一番星に手を伸ばして   作:苦闘点

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第01話 星の記憶

 

 

 そびえ立つ丘の上。領地を一望できるその場所で、彼女は街並みなど目の端にもくれず、寝転がってただ夜空を見上げていた。

 

 空に描かれるは、満天の星空。砂金を黒い布にぶち撒けたように鮮明で、けれどその輝きは砂金などとは比べようもなく美しい。

 その景色は永遠に見ていられるようでいて……彼女にはどうしようもなく物足りなさがあった。

 

 

「…………」

 

 

 徐に、頭の下に置いていた右手を空へと伸ばす。

 分かっている。届くはずも無い。あの星たちは、途方もなく遠くにあり過ぎるから。

 

 ……けれど、それでも。こうして手を伸ばせば、少しは近づけたような気になれるから、彼女は気にせず目一杯手を伸ばす。

 

 いつか届く。届かせる。そう信じて彼女は、誰に憚られることもなく、今日も星に手を…………

 

 

 

「あ! やっぱりここにいた!」

 

 

 

 ……そう思っていたが、今日はここまでらしい。

 折角、しばらく見ることのできないロードストの星空だったと言うのに。

 

 彼女は少しだけ八つ当たり気味に、森の方から来た弟へ言葉を吐いた。

 

 

「殺すよ? ()()()()

 

「いきなりそんなキレる!? 邪魔したのは悪かったけどさ!」

 

「冗談だよ。今回は帰ってくるの早かったね。近場だった?」

 

「ガチトーン過ぎて冗談に聞こえないんだってば。うん、今回は王都だったよ」

 

 

 弟の特殊能力にも困ったものだが……昨日は出立の前に手合わせを、とか親兄弟に難癖をつけられてゴタゴタしていたから、ちょうど良かった。血なまぐさいのを嫌う弟には、兄達の血みどろな姿は些か毒だ。

 

 彼女は今も城で絶対安静中の兄達の事は忘却の彼方に捨て置き、隣に寝転んだ弟を横目に天体観察を続行した。

 

 

「…………」

 

「……ジェイドも、星の興味深さがそろそろ分かるようになった?」

 

「キレイだなーって」

 

「……チッ。まぁいいけどさぁ」

 

「舌打ちした!? 今したよね!?」

 

「してないよ。弟の呑気さに少しキレちゃっただけ」

 

「やっぱりキレてたじゃん!」

 

 

 弟が物心ついた時から星の素晴らしさに関しては布教し続けているが、当の本人は未だピンときていないらしい。

 魔術も好きだし才能もあるから、理解するのはそう難しい事ではないはずなのに……全くけしからん。

 

 脳みそが血と鋼でできてる他の家族に比べれば、まだ全然望みはあるので、これからも布教は続けていくけれども。

 

 弟にご機嫌を取らせて再び二人で天体観測を続けていると、不意に弟が話しかけてきた。

 

 

「……明日、姉さんも王都に行っちゃうんだよね」

 

「うん。もうここにいても、進展は無いからね。晴れて邪魔してくる奴らもいない環境で研究できる。戦とか興味無いし」

 

「そう……だよね。うん、姉さんはそういう人だからね」

 

 

 サルーム王国において、ロードスト領は悪い意味で有名だ。血に飢えた戦闘貴族。暇さえあれば戦を目論み、国さえ考慮に入れずただ戦い、血に飢える獣。領主はもちろん、領民でさえ影響を受けてチンピラゴロツキの温床となっている。

 

 そんな場所では、この姉弟は極めて異端と言える。

 三男の弟は戦を好まず、生まれつき心優しい性根を持っていた。血走った目の家族と共に過ごしているのに、その目の光は失われる気配が無い。

 

 対して次女である姉の方はと言うと……別の意味で異端だ。

 彼女の興味はただ一つ。それ以外に興味は無く、逆に言えばその興味に触れるのなら戦でも何でもやる。善人ではあるが、あくまでその興味ありきという人間だ。

 

 

 そんな彼女は、今日をもってこのロードストを去る。王都にある魔術学校に行くために。

 

 

「ジェイドはいいの? 魔術、好きなんでしょ?」

 

「……僕はいいよ。こんな体質だし、姉さんにも迷惑かけちゃうよ」

 

「確かに。毎度毎度ギルドに捜索願いを出すのは面倒。というかジェイドは、学校じゃ研究者ってより研究対象になりそう」

 

「実の弟に容赦が無さすぎるよ!」

 

 

 生まれ持った魔力の性質が特殊な者が、ごく稀に産まれる。その性質により、様々な効果を得られる。

 が、その中にはその力を制御できず、自滅したり他者に害を与える者も存在する。

 

 そんな呪いとも言える異能を持って産まれた者達は、世間ではこう呼ばれる。───『ノロワレ』と。

 

 彼女の弟、ジェイドもその一人。自分の意思に構わず色んな場所へ『瞬間転移』が発動してしまう、『神隠しのノロワレ』だ。

 

 

「まぁ実際、来るのなら止めはしないよ。ジェイドにここは合ってないからね」

 

「……いや、それもしないよ。言ってなかったけど、僕にもやりたい事ができたんだ」

 

「へえ?」

 

 

「僕……領主になろうと思うんだ」

 

「無理でしょ」

 

「最後まで聞いてってば!」

 

 

 確かに、ジェイドの潜在能力は親兄弟とは比較にならない。真面目に鍛えれば、簡単に彼女でも追い越してしまうだろう。

 でも、本人にその気は全く無い。一部例外を除き、戦力がそのまま地位になるここロードストにおいては、争いを好まないジェイドが領主になる可能性は極めて薄い。

 

 

「どうするの? 暗殺でもする気?」

 

「いや、手段はまだ決めてないけど……とにかく! 僕はロードストを、戦なんて起こらない平和な場所にしたいんだ! あと、僕みたいなノロワレも保護して、そんな人でも笑える場所にしたいし。あとは……」

 

「あーうんうん。分かったよ。頑張ってね」

 

「興味無っ!」

 

「無いことはないよ。ほら……うん……頑張って?」

 

「やっぱり無いじゃん!」

 

 

 仕方ない。彼女はもうロードストにはジェイド以外に興味がある物が本当に残っていないんだから。

 

 

「でも何で急に? 王都を見て何か変わった?」

 

「それも確かにあるけど……姉さんが、ここでも研究できるように。ここが、姉さんの帰ってくる場所にしたいんだよ」

 

 

 そこで彼女は初めて、星から目を外して横に寝転ぶ弟を見た。

 その目にはいつもと変わらない……夜空のような黒い目に、太陽のような光が宿っていた。

 

 ───やっぱり、貴方は私の大好きなジェイド(輝く星)だ。

 

 彼女は上半身を起こし、星を見上げながら言う。

 

 

「……私、もう行くね。明日まで待ってたら、また面倒くさそうだし」

 

「え、あ、そっか……」

 

「だから、言っておくよ」

 

 

「ジェイド、貴方は誰かの星になれる人。光の当たらない人達に、光を求める人達に、導をもたらす事ができる人。だから……頑張ってね。貴方なら、いつか太陽にだってなれるよ」

 

「……?」

 

「次会う時は、もっと私を惹き付けて離さないような、もっと輝いた星になっててね」

 

「あっ! 姉さん!」

 

 

 最後にジェイドの頭を撫でて背を向けた彼女に、ジェイドはその背目掛けて声をかけた。

 

 

 

「いってらっしゃい!!」

 

 

 その言葉に、彼女は振り返ることなく片手を上げて行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───ジェイドが彼女の訃報を聞いたのは、その三年後だった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「あ! いたいた! 入っていい!?」

 

「声が大きい。あと臭い。最後にお風呂入ったのいつ?」

 

「忘れた!!」

 

「そう。じゃあ今日一日私に無視されるか、今すぐお風呂に入るか、選んで」

 

「お風呂入ってくる!」

 

 

 魔術学校は彼女にとって退屈しなかった。求めれば大抵の魔術書は手に入るし、聞けば大抵の事は分かる。

 と言っても、彼女の専門知識に限れば、半年で誰も着いて来れなくなったのだが。

 

 好きに研究していたら、いつの間にか学年次席になっていたりもしたが、それは正直どうでもいい。

 あとそう、弟以外で親しいと呼べる者もできた。

 ちょうど今、「入ってきた!」と言ってずぶ濡れの状態で戻ってきたボロ布を来た青年とか。

 

 

「……入った?」

 

「お湯被ってきた!」

 

「分かった。私の部屋のお風呂貸すから、今から入ってきて。お風呂の入り方を忘れたんだったら、悪いけどここじゃなくて幼稚園にでも行って」

 

 

 常識と見境の無さで自分以上を見るのは初めてだった。彼女も禁忌に指を入れてみる程度はしたことがあるが、流石に人間社会に溶け込めてはいる。目の前の奴まではいかない。

 

 しばらくして多少はマシになった青年を今度こそ研究部屋に入れ、彼女は魔術書を読みながら話しかけた。

 

 

「で? 今日は何の用? 悪いけど、もう貴方に見せられる魔術は無いよ」

 

「そうなのか? じゃあ研究の進捗を見せて欲しい!」

 

「そこの机に置いてある」

 

 

 そう言うと青年は飛びつき、食い入るように目を走らせた。

 

 本来、他人に研究を見せるなど以ての外なのだが……()()()()()彼に見せたところで、彼女には何の問題も無かった。

 

 彼女がド平民の彼に多少は優しくしているのもその為だ。

 誰よりも魔術が好きなのに、魔術を使えない。……その絶望が如何程か、彼女には想像もつかない。

 それでも魔術を愛することを止めない彼に敬意を評して……というのが一つ。

 

 あとは彼が、似ていたからだろうか。

 

 今まで見た誰よりも───輝いていた。

 

 

「……ねぇ、よだれ」

 

「あ! ごめん!」

 

「いい加減、その癖直してくれない?」

 

「集中するとつい……」

 

 

 よだれのついたレポートをボロ布で拭こうとしたので、彼女は瞬時に彼からレポートをひったくった。こういう常識の欠如は本当に、早急に直して欲しい。

 

 

「でも凄いな〜。この系統の魔術なら、もうどの教授より知識あるんじゃないか?」

 

「うん。先週質問に行ったら、「これは無理」って言われた。教授なのに使えないし、これからは一人でやるしかないみたい。そう言う貴方はどうなの? 単位足りそう?」

 

「これから土下座行脚しに行く予定! それでも駄目なら靴を食べて説得してみる!」

 

「貴方のそういうプライドもクソも無い所は、本当に大好きだよ」

 

「ありがとう! あ、そうだ! ここの風系統魔術で聞きたいことがあるんだけどさ……」

 

「…………どこ?」

 

 

 ……あと、こういう鈍感なところも直して欲しい。

 

 分かっているのだ。彼女も、自分と彼が似ている事は。

 何か一つのものに魅入られた狂人。そのものの為なら、命でも魂でも売れる異常者。

 

 ただ彼女にとっては、()()は興味の範疇が拡大されただけの事。空にあるだけだったそれが、人にも適用されるようになったに過ぎない。

 どちらにしても同じ。いくら手を伸ばそうと届かない。

 

 まぁ直して欲しいと言っても、そういう所が面白いし大好きなのだけど。

 

 

「なあ、どうすれば首席の彼に血統魔術を見せてもらえると思う?」

 

「まだ突っかかってたんだ。もうやめてあげれば? 彼が可哀想。その彼に死にそうな顔で相談される私はもっと可哀想」

 

「じゃあ君が見せてくれる?」

 

「前も言ったけど、うち(ロードスト)に血統魔術は無い。あっても私の守備範囲外なら興味無い」

 

「だよな〜」

 

 

 彼と一緒にいる時間が、彼女は好きだった。

 

 彼が彼女にとっての星であったのもそうだし、彼自身が自分と同種の人間だったから。

 互いの大好きなものには、被る所は大いにあるがさほど興味は無い。それでも、互いに好きなものを語り合う時は何物にも変え難い時間だった。

 

 

「よし分かった! じゃあ君の魔術を見せてくれ! 最上位の!」

 

「アレ疲れるからヤダ」

 

 

 これが、彼女たちの日常だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───この数ヶ月後、彼女たちは別の場所でその生涯を終えた。

 幸運にもそれは、互いの知りえない場所での事だったが……奇しくも、この二人が息絶えたのは───

 

 

 …………全くの同時刻だった。

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

『───で? 諦めはついたか?』

 

「…………」

 

 

 黒いモヤが、痩せこけた白髪の青年に話す。

 体に根付いた()()は、反応の無い青年に厭らしく笑う。

 

 

『……ここ最近何をしているのか知らないが……ケヒッ、ジェイド、お前はもうすぐ死ぬぞ?』

 

 

 今より数ヶ月前、ジェイドは長らく離れていたロードスト領を訪れ、親兄弟たちと話をしようとした。サルームへ戦を仕掛けようとするのを止める為に。

 『暗殺者ギルド』という家族を置いてまで、ジェイドは子どもの頃からの宿願の為に帰ってきた。

 

 だがもうそこに……ジェイドの知るロードストは無かった。

 

 そこに居たのは、『静寂』。そして───

 

 

 

『あぁ……やっと来てくれたな』

 

 

 

 取り返しのつかないものだった。

 触れてはいけなかった。……いや、たとえジェイドがロードストに来なくとも関係無かっただろう。

 

 大海の遥か果てから来たる災厄……『魔界』。

 凶悪な魔人が蔓延るその国の、さらに頂点に君臨する絶対的な存在……『魔族』。

 

 ───ギザルム。それがこの魔族の名。

 

 ジェイドに取り憑いた、最悪の最悪の最悪の存在だ。

 

 

 数ヶ月前、ジェイドは無残にも敗れた。

 それから始まったのは、地獄と言って生温い日々。

 魔人が人間を乗っ取るには、その精神を十分に弱らせる……簡単に言えばその人間を殺せばいい。

 殺すのは簡単だ。実際他の魔人はさっさと取り憑く人間を殺して、その身を我が物とした。

 

 だが……それでは、つまらない。

 

 一つ一つ、丁寧に、花を摘むように、ギザルムはジェイドの精神を蝕んでいった。

 ギザルムにとって、それはただの余興。暇潰しに過ぎなかった。

 

 暗殺者ギルドの仲間を守るため、ジェイドは自死を選んだ。確かにそれは、普通の魔人なら有効な手段だ。

 しかし魔族には、物理攻撃も魔術も利かない。一時的に体を乗っ取り再生すれば、死の直前だろうと全快する。

 

 首を切って死に、再生。焼け爛れて死に、再生。首を吊って死に、再生。城から飛び降りて死に、再生。猛毒を飲んで死に、再生。死んで、再生。死んで、再生。死んで、死んで、死んで死んで死んで死んで死んで死んで───

 

 

 度重なる痛み、何度と見た走馬灯。幾度と無い絶望。この数ヶ月の地獄は、ジェイドにとっては永遠とも呼べただろう。

 元々の黒い髪は白く染まり、痩せこけ、死に続けたことで精神も破綻寸前に陥っていた。

 

 

 予定より愉しめた余興だった。最近はもう恐怖か絶望か、部屋に籠っているばかりだが、十分愉しめただろう。

 

 この夜が明ければ、ジェイドは死ぬ。

 

 もうギザルムはその後の愉しみを考えていた。ジェイドを誘き寄せる為に撒いた戦の予兆も、いずれは現実としてみようか……いや、まずはジェイドの仲間のノロワレか。ノロワレは魔人によく馴染む。

 

 窓の外を見上げて呆けるジェイドに、ギザルムは嗜虐性を隠そうともせず問う。

 

 

『なぁ、お前はどうしたい? ジェイド』

 

「…………姉さん

 

『あ?』

 

 

 ギザルムが見た記憶に、ジェイドの姉は……いた。もう十年以上前の記憶だから、ギザルムもほとんど忘れていた。

 が、ある一点は覚えていた。

 

 

『もう死んだ姉が、どうかしたか?』

 

 

 そう、死んだ。

 ジェイドが子どもの時にとっくに死んでいた。

 

 魔術学校での研究の末。ある致命的な失敗をして。

 

 

『クフッ、そうか。お前のあのくだらん夢は、姉がキッカケだったか。死んだ姉を思い続ける……殊勝な事だ。そうだ! まずはその魔術学校を消そうか!? 姉が死んだ原因なんだろう? お前もさぞ怨んで……』

 

「───なぁ、ギザルム」

 

『……?』

 

 

 ジェイドに話を遮られ、ギザルムは不快げに眉を顰めた。

 射殺すような視線は気にすることなく、ジェイドは窓の外に広がる夜空を見た。

 

 ……あの時と、何も変わらない。

 

 

 

「───お前は、星を見たことはあるかい?」

 

『…………あ゛?』

 

 

 

 

「ギギギギギギザルム様ああぁぁ!!!??」

 

 

 二人しかいなかったその部屋へ、一人の魔人が飛び込んできた。やけに慌てているが、どうかしたのか。ただ喧しい。

 

 

『煩い、殺すぞ』

 

「ももももも申し訳ございません!! ですが、御耳に入れていただきたい緊急事態が起こりまして……!!」

 

 

 ジェイドにより不機嫌に振り切れていたギザルムの機嫌が、入ってきた魔人によりオーバーフローした。ただの人間なら普通に死ねる殺気を撒き散らすが、来たのはギザルムの配下でも唯一の8級魔人。何とか意識を保って進言に成功した。

 

 つまらない事なら殺すつもりで、ギザルムは魔人の言葉に渋々耳を傾けた。

 

 

『今耳に入れる価値の無い事なら殺す。話せ』

 

「は、はい……。こ、黒竜が、ある者に吹き飛ばされ……!」

 

『あ?』

 

「ヒイィィ! そ、それをやった人間が、今この城に……!!」

 

 

 魔人の言葉は、そこで終わった。

 

 

 

 

 

 

 

───星系統魔術───

 

 

 

 ───空から、星が墜ちてきた。

 

 

 

 その巨星は、一撃で城の半分を削り取った。

 倒壊する城を眺めつつ、ギザルムはジェイドの身体を一時的に乗っ取り頂上へ転移した。

 

 

「何処の馬鹿(ゴミ)だ? 俺の城を……」

 

 

 

 

「私だよ」

 

 

 

 

 声がする方を見上げる。

 

 城を一瞬で半壊させた彼女───星空のような黒髪の少女は、困ったように頬を掻いた。

 

 

「あの日言ったのは、そういう意味じゃないんだけど……ま、いいか。貴方をどうにかした後、ちゃんと本人と話せばいい」

 

「…………」

 

 

 ギザルムは思案する。

 目の前の子どもは、ギザルムの記憶にも無い。見たところ10歳程度の少女(ガキ)。本来なら炉端の石ころにも劣る存在だが……

 領主邸を破壊したのがコイツだからか。はたまたこれは、ジェイドの意思か。

 何故か、この少女から目が離せない。

 

 

「それで、君。星を見たことが無いんだっけ?」

 

「…………」

 

 

「なら、私が見せてあげるよ。───私の、星を」

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ……沈んでいく。

 

 最初は抵抗できたのに、もう指の一本どころか瞼さえピクリとも動かせない。

 

 何度も死んだ。何度も甦させられた。四六時中絶望と幻痛に苛まれ、僅かに見出した希望も直ぐに摘み取られる。

 何より辛かったのは、自分が諦めれば置いてきた仲間(家族)がどうなるのかを、鮮明に理解出来ていた事。

 だから、諦める訳にはいかなかった。たとえ自らの死を近付けることになろうとも、彼は諦めなかった。

 

 恐らく自分はもうすぐ死ぬ。だから、自分の後に挑むことになるであろう『誰か』に、託そうとした。

 

 

(あと……もう、少しで……)

 

 

 度重なる死で、もう肉体も精神もズタボロ。恐怖と絶望でよく回らない頭を酷使してやっと……ようやく終わりの兆しが見えたのに。

 

 ひとえに、ここまで彼が奮闘できたのは、仲間たちとの記憶、家族を守ろうという意志。

 

 そして……今は亡き姉との約束。

 

 

(……姉……さん……)

 

 

 コレが終われば、また会えるだろうか。

 いつも星を見てばかりで、何を考えてるのか分からない、不思議で、カッコ良くて、大好きな姉に。

 

 自分は、約束を守れなかった。けれど、自分が繋いだ思いは、きっと誰かが繋いでくれる。

 この悪夢を終わらせて、このロードストを、日陰にしか生きられない自分の家族達を、夜明けへと導いてくれる誰かが。

 

 

 

 ……そのはず、だった。

 

 

(……?)

 

 

 懐かしい気配がした。

 安心するような、けれど届かないほど遠いような、不思議な気配。

 それに耳元で、ギザルムが何か言ってるようだが……姉さん、か。

 

 ふと、気になった。この不思議な気配で、姉なことを思い出していたから。

 

 

 

「───なぁ、ギザルム。……お前は、星を見たことはあるかい?」

 

 

 

 窓を見れば、満天の星空。

 姉さんが大好きだった、無数の輝き。

 

 見たことはあるかい? 全てを見下して、傲慢に生きる君は……多分、無いかもしれないけど……。

 きっと姉さんなら、嫌という程見せてくれるだろうね。

 

 けど僕は、ずっと見続けてるよ。

 本当の家族と出会っても、彼女だけは僕の姉であり続けた。

 星を見ていれば、そんな姉のことを、穴倉の中にいても忘れないでいられるから。

 

 

 

「─── それで、君。星を見たことが無いんだっけ?」

 

 

 

 ───だから、ギザルム。

 

 僕の体を奪った君も、そうなんじゃないかい?

 

 ……癪だけど、僕も同じなんだ。

 

 この星空を背にした……姉とは似ても似つかない少女のことが……

 

 

 

「なら、私が見せてあげるよ。───私の、星を」

 

 

 

 

 ───どうしようもなく、目が離せない。

 

 

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