ポケモン小説ネタ集   作:じゅに

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怪我人を拾ったらヤバい人でした

 

 

 

 

 某月某日。

 ほろ酔い気分で夜道を歩いていると、行き倒れている人を見つけました。

 

 このご時世です。

 普段の私なら絶対に声なんて掛けないし、なるべく距離を置いて通り過ぎるところですが、なにしろその日は5年も勤めたクソブラックな会社をやっと辞められた大層めでたき日だったので、だいぶ酒も過ごしており、正常な判断力をまるっきり失っておりました。

 

 ですから、フラフラと近づいてしまったのです。

 

「だいじょーぶですか〜?」

 

 いい心地のまま呼びかけますと、彼は突っ伏したまま、ぴくりと肩を震わせました。

 生きてはいるようです。

 仕立ての良さそうなスーツはひどく汚れていて、まるで爆発現場から逃げてきたかのごとき有様でございます。

 

「救急車か警察呼びましょうか〜?」

 

 この状況における至極まっとうな提案をしてみますと、彼は小さな小さな声で答えました。

 

「呼ばないでくれ」

 

 …………今にして思えばこの返事は不自然です。

 呼ぶ必要が無いというよりは、呼んでほしくないと言わんばかりではありませんか。

 そんなことを言う人は明らかに堅気ではありません。脛に傷を持つ者と相場が決まっています。

 

 ところが先程も申しましたとおり、私本当に酔っていたものですから(冒頭ではかっこつけてほろ酔いと書きましたけどベロベロでした)、彼の発言を訝しむこともなくあっさり頷き、愚の骨頂の台詞をぶっぱなしたのでございます。

 

「じゃあ私の家に来ます〜?

 何もないですけどお茶くらいだしますよ〜」

 

 彼は息も絶え絶えに顔を持ち上げました。

 信じられないものを見る目で私を見つめてきます。

 

「…………いいのか?」

「いいですよ〜ひとり暮らしなので〜」

 

 狭いですけど〜、と付け足せば、彼は疲れきった顔で片笑みました。

 

「────ありがたい。

 お言葉に甘えさせてもらおう」

「は〜い。それじゃあこっちですよ〜。

 ポポちゃん運ぶの手伝って〜」

 

 鞄からモンスターボールを取り出し、綿草ポケモンのワタッコを呼び出しました。

 子供の時にふわふわ飛んでいたポポッコを捕まえて以来ずっと一緒の相棒です。

 進化してもポポちゃんというニックネームのままですが、本人が気に入っているみたいなので改名はしません。

 

 ワタッコのマジカルリーフで行き倒れ人(いきだおれんちゅ)を包み込み、持ち上げて、我が家への途に着きました。

 

 

 〇〇〇

 

 

 そして翌朝。

 脳内で奏でられる鐘の音のような頭痛に起こされた私は、大量の葉っぱに包まれた不審者が床に寝ているのを発見し、声にならない悲鳴をあげました。

 

 人間本当に驚いた時は声なんて出ません。

 ヒョ!? とかいう奇天烈な音が出てしまいます。

 

 そのヒョ!? で相手も目を覚まし、顔を顰めながら半身を起こしました。

 

 黒髪はバサバサですし、顔中に小さな傷がありますが、精悍な面立ちをされています。

 年の頃は……40半ばといったところでしょうか。

 

 お互い、無言で見つめあいます。

 いつまで黙っていても埒があかないので、こちらから口火を切ることにいたしました。

 

「あ、あのう……

 お加減はいかがでございやしょうか」

 

 混乱しすぎて下っ端のような口調になってしまいました。

 お相手の方は肩を回したり、拳を握ったり開いたりしてから、鷹揚に頷かれました。

 

「あちこち痛むが……支障はない」

 

「びょ、病院は……」

 

「必要なかろう」

 

 ぴしゃりと言いきられます。

 私は言葉が見つからず、「左様でございやすか」とまた下っ端口調でもごもご呟きました。

 

 頭が痛いです。

 お腹も空きました。

 ひとまずこの方にはお帰りいただいて、味噌汁でも作りましょう。

 二日酔いにはいちばん効きますからね。

 

「そ、それではお元気で……」

 

 と言いさした私の耳に、不穏なサイレンが聞こえてきました。

 パトカーです。

 閑静な住宅街に似つかわしくない緊迫した声で、警官の方がスピーカー越しに呼びかけてきました。

 

「昨夜、ロケット団残党がこの近辺に逃げこんだという目撃情報がありました! 

 不審な人物を見かけた方は最寄りの警察署まで通報をお願いします! 繰り返します──」

 

 ロケット団。残党。

 

 前者は聞き覚えがあります。

 というよりその名を知らない人はこのカントーに居ないでしょう。

 悪いことは何でもするマフィアの名前です。

 

 後者は意味がわかりません。

 残党というのは組織や集団が解散して行き場を失った人たちを指す言葉です。

 どういうことでしょうか。

 まさかあのマフィアが無くなったとでもいうのでしょうか。

 

 パトカーが去った後、男の人が無言でスマホロトムを起動させました。

 最新の機種です。ちょっと羨ましい。

 

 彼はニュースサイトを表示すると、私にも見えるように画面を広げました。

 

 そこには驚くべきタイトルがありました。

 

《ロケット団壊滅! 

シルフカンパニーでの死闘!》

 

「か、壊滅……?」

 

「そうだ。年端もいかない子供にいいようにやられたよ。我がロケット団は再起不能だ」

 

「わ、我が……?」

 

 冷たい汗が背中を流れました。

 なんでしょう。

 すごく嫌な予感がします。

 その物言い、まるでこの人がマフィアの親玉みたいじゃありませんか。

 

 青ざめた私に、彼はとてもいい笑顔を向けてきました。だけど、目がちっとも笑っていませんでした。

 

「まだ名乗っていなかったな。

 わたしはサカキ。ロケット団の首領(ボス)だ。

 助けてくれたことには礼を言うが、通報はやめておけ。そんなことをしたら君を我がロケット団の一員だと話すことになる。

 留置所の飯の味を知りたくはあるまい?」

 

「ヒョ!?」

 

 流れるように脅されて、私は再び、妙な音を立てました。

 

 

〇〇〇

 

 

 出来心で助けた相手がマフィアのボスでした。

 

 こんなことってあるでしょうか。

 あんまりです神様。

 

 早急にお帰りいただこうとしたら「お前も仲間だと言いふらしてやる」と脅されました。

 

 あんまりです神様。

 

 仕方が無いのでノロノロとご飯の支度をしました。

 なけなしのお金で買った貧弱な食材で2人分作るのはとても痛みます。財布(ふところ)が。

 

 ふりかけご飯とインスタントのお味噌汁、すこし形の崩れた卵焼きを出すと、ボス──サカキさんは存外綺麗な所作でお箸を取りました。

 

 いただきますときちんと頭を下げ、控えめに口を開き、見苦しくない量を咀嚼する姿は、目つきが鋭すぎることを除けばとてもお育ちがよく見えます。

 実はやんごとなきお家柄のお生まれだったりするのでしょうか。

 

「……米がやわらかいな」

 

「新米なんです。家から送って貰っているので」

 

「ほう。農家かね」

 

「はい。規模は小さいですけど」

 

「多寡は関係ない。人々を飢えから救う尊い仕事だ」

 

 さりげなく、しかしきっぱりとした言葉に、私ははっと手を止めました。

 両親は毎日休みなくあくせく働きます。

 朝は日も昇らないうちから起き出して、夜も家でなにかしらの作業に追われます。

 私も物心ついたときから仕事を任されていました。

 それが辛いとは思いません。当たり前でしたので。

 ですが、こう正面から讃えられることもあまり経験したことがなかったものですから、胸の内側がじわっと温もるのを感じました。

 

「ご馳走さま」

 

「あ、お、お粗末さまでした」

 

 お茶碗には米粒ひとつ残っていません。

 お味噌汁もきっちり飲み干してあります。

 

 サカキさんは腕まくりをして、さっさと台所に向かい、食器を洗い始めました。

 手馴れた様子です。

 まさかマフィアがこんな家事能力を身につけているとは思いもよらず呆気にとられていますと、サカキさんが振り向いてニヤリと笑いました。

 

「マフィアだって皿くらい洗うさ」

 

 考えを見透かされて、私は顔から火が出るかと思いました。

 

 

 〇〇〇

 

 

 食後のお茶を淹れてひと息ついていますと、またパトカーが回ってきました。

 先程と同じく、ロケット団の残党が逃げたことを知らせています。

 

 声が遠ざかるのを待ってから、サカキさんが言いました。

 

「これからの話をしようじゃないか」

「……と、言いますと?」

 

 サカキさんはスーツの内ポケットからハイパーボールを2つほど取り出し、テーブルに並べました。

 ボールの中から、傷だらけのペルシアンとサイドンが私を見あげてきます。

 ポケモンとは思えない剣呑な眼光に、思わず後ずさりました。

 

「私の手持ちだ。

 回復させてやりたいが、ノコノコ出ていったら3分とかからず警察に囲まれてしまうだろう。

 たかが公僕、蹴散らすのは容易い。

 が、騒ぎを起こすのは本意ではないのだ。

 わかるかね」

「は、はあ」

 

 途中物騒な話が聞こえた気がしますがスルーします。社会人ですから聞こえないフリは得意ですとも。

 

「というわけで、君に回復をお願いしたい。

 ポケモンセンターまで連れてってくれ」

「へぁ」

 

 なんですと? 

 私は青くなったり白くなったりしながら必死に首を振りました。

 

 マフィアのポケモンなんておっかなすぎて持てません。というか協力なんて出来ません! 

 

 ですが断ろうとした瞬間、サカキさんから笑みが消え、凄みのある眼差しでじいっと見つめてくるではありませんか。

 

 怖いです。

 怖すぎます。

 

 とうとう私は震える手で2つのボールを受け取ってしまいました。

 

「よろしくな。

 帰ってくるまでこのワタッコの世話をしておこう」

 

「はぁっ!」

 

 いつの間にか、私の最愛のポケモン・ワタッコのポポちゃんが入ったコンペボールがサカキさんに握られているじゃありませんか。

 

 人質です。

 この場合はポケ質でしょうか。

 

 いつ掠め取られていたのでしょう? 

 流石はマフィア、油断も隙もありません。

 

 私はとぼとぼと家を出、最寄りのポケモンセンターに向かいました。

 

 

 〇〇〇

 

 

 私の家はタマムシシティの郊外にあります。

 あたりは住宅街で、夜も9時を回ると静かになります。ヤマブキとタマムシの2大都市で働く人たちのためのベッドタウンなのです。

 

 ポケモンセンターまでは歩いて10分ちょっと。

 現在の時刻はお昼ちょうど。

 人通りが多いです。親子連れが目立ちます。

 確かにこれでは、サカキさん当人が歩こうものなら即お縄になってしまうでしょう。

 

 両手に持ったボールを落とさないよう細心の注意を払いつつポケモンセンターに入り、ジョーイさんに預けます。

 治療にしばらくかかると言われ、先に買い物を済ませることにしました。

 

 トイレットペーパーや洗剤など、日用品を買って戻ると、ポケモンセンターに警察官が居ました。

 2人組(ツーマンセル)です。

 ジョーイさんと真剣に話し合っています。

 

「…………!」

 

 ひゅ、と息を飲みました。

 まさか、もしや、あのペルシアンとサイドンがサカキさんのポケモンであることがバレてしまったのでしょうか。

 

 棒立ちになった私をジョーイさんが指さして、警官がこちらに近づいてきました。

 

「すみません、すこしお話いいですか?」

「……ひょい」

 

 上手く回らない舌でなんとか返事をしようとしたあまりに、変な声が漏れました。

 

 

 

 

 

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