12歳になったばかりでしょう? なのにポケモントレーナーの修行をするなんて、ちょっと早すぎるんじゃないかしら」
…………あーなるほど把握。
アニスちゃんもとい俺は今日が晴れてトレーナーデビューの日なわけね。
けどママは送り出したくないと。
そらそうだわ。マフィアだの過激派環境団体がうろつく世界に愛娘を放り出したくないわな。
サトシのママとかどういう神経してんだ。
止めるべきだろ。なんかいっつもオーキドと一緒にいるけどよお。
でも悲しいかな、旅に出ると聞いて俺の心が疼いちまった。
やっぱさぁ、トレーナーになれたんならさぁ、出たいじゃん?
ここがどの地方かも分かってねぇけど。
俺はフォークを置き、
「ごめんママ。もう決めたことわよ」
「アニス…………」
ママは形のいい眉をきゅうっと寄せて、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「…………そう。そうよね。
あの人の子だもん。
冒険に行きたいって思うのが自然よね」
おおっとこれは父親の話か?
冒険好きすぎて消息不明なパターンだな?
サトシパッパがそうだった気がする。
アニメ最終回でちょろっと登場してたけど。
「夏はアローラでサーフィン冬はシンオウで雪山に登る男の血を引いてたら、じっとしてるほうが無理よねえ」
元気だな。
「一昨日からガラルのワイルドエリアでカレー祭りしてくるって言ったきり連絡ないし……元気すぎてついてけないわ」
生きてるんかい。
しかもだいぶエンジョイしてるし。
「……うん! わかった。
もうママグチグチ言わないわ。
とことんアニスを応援する!」
「ありがとうわよ、ママ」
俺とママは微笑みを交わした。
「そうと決まったら博士にポケモンを貰いに行きましょう。失礼のないようにね。博士のラボはお隣よ」
「はーい」
あー御三家貰えんのありがてぇわ。
なんでか俺のドードー自滅特性になっちゃったから。
朝食をかきこみ、身支度を整えて意気揚々と家を出た。
行く途中で町名が書かれた看板でも読めればと思ったが、残念なことに見つけられなかった。
まあいい。博士に合えばどこの地方かすぐ分かる。個人的にはメガシンカできるところだとありがたいんだが。
ラボのチャイムを鳴らす。
数秒の間を置いて返事があった。
『アニスくんだね。話は聞いてる。入りたまえ』
「お邪魔しますわよ」
ラボのなかは暗かった。
ゲームだとどこの研究所でも本がいっぱいあって、助手のひとたちが忙しそうにしてたが、ここはしんと静まり返っている。
なんだろ、定休日?
いくつもの部屋を通り過ぎ、奥の奥まで来た俺は、ようやく光がこぼれているドアを見つけた。
「アニスでーす入りまーす」
ぞんざいに声をかけつつ扉を開く。
瞬間、俺は目覚めて以来最も大きな衝撃に立ちつくした。
そこにいたのは、大きな男だった。
緑の髪に怪しい眼帯。
用途の不明な杖と、ぞろりとしたローブ。
ポケモンの解放を謳って散々好き放題した挙句、続編では廃人になっていた、決して《博士》と呼ばれるべきではない人物。
「ゲーチス……!」
名を呼ばれ、男──ゲーチスは片頬を歪めて笑った。